ノッペラボウ

星野すぴか

第1話 12月現在

 いつもと変わらない平日。

 三時間目の授業が終わって、窓ガラスから差し込む光も影に追われゆっくりと消えてゆく。

 その光を追いかけるように少しだけ机と腕をずらす。

 半分だけあたたかい。

 光りの線はこの時期細いけど、それでも午前中の教室には必要な暖房になる。

 

 クラスメイトは皆、グループを作って騒ぎ始める。

 柔らかな金色シャワーの中に無惨にも飛び散る唾液の粒子が、しなやかに床へと落ちていく。

 

 インフルエンザが流行するわけだ。

 そういえば、私もまだ予防接種に行ってなかった。

 気づかないのかなあ。気づくわけないよな。お話は楽しい陰口だもの。

 私の? ううん、違う。

 教室での私は、陰口の主役にもなれないランク外の存在だから。

 そう。いわば無視対象。誰も私には話しかけてこない。陰口の主役は疲れる。だから端役にまわってやった。

 ランランと輝く目には何が映っているのだろう。

 

 先生の存在しない休み時間。持ってきてはいけない携帯の通知音がそこらじゅうで鳴ってる。音のない音がくっきり見える。

 みんな一斉にポケットから携帯電話を出しはじめるから、嫌でも目に入ってくる。

 椅子に座ってる子も、机を囲んで雑誌を見ていたグループも、ロッカーに寄り掛かり立ち話してた子たちも、画面を覗くポーズで時が止まる。

 そして静まり返ったストップモーションが、嬉しそうな悲鳴に変わる。

 今度は何が起きたの?

 もうあの輪の中に入りたくない。ここでいい。

 私はいつものように片腕を窓側に置いて、頬杖をつき、そのザワツク群れをじっと見つめていた。

 

 教室の窓側、一番後ろ。私の居場所。

 そして、私の後ろには、あの子がじっと立っている。顔のない、おばけ。


 のっぺらぼう。


 私と同じ制服を着た、ロングヘアの女の子。

 

 私はあの子を「のーちゃん」と勝手に呼んでいた。

 顔がないのっぺらぼうだから、のーちゃん。

 のーちゃんは、じめっとそこにいる。

 だって、のっぺらぼうだから。

 目も口も鼻もない、しゃべることもない、表情も見せない。ただ、気がつくと、私の後ろに立っている。

 なにがじめっとしてるのか。

 

 私はまた、考えてみた。

 なんでのーちゃんは、じめっとしてるんだろう? なんで私の後ろにいるの? なんで私から離れないんだろう? 

 そんなことは、もう何度も考えた。

 

 おばけだから怖いはずなのに、全然怖くない。

 そりゃあ、最初に現れたときは、さすがの私も目を疑ったし、心臓の音もトクンと、耳の奥まで聞こえるくらいに大きかった。

 体中を走り抜ける血液が、首筋にトクン、両方の手首にトクントクン、心臓めがけて勢いを増した。怯えて逃げ回ったし、気になって調べたてもみた。


 ――でも。

 怖いのは最初だけだった。いないよりましかもしれない。

 こんなのーちゃんでも。

 今の私には。

 

 

 

            

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