<ザ・スターティング・シティ・エピソードⅠ>~敢然諜悪のリゴリズム~


<ザ・スターティング・シティ・エピソードⅠ>~敢然諜悪のリゴリズム~








 人権と言われる概念を、人は皆平等に生きる権利を持つ、と語った人間のせいなのか、この近代国家である為に肯定されねばならない権利を誤解している人間は多い。


 いや、あるいは過剰なまでに人権運動というものが美化されているというのが、理由なのだろうか。


 この権利は、‘平等に生きる権利’を保障しようというものではなく、平等に‘生きる権利’を持つという最低限の保障をしようというものでしかない。


 さも高らかな成果であると謳われているわりには情けない話だが、これは‘下種脳’軍人どもが征服統治するその最低限の保障さえなかったという非道な時代が‘下種脳’商人どもの従える命も商品として扱うという最悪の時代へと変わったにすぎない。


 理想を貶める事でそれが現実と嘯くやつら‘下種脳’の常套手段によって、平等な権利は骨抜きにされ、生まれによって多大なハンデを負わされる従来のシステムのまま、責任を負うことの無い征服者を生む偽りの民主主義は世界を毒していった。


 結果、やつらは時に命を安く買い叩き、時に命に高値をつけて儲けようとする最低の行為に嬉々として興じていく。


 そのやつら‘下種脳’商人の価値観を表す言葉に、昔は命が二束三文の時代だった、というものがある。


 値段がつけられないものには価値が無いと言わんばかりのこの台詞は、命も‘下種脳’商人どもにとっては商品にすぎないことをよく表す台詞だ。


 遺伝子バンクに臓器売買。

 人材派遣会社や人身売買。


 合法か犯罪かを問わず人間を商品とする無数の商売が欲望により肯定され、人の尊厳を踏みにじっていく。


 そして、それに異を唱える心ある人々を‘非人脳’どもは嘲笑い、精神的にあるいはより直接的な暴力で攻撃することで、下卑た欲望を満たそうとする。

 

 だが、やつら‘非人脳’が、外部から肉体というハードを物理的に破壊できようと、あるいは人格というソフトを破壊できたとしても、それは一個の人格データの終焉ではない。


 なぜなら人格は社会から他者の創った概念をダウンロードすることで形成され、やがて形成された人格は概念というデータを社会というネットに配信し、主義や社会通念という外部プログラムを形成するからだ。


 欲望を排除し、人が人を想うことで生まれるデータは理想と呼ばれ、語り継がれていく。


 それは人がいる以上、決して傷つかず無くなることもない。


 ‘ワールデェア’の語る理想とは、そういったものだった。


 リアルティメィトオンラインというMMOは、彼らの理想が散りばめられたゲームだったが、利益を求める企業によって運営される以上、‘下種脳’どもの思惑が絡むものでもあった。


 力による正義を肯定しないまでも、その要素を取り入れることなしに収益は見込めないという運営と力の正義を否定する製作者の妥協点が、リアルティメィトオンラインではカルマシステムと呼ばれるものだ。


 従来のRPGのように敵を倒すだけで強くなったりしないこのシステムこそが、リアルティメィトオンラインというゲームの根幹だった。


 このゲームでキャラクターを育てる方法は二つ。


 一つは、スキルを使うことで能力値を成長させる方法。


 だが、これは上がる代わりに下がる能力値なども設定されている上に、キャラクターの死が消滅と同義の為、現実並の困難さがある。


 それでは若年層を取り込めないと考えられたのがもう一つの方法、カルマシステムだった。


 考え方はクエストによる選択での成長で、正しい行いをすればカルマ値が上がり、それを貯める事で能力値を得られるという経験値システムだ。


 当然、カルマ値が下がる選択もありゲームバランスを考慮してはいるが、概ね製作者の意図が通る結果となった。


 これは、設定上では神々からの恩恵ということになっていて、その神によりカルマ値にも種類があり、力の神のカルマや魔力の神のカルマと言う様に神によって上がる能力が変わるというものだった。


 カルマは、傲慢、強欲、憤怒、色欲、暴食、嫉妬、怠惰、の七つの欲罪とそれと対を成す、七つの美徳ならぬ、卑屈、隷従、無気力、排他、盲信、孤立、強迫の七つの盲罪の否定によって上がっていく‘徳’のようなものだと考えれば、判りやすいかもしれない。


 ‘下種脳’の否定。


 それこそが、製作者のメッセージだったが、その意図を理解しているのはこのシステムによって取り込まれた若い世代よりも設定を拡張する愉しみで製作者サイドの公募に応えた人間達であったのは間違いない。



 オレは設定どおりに再現されたシントの雑然とした街並みを眺めながら、その中にあるはずの仮想現実再現上のバグを探して、独り街中をうろついていた。


 女達は既に宿に入り身体を休めているが、疲労とは無縁なこの体のせいで、乗り心地の良くない魔動車での長旅もオレには関係がない。


 現状の打開を考えて急いでいたせいか人通りのない方向へ歩いた結果、スラム化した地域に自分がいるとはっきり認識したのは、柄の悪そうな連中に出くわしたときだった。


 周囲を探索するスキルを使いながら歩くオレの前に、隠れようともせずに出てきたのは絵に描いたように荒んだ雰囲気を纏ったチンピラだ。


 少し気の利いたやつなら気配を消すスキルでも使ってなどと考えるものだが、こいつらにはそんな頭もないらしい。


 ゲーム内で人がよく通る表通りよりは、荒れ果てた地域を探したほうがバグを見つけやすいと思ってのことだから当然といえば当然なのだが、スラムにチンピラまで常備されているとは思わなかった。


 そこには荒れた雰囲気を漂わせたチビ・デブ・ノッポの絵に描いたようなチンピラがたむろしていた。


「よう、兄ちゃん。ここはオレ達のシマでな通行料がいるんだ」


 三人組のチンピラの一人、兄貴分らしいデブが、にやにやしながらよってくる。


 その後ろではチビとノッポの二人組みが絞め殺された猿のような珍妙な顔でオレを睨んでいる。

 

「悪いな兄弟。ちょうど組への挨拶に来たとこだったんだ。シノギは大変だろうが仲間内でゴタゴタはよそうや」


 オレはにっと笑って、ヤクザな口調で適当な台詞を言いながらチンピラに笑いかけた。


 ここが現実ならまた違った対応をしただろうが、こういった連中相手に息巻くほど若くはないし、こいつらもおそらくは被害者だ。


 その証拠に男達は‘思念伝達の腕輪’なしにティーレル語を喋っていた。


 乗合魔動車を襲った男が言うところのNPCだ。


 つまり、洗脳され別人格を刷り込まれている可能性が高い。


 オレの台詞に男の顔からにやけた笑みが消え、マズイことをしたんじゃないかという表情が浮かぶ。


 シマ、つまり縄張りうんぬんはでたらめだったのだろう。


 オレを後ろで睨んでいたチンピラ二人もうろたえている。


 実に判りやすい三下ぶりだった。


 もとから、大物ではないのは身に纏う雰囲気で察していたが、組織に属すこともできない立場だったらしい。


「ナノスティのおひとでしたか。いや、スイマセン。俺たちゃ──」


「いや、誤解しないでくれ兄弟。オレはそんな大物じゃない。唯の使い走りだ」


 下手にでてきたデブにオレは首を振って笑う。


「だから、別にチクりゃしないぜ。安心してくれ」


「そ、そうか」


「ああ。オレも怖い兄貴分たちにこき使われてるんだ。お前さんたちとは似たようなもんだ。しばらくここらをうろちょろするんでよろしく頼む」


「お? おお、そうか」


「ああ。じゃ、オレは行くが、ここらのあんたのダチにも言っといてくれ。用事でここらをしばらくうろつくんでな」


 そう言って軽い殺気をぶつけて威圧する。


「あ、ああ。判った」


 そう言うと、典型的なチンピラとしての役どころを与えられた三人組はそそくさとオレの前から消え去った。


 話せば判るとはこういうことだ。


 ‘下種脳’にも‘下種脳’なりのルールがあり、無闇な喰いあいはしないものだ。


 ‘愚種脳’のようにいちいち‘下種脳’の奴隷階級を相手にしていると大切なことを見失ってしまう。


 今、大事な事は、この大勢の人間を閉じ込めた監獄から、なんとかして逃げ出す事で、正義の意味など考えた事のない‘下種脳’やその役割を振られた人形の相手をすることではない。


 チンピライベントをスルーしたオレは、再び辺りを見回しながら、どこかに違和感がないかバグを探して、歩き出した。



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