第12話 6月ワード会議

 美波から裏切り者と言われて一週間。

 みんなは、相変わらず私と倉橋の噂を流しているようだった。

 イヤラシイ目。イライラが最上級になる。真実じゃないのに。

 

 周りがみんな敵に見える。

 本当はきっとそんなことないはずだって、心のどこかで信じてる自分がいる。美波も有砂も、クラスのみんなも。きっとこんなことは一時的なものだから、大丈夫って……。

 そう信じたい。

 今日はゆっこと中野君が、話しているのを聞いた。私と倉橋は、夜遅くまで学校に残って何かをしているらしい。その何かは男と女のすることらしい。

 クラス委員の仕事に決まってるじゃん。心で憤慨しても何も変わらない。

 昨日はもっとひどかった。

 聞こえるように話す、文果、千愛里、夏帆。

 私が休んだのは、夏風邪じゃなく、倉橋の子を中絶したから……らしい。

 バッカみたい。

 

 あれから私は美波に直接聞きに行った。でも、やっぱり無視されたから、倉橋に頼んで探りを入れてもらった。もちろんケーキについての妄想も、ワードパズル会議で話してみた。

 倉橋は一応わかってくれたけど、やっぱり「ケーキ一つで態度が一変するのか?」って話になって疑問は解けていない。

 今日も屋上で会議を開く。

 ワードをひとつひとつ組み合わせる。

 倉橋の話によると、美波はやっぱり口を開かないらしい。でも舞伽様グループの夏帆から「美波から聞いた」という話しを引き出してきてくれた。

 「お前さあ、もしかして俺のこと好き?」

 唐突に倉橋が言った。

 「な、なに言ってんの?」

 疑わしい目。

 「なんで、あんたなんか……あ、ごめん、っていうか、私好きだよ。倉橋のこと。いいやつだと思う。で、でも、それはいいやつってだけで、恋とか愛とかそういうことじゃなくって……」

 「そういうことじゃなくって?」

 「だから、心のね、支えにはなってると思う。今は運命共同体っていうか……」

 「そっか、それならいいんだ」

 私の動揺に比べて倉橋はいたって冷静。なんかヘンだ。

 「実はさ、クラス委員決める時、みんな初音の名前書くように頼まれたらしいんだ」

 「誰に? 誰に頼まれたの?」

 「それがさあ、お前からだって」

 

 ――ええ? 私頼んでない。

 

 倉橋によると、あの日クラスの半分以上が、私の名前を書いてくれるように私から頼まれたらしい。もちろん私は頼んでいない。

 しかも理由は、私が倉橋を好きだから。クラス委員を一緒にやりたいから。さらにその噂の中での私は、好きって気持ちを隠すために、みんなが嫌がることを進んでやるいい子を演じていたらしい。裏表のある私の偶像が勝手に一人歩きを……一人歩きじゃないね、バトンを渡すみたいにパスされていった。

 有砂もその話を聞き、私を避けるようになった。有砂はまだわかる。倉橋のこと好きだったわけだから、私が邪魔したみたいに見えたんだろう。美波はその日、有砂からメールをもらっていたらしい。そのことが書かれたメールを。

 そう言えば有砂が私を避けて美波を追いかけていったあの日、「初音はクラス委員やりたくなかったんだよね」美波はそう聞いてきた。私はハッキリ否定した。

 「あのさ、私、頼んでないよ。クラス委員なんてできればやりたくなかった」

 倉橋が疑ってるようで悲しくなったけど、ここはきちんと言わせてもらう。

 「うん、そうだろうとは思ったよ」

 「じゃあ、なんでさっき、疑わしいこと聞いたの?」

 

 ――お前さあ。もしかして俺のこと好き?

 倉橋がこう言ったことが悔しくてならなかった。悔しいよ。だって倉橋疑ってる。もしかしてって。

 「まあ、万が一ってこともあるからね」

 「万が一って何? もしもよ、もしも、万が一だったらどうなるの?」

 「お前が嘘付いてることになるから」

 ガクゼンとするような言葉だった。

 「信じてもらってないんだ私」

 「わかったよ。ごめんごめん。まあ、怒るなって」

 悪いと思ってない言い方だった。

 「そうなると、答えは一つ。その噂を広めたやつがいるんじゃね? 誰かが広めたってことになるよな」

 「ねえ、ケーキ……」

 どうしても気になっていた。

 「わかったよ、それも視野に入れて考えよう」

 クロスワードはまだまだ完成しないようだ。

 噂の中の私は、完全に嫌なやつだ。

 自分本意で人を操り、倉橋との関係をうまくつなぎ、親友の気持ちを裏切った。でも私はそんなことしていない。それが真実だ。どうしたらその真実が伝わるのだろう。誰がそんな噂を流したのだろう。噂は尾ひれをたくさんつけて泳ぎだしている。男と女だとか、中絶だとか、バカらしいと思っていたのは私だけで、みんな真剣にそれを信じている。これは非常事態? これは泥沼?

 かなり深刻かもしれない。

 

 でもその時私は、まだまだ安心していた。

 非常事態……かもしれない程度で。

 世間で言ういじめの典型みたいに、上履きを隠されたり、教科書に落書きされたり、トイレの水飲まされたり……なんていう、証拠があがるものは何一つ無かったから。

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