<ヒロイニック・レボリューション>~誤理夢誅のシンボライズ~
<ヒロイニック・レボリューション>~誤理夢誅のシンボライズ~
「ぼくは、‘嫉妬’に囚われていたんですね」
移動呪文でシントの街角にもどると、アントラプへゾロン’を着けた小娘はオッドアイの姿の美少女姿のまま言う。
「どうやら、そうらしいな」
催眠暗示による無意識下での行動強制とは違い、‘嫉妬’の干渉による行動は、薬物などを使った洗脳のように、影響下にあるうちは自発的行動であり、それ故に記憶が失われたりはしない。
「……ごめんなさい。 だからってあんなことするなんて」
「ガキが感情にふりまわされるのは、あたりまえだ。だからウジウジするよりは感情と行動を切り離す術を学べ。‘嫉妬’の干渉はおまえ自身の感情の増幅だが、間違ってもアレを自分の本性だなんて思い込むなよ」
「それって……」
「感情ってやつは動物がもつ共通の性質だが、それはお前自身じゃない。お前の本質は、今までお前が求め選んだものだ。感情や状況に流されずに自分で決めた生きかただけが、お前の決めたお前の本質だ。残りの全ては、お前の中にあろうが、どんなに飢え望もうが、お前の決めたお前の生き方を邪魔するお前の敵だ」
「………………」
「だから、二度と真魔なんかに屈するんじゃない」
オレはそう締めくくって真っ直ぐに小娘を見てやる。
「わかったか、小娘」
‘ 大人になるということは、力による理不尽を容認し、自らの利益の為に他者を犠牲にする事を当然とすることだ ’という下卑た考えを撒き散らしたのは‘下種脳’どもだが、もちろんそんな後ろ暗い生き方は人を不幸にする事はあっても幸福にすることはない。
それは人であることを諦め、‘下種脳’どもの犬や家畜になることだからだ。
しかし、だからといって‘愚種脳’という獣に成り下がるのも同じ事だ。
‘下種脳’どもを憎みながらも力による理不尽を容認し、正義を愛さずに利用することで他者への断罪を快楽とする‘愚種脳’の生き方は‘下種脳’となるのと同じくらい容易だ。
だから、決して幸せにはなれず、多くの不幸を撒き散らす。
オレはこの不器用な小娘の生き方が嫌いではない。
未熟であっても、間違えても、最善を得られなくとも。
成長を望み、過ちを正し、少しでも善くありたいと、し続ける。
オレが調べたこいつの行動や在り方とはそういうものだった。
動機が何かは知らないが、こいつの生き方がこの腐ったゲームに引き込まれた連中の抑えや支えになっているのは確かだ。
こんなことでつぶれてもらったのでは手間が増える。
「はい……ありがとうございます」
すっかり険のとれた顔になった小娘がオレに笑いかける。
「……あの、ぼ、わたしのこと聞かないんですか?」
そして、オレが笑い返してやると、ふと思い出したかのように続けた。
わざわざ、わたしと言い直したのは、自分の性別についてだろう。
「そうだな。話してみろ。話したくないなら無理には聞かないが」
藪をつつく気はないので暗に他言する気はないと匂わせてやる。
わざわざ自分から切り出すということは、話したいのか口止めしたいのかどちらかだろう。
どちらでも面倒な事に変わりはないが、放っておいて妙な真似をされるよりはましだ。
「……最初は、間違われてたんです。中世的な顔立ちでしたから。でも、そのうちに気づいてしまった。わたしは女でしかないけど、女である事が嫌いなんだと」
そういって始まった告白は、一部の街でならありふれた、けれど一般的には珍しい、自らの性別を嫌う人間の物語だった。
脳の形質による性非同一症候群以外でも、人間の精神は性差によって生じる分別や差別を原因として己の性を否定することはある。
表向きは差別を否定するマスコミが、そういった人間を見世物にすることで差別するように、理解を口にする人間でも心から彼らを普通の人間として扱うことはまずない。
それは、別に差別意識とは関係なく、正常で健康な状態ではないという見識を持っている場合もあれば、偏見を持って彼らを見ている場合もある。
この事実は、知識と認識が必ずしも一致しないという事実を表している。
大地とは惑星の一部であり、地球は丸く宇宙に浮かぶ星の一つであると、ほとんどの人間が知識を同じくしようと、それを五感で認識できた人間は少ない。
知識と認識を共に得て理によって昇華しなければ、人は見識へとは至れない。
知識を持ち、無知の知を知り、認識を得て、理論としての検証を経て、見識は建てられる。
真に見識の意味を知らない自称見識者は多く、知っていて尚、容易く得られないのが見識だ。
オレがここをASVRによる仮想世界だという知識を持っていても、この世界をPSYによってシステムとして認識できないように、大地に立つ人間が地球という惑星を認識することは難しい。
知覚による認識と識者による見識が相反するとき、人は公的な見識を肯定すべきではあるが、感情を制御できない幼い人間は、しばしば偏見とよばれる認識を肯定してしまう。
イジメられないためにイジメる子供のように。
進歩のためといわれて、富の奪い合いに興じる企業人のように。
大切な人を守るためといわれて殺し合いの場に立つ兵士のように。
そして、それが間違った考えであると知りながらも、弱さを罪だと信じ込まされた人間は傷ついてしまう。
そういったありふれた間違いの物語。
「それでセツナになって生きてみたらすごく楽で、いつの間にか一人二役で過ごすようになったんです」
そういって、小娘は話を締めくくった。
「なるほど、そこを‘嫉妬’につけこまれたか」
小娘は、女である事に誇りが持てない自分に劣等感をもち、男として過ごすことでその思いを誤魔化していたのだろう。
リアルティメィトオンラインにおいて‘下種脳’の象徴であり‘下種脳’を作り出す感染源でもある‘欲罪の真魔’は、人の劣等感や優越感といった‘群れを作る獣の本能’を利用して人々の心を侵していく存在だ。
しょせん劣等感や優越感といった感情は、性欲などのように発散しないと心身に影響を与えるから処理しなければいけない欲望でしかなく、それをよりどころにして行動していいものではない。
そんな欲望を満たすことが、自分自身の存在価値だと思い誤らせて、人間を‘下種脳’の価値観に染め‘下種脳’へと変えていく。
現実でやつら‘下種脳’がやっている行為を、クリエーター達がリアルティメィトオンラインの中で表したそんな存在の一つが、‘嫉妬’だった。
‘嫉妬’が小娘に憑りつくために使った劣等感が‘女である事に誇りが持てない自分’であり、優越感が、全ての‘渡り人’を導く英雄である事だったのだと、いうのが小娘の独白を聞いたオレの感想だった。
「………………」
小娘が黙っているのはオレの言葉が正解だったからだろう。
言われてみて初めてそれに気づいたかのような、どこか呆けた小娘の表情がオレにそれを教えてくれた。
「‘嫉妬’がそういった存在だと知っているな」
二度と‘嫉妬’に屈することがないといった小娘が、その言葉の意味を知っているのかとオレは問い。
「……はい」
小娘はオレを真っ直ぐに見返して短く答える。
「そうか。 だったらそれでいい」
小娘がそれに気づいたのなら同じ過ちは繰り返さないだろう。
その程度のことは、今までオレが集めた‘渡り人’の情報から解る。
彼らはリアルティメィトオンラインのプレイヤーとしての行動を逸脱してはいなかった。
それは法治国家の一員としての自覚を持った行動をしていたということだ。
それを指導する立場だった小娘の行動は‘下種脳’どもの臭いはしなかった。
法治国家において、法とは護るべきものであり、法を犯す過ちを悔い改めさせることで、人をも護るものだ。
法権力に守られる’などというのは、‘下種脳’達の作り出した本末転倒した理屈だ。
それは、甘えたがる人間の心をくすぐり、法よりも己の欲望を優先させることを暗示する‘ 理を曲げて貶める行為 ’でしかない。
だから、“ ‘ 法を犯す過ちを悔い改めさせること ’を諦める事 ”とは、法を必要と考えるものにとっては失敗であり、罪人を見捨てることだ。
全てを救うことができないと妥協する人間の弱さが最初に見捨てるべきと定めた者が、法を犯す過ちを悔い改めない者であり、それは悪とよばれる者だ。
そういった自覚無しに生きる人間には‘下種脳’や‘愚種脳’の臭いが行動につきまとう。
そして、そんな連中は容易く同じ過ちを繰り返すのだ。
「そういえば、お前の本当の名を聞いていなかったな」
オレは最後にそう言って、小娘に対する信用確認のための短い会話を終えた。
「ヒカリです」
そう答えた小娘の顔には微かな笑顔が浮かんでいた。
「覚えておこう」
オレは、自分の本当の名を明かさずにただ笑ってそう応えた。
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