<ザ・スターティング・シティ・エピソードⅢ>~危機戎快のルヴァナーズ~
<ザ・スターティング・シティ・エピソードⅢ>~危機戎快のルヴァナーズ~
経験というものは人間の技術を向上させていくものだとか、新しい可能性を人にもたらすものだと考えている連中は少なくない。
だが、あたりまえの話だが経験とは人間の行動によって得られたただのデータ群にすぎず、それ自体に意味があるものではない。
どれだけデータを集めたとしても、それをどう使うか考え利用できなければ宝の持ち腐れだ。
そのデータ群をどう利用するかというのは人の個性によって決定されるが、それは効率の問題でしかなく、データの利用法を考え続け、新たなデータを蓄積することでしか新しい可能性にたどり着くことはできない。
その事に気づかず、才能などという甘えによって創られた幻想や見当違いの努力を妄信する人間ほど、どんなに頑張っても才能がなければ無駄だとか、その道は自分に向いていないのだという安易な考えに流されがちだ。
もちろん、それは甘えにすぎないし、自分を騙せない人間ならば遅かれ早かれその事に気づくものだ。
そういう人間にとって努力は無駄ではないし、敗北や失敗の経験も生きるための糧となる。
それは自分の弱さを知る事であり、欠点や弱さを補い合う為に自然環境から身を護るという社会システムの本質を理解する事に繋がるものだ。
しかし、考え、悩み、そして欲望に溺れず人である事に意味を見出す人間ならば辿り着ける当然の解答を否定する‘ 下種脳 ’どもはどこにでもいるものだ。
やつらは経験というデータ自体に意味があるという欺瞞を使い、適切な努力を才能という幻想で覆い隠すことで、自らを価値ある存在であると飾り立てる。
そして血統によって才能が遺伝していくという嘘で嘘を塗り固めた論理や延々と続いてきた略奪や暴力の連鎖に価値があるという幻想で他者だけではなく自らも騙し腐っていく。
その欺瞞を広げることで社会全体を民族という虚構の血統でくくり、自分達が特別だという‘ 群れの中で生きる獣の本能 ’に溺れる人間を増やすことで、‘ 下種脳 ’どもは、国家という他の社会を否定する概念を創りあげた。
カルトな宗教が人を堕落させ負い目や共犯者意識で縛ろうとするように、表向きは社会全体の為という建前で、自ら考える事を止めたあるいはできない哀れな奴隷達を増やしていくことで創られた国家組織は、自由や平等といった理想を今も否定し続ける事で存在している。
その欺瞞を打ち払い、他者を力で言いなりにするという暗い愉悦に溺れた人間から社会を解放する為に世界を統一する。
それが‘ 名無し ’の信念でその賛同者が‘ ワールディア ’だった。
普通なら‘ 下種脳 ’どもの情報操作で、決して現れるはずのなかった彼ら‘ ワールディア ’が表舞台に立ったのは、現代に残された最後の神秘。
オカルト主義者達の最後の希望と呼ばれた超常能力、PSYの影響だ。
‘ 名無し ’のPSY能力は、本人いわく‘ 良心増幅 ’。
人が子供のころは疑いなく信じられた明るく美しい理想を取り戻す能力だという。
そのPSY能力をオレは‘ 信念感染 ’と呼んだ。
‘ 下種脳 ’どもを否定する信念を多くの人間に広げていくからだが、‘ 名無し ’はそれを哀しんでいた。
‘ 名無し ’にはオレが‘ 下種脳 ’どもを否定する事で奴らと同じ存在になった‘ 愚種脳 ’になりかけているように思えたのだろう。
自らの欲望を満たす為に他者を貶め征服しようとする‘ 下種脳 ’とその‘ 下種脳 ’の創った征服統治システムを否定し、他者の足を引っ張り引きずり落とす事しか考えない‘ 愚種脳 ’。
他者を下種としか考えられない‘ 下種脳 ’。
他者を愚種としか考えられない‘ 愚種脳 ’。
どちらも‘ 群れの中で生きる獣の本能 ’からくる欲望に溺れる人間にすぎない。
オレは、そんな自分を特別だと考えたがる馬鹿どもになる気はない。
だからオレは‘ 名無し ’の道楽につきあい電脳世界に‘ 名無し ’のPSYを模倣するAIを撒くことで‘ 名無しのウイザード ’と呼ばれる事になった。
ごく普通であたりまえのことをあたりまえにできる人間が社会を動かせるようにする為に。
オレがこの仮想世界で潰えてもここまで広がった‘ ワールデェア ’とネットの隅々にまで根を張る‘ 名無しのウイザード ’と世間で呼ばれているオレの創ったAI群があれば、その活動に影響は無い。
だから、オレが今ここでしている事に大儀名聞は無い。
生き残るためとはいえ、これは罪であり悪であり、仕方のないことではないのだ。
オレはそう覚悟して、眼の前で無防備に酔っ払っている子供に催眠暗示をかけていった。
ギルドで騒動を起こしたこいつを追いかけてここまでくるのにそうたいした手間はかからなかった。
探索スキルでこのガキを探すのは容易だった。
最上位の探索スキル‘ ラホルス ’は、隠れた全ての存在を暴き出すだけでなく、一度会った人間の位置を自在に知らせる優れものだ。
見つけた後も簡単で、あの筋肉ダルマにいつも嫌なめにあわされているんでスッとしたよなどと、共感を誘う言葉と、こいつの力を認めて羨むような態度を微かににおわせるだけで事は済んだ。
オレを信用してはいないようだが、情報を引き出す程度の催眠暗示に信頼関係など必要は無い。
あっさりと催眠状態になったガキはペラペラとオレの誘導に従い情報を垂れ流す事になる。
しかし良心に眼をつぶって行った情報収集だが大した成果は無かった。
成果は、こいつがリアルティメィトオンラインにかなりはまっていたという事とここが異世界であるという常識がここではまかり通っているという事実だけだった。
こいつの言う新ギルドとは、ルシエラやレイアの所属していた‘ 渡り人 ’の互助組織のことで、未知の組織のことではなかったのだ。
とりあえずこいつが酒を飲むことを覚えていた事には感謝しよう。
男相手に女達に使った手段を使わずに済んだ事を感謝しながらオレはいい気分で酒を飲み続けるやつを置いてその場を離れた。
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