<エキセントリックな女たち>~ 万象のレーゾンデートル ~






 誇りというものを持たない人間ほど、責任という言葉を忌避するものだ。


 なぜなら実利のみを求める人間にとって、責任とは回避するもので自ら負うものではないからだ。


 負うという言葉が負けという言葉と同じ文字で表されるように、勝ち負けや損得というもののみを考える人間にとって、それらは等しく意味をなさない。


 ‘ 下種脳 ’にとって、責任を負うとは負ける事で、敗れる事で権威を失う事でしかなく。


 だから、腐った世襲政治屋は、責任を押し付け合い、責任者と利権の受益者を別だと誤魔化し。


 年寄りが真面目に積み立てた年金を掠め取った自分達の罪も責任も認めず。


 年寄りが若者の負担になっているなどという嘘を平気でばらまく。


 いつの時代でも権威をふりかざす‘ 下種脳 ’どもこそが、真面目に働く者達の負担の根源だ。


 貴族と自らを称えた‘ 自画自賛の寄生一族 ’のように、‘ 下種脳 ’とは寄族だ。


 世襲政治屋も自称貴族も、それは変らない。


 責任を取る自負もないのに自分たちの代わりなどいないと嘘をついて権威を守るために犠牲者を出し続ける。


 そして、恥じ知らずに‘ 為政者の行い ’こそが‘ 神の摂理 ’などという弱肉強食の理屈を暴力で信じさせようとする。


 負けることのみで知ることのできる他者の痛みや。


 負うことで確かに得られる誰かの幸福とそれを成したという喜び。


 それらは‘下種脳’にとっては自らの贅沢や虚栄心や性欲を初めとした諸々の動物的欲求に較べれば夕食につけるデザート以下のものだからだ。


 他者を貶めて自らの相対的な位置を高めようとする‘下種脳’の価値観では、自分の利が何より大事で。


 守らなければならない約束や他者の不幸など気にかける価値などないものだ。


  だから、やつらは権威を守る事をプライドと呼び、‘ 人としての誇り ’に価値を見出さない。



 だが、‘ 人としての誇り ’を捨てる事は、人である事を捨て狂った凶獣に至る生き方を選ぶという事だ。


 責任を負わず責任ある立場に立つことはそういったクズに成り下がることなのだが、そういうクズほど馬鹿も多くそのことを理解しない。


 そして、それを理解して尚クズであり続ける人間は、‘下種脳’の価値観に侵されたその犬ではなく、真の‘下種脳’である‘非人脳’へと至る。


 こうなればもはや駆除するしかない狂獣だが、それを知る故にやつらは人間のふりをする。


 そして、社会に潜むそういう‘下種脳’の価値観で動く人間が、国や会社組織などの業務機構を動かすようになると。


 寄生虫に犯されたペットや家畜が弱っていくように。


 あるいはガンに臓器が蝕まれていくように。


 その社会や組織の機構システムは本来の役割を果たさなくなっていく。


 俗に言う組織の腐敗とはそういうことだ。


 手をこまねいていればやがて死に至るものでありながら、ペットや家畜に金をかける治療をためらうように。


 あるいは現実を見据え手術を受ける勇気を持てないように、その対処をためらう人間は少なくない。


 個人的な決断ならそう難しくはないが、これが集団になると意見を纏めるだけでその労力は個人の比ではなくなる。


 それは利を失うことを恐れる‘下種脳’どもの妨害のせいだ。


 社会に喰い込んだ‘非人脳’は自らが駆除されるときに無関係の人間に被害が出るように仕組んでいる為に、しばしばそれを利用する。


 あたかも駆除の実行が社会の不利益であるかのように騙り、自らが正義であると臆面もなく騙る。


 それはペットや家畜の治療を決意した人間に、痛い思いをさせるのは可哀想だとさも善意であるかのように口にし無駄なのだから金がもったいないと欲を煽る行為であり。


 手術に対する不安を持つ人間に延命効果があるのかも怪しい治療をこういう方法もあるんだと勧め、痛い思いをすることはないと弱さにつけこむ行為だ。


 しかし、考えず知識を求めない人間ほどその言葉を信じてしまう。


 そしてその無意識に犯した罪から目をそらし、‘下種脳’の僕になっていく。


 それを諌める人の言葉を‘下種脳’どもは、こう否定する。


 人を信じられない可哀想な人間なのだと。


 そして、信じないで疑心暗鬼になるよりは騙されたほうがいいというような人間は、たいがい地獄を見ることになる。


 それでうまく切り抜けられるのは、物語の主人公並の運を持つやつだけだ。


 だから、オレは女の言い分が気のせいだとは言い切れなかった。


 そう、それが最悪の予想だったとしても────。




「私達は人間ではないのよ。ただのプログラム」


 そう彼女は言った。それこそが、たった一つの真実だと。


 事の起こりは朝食の後だった。


 レイアとルシエラ。


 ユーロ&ロシアのリアルティメィトオンラインプレイヤーだった二人と出会ったことだった。


 オレ達を彼女達渡り人の相互扶助組織として設立したギルドに勧誘してきたのだが、その話自体はミスリアの旅の途中だという理由で断ることになった。


 渡り人だけを勧誘しているわけではないらしく。


 レイア──ライトブロンドに小麦色の肌の南欧美人のほう──はアメジストの瞳を輝かせ、オレを除く女達を熱心に誘っていた。


 女好きなのか男嫌いなのか、オレに対する勧誘は御義理ていどで。


 ルシエラ──シルクブロンドにルビーの瞳の東欧美女のほう──は、それこそ勧誘もせずにシュリ達姉妹を見ていた。


 そういった態度に腹を立てたのでもないだろうが、ミスリアやシセリスも乗り気ではなく。


 いつのまにか彼女達の妹分に納まったユミカとシセリスも同じ様に断っていた。


 相互扶助というあたりでシュリ・ユミカ姉妹はその気になるかと思ったが、今はオレに付いて色々教わりたいと言ったのは予想外だった。

 

 そのこと自体はたいした意味も問題もないものだったが、その後レイアの放った一言がこのわけのわからない状況をさらに混迷させることになる。



「たいていの連中は転移してきた国のやつばかりで固まってるけど、うちは違うよ」


 その言葉で始められたのは、二人の外国人女性が日本ではなくそれぞれ他の国のリアルティメィトオンラインをプレイ中にこの世界に転移し。


 紆余曲折を経て出会い、更には日本で渡り人全てを纏めていくという志を持った男と出会うまでの物語だった。


 女達はその内容やレイアのレズ疑惑に関心を示していたようだが、オレが注目したのはそんなことではなく。


 彼女達がここに別の国から転移したと思い込んでいるということだった。


 リアルティメィトオンラインは各国で同システムを使ってはいるものの、好みの違いから国ごとで特色があるためオンラインで国をまたいで遊ぶ人間は少なくなかった。


 在日の外国人が日本で母国のリアルティメィトオンラインをプレイすることも考えられたため、オレはこの二人がたまたま日本にいて拉致されたのだと思っていた。


 しかし、そうでないとすると話は変わってくる。


 まさか、世界中で無作為に人が拉致されている?


 それとも彼女達の記憶が一部上書きされているのか?

 

 リアルティメィトオンライン世界は日本のみならず全世界規模で再現されている?


 それだけの規模でASVR世界を再現するというのなら、このオレ達の状況にリアルティメィトオンライン本社が関わっているのは間違いない。


 それなら世界規模での拉致も不可能ではないだろう。


 しかし、それだけだ。


 ‘ ワールデェア ’の政治学者が、世界統一を3世代で行うべく教育改革をと提唱しているように。


 実現が可能でもそれは、世界統一と同レベルで、まだ現実味のない話だ。



 三百人委員会や影の世界政府といった‘下種脳’どもの協調はあったとしても利のないところでやつらが動くわけがない。


 オレは新たに広がった謎を追うために、午後に予定していた装備の買い直しまでの時間を情報収集にあてることにした。


 まず第一にオレ達に接触してきた女達に探りを入れてみようと、部屋に戻るミスリア達と別れ、一人ビュッフェに引き返す。


 その途中、ビュッフェから宿舎へと続く人気のない廊下で言い争う声がした。


 見通しのよい長い廊下の真ん中辺りで、声を潜めて言い争ってるのはあの二人だった。


 普通ならとても声が聞こえるような距離ではなかったが、強化されたオレの五感はこういう時には役に立つ。


 オレは廊下の角に隠れそのまま情報収集をすることにした。


「ルシエラのPSYはわかってるよ。べつに信じてないわけじゃない」


 信じているというよりは、ただなだめているという声でレイアが言う。 


 PSY。ティーレル語の響きではないその言葉が、オレの意識を尖らせた。


 それは、欧米で“超感覚的能力者”を指す言葉だ。


 アニメやその手の小説に出てくるどう考えても物理法則を超越した魔法のような力ではなく。


 サイコロの出目を投げる直前に全て当てられるとかその程度の能力だが、それが確かにあることは最近の研究で明らかになっている。


 まあ、だからといってそれは公式に認められただけで、研究者が知らない未知のトリックに騙されているという可能性はある。


 数千万に一人という稀有な例とされているので一般でそれを検証できないからだ。


 これが認められたのも地中のレアメタルの位置を当てる能力者が、合衆国に莫大な利益をもたらした功績を認めてのことだから、裏があると思うのも無理はない。


 普通ならオレもその実証データを見たからといって信じはしない類の話だが、オレは個人的に確かにそんな能力があるのを知っていた。


「じゃあ信じたくないのか? 私だって信じたくはない!……でも──」


 レイアが自分のPSYを信じてないと判ったのかルシエラは声に憤りを含ませる。


「でもそのPSYもここじゃ絶対じゃないだろ。確かに性別を変えてたやつらのことは判るようだけど、こっちの世界の連中の血縁関係とかは判らないって言ってたじゃないか」


「ええ。異世界だからそういうこともあるって思ってた。こっちの親子も兄弟も他人にしか感じられなかったから……仲のいい悪いは判るのにね」


「だったら──」


「でも、あの姉妹は違った。あの娘たちは姉妹なんだ」


 ルシエラの声に悲痛さが混じり、今まで形だけ保っていた冷静さが崩れる。


「異世界で肉体まで変わったというならそれも判らなくなるはずだろう。でもそうじゃない。ここは異世界なんかじゃなくASVRの幻想の中で──私達は人間ではないのよ。ただのプログラム」


 それはどう聞いても戯れに人を騙そうというのではなく、それを真実と信じているものの声だった。

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