第5話 4月けやき
次の学活で決める『クラスの目標』は、みんなに目標を提出してもらい、多数決で決定する。
学活までにクラスの目標を考え、目標とその理由をアンケート用紙に無記名で書き込んでもらうこと。それが初めて倉橋と私とでみんなをまとめたクラス委員のお仕事だった。
「えー、お配りした、アン……アンケート用紙に……」
やっぱり慣れないから倉橋も最初は噛み噛みだったけど、数分しないうちに、口調はどんどん滑らかになる。堂々と話す横顔は悔しいけど頼もしくもあった。いつの間にか、みんなは倉橋に惹きつけられていった。
倉橋のクラス中をまとめる腕は確かだ。
私はといえば、そういうの苦手だから、口出しせず、ひたすら黒板に、ノートに、今日の議題を書き込んでいく。
オニヤンマもついていてくれるし、クラスの雰囲気はわりと良かった。
私が副委員になったことで、舞伽様グループの態度が気になったけど、今のところきちんと従ってくれている。
有砂の変化だけが私の議題だった。
今日はその目標を決める日。
前回同様、私は書記係。倉橋がリードしてクラスをまとめる。
美波が胸の辺りで小さく手を振る。
「がんばるよ、美波」私も目で笑って合図した。
「一年間、このクラスでやり遂げたいことや、どんなクラスにしたいのか、目標を考えてきてくれたと思います。これからアンケート用紙を回収しますのでこちらの箱に入れてください」
倉橋の第一声と共にそれぞれが用紙を確認する。私は回収箱をもってクラスを周った。
長く紺色の何かが私の視覚を塞いだ。
見上げると突き上げられた手の先にはクシャクシャになった用紙が指先からなびいている。
お調子者の中野君がもう片方の手で牧村君の頭を押さえ、笑いながら読み上げる。
「絆? おめー、ヤバくね? ダッセー」
頭を押さえられた牧村君も必死で背伸びする。中野君は背が高いから、用紙まで届かなかった。
中野岬(なかのみさき)
バスケットボール部のエース。背も高く体はゴツイ。クラス一のお調子者。何かといえば声を上げてクラスを盛り上げる。いつもうるさい。
牧村星名(まきむらせな)
背が低く、太い黒縁メガネをかけている。一人でいると真面目そのものに見える。中野君とは対照的だけどいつも一緒にいる。二人は小学校からの幼馴染らしい。
「やめろよー」
牧村君がピョンピョン跳ねる。周りからクスクス笑い声が聞こえる。「絆だって」「絆?」「キ・ズ・ナァ」ヒソヒソ声が教室の端から端まで次々と小さな渦を巻く。
小さな渦は、隣り合わせに広がって、中心にいた私たちは、いつしか大きな渦に飲み込まれそうになっていた。
牧村君……。
声は笑っているけど、目の奥は笑ってない。
斜め後ろの美波が怪訝そうな顔付きで中野君を見上げている。
私はたまらなくなって、
「発表は後からきちんとしますので、用紙を箱に入れてください」
と、言ってしまった。
あ、視線が痛い。
ヒソヒソ話が肥大する。本流に飲み込まれ、大きな渦の真ん中へ。一気に溺れそうになる。
どうしよう、なんて言おう……。
「みんな静かに、清水さんの言うとおりだよ」
渦の中、溺れそうになった私を引っ張り出してくれたのは、舞伽様だった。
今まであちこちに発生していた渦は一瞬にして静かな海へ変わった。
「無記名で提出することが条件なんだから、言っちゃダメだろ?」
舞伽様の後押しをするように文果がふてぶてしく呟く。
その横で有砂が小さく頷く。
中野君は分が悪そうな顔をして、急に背中を丸め、小さくなった。私を見て舌打ちしてから雑に椅子を引き、腰かけた。牧村君は申し訳なさそうにコクリコクリと何度も頭を小さく下げながら目で訴えてくる。
私にはそれが「ごめんね、ありがとう」と言っているように感じた。
回収が済んでから、アンケート用紙を一枚一枚開いて倉橋に渡した。いろんなテーマが集まった。
倉橋が読みあげる
『飛翔』高く飛べる翼を持て。
『ドーナツ』クラスの輪をモットーに。
『ワンピース』心を一つに。
『絆』一人一人の絆を強くしよう。
教室内がチラチラと騒めき始める。
牧村君は顔を真っ赤にしてうつむいている。
古臭いとか関係ないよ。いい言葉だと思うけどな。有砂を失った私にとって『絆』は何よりも欲しい心のアイテムに思えた。
『ニッ組 笑顔』二組なのでニッと笑顔を忘れずに。
『けやき』決断力、やる気、希望。
学校のシンボルにもなる並木道のけやきを文字って。
そこからクラスで投票して最終的には『けやき』に決まった。
「決断力のけ。やる気のや。希望のき。いいんじゃないかな。けやきは学校のシンボルでもあるから意味合いも調べてみろ」
オニヤンマがとても軽くまとめた。
――で? 誰が? クラス委員? 前期やることいっぱいなんだけど。
仕事増やさないでー。
心の訴えは誰にも聞こえなかったけど、それでもやるしかないんだよなって私は仕方なく腹を決めた。
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