<バーチャル・バトルは大騒ぎ>~進散既亡のストイシズム~
物語の中で子供が英雄として活躍するようになったのは高度成長期を終えた頃の日本だったという。
学生運動という学生達による政治活動が、一部の参加者の力への傾倒で‘下種脳’の価値観に毒された事。
そして、その若さ故の性急さにより、老獪な‘ 下種脳 ’の罠に嵌って敗北感を植えつけられた事で
次代へと活動を繋げられずに終焉を迎えた後。
その世代に生きた製作者達によって次代への希望を託すかのように作られた作品群。
それが子供を英雄とした物語だ。
自らの失敗をフィクションで覆すかのように創られ、標準化されたこの種の物語だが。
その思惑に反して、子供達に大人が英雄足り得ないという認識のみを刷り込んでいく。
子供達の英雄願望をくすぐることで多くの支持を得たこの種の物語が、旧来の大人に守られる子供の物語を駆逐し。
子供の正義の足を引っ張る大人達という未熟な世界観で創られた物語を広めることとなった為だ。
これは、‘下種脳’の価値観に毒され、自らを信じられずに挫折したと考えている者が創る物語が、未来に希望を託せるわかがないことを示し。
それと同時に、子供達に自らの弱さを教える物語が消えたことを意味していた。
自らの弱さを見ぬ甘えた者が強くなれるはずがないから、子供は決して物語で英雄として語られなかった。
そんな常識を打ち破り、創られた物語は、‘ 下種脳 ’の常識に染まった戦いの物語だった。
その物語で、守られる立場でしかない子供は、根拠のない自信や力を持つキャラに憧れ。
自らの悪意に正義と名づけ、力で通そうとする‘下種脳’の価値観を知らぬ間に刷り込まれ。
やがて、子供をヒーローにした物語は、その創り手が感じた現実と虚構のギャップを同じように子供達に与える呪いとなった。
本来、大人になる過程で充分な判断力がついた状態でさえ苦悩を招くそのギャップは、子供にとっては呪いという他ない。
気づかないままに、深く子供の心の底に積もり、無力感と絶望を与えるのだ。
だが、多くの子供はそれを理解する間もなく、その無力さ故に現実に流されていく。
この呪いはRPGゲームなどの主人公を子供が操るというメディアによって、その潜在的な想いを顕著なものにしていった。
必要悪を正義と騙り、殺戮が勝利が力となって、強さが全ての願いを叶える。
そんな‘ 下種脳 ’のシステムを、子供達は知らぬ間に受け入れていった。
政治の腐敗や商道徳の欠如に人殺しの為に正義を騙る者達。
多くの矛盾を孕む見せ掛けの理屈を語る虚栄心の塊となったマスコミの上げる高らかな誤魔化しを聞きながら。
やがて、無意識に心の底で絶望していく子供達は、夢を語ることを愚かとさえ感じるようになっていく。
それが‘下種脳’の価値観に侵されていく事だとも気づかないままで。
オレは目の前のこいつらもそんな子供達の一人なのだろうかと考えながら、そのドタバタ騒ぎを見ていた。
「墜ちろ! 陥ちろーっ!」
「烈風斬り二連、三式! さっさとくたばれ!!」
「おラオらおらオラおラヲらヲラおら!!」
「そこ弾幕うすいよっ!!!」
「ブロウシュート!ブロウシュート!!ブロウシュート!!!」
もちろん、意味もなくそんなことをしていたわけではない。
格闘系スキルと銃撃系スキルに刀術系スキルを理解する為だ。
ハッキングで全てのスキルを習得したキャラクターの能力を持つ今の体は見ただけで、未知のスキルを思い出すように使うことができる。
格闘系に類する技を一つ見れば格闘系スキルに属する多くの技を理解できるのだ。
多くといったのは打撃技を見て投げ技は理解できないためだ。
ゲームシステムの上で連鎖して成長する同系統の技術は全て使えるようになるといったほうがいいかもしれない。
「あなた達も狩りの依頼ですか? ここは俺たちの狩り場なんで、他のとこをお願いします」
そうしているうちに、オレ達が近くまできたのに気づいた連中の一人がやって来て言い、そのまま返事も聞かずに立ち去る。
どうやら手出し無用と言いにきたらしい。
7体の小型犬サイズの全身に棘のついた黒蟻の魔物‘黒鎧蟻’を相手に6人で戦う彼らだが、たいした危険も感じていないようだ。
硬い装甲と対魔術抵抗を持つわりに蟻酸を吐いたりもせず攻撃力の低いというリアルティメィトオンラインの設定を考えればそれも肯けない話ではない。
だが、そう言い切れないものも感じさせるのは、彼らの動きが素人同然だからだろう。
目の前の連中は様々な装備に身を包んではいたものの皆、‘思念伝達の腕輪’を付けていることから‘渡り人’らしいと判る。
戦い方はお粗末どころか無様と言えるレベルなのだが、ところどころに身の丈にあわない技術の片鱗が見えるのは刷り込まれたスキルのせいか。
反復練習を繰り返した者だけが出せる速度で放たれるスキルだけはみごとだった。
だが、技とはその動作よりもそこに至る前の起こりや呼吸と呼ばれるタイミングが要である為に、総じて彼らの攻撃は二流以下のものとなっていた。
もっとも、それ以前の心構えのなさが透けて見えるのでオレに言わせれば戦いの拙さや技よりもそちらのほうが問題に思える。
「渡り人とは奇妙なものですね」
シセリスもそれに気づいたらしく、ドタバタの戦闘を繰り広げるやつらを見ながら言う。
「高度な技だけを覚えこんだ素人というべきでしょうか。動きがちぐはぐですね」
その口調には侮りも嘲りもない事実をただ指摘するものだ。
だが、かすかな訝しさもその声にはこもっていた。
「どうしてもスキル頼りになっちゃうんですね。こっちにくるまで戦ったことなんてなかったんで」
ユミカがその気がかりを彼らの戦いのつたなさを言ったものと思ったのか、そう告げる。
「……戦い苦手」
シュリもあまり流暢に話せない日本語が‘思念伝達の腕輪’によって翻訳されたつたないティーレル語でそれに賛同した。
カナダで育ったというシュリがティーレル語をうまく喋るには、ティーレル語を習うか日本語に慣れるか、英語圏のリアルティメィトオンラインで使われる‘思念伝達の腕輪’を手に入れる以外にない。
「いえ、そうではなくまるで遊びのように戦うものだと」
もう一度ドタバタと魔物と騒ぐ連中を見て、そう言ったシセリスの言葉を、理解しているのかいないのか。
ユミカとシュリの二人は黙ってシセリスとその視線の先にあるものをを見ていた。
「当たらない! まだだ!もっといけるはず!!」
「見切り! 斬り崩し! 硬いぞこら!」
「むだムだむダ無ダム駄むダむぅだムゥだあ!!!」
「近づけるな! 落とせっおとせー!!」
「ブロシュート!ブロシュー!ブッシュー!!ブシュー!!!」
「回復する? まだイケるかい?」
戦いを常としない人間が戦いの場にでるとよくある話だが、一種の興奮状態に陥る。
そのこと自体は死の恐怖や危険を前に行われるアドレナリンなどの興奮物質が起こす生理作用なので当然の話なのだが、それを繰り返すことでそれらの物質に依存してしまうようになると話は別だ。
そういった人間は日常生活で様々な不安や問題を抱えるようになる。
いわゆる戦闘ジャンキーと呼ばれる戦闘の中でしか生きているという実感を持てなくなってしまった人間や。
生還兵症候群と呼ばれる死に対する忌避感の欠如と敵と定めた相手を殺すことのみに精神的充足感を覚える人間がそれだ。
それを避けるには、戦いとは命を賭けて命を奪う殺し合いの場であるという認識と。
それが決して許される行為ではなく。
敵も味方もなく消えていった命を背負い生きるか。
自らが消えていく以外が許されない場に立つのだという罪を犯す覚悟が必要になる。
それは、自分を甘やかし、覚悟を持つ者こそが甘いのだという理屈を妄信しない事で。
‘ 必要悪 ’を正義と呼ぶ誤魔化しや、口先だけの綺麗事を振りかざして非道を行うような‘ 下種脳 ’にならないという覚悟だ。
それなしに死を意識しない戦いを繰り返せば、それらの甘えに依存して‘ 下種脳 ’になるか、血に酔いどこにでも戦場を造り出す‘ 非人脳 ’になる。
ならば、戦いにふれたことのなかった人間が、ルヴァナーと呼ばれるこの世界の職業冒険者として、生活しようと思うのなら。
血に酔い戦いに溺れるようになるのは必然なのかもしれない。
連中がここをASVRによる仮想空間だと認識しているならともかく、彼らの認識ではここは異世界というもう一つの現実だ。
彼らは近代化された死を忌避し遠ざけることが日常となった傲慢な飽食の世界で育った人間だ。
死という現象の絶対性を認識して得る‘ 畏れ ’や‘ 無常観 ’という一つの真理を実感することなく育った人格と言い換えてもいい。
そんな者達が、戦場という場に何の準備もなく放り込まれれば歪みもするだろう。
考えてみればここが仮想空間だと知らないほうがまだ救いがあるのかもしれない。
それを知ってしまえば、彼らの精神は取り返しのつかないところにいってしまうかもしれない。
わずかでも命を奪うという感覚があることが、彼らを戦いに依存する人間になることを抑えているのかもしれないのだから──。
オレが見る限りこの連中にはそんな覚悟のたりなさと危うさが感じられた。
‘流浪の精霊騎士’という人格を刷り込まれたシセリスにも、それは解るのだろう。
本来の人格を消されあるこの世界に育った戦う人間の人格を持つことになった彼女にはそれは当然の理としてあることだからだ。
「……わかるかも」
やがてシュリがポツリとそう漏らした。
その視線の先には狂騒に近くなった場面があった。
‘黒鎧蟻’は一体が倒れ五体になっていたが、曲りなりにも作られていた前衛と後衛という戦線は崩れ、混戦状態となっていた
防具に助けられてはいるものの小さな怪我を負う人間もでて、それをさっきオレ達に手出し無用と言いにきた男が逃げながら回復している。
「ここは危ないわね。早く離れましょう」
ミスリアがそう促し、オレ達は連中のいう狩り場を離れることにした。
位置的にこの場所が危ないと言っているわけではなく、連中のそばにいるのが危ないという意味だろう。
やつらがオレ達に襲い掛かってくると思ったわけではないだろうが、誤射や誤爆など戦場ではありふれている。
‘水晶のアルケミスト’という人格を刷り込まれた彼女もまた、そのことを実感しているのだろう。
自らを律する事を忘れかけた人間は魔物よりもたちが悪いということを。
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