第11話 6月カエルの輪唱
グワグワグワ。グワグワグワ。
カエルの輪唱が聞こえてくる時間だ。
この季節夕方になると、上町にある沼池から規則正しいカエルたちの輪唱が聞こえてくる。葦の生い茂るその場所は、火山の噴火でできたとされる歴史の深い沼池だ。
波が伝わるように響きあうカエルの鳴き声は、第九のようにまとまりのある、それでいてズッシリと美しく、声と声が絡み合う。
六時間目の授業は夏の夕べについての学活だ。
教壇の真ん中に倉橋。右横に私が立ち、今日の議題を黒板に写す。左横にはオニヤンマが足を組んで腰かけている。
「今回の議題は夏の夕べについてです。プリントを参照ください」
シャシャシャ。倉橋の声に従ってみんながプリントをめくる。
「まず、屋上露店の内容ですが、現状はスーパーボールすくい、綿菓子、スイカ割り、占いコーナーなどが決まってます。一グループ五、六人で担当してもらいますが、何か他にやりたいお店などありますか?」
「はい!」
真っ直ぐな花先を天に向ける白桔梗のように、細くしなやかな手が挙がる。
「じゃあ、磯崎さん」
「クッキーやケーキなど手作りで参加できませんか?」
キリっと発言し、柔らかに笑う。
教室からは「わあ」とか「いいー」とか、あっちこっちで敬いの声が飛ぶ。
私は黒板に「スイーツショップ」と付け加えた。
「舞伽様の手作りケーキ、食べたい!」
中野君が一番最初に手を挙げた。
「僕も僕も!」牧村君が一緒になって叫んだ。
「お前はひっこんでろ」
牧村君の頭をグイッと抑え込む中野君。牧村君の黒メガネがズレる。クラスからは笑いが起こる。牧村君はちょっとムッとした表情を見せてから、負けじとその手を払いのけ前へ出る。それを制するように中野君は更に牧村君の頭を叩いた。舞伽様ファンの中野君と牧村君のデコボココンビが笑いをとりながら大きな声で持ち上げる。
そういえば二クミチャで、以前、舞伽様が作ったケーキをアップしていたっけ。
フルーツタルト、シフォン、チーズケーキ、モンブラン。フルーツの色鮮やかな並べ方、チーズの香りが届いてきそうな焦げ模様、クリームの先までしなやかに形が整い、まるでおしゃれな洋菓子店から買ってきたような、気品のある、それでいて可愛らしい、舞伽様のようなケーキだった。
ケーキ?
何となく思い出してしまった。
有砂の態度が一変したあの日。有砂はケーキを食べて元気が出たって美波から聞いたっけ。
え? まさかね。ん? でもだよ、有砂が泣いて走って帰った姿を舞伽様や未来ちゃんが見てたわけだから、その後舞伽様がケーキを持って行ったとか……考えられないわけじゃない。
倉橋に伝えなきゃ。でも今は無理だ。有砂の変化。有砂の笑顔。有砂の気持ち。ケーキ一つで変わっちゃうわけ? 私たちの友情って、そんなもんだったの?
さっきからの妄想が私を一気に突き落す。勝手な私の、勝手な思い込みかもしれないけど、勘違いであってほしいけど、妄想は広がるばかりだった。
「舞伽様のスイーツショップ、お手伝いするにゃん」
有砂の甘い声。
「私も!」
「じゃあ、美波もスイーツショップに入れてあげるね」
文果が美波にわざとらしく微笑む……ように見える。ようにしか見えない。
その横で未来ちゃんと夏帆と千愛里がヒソヒソ話す。
いつものこと。
凝視出来ずにプリントを眺める振りをした。
「意義がなければ、スイーツショップを追加します、グループ責任者は磯崎さんでいいですか?」
「はあい!」
賛成の拍手が響く。
倉橋が振り返り、プリントにも書き込むよう指示が来た。倉橋の話を耳で聞きながら、有砂と美波に視線を送った。
舞伽様グループがキャッキャと笑う。その時、違う視線の気配を感じた。倉橋の腕とプリントの間から長い黒髪を直す振りをして私を見ている。目と目があった。
未来ちゃんだ。
ダヴィンチのモナリザみたいに、何かを伝えようと瞳が訴えているように思えた。
未来ちゃんから視線を外せなかった。
「お前、聞いてんのかよ」
頭を軽くプリントで叩かれた。
「聞いてるよ」
ちょっとムクれて倉橋を見上げた。
そんなことすんなよ。みんなに注目されるから。倉橋はいたって普通だ。私がそう思われるのが嫌なだけ。堂々としろって倉橋は言ったけど、堂々としても、いつも空回り。
ホラ聞こえてきた。クスクス笑う声。
その都度その都度、教室がどよめく。普通の会話なのに、大げさに聞こえてくる。
「うわ」「イチャツイテル」「見た?」
その都度その都度、泣きたくなる。
秩序も思いやる気持ちもない。人と人とを尊重することもない。言いたい放題。あっちからも、こっちからも。
「お、オニヤンマ寝てるぜ」
誰かの声。
足を組んで、腕を組んで、頭が浮いたり沈んだり。
こういう時に限ってオニヤンマは見ていない。
グワグワグワ。グワグワグワ。
輪唱は交互に規則正しい。カエルでさえ、まとまりがあるのに。
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