<G煽情の魔王>~比欲斂理のデザイアー~









 需要と供給は経済の基本であり、前世紀、資本主義はその営みを円滑に行うことに大儀を得て、共産主義に対抗した。


 しかし本来、需要と供給の拡大は決して大儀となり得るような理念などではなく、単なる欲求の充足にすぎない。


 需要が存在してそれを満たす為に供給が行われるという完結したシステムを拡大することは、人類がその勢力の維持に窮々としていた古代においては目標としてはあり得たが。


 人類の欲望が自らの生活範囲を狭め、あるいは生活環境を破壊している現在においては、それはすでに目指すべき標とさえ言えないものだ。


 それが近代になり大儀に祭り上げられる原因となったのが、軍人が征服統治する社会から商人が征服統治する社会への変化だ。


 ‘下種脳’どもが、民主主義という理想を歪めて利用し。


 貧しい人々を巻き込んで行われた革命という名の殺し合いに始まったこの変化は、人々を豊かにはせず。


 自由と平等な競争の機会を与えるはずの資本主義を歪め、更なる富の偏在をもたらした。


 その是正を目的に掲げられた共産主義という理想もまた、‘下種脳’によって歪められ。


 本来は民主主義を前提として造りあげられねばならない共産社会ではなく、独裁による虐殺によって社会主義として造り上げ。


 その名分のみを冠した存在としてしまう。



 社会の為に個人の欲望を制御するという理想を歪めて軍人の権威を取り戻そうとする‘下種脳’が、全体主義を掲げ。


 商人の征服統治を拡大しようとする‘下種脳’との争いが始まり、それは第二次世界大戦とよばれる大規模な殺し合いに発展した。


 戦いに勝ち残ったのは歴史の示す通り、商人の征服統治を拡大しようとする‘下種脳’だ。


 そして、漁夫の利を得た共産主義を利用する‘下種脳’もまたその勢力を拡大する。


 ‘下種脳’どもの価値観は当然、次なる戦いを呼ぶことになるが。


 その戦いは原子力という人類を滅亡させかねない脅威の為に静かなる戦争とよばれる戦いとなった。


 その度重なる戦いの中で、心ある人々は‘ 下種脳 ’に陥れられて徐々に発言力を失い。


 資本主義は、需要の為の供給という本来の有様を忘れ。


 人間の欲望を煽り、無から供給の為に需要を作り出すという禁断の錬金術に手を染めた‘下種脳’のものとなり。


 共産主義も民主化を試みる心ある人々を殺戮していった‘下種脳’のものとなる。


 結果、資本主義と共産主義を大儀に掲げた戦いは、その実‘力による征服こそが正義’という共通した価値観による‘下種脳’達の共食いにすぎないものとなっていった。


 やがて、20世紀末、半世紀以上に及んだ戦いに決着はつけられる。


 世界は、資本主義を大儀に掲げた‘下種脳’に征服された。


 本末転倒の極みどころか因果逆転という禁断の錬金術は、人類を滅ぼしかねない原子力と共に地球温暖化による海面上昇やオゾン層の破壊で人間の生活圏を奪い始め。


 富の集中による政治機構の歪みもあり、欲望先進国に征服された小国で大量の餓死者を作り出す結果となった。

 

 それは、今が楽しければ自分の周りさえ幸せならばという自らの卑小さを容認し甘やかしあう人間達が‘下種脳’の価値観を否定せず。


 その情けない生き方を肯定するような夢物語が好まれる時代であり、‘下種脳’どもの最盛期だった。


 大衆は豚だとばかりに与えられた餌に溺れた‘下種脳’の犬に、信念は嘲笑われ。


 誠実さは愚かと言われ。


 正義は二束三文の道具として使われ。


 愛は性欲と征服欲の同義語として扱われ。


 夢は欲望を意味する概念ものに貶められた。


 力に溺れず、弱さに溺れず、欲望に溺れずに生きる人間。


 そういう人間が時代遅れと言われた時代に生まれながら、その信念を曲げずに生きたオレの師が、PSYという力を持ってやったことは、そういった時代を作った‘下種脳’どもと戦うことではなく、その価値観が誤りであると広め続けることだった。


 オレが師の意志をどれだけ継げているかはわからない。


 だが、せめて‘下種脳’へと成り下がるのだけは避けたいものだ。


 そう、どんなに罪を繰り返さねばならないとしても────。


 オレはベッドで横たわる目の前の美女を見ながらそう考えていた。

 



「あッあッンッあッやッ! やめッ…ッあ!」


 熱に浮かされたような声が吐息とともに吐き出され、深紅のカクテルドレスのスリットから伸びた白い脚が悶えるようにくねる。


「そんな……またっ!!」


 ぎゅっとベッドに、赤いマニキュアに飾られた細く白い指が食い込みルシエラは身をのけぞらせた。


 その腕にすでに‘思念伝達の腕輪’はない。


 オレの手で外され隣の浴室で流されっぱなしのシャワーで水浸しになっているところだ。


「あ゛ツ…いッ……ああ゛!!ああ゛!!」


 理性を失い快感に霞んだ紅い瞳が涙の雫が美しい頬のラインへと伝わって流れ落ち、絹糸の輝きを持つ髪がドレスを押し上げる二つの膨らみの上を流れるように舞い踊った。


 あの後、話しているうちに他の女達同様に強制的な発情状態になった彼女になし崩しに‘気’による操作を行い、催眠による尋問の下準備をする破目になったため行った急ごしらえの盗聴デバイス対策だ。


「ひああ! また……ぃくうううっ!!」


 オレの操る‘気’の束に体の中心を通る‘気’の流れ道を侵されながらルシエラの身体が脳内麻薬の噴出に耐え切れず痙攣する。


 彼女の脳ではドーパミンにノルアドレナリン、セロトニンやエンドルフィンの奔流が巻き起こっているのだろう。


「やっ、ら゛めっ! うあ゛はあ゛いああッ!! いく゛うう!!」


 形のいいくちびるから半ば泡となったよだれとともに獣のような声が溢れ出た。


 上気した顔を蕩けさせびくびくと何度も快楽の震えを走らせる彼女に、男口調で凛々しく話していた美女の面影はない。


「────っ!!────ッ!!」


 もはや声にならない敗北の悲鳴を上げながら何度も腰を浮かせてのけぞる様は凄惨なものだった。


 それは単なる生理作用でしかない反応で、決して彼女を貶めるものではないが、心の防壁を壊し無防備にするものであるのは間違いない。


 ルシエラの思っていた方法とは違う方法で記憶を封印すると同時に催眠暗示によって彼女に細工がされていないかを確認するのは、理にかなった行為ではあっても手段としては最悪だ。

 

「ん♥ あ゛♥♥…あ゛♥……あ♥」

 

 だがそれでも、どんな後遺症がでるかわからないASVRの洗脳システムに頼った記憶消去などよりはましなのだ。


 ただ何れ行うつもりではあったが、それがルシエラの異常という要因で急遽行われねばならなくなったのは気にくわない。

 

 オレは意識を飛ばしたまま無防備にベッドに伸びてしまったルシエラに暗示を吹き込みながら、これも罠なのだろうかと考えていた。


 何れにしろオレと長時間ともにいると女が情欲に捉われた状態になるのは判った。


 まるでリアルティメィトオンラインにも設定では存在する七つの欲罪の色欲を司る悪魔、淫魔王のようだ。


 アブラハムの宗教を元ネタにする、傲慢、強欲、憤怒、色欲、暴食、嫉妬、怠惰、の七つの欲罪と。


 それと対を成す、七つの美徳ならぬ、卑屈、隷従、無気力、排他、盲信、孤立、強迫の七つの盲罪。


 それらをあわせた14大魔王がリアルティメィトオンラインでは‘下種脳’の象徴のように語られていたが、まるでオレもそれと同じような存在だと言われているかのようだった。


 これがやつらの仕業なら実に胸くその悪いやりかただ。


 もっとも淫魔王は、男女問わずに欲罪を植えつけるという話だが──。


 オレの場合、男相手だとどうなるかは判らないが試してみる気にはなれない。


 せいぜい、これからは男と一緒になるのは避けるとしよう。


 オレはそう決意しながらルシエラの催眠暗示に取り掛かる。


 ミスリアにユミカ、そしてルシエラと三人目ともなれば手馴れてきて施術はスムーズになったが、それに反して気は重くなっていく。


 だが感傷に浸るのは女子供の仕事だ。


 オレは彼女の心の支えに成り代わり、彼女の心の奥底を探り、彼女の言葉に嘘がなかったことを調べ、彼女の行いをたどり、彼女の恐怖の根源をあばき、彼女の心の傷を封印する。


 オレがやったのは過去を消すことではなく彼女の恐怖を消すことだった。


 それが、彼女にとっていいことかどうかは、オレにはわからない。


 心を扱うのはプロでも難しい仕事だ。


 何かの弊害があれば、その都度対応するしかないだろう。


 全ての仕事を終えたときは夜明け前の一番くらい頃だった。


 オレは、全身を清められ全てを忘れて眠るかのようなルシエラを眺めながら、やりきれない想いと共に、また一つ厄介ごとを抱え込んだような気分を味わっていた。





 

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