<ボーイズ・ミーツ・ウイザード>~紅顔無為のデートタイム~





<ボーイズ・ミーツ・ウイザード>~紅顔無為のデートタイム~







大抵のことには、良い面と悪い面だけでなく、気高い面や下卑た面、暖かい面や冷たい面、穏健な面や残酷な面といった様々な見方がある。

 

 情熱的な面や冷静な面、有用な面や不用な面、知性的な面や情熱的な面。


 一人の人間に様々な面がある故に、人が作り出し人の織り成す出来事は様々な相貌を持ち、それを観察する人間も様々な価値観によって世界を解釈する。


 だが、それは量子論を歪めた解釈で語る物語のように、無数の世界が重なり合って存在するわけではなく、逆に同一の観測者が存在し得ないという並列世界の否定を意味している。


 何故なら、それは、人間という存在が“ 肉体に依存した入出力と外部入力で組み立てられたプログラムである精神”と“ 社会システムに依存した価値観で作られたペルソナ ”の混合した常に変容する存在で、同じ人間であっても常に同じ判断を下すとは限らないということだからだ。


 それは、“ 観測者の存在によって確定される事象が何処にも存在しない ”ということであって、“ 観測されるまで事象が確定されず、観測されればそこで事象が確定する ”ということではない。


 なぜなら、観測された事象が観測者の見た幻でないという根拠がどこにもないからだ。


 つまりそれは、量子論とは純粋な推測法でしかないことを意味し、物理法則を表す理論とは一線を画するという証ともなる。


 判りやすく言うなら、“ サイコロの目が示す確率が均等であることを証明するにはイカサマがないという前提が必要 ”だが、“ 物が落下するということを証明するのにイカサマがないという前提など必要が無い ”ということだ。


 単純なものの見方になれた人間ほど、このイカサマにひっかかりやすく、ときにそのことで自らの破滅を招く。


 損得という一面で物事を判断する‘下種脳’の価値観は、その最たるものだろう。


 そして、その麻薬のような価値観に毒された人間は、それが人間性に対する背信であり自滅行為だと知るようになっても、その価値観を捨てられなくなる。


 そうやって出来たジャンキーが‘下種脳’だ。


 “ 人間は自由を手に入れる権利を持って生まれる ”と規定された国の中でさえ、自分を自由と思い込んだ‘欲望の奴隷’や‘思想の操り人形’を生み出し。


 仲間や下僕を増やそうとするやつら──‘下種脳’──は、社会に根深く蔓延っている。


 ‘欲望の奴隷’や‘思想の操り人形’になれば、自由とは何かさえ判らなくなってしまう。


 そうならないためには、多面的なものの見方が必要になる。


 それは、“ 既成の価値観や常識を捨て獣同様に感性だけでものを見る ”のではなく、“ 多くの価値観や理論を自ら検証し、自分の考えを持って様々な事象を判断する ”ということだ。


 それができて初めて、人は自律と自立を手にし、自由であれる。


 自由とは、“ 自ら勝ち取るものであり、他人に与えてもらうものではない ”とはそういうことだ。


 決して、“ 暴力によって他者を踏みにじる事で、敗者に自らの行動を認めさせる行為 ”を自由と呼んでいるのではない。


 自分自身の怠惰や欲望と戦い、自分に勝ち続けることで、自己を確立し続けること。


 民主主義社会において、それができない人間は、“ 一人前の人間とはいえない存在 ”でしかない。


 そうした“ 多面的な解釈で世界を見る人間 ”が観察するならば、オレ達が今いる世界は、極めて歪で不自然な世界だった。


 平行世界や異世界などどこにも存在せず、それをあると錯覚させる存在とは、すべてイカサマにすぎない。


 それがまともな人間の判断だ。


 だが、オレとルシエラを除く多くの人間達の判断は違う。


 それは、いったい、どういう意味を持つものなのだろうか?




 くどくどと自分の生い立ちや心情を並べ立てるその代表とも思える男の顔を見ながら、オレはそのことについて考えていた。


「ルシエラさんは、僕達にとって大事な仲間なんだ。それがルシエラさんのためになることなら喜んで送り出してやりたいって思う人達もいれば、別れたくないって人達もいる。僕だって少しアレだけど、それはそれでしかたないとは思う。でもそれでルシエラさんが不幸になるのは嫌だし、そう思うレイアさんの気持ちも判るんだ。だから──」


 薄く茶色がかった黒髪に黒い瞳の日本にならどこにでもいそうなその男は、ルシエラ達と一緒にいたセツナと名乗る青年だ。


 話があるとこいつに言われて村の小さなお茶屋で軽食を共に取り、話が始まったのが昼を少し過ぎたところだったが、すでに今は夕方になろうかという時間だ。


 その間、店内には、ずっとオレ達以外に客の影は無い。


 何回か紅茶を頼んでいるため、店員も文句は言わないが、客がいる以上、気が抜けないのだからいい迷惑だろう。


 初めは、昨夜のレイアに関することかと思ったが、そういうわけでもないらしい。


「言いたいことは判った。それでオレがどうすべきだと?」


 もちろん、こいつの言いたい事など判るわけはないが、いい加減、自分語りにつきあうのも疲れたオレは、セツナの台詞を遮った。


「それは……」


 自分でも何を言っていたのか解らなくなっているのか、セツナは口ごもる。


「……あのな、自分でもハッキリとしない考えをひとに読み取ってもらってどうにかしてもらおうなんてのはむしがよすぎるんじゃないか?」


 ため息が出そうになるのを抑えて言ったオレの台詞に、セツナは驚いたような顔で凍りついた。


 まるで、“ オレがそんなことを言うなんて思ってもいなかった ”という顔だ。


 こいつは、自分の心情や立場を語れば、オレがやつの意を汲んで動くだろうとでも思っていたのだろうか?


 だとすれば、またずいぶんと甘ったれた話だ。

 

 “ 自分達以外の人間は、意志のないNPCだ ”と無意識に思ってるのか。


 それとも、“ 子供のように自分の周囲以外が見えない ”ほど、視野が狭くなっているのか。


 どっちにしろ、こいつが“ オレという人間を見ていない ”ことだけは、今までの会話で判った。


 だが、だからといって、こいつのこの驚きは何なのか?


 これでは、まるで“ 今まで、全てが自分の思い通りに動くのだとでも思い込んでいた人間 ”のような反応だ。


 こいつの話によれば、こいつはごく普通の家庭に生まれ育ち、ごく普通の挫折や苦労をしてきた人間だ。


 それが本当だとすれば、こいつのこの反応は解らない。


 リアルティメィトオンラインでのキャラクターとしての能力が反映されるこの世界で、かなりの能力を持ったせいで増長したのだろうか?


 しかし、こいつら‘渡り人’の上には、公式チートとまで言われる金銀メッシュの髪に赤と青のオッドアイという派手な色彩の規格外品とやらがいるらしい。


 そんな存在の下で、そうそう思い上がれるとも思えない。


 本人には自覚がないのだろうが、こいつの存在はどこか不自然なのだ。


 どうにもこいつを含めた‘渡り人’というのは歪な存在に思えてならない。


 いや、それをいうならこの世界自体が歪なものなのだから不自然ではないのかもしれないが。

 

「ところで、今日こうやって話をしようとしたのは、君自身の意志か?」


 それでも、どこかにひっかかりを感じたオレは、気になっていた質問をする。


 交渉が得意そうには見えないこの男を、わざわざ遣いにだすやつはいないと思うが、何故かこの会話自体が、誰かのお膳立てのうえで行われているような気がしたのだ。


 ‘渡り人’達が、“ ルシエラを説得する為に時間稼ぎをしている ”とかいうオチならいいのだが、これが“ この集団拉致による異世界ごっこを企んだ‘下種脳’の仕業 ”なら問題だ。


 可能性としては‘渡り人’のトップである公式チートとやらが、やつらの手下やあるいは黒幕自身だとも考えられる。


 自らが英雄として存在するためにデスゲームを演出するなど、常識で考えればあり得ないが、こんなふざけた真似をする連中のことだ、常識など通用しない人間でないとは言い切れない。


 面白半分で人を傷つける連中や、大勢の人間の犠牲を承知で欲望を満たす為だけに非道な計画を実行する連中。


 そんなやつなどいないと言うには、オレは狂った欲望や、ありふれた欲望を制御できない‘下種脳’を見すぎていた。


「もちろんそうだよ……僕はただみんなのために何かしたかったんだ」


 本当にそう思ってるのだろうセツナは真剣な顔でオレを見返す。


 だが、こいつが本気でそう思っていても、それが誰かに誘導されたものでないとは限らないし、ましてやここは常識の通用しない世界だ。


「みんなのためか」


 オレはわざと哀しげな声を出してセツナを見返すとゆっくりと立ち上がる。


「今度は、お前自身が何をしたいのか決めてから来てくれ」


 そう言い残してオレはその場を離れた。


「………………」


 出て行くまでセツナは無言でただオレの背中を見送っていた。



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