<ハーレム戦線異常あり>~ 新進輝影のアジテート ~







 欲望に溺れる人間ほど自分が人間らしいと言う。


 人間とは欲を満たすために生きるのだといい、人生とは死ぬまでの暇つぶしと、懸命に生きるものを嘲笑う。


 時にそれは疲れ果てた人の心に甘く響き、多くの人間が誘惑に負けて破滅するのをオレは見てきた。


 再び己の意志で歩めるならの話だが、一時のやすらぎを得るのは悪いことではない。


 悪いのはそれを利用してその弱さにつけこむやつらだ。


 ‘ 人を信じることが美しいことで人を疑うのは醜いことだ ’という宗教が信者を洗脳するために作り上げた価値観を使って、やつらは善人を装い現れる。


 そして言うのだ。


 あなたは考えすぎだ、もっと肩の力を抜いて生きましょう。


 世の中にはあなたの知らない楽しいことがたくさんある。


 どうせ人はいつかは死ぬのだから、今をせいいっぱい楽しみましょう。


 その言葉自体が間違っているというわけではない。


 だが、それだけを人間らしさと呼ぶのは‘下種脳’の価値観だ。


 それが正しいなら、辛いことや苦しいことからは目を背け。


 死に瀕する人間を自らに関係がないからと見捨て。


 何かを成そうとする人間を愚かだと嘲笑いその足をすくうことばかりを考えるような人間だけが人間らしい人間になる。


 そういうやつらは、過ちを過ちと思わない人間が強い人間で、欲望を叶える為の力こそが最も大切なものだと言う。


 自らの弱さに甘え、ついには自らの弱さすら認められなくなったみじめで哀れで傍迷惑な‘下種脳’だ。


 だが、まともな大人ならみんな知っている。


 人は皆弱く、それ故に弱さに甘えれば限りなく弱くなり力を求めるようになることも。


 過ちを正せないことが弱さであり、それを知る人間だけが自分に負けない強さを持つための努力ができるということも。



 幸い女達4人ともそれができる人間だったらしく、翌朝、ぎこちないながらも一緒に宿舎付設のビュッフェで食卓を囲んだオレ達は今後のことを話し合うことになった。


 少女達など朝一番にあったときは、真っ赤になって逃げ出したのを考えればたいしたものといえるだろう。


「で、これからのことなんだけど、あなた達はどうするつもり?」


 ミスリアがどこか楽しげに輝く翠の瞳を、ユミカとシュリに向けて言った。


「あた、わたしも師匠が好きです。考えたけど……皆さんと一緒でもかまいません」


 何を考えたのかユミカは、琥珀色の瞳に決意をこめてミスリアを見返した。


「……わたしも」


 シュリも表情を変えることなく、宵闇を思わせる瞳にのみ深い感情をうかがわせて頷く。


 あたしでなく、わたしと言い直したのはユミカなりの意志表明なのだろう。


 シュリの一拍あいた返答は躊躇ではなく、決意を示していた。


 わかりたくもない心情が手に取るように解るのも、このいまいましい体のせいだ。


 呼吸に筋肉の動きや意識の向いた場所といった情報を、無意識レベルで処理し洞察に導く能力は、戦闘では役立つが普段は邪魔でしかない。



 判りたくもない旦那の浮気の気配がわかるのよと、苦々しげに言って浮気相手を見繕えとオレに依頼してきた女友達の気分がよく解る。


 オレは少女達の台詞を聞かないふりで、口の中で飲み込まれないままだったコーヒーとココアの中間のような味を持つ液体を飲み込んだ。


 これはフイーチと呼ばれるリアルティメィトオンラインの設定でだけ存在した飲み物だ。


 喉越しはさわやかで後味も残らないのにコクを感じるオレ好みの飲み物だった。


「これからのことというのは旅費や日程などの話です。でも、あなたたちの決意は判りました。歓迎しますよ。」


 一瞬驚いたような顔をした後くすくすと笑い出したミスリアに代って、シセリスの微笑ましげな声が響いた。


「え?え? だってさっき……」


 とまどったような顔でミスリアを見ていたが、ユミカはそこでオレのほうをふり返ると、目があった途端に赤面してうつむくと黙りこくった。


「…………」


 シュリのほうを見るとこちらも黙って白い頬を赤面させ、いやいやするように首を振っている。


 そのたびに長い黒髪が絹糸のようにさらさらと舞っていた。


 ミスリアのほうへ問いかけの視線を向けると、わざとらしく顔を白い綺麗な手で覆って顔をそらす。


 どうやらオレの知らないところで、何か女達の間であったらしい。


 それがユミカの発言にどう繋がるのかは判らないが、何れにしろ深入りしてもろくなことにはならないだろう。


 オレは追求をやめて、鮮やかな紅白のベーコンの上にピンポン球サイズの卵が五つ乗ったベーコンエッグを口に運んだ。


 ほのかにさくらの香りのまじった燻香とともにさっと脂が口の中で溶ける。


 ねっとりとした脂の食感がまったくないベーコンと濃厚な黄身と固めのゼリーのような食感の白身が絶妙の味わいを出している。


 食道楽ではないがこれが現実世界では味わえないものだというのは判る。


 そう考えれば感知力の増加が無駄なわけではない。


 この世界の日常と現実世界の日常の違いと、どこかにあるはずの矛盾点。


 そういうバグを捜すことこそが、この世界を形作るデータに仕込まれたオレのハッキングツールにアクセスする為の方法だろうからだ。


 オレが自分をそう納得させている間にユミカとシュリも、ミスリアのフォローやシセリスの冷静なアドバイスで何とか立ち直り。


 食事の終わる頃にはなんとか調子を取り戻したようだった。


 昨日あったばかりだというのに女達の間にはもう役割分担と絆のようなものができている。


 これは不自然なまでに危機の続いた昨日のおかげだろうか、それとも何らかの──。


「おはよう。英雄さんたち」


 そんなことを考えていると、いかにもな軽い調子で一人の若い男が声をかけてきた。

  

 身長は175、6。薄く茶色がかった黒髪に黒い瞳の日本にならどこにでもいそうなその男は、昨日この地方の領主と一緒にいたセツナと名乗った青年だ。


 昨日とは違い、今日は二人のタイプの違う美女を後ろに伴っている。


 平凡な容姿の男と違い、その後ろに並ぶ二人の女はそれぞれが個性的な美女だった。


 二人とも長身で頭身の高い典型的なコーカソイド系の体形だ。


 背の低いほうでも男と変わらない背丈なのに脚の長さはあきらかに長い。


 片方は、背中の中ほどまでのウエービーな明るい赤味がかった金髪に、少しきつくみえる紅紫色の瞳を持つ小麦色の肌に南欧系の顔立ちをした180くらいはありそうなグラマラスで大柄な美女。


 もう一人は、白絹のような光沢を持つ髪を左右に垂れる前髪を残して後ろに流し、一つに束ねるという髪型で、蒼白い月を思わせる肌に半眼に細められた目からのぞく赤い瞳というアルビノを思わせるスレンダーな東欧系の美女だ。


 そして容姿以外で男との違いはその身につけたもののデザインだろう。


 それは男が着ている単純なレア装備と違いデザイナーズカスタムと呼ばれる外見を変更されたリアルティメィトオンラインでも稀有な装備だった。


 南欧系の美女が着ているのはユーロを中心に展開するデザイナーズブランドがデザインしたことで知られる黒いボンデージの露出の大きなボディースーツ風。


 東欧系の美女が身につけているのはロシアの一大デザイナーズブランドデザインの大胆なスリットがついた深紅のカクテルドレス風。


 どちらも日本には存在しないアイテムで、それは女達の腕に輝く‘思念伝達の腕輪’のデザインからも判る。


 確か、ボディースーツのグラマラス美女の金と黒の地金に紅の宝石というのは南ユーロで。


 そして、カクテルドレスの9頭身美女の銀を基調に透明な蒼とトルコ石のような青の宝石をあしらったほうは、ロシア連邦のリアルティメィトオンラインで使われていたはずだ。


「紹介するよ。彼女は、レイア・エトワール」


 男が金髪に小麦色の肌の南欧美女を手のひらでさし示してて言う。

 

「レイアよ。初めましてよね? 昨日はあわただしくて会ってたらごめん」


 そういってレイアと紹介された美女はアメジストの瞳を輝かせて女達を順に見て、気風のいいという言葉が似合いそうな声で名乗った。


 オレの方は視線が素通りだったのは昨日の男と同じNPC扱いなのか?


 いや、それならミスリア達にもそうのはずだ。


「こっちの彼女は、ルシエラ・ヴァディマ・ゼムリャー」


 男はそれに気づいているのかいないのか、頓着せずにもう一人、白絹の髪に赤い瞳のアルビノ美女を紹介する。


「よろしく。ルシエラと呼んでくれ」


 こちらはオレを含む全員を見ながら名乗る彼女の声は、音程が低いわけでもないのにずっしりと響く重さを持った声で響いた。


「それで──」


 紹介が終わった後、何かを言おうとした男の声をレイアの声が遮った。


「あ、あんたはもういいわよ。後はあたし達がやるから」


 そう言って追い払うように男に向けて手をひらひらとふる。


「え、でも──」


「ここは私達にまかせなさい。君は領主様がお呼びだ」


 言い縋ろうとする男を、上官か教師のような態度でルシエラが止める。


 領主と一緒にいたことなどを考え、男が冒険者を名乗る連中のリーダーかと思っていたが、そういうわけでもないらしい。


 彼女達もいわゆる渡り人というやつなのをみると、その関連の話なのか?


「それで何の話かしら?」


 気落ちして男が去っていった後、ミスリアが口を開いた。


「単刀直入に言えばスカウトよ。あたし達のギルドに入らない?」


 オレ達の横に並べられたテーブルの席へ腰を下ろすと、レイアはオレを除く女たちへ向けてそう言った。


 そして、その隣に腰かけたルシエラは無言でユミカ達姉妹を観察しているようだった。


 どうやら今日も平穏な日々にはなりそうもない。


 オレは最後に残ったフイーチを飲み干しながらそんな予感を感じていた。

 


 


 


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