<ハードボイルド VS ヒーロー>~対決のメカニズム~
<ハードボイルド VS ヒーロー>~対決のメカニズム~
人というものは欲望を持たなければ怠惰になり、働こうとしないものだと声高くいう連中がいるが、そういった連中ほど自分が働くよりも人を顎でこき使うことが成功者の条件だと考えているものだ。
そういった人間は欲望と意欲を故意にあるいは無意識に混同させることで自らの欲望を正当化する。
そして大概、その欲望は醜く後ろ暗いものだと相場が決まっているものだ。
生物のメカニズムとしての衝動的な欲望と社会的な意欲は別物だ。
それを混同した社会は、歴史が証明するように必ず崩壊を迎える。
怠惰になるために働き、群れの中で権力を求めるような社会構造が腐敗を招かないわけがないからだ。
それは、動物的な欲望が自滅プログラムを含むからに他ならない。
社会的意欲とはその事を理解した人間が創りだしたシステムであり、人の内と外に形作られた社会を形成するための基本プログラムだ。
誇りや慈愛といった様々な形で伝えられていく理想という外部プログラム。
そういったものを信じ実践する人間を好ましく思う精神という内部プログラム。
それらが報われることが道理であるという判断プログラム。
それらを蝕むバグに侵された人間こそが‘下種脳’である。
そして、‘下種脳’に成り下がらないように、地道に内外のバグを修正し続けることこそが、大人としての最低限の役割だ。
ならば、オレのやることは決まっていた。
転移系呪文‘ハーメス’によってオレ達が辿りついたのは、無人の荒野。
見渡す限り草もなく木もなく、あるのはただ赤茶けた大地と360度の地平線だった。
「なあ、小僧。 お前の本当の名はなんていうんだ? セツナっていうのは変装用の名だろう?」
オレを睨みながら荒野に立つ少年に笑いかけながらオレはジャケットの左腕に仕込んだ伸縮型の杖を一振りして取り出す。
衝撃波を産み出すリアルティメィトオンラインではありふれた魔道具というやつだ。
シントの街に来てすぐ買ったのだが、こんなに早く使うとは思わなかった。
殺傷力の高い精霊系魔術を使うのはマズそうなので、非殺傷型の魔道具として買った武器が思わぬ役にたちそうだ。
情けは人の為ならぬというやつだろう。
既に少年の姿は、日本の街角で探せばどこにでもいそうな少年の姿ではない。
‘ラホルス’を使わなくてもその姿は中性的な美少年のままだ。
常時魔力を使う変装を解き、戦闘用の魔力を確保したのだろう。
「僕は、ギルド“閃光”の第零位。
本名ではなくキャラクターの名を名乗ると。
「僕はあんたを倒してみんなを救う!」
心の底からの叫びを上げて、少年は剣を掲げオレに対峙した。
「知ってるか? 一目で判る個性なんてのは個性じゃなくただの見せかけだ」
オレは相手を揺さぶるだけの挑発をかました。
「黙れ! もう何も言うな!! 刻め、ブライトストリーム!!」
虹色に輝く剣が力任せに振るわれ、斬撃が剣が放つ輝きと同じ色の光跡となってオレへと飛ぶ。
リクエスト通りに無言で光速の斬撃を無言でかわしながら、手に持った杖を無言で振る。
こちらは目に見えない衝撃波が杖から放たれ、少年を撃った。
「こんなもの効かない!」
しかし、少年は少しよろめいただけで剣をふりかぶる。
オレはその声が終わるまでに6発の衝撃波を叩き込むがそれでも大したダメージもないように少年は、身体の前に再度剣を掲げた。
普通ならそこまで平気でいられるわけがない衝撃だ。
岩を穿ち砕くようなものではないが、ひびくらいは入る攻撃をその程度ですましているのは、少年が身に纏う白い金属鎧‘アントラプへゾロン’のせいだろう。
少年の言う平行世界であるこの世界と酷似したMMOゲーム─リアルティメィトオンライン─では、レア中のレアであるユニークアイテム。
白銀の神狼と呼ばれるワンダリングユニークから低確率でドロップする魔術によるダメージを8割も軽減する鎧だ。
そして、それ以上に厄介なのがこいつの目だ。
左の青い瞳は問題ないが、右の赤い瞳は只の眼ではない。
リアルティメィトオンラインで精霊神の試練を乗り越えるイベントがあり、その過程
で眼を失い精霊神の眼を得るイベントが派生することがあるが、こいつの眼はそれだ。
それを得るとあらゆる精霊系魔術を見るだけで跳ね返し、神呪系の状態変化も受け付けなくなる。
さすがに周りから歩くチートだとか規格外とか言われるだけのことはある。
まともにこいつと戦って勝つことはできない。
ならば、せいぜい知恵を使うしかないだろう。
「防げ、ブライトイージス」
それでもダメージがいくらかはあるのだろう、声と同時に少年の前に黄金に輝く紋章のようなものが表れる。
あらゆる攻撃を防ぐ無敵のスキルでこれも億を超えると言われたリアルティメィトオンラインユーザーの中で所持しているのは数百人と言われるレアスキルだ。
だが、その無敵の盾が展開したときは、すでにオレは横に回りこんでいた。
連続で杖から衝撃波を放つが、やはり痛そうな顔をさせるのがせいいっぱいのようだ。
この杖はレアアイテムというわけではないから、それもしかたがない。
盾が展開するのが判っていれば回り込めばいいが、打撃力不足はどうしようもなかった。
「くっ! こっちは当たれば終わるんだ。そんな攻撃!!」
そう言っている間にまた7発当てるが、今度はひるまずに剣を掲げる。
「万象を喰らえ! イデアブレイカー!!」
剣から今度は闇色の光が溢れ出し扇状に広がった闇が大地を消滅させる。
完全に呼吸を盗み放たれる寸前に避けてはいるが、その攻撃は120センチちょっとの杖の下半分を喰らい尽くし杖をロッドに変えてしまった。
「本気で殺す気か? 小僧」
オレは攻撃をせずに、声に殺気を込めその一線を本気で越えるのかを問う。
「殺そうとしない相手を殺すのか? 弱いものをいたぶり殺すクズに成り下がるのか?」
心理攻撃ではあるが、本気の問いでもあった。
調子に乗ったガキだが、オレはそんなバカが嫌いではない。
冷めた面で‘下種脳’の常識を口にする、周りに流されて自分でも知らないうちに腐りかけているガキや、あきらめきったような顔で何が楽しいのかも判らなくなったくせに周りに併せて楽しそうなふりをするやつらに較べれば数段ましだ。
だがそういう不器用なガキのいくらかは、欲望に溺れて‘下種脳’になるのではなく、衝動に駆られて保身も考えずに獣のように罪を犯す。
こいつもそんな‘愚種脳’に成り下がるのだろうか?
オレの言葉に一瞬ひるんだようだったが、やつの心を蝕む闇はそれくらいで消えることはなかったようだ。
その眼は既に英雄志願のものではなく、‘下種脳’に弄ばれる哀れな子供のものだった。
やつは目の前で剣を水平に掲げ、その殺意に時の流れがゆるやかになるあの感覚が訪れる。
「いいだろう。 ケンカの仕方ってのを教えてやる」
ここからはゲームまがいの戦闘ごっこではなく、本気のケンカ指南だ。
オレは杖を捨てると、獰猛に見える笑いを顔に貼り付け、やつへと殺気を叩きつけた。
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