<グッバイ・マイ・ギルドメイト>~会者情離のランデブー~



<グッバイ・マイ・ギルドメイト>~会者情離のランデブー~







 迫害イジメを受けて自殺をする者のほとんどは、弱さは悪だという‘下種脳’の言い分を否定できないから死を選ぶのだという。


 生物種としての適応能力と社会への適応能力を混同させたこの詐術は、子供騙しの理屈にすぎない。


 だが、未熟な精神はその嘘で塗り固められた価値観を受け入れやすく。


 幾許かの子供達はそれを否定できずに大人になれないまま年を重ね小人しょうじんへなっていく。


 そして、小人や子供達は力というものに依存し、信仰することで弱さを憎み、まるで共喰いをするかのように周囲に生贄を求める‘ 下種脳 ’に憧れるようになる。


 この傍迷惑で幼稚な情動を生物の淘汰プログラムと呼ぶものもいる。

 

 だが、それは社会という同属の殺し合いを否定することで生き残ってきた人間にとっては、自滅プログラムというほうが正しいだろう。


 人は自然の脅威を受け入れながら抗い、共存によって文明を築く‘ 種としての生存戦略 ’で生き残った。


 それを否定して、一個の動物種に立ち返るならば滅びゆくしかない。


 だから‘ 下種脳 ’が自分達の欲望のために創りあげた差別により階級を造り争い合う擬似淘汰システムとは、人類の発展を促すのではなく暴走を促す‘ 種の自滅プログラム ’だ。


 社会を腐らせ、あるいは荒廃させるこの自滅プログラムを肯定して煽ろうとする‘下種脳’の価値観は、全ての人にとって忌むべきものであり、


 決して認めてはならない感情だが、その価値観によって起こされた理不尽への憎しみから、この価値観に捉われる本末転倒を起こす子供や小人も少なくない。


 そんな自らの愚かしさで‘下種脳’の価値観を認めた彼ら‘愚種脳’の中には、欲望を制御せず欲望に溺れることでその価値観を肯定する‘下種脳’と違い、その価値観を捨て去る事ができる人間もいる。


 だが、‘愚種脳’から‘下種脳’に至った人間の残りは、まず間違いなくどんな非道な行いも己の利の為には躊躇わない‘非人脳’へとなっていく。


 人間が裸の猿として生きていた時代そのままの‘下種脳’の価値観は人間を雑食の凶暴な猿へと変えていくのだ。


 人間が社会システムを作ると同時に社会システムからダウンロードした様々なデータにより変化しながら育つ生き物であるために、その価値観は否定されながらも。


 ‘下種脳’の間で、正論を誤魔化し人を騙す方法と共に、受け継がれてきた。


 特に人間がその全てを養うには貧しすぎた時代、時に‘下種脳’の価値観を使わねば存在を許されなかった征服者達の間に根強く浸透していく。


 そして、‘下種脳’の価値観は、人間が同属に対しての淘汰などという非情な行いをしなくてもいいほど豊かになった後も、必要悪の名を冠し征服者達の保身の為に使われることで世に蔓延り続けた。


 やがてマキャべりストや悪党といった名前で呼ばれるような‘非人脳’が、権力を掌握することで。


 多くの人間が殺し合いをさせられるようになると、‘下種脳’の価値観を正当化するために創られた武士道や騎士道といった欺瞞が、広められていった。


 そして、物質文明の発展により、過大な欲望を抱かなければ全人類を養えるようになった後。


 すでに必要悪としての価値すらなくなった‘下種脳’の価値観は、ついに人間の社会を根本で支える精神文化をも否定し、自らを正義と騙りだすようになった。


 商人が‘下種脳’の価値観を使い世界を征服統治するようになると、その狂った価値観を信じた者達が共喰いを始め。


 小人が自滅プログラムに従う中で‘下種脳’の価値観は‘下種脳’達自身をも欺きながら、暴走を始める。


 二つの世界大戦に冷戦に対テロ戦争と民族紛争、そして裏社会での非合法戦争。


 心ある人達の犠牲と多くの不幸をばら撒くことで‘下種脳’の価値観は、人間を自滅に導くその正体を表すことになった。


 何者かに拉致され命を脅かされる中、‘下種脳’の価値観に溺れるのは容易いことだ。


 何も考えなければいい。


 何も考えず、‘下種脳’の価値観の中で流されるままに生きるならば、人は‘下種脳’に成り下がっていく。


 そして、この状況でそれは破滅を意味する行動もの以外の何ものでもない。


 だからこそ、‘下種脳’に成り下がらないように気をつけねばならない。





 オレは、目の前でルシエラを引留めようとする‘渡り人’達の敵意の視線を浴びながら、そう考えていた。


 女達の間のごたごたを収めた後、ルシエラを含めた女たちと共に‘渡り人’達のギルドへ脱退届けを提出するために、やってきたオレを待っていたのは、男冒険者達の嫉み塗れの視線と女冒険者達の非難と軽蔑の視線だった。


 ギルド員の仮の本部として使われている村役場の会議室に集まった数十人の男女全員ではないが、かなりの人数がオレだけに敵意を向けていた。


 さすがに手を出してくる人間はいなかったが、月夜ばかりじゃないという台詞が聞こえてきそうな状況だ。


「ルシエラさんは、皆さんに慕われているようですね」


 冒険者達に囲まれ話をしているルシエラをみながら、オレと違い周囲の視線をあまり受けていないシセリスが、身をよせるようにして傍で言う。


 いつもより距離が近いのは気のせいではないだろう。


 結い上げた銀色の長い髪から漂うほのかな香りが感じられた。


「ほんとね。でもデューンに対するわたしたちの思いには負けるでしょうけどね」


 ミスリアも自然にシセリスとは反対側に身を寄せ、オレの左腕を胸に抱きながら場にあわない態度で微笑う。


 黄金色の髪がオレの肩へ乗せられたのはシセリス以上にオレとの距離を近づけるためなのだろうが、さすがにこの場でいつも通りのアピールをするのはやりすぎだ。


「そうみたいだな」


 そう思いながらも、オレは二人にあわせて周囲の目に気づかないかのように軽く返す。


 こういう時にぴりぴりしては緊張を高めるだけだからだ。


 シュリとユミカもそう思ったのかオレの周りに集まり、他愛もないお喋りを始める。


「お姉ちゃん。この後、お昼はどこで食べる? あたしはパスタなんかいいと思うけど」


「……お蕎麦」


 しかし背中から聞こえてくる声は、やはりどこかわざとらしかった。


 さすがに年上二人ほどは近くではないが、いつもより距離は近い。


 栗色のユミカのポニーテールというには長すぎる後ろ髪がときどき背にあたり、シュリの小さな白い手がその黒髪と一緒にオレの皮ジャケットの裾に触れる。


 周囲の男達の視線には、すでに殺意に近い衝動のようなものが交じっていた。


 考えてみればシセリスとミスリアは、リアルティメィトオンラインで一二を争う人気キャラクターだ。


 それにくわえて、シュリとユミカも芸能界で売り物にされているような少女達に勝るとも劣らない美貌と華を持つ少女だ。


 情けなくはあるが、男達のこういった視線は無理もないものだろう。

 

 そして、女達の視線も更に冷たいものになっていた。


 できればそう考えたくはないが、複数の女を侍らして悦にいるような男に対する視線だ。


 客観的に見ればまさにその通りなのだから始末が悪い。


 どうやらオレはルシエラをも毒牙にかけた最低のクズ認定を受けたようだ。


 同意のうえでの遊びや金を介した付き合いをする女はこういった目で男を見ない。


 彼女達もシュリやユミカと同じように、真っ当な育ち方をしたごく普通の日本人だったのだろう。


 実に当然すぎる反応だ。


 だが、当然すぎはしないだろうか?


 ‘渡り人’が初めて確認されたのが、彼らの認識では一年以上前だという。


 わけの判らない状況に放り込まれてそれだけの時を過ごして彼女達が荒んでいないのはいいことだが、果たして彼らは本当にそんなに長い間ここにいるのか?


 昨夜の催眠尋問でユミカからそのことを聞き出したときから感じていたことだが、それだけの時をここで過ごしているにしては彼女達は、この世界に染まっていなさすぎる。


 いや、それ以前も色々と違和感はあった。


 ‘渡り人’の戦闘時の素人臭さにしろ、命の遣り取りに対する覚悟のなさにしろ、一年以上も戦いを暮らしの糧にしてきた人間にしてはお粗末すぎた。


 この世界に彼らが一斉に現れたわけではないというから、オレが見た連中もユミカ達と同じように最近この世界に現れたのかもしれないが、ここにいる人間もそうなのだろうか?


 そんなことを考えているうちに、ルシエラは事務を取り仕切っている幹部へ脱退届けを渡し、つきあいのある人間とも別れをすましたらしく、こちらへとやってきた。


「待たせたな。すまない」


 周囲の態度に対するものなのかオレにそう言うとルシエラは、他のみんなへも視線を送る。


「それじゃ行こうか」


「あたしには挨拶なしでいくつもりかい?」


 その時、開けっ放しの会議室の入り口のほうから、気風のいいとか伝法なといった言葉が似合う声がルシエラの台詞に応える。


  金色の髪と紫の瞳を持つ、小麦色の肌を黒いボンデージ風の露出の大きなボディースーツで包んだ南欧系の美女が、そこに立っていた。


 レイア・エトワールと名乗るルシエラのもとパートナーだ。


 どうやらそう簡単に話はすみそうにないようだ。


 これもこの世界にオレ達を放り込んだやつらの仕込みなのだろうか?


 オレは望まぬ面倒ごとの予感を感じながら、そんな事を考えていた。







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