<イベント・オブ・デスゲームⅢ>~不討不履のバンディット~





<イベント・オブ・デスゲームⅢ>~不討不履のバンディット~








 人は力に必ず屈する存在であるからこそ、力を求めねばならないという人間がいる。


 ある者は、力なき正義などに意味はないと嘲笑う‘下種脳’に成り下がり。


 ある者は、正義こそが力だと、力そのものを信仰する‘愚種脳’に成り果て。


 力という概念に溺れたやつらは、決して奪い合う事をやめようとはしない。


 やつらは、奪い合う為の争いを戦いという美名で覆い、あるいは搾取という言葉を支配と置き換えて、不毛なゼロサムゲームを繰り返す。

 

 そう、それはまさにゼロサムゲームだ。

 限られたものを奪い合うだけの発展性のない子供の遊び。


 遊びならともかく、そのままの生き方をするのならそれは社会への寄生にすぎない。


 人間が奪い合うことをやめて、裸の猿から人に成り代わろうとする以前の価値観で、新たに創り出すことをせず、安易で破滅的な肉食猿の衝動に身をまかすなら、行き着く先は殺し合いだ。


 そのことから目を背けて生きることは豊かな国で生まれた人間には容易いことだった。


 ある者は、その事から目をそらさぬ人を、特別で高尚な人間だと敬遠し。


 ある者は、そういった人を理想しか見えぬ愚かな者だと嘲弄し。


 そして、‘下種脳’は、そういう人を敵視し攻撃することで屈服させようとする。


 けれど真実から目を背けずに生きる人間は、不器用な普通の人間でしかない。


 清く正しく美しいというレッテルで聖別されていい存在ではなく。


 目先の欲望に溺れ、組織という欲望増幅装置に埋没した人間に蔑まれる存在でもなく。


 そして‘下種脳’の理不尽な暴力で蹂躙され不幸にされていい存在でもない。


 そういう彼らこそがごく普通の人間なのだ。


 ‘下種脳’の家畜として生きる人間ではなく。


 ‘下種脳’の価値観を植えつけられた犬ではなく。


 ‘下種脳’と成り果て、社会に害しかなさない寄生虫でもない。


 ごく普通のどこにでもいてありふれた人間にすぎない彼らとそれ以外を分かつのは、己の弱さを認め、人としてありたいと願うかどうかの違いでしかない。


 そう、正義や悪の裏に隠れた人間の感情は、己の弱さを認められない人間と認められる人間が、それでも尚、強くあろうとするかどうかの自分との戦いでしかないのだ。


 己の弱さすら認められず肉食の獣が人を襲うように力に溺れた‘下種脳’はやがて完全に人であることを否定した‘非人脳’に成り果てる。


 そうなってしまえば、後はただ恐怖や屈辱や絶望や虚無感といった不幸を人々にばら撒くだけの血に狂った獣のごとき存在として生きる以外に道はない。

 

 そして、自らが不幸であることからも目を背け、欲望に溺れる‘非人脳’は、麻薬中毒者のように虚無の中で全てを終える。



 こいつらは、そういった‘非人脳’なのだろうか?


 オレは、目の前に集まった男達を見渡しながら、口を開いた。



「それでお前ら、何がしたかったんだ?」


 全力疾走で走ったオレに追いつけず女達は遥か後方だ。


 加速系の魔術を使えるなら追いついてこれたかもしれないが、女達の中でその系統の魔術を使うものはいない。


 まあ、だからこそ、その術を使ったふりができたのだが。


 おかげで邪魔が入る事はないはずだ。


 ないとは思うが、この場で彼女達を含めた全員を相手にするのは骨が折れる。



「NPCが何か言ってるぜ」

「ケッ! モブがウゼー」

「黙らせよーぜ、コレ」


 ここが本当に仮想空間と解っていて言っているのか、それとも単なる揶揄やゆなのか、連中は頭の悪いガキのような台詞を吐いてオレを囲もうと広がろうとする。


 全員、それなりの歳に見えるが、中身は本当にガキなのかもしれない。


 腕の‘思念伝達の腕輪’は、日本語をティーレル語に訳すためのものでも、翻訳機能を持たないこの世界のルヴァナー向けのものでもなく、レイアと同じタイプのものだ。


 とすれば、やつらは日本人ではないことになる。


 これは日本以外でもこの仮想世界に拉致された人間がいるということなのだろうか?


 どうやら眉唾ものだと思っていたレイアの話も真剣に考えなければならないのかもしれない。


 本当に世界中で拉致が行われているのだとしたら……。


「まあ、待てよ。 話によっては女達をさらうのを手伝ってやるぞ」


 機先を制そうとオレはやつらに都合のいいだろう提案をしてみる。


 答えによっては、やつらから情報が引き出せるかもしれない。


 案の定、オレの台詞にやつらの足が止まる。


 どうやら、レイアの言っていたことは本当らしく、男達は怪訝そうな顔はせず、興味を引かれたようだ。


 こういう時に判断を下せるのはリーダーだけだ。


「おい、どうするよ」


 思惑通り、一人の男の言葉と同時に全員が群れの中の一点を見た。


「バーカ、あいつらこっち来てんじゃねーか。こんなNPCなんざさっさと──」


 視線を浴びた黄色と黒の虎模様のトラ刈りという頭に茶色いスクリーングラスの男が口を開く。


「さっきから言ってるNPCってのは何の事だ、小僧」


 リーダーらしい男が指示を出す前に、オレは殺気を叩きつけてそれを止めた。


 たいした場馴れもしてないらしく、男はたじろいでオレを見返した。


 しかし、直ぐに周りの目を思い出したのか、それを取り繕う。


「その台詞を言うってことは、お前ら‘渡り’なんだろう?」


 オレは男の様子に気づかぬふりで、他の連中を見回す。


 八目眼を使って気づかれないように見るのではなく、あからさまにだ。


 ほどほどの殺気を込めて見回すが、殺気を返してくるやつは少ない。


 これは、調子にのった唯のガキの群れのようだ。


「前から思ってたんだが、それはどういう意味なんだ?」


 リーダー格に視線を戻してオレは声に感情を込めずに聞いた。


 同時に腰にあてた手を音が出るように一定のリズムで叩きながらやつらを見回す。


 いわゆる集団催眠のための導入法の一つだ。


 やつらが、ここを本当に仮想空間でオレをAIだと信じ込んでいるなら、こういった反応はしないだろうが、一応、念のためというのもあるが、本命の情報は未だ出ていない。

 

「オレはお前達の敵じゃないんだ。教えてくれよ」


 今まで徐々に強めていた威圧を引っ込めて、やつらがプレッシャーから開放された隙を突いて暗示をかける。


 ゆったりとした一定のリズムで叩かれる響きがあたりを覆い、やつらから敵意の色が消えた。


「お前ら、この世界の原住民のことだよ」


「原住民? なるほど、お前等は科学が進んだ世界から来たらしいな」


「ああ。こんな悪魔が神を名乗って別の悪魔と戦ってるような国じゃない祝福された国だ」


「ああ、そうか。それで異教徒を改宗させようと女をさらってるのか?」


 その台詞に思い当たることがあって、オレは新たな問いを口にした。


「そうだ。原住民でも黄色くても裏切り者でも躾けりゃ可愛くなるからな」


 下卑た笑いを浮かべた男が‘下種脳’らしい台詞を吐いた。


「もっともだな。だが、どうやって躾けるんだ? ここじゃ向こうと違ってゆっくり躾をする場所もないだろう?」


「だから、俺らの本拠がある大陸まで戻るんだよ。俺はゲートを開けるからな」


「大陸? まさか‘アユシーラ’のことか?」


 ‘アユシーラ’とはリアルティメィトオンラインのユーロ支社とロシア支社が共同管理しているゲーム内の地域のことだ。


 リアルティメィトオンライン日本の‘ワールデェア’主体で創られた世界とは違う光と闇の戦いという西洋的な世界観が売りになっている。


 基本システムこそ変わらないが、敵対する陣営の者をPKしても、強盗スキルがつかなかったりというプレイヤー同士の争いを認めているという違いがある。


 もっとも中立というプレイヤーも多いので全てがそうというわけではない。


 日本でも任意の空間で決闘システムがあるようにゲームとして間違っているものではないが、ゼロサムゲームを否定する‘ワールデェア’の理念からは外れている。


 そう、だからこその別世界で、‘人類統一戦線’の影響力が強い別の国々での話なのだ。


 それが意味するのは……。


「そうだ。俺らの国の‘降臨者’が集まった場所だ」


「‘降臨者’というのは、‘渡り人’のことか」


「ああ、こっちじゃあ、そう言ってるらしいがな」


「‘降臨者’は多いのか?」


「こっちのやつらと同じで数え切れねーよ」


 数え切れないほどの拉致者?


 そんなことが本当にあるのだろうか?


 もし、あるとしたら、この世界は……。


 まだ聞きたいことはあったが、どうやら時間切れのようだ。


 女達の足音がだいぶ大きくなってきていた。


 だいたいの事は聞けたし、ここらが潮時だろう。


 オレは神呪系呪文グォーグンを無言で起動した。


 派手なエフェクトと共に事態を理解できないやつらが、全て石になるのと女達が追いついてきたのは、ほぼ同時だった。




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