第18話 のーちゃん調べ

 あんなに青かったけやきの葉も、くすんだ陰りを帯びた深い色を見せるようになった。

 校門で湯川先生が生活指導を行っている。

 「おはようございます」

 先生の前を通り過ぎる。

 「清水、今日は一人か?」

 いえ、二人です……とも言えず、「はい一人です」と答えた。

 

 どこからともなく吹く秋風に乗って、あの香りが胸を刺す。

 甘ったるくて苦しい香り。

 忘れていた感情がよみがえる。思い出したくなかった。目の前の歪んだ景色。

 死のうと思ったこと。今でも思っていること。気持ちは変わらない。だけどこのままじゃ死ねない。

 今日は違うだろ? のーちゃんのこと調べてみるんだろ? のーちゃんのこと見える人がいるかもしれない。もしかしたら話題作りになるかもしれない。

 淡い期待と強い口調で自分に問いかけ、歪んだ景色を拭い取ってまっすぐ歩いた。


 ソプラノの雑多な笑い声がだんだん近づいてくる。

 「おはようございます」

 小さな声で挨拶した。

 ゴソゴソとしたテノールに変わる。

 想定内。

 ふと目を上げると、花瓶に生けられた花が私の机に置かれていた。

 うん。おばけいるからね。

 想定内。

 カバンを置いてから廊下の出窓に花瓶を飾った。

 誰一人として騒ごうとしない。

 完全無視状態。

 ま、これも想定内。

 

 どうやらみんなにもパパやママ同様、のーちゃんのことは見えないようだ。

 のーちゃんは教室内をすごい速さで回ったかと思うと、ゆっくり風船みたいに浮きだした。

 のーちゃんの浮いてるちょうど下あたりに……。

 ――あれ? 花瓶。

 牧村君の席だ。

 

 なんで? わけがわからない。この三日間で何があったの? 携帯は家に置いてきたから二クミチャの確認もできず……想定外。

 何かが違った。もちろん私が無視されるのはわかってたけど、牧村君も? 

 体温の低さが伝わるような青ざめた表情の牧村君。その横で中野君が花瓶から花を取って、牧村君の頭に茎ごと挿し「かわいいなあ。似合ってる似合ってる」と言った。

 無表情のまま震える牧村君。更に中野くんは残った花瓶の水を頭からかけた。

 牧村君が濃度の低い笑みをこぼした。

 あ……。見て見ぬふりはしたくない。

 「やめなよ!」

 花瓶と花を無理やりひったくって、教室を出た。溢れてくる涙が行く先を阻んだ。制服で拭って道を開いた。

 悔しくてならなかった。どうして牧村君まで? どうしてみんな見ないふりするの?

 長身の影が横切る。倉橋だ。その横に舞伽様、有砂。

 一瞬歩く速度が緩んだけど、振り切って一番奥の出窓を目指した。

 

 放課後、私は理由を調べるべく図書室へ向かった。

 のーちゃんはこの学校の制服を着ている。昨日決めたこと。卒業名簿を漁るのだ。

 卒業生かもしれないし、途中で亡くなったのかもしれない。とにかくのーちゃんらしき人物を確定したかった。

 

 生きていれば話しに行ける。生きていたなら、中学時代の寂しいとか悲しさっていう念のようなものが、未だに残っているのかもしれない……だから共鳴して私に憑いたのかもしれない……などと妄想に耽る。

 亡くなっていたら、どうして亡くなったのか? 何があったのか? など原因を調べることもできる。

 原因がわかったら、のーちゃんに何かしてあげられるかもしれない。こんなところで私に憑いてたってきっと浮かばれない。私だって、どうにもこうにもこの子が近くにいると気になってしまって死のうにも死ねない。

 数多くある卒業名簿の中から『富士見学園中学創立五十周年卒業生名簿』を手にした。

 五年おきに新しい卒業生が加わり学生時代の写真付き名簿が新しくなるようだ。 

 

 一番新しい名簿は三年前の創立五十周年時の発行になる。私は最近の卒業生から一人一人の写真をチェックした。

 のーちゃんの顔はわからない。長い黒髪と卵型の輪郭。雰囲気とイメージだけで探してみる。

 長い黒髪なんて多すぎるし、顔の形だってどれも同じに見える。

 分厚い名簿の端から端まで目を皿のようにして探したけど、「それらしき」が多すぎて、お話にならなかった。

 

 ひとつだけ収穫があったとするなら、名簿の最後に「物故者」として年代別に名前だけが記載され、妙に気になった苗字が二つ並んでいたこと。

 七年前の代。

 磯崎 諒(いそざきりょう)

 倉橋 真雪(くらはしまゆき)

 

 偶然……なんだろうけど。

 この辺の土地で同じ苗字だけど親戚じゃない――なんてのはザラにある。

 倉橋と磯崎、清水だって市内にはかなり多く存在する。私の知っている倉橋と磯崎は、倉橋オズマと磯崎舞伽。きっと偶然だ。イヤ何かあるかもしれない。疑問は深まるばかりだ。

 倉橋の親戚とか、知り合いとか、知っている可能性がないとは限らない。

 でも、今は倉橋に直接聞くことができない。あんな風に物別れして、人差し指の合図も送れない今は。

 舞伽様だって周りに取り巻きがいっぱいで、近づけない。

 どうしよう。

 七年前の代。三年前の発行。ひとつ前の名簿は八年前になるから、その名簿には記載がない。卒業後に亡くなったのか、卒業前なのかわからない。

 でも七年前から三年前の四年の間に亡くなっているということは、病気か事故か……。

 私が七歳から十一歳までの間に、そんな大きな事件や事故が起きた記憶はなかった。

 そうだ! 確か図書館に新聞記事が保管されているはず。

 今日はもう遅いから、今度調べに行こう。

 のーちゃんは私の頭上で不気味にフワンフワン浮きながらゆっくりと回った。

 

 家に帰ってから、三日間触れていなかった携帯を起動すると、案の定の荒れ具合だった。

 牧村君の花瓶はなんだったのか?

 二クミチャをよくよく見ると、メッセージを頻繁に書きこむ人と、まったく書き込んでいない人、いわば、見て見ぬふりをする人に分かれている。牧村君や未来ちゃんは見て見ぬふり派。でも、一番最後のメッセージは牧村君だった。

 

 「過冷却だ! 起死回生を願う」

 ここに書いちゃったんだ……。

 そのあとのメッセージが続いてないってことは、この一文で引かれたのかもしれない。

 

 蒼ざめた表情の牧村君が思い出される。

 悲しくなる言葉のオンパレード。胸に突き刺さる。そのまま携帯の電源を落とした。

 

 とにかく今は、のーちゃん調べに専念しよう。

 じめっと佇むのーちゃん。フワリフワリと。

 なんであなたはそこにいるの?

 どんなことがあったの?

 今日発見した名前を思い出す。

 あなたは……真雪さんですか?

 話しかけても答えてくれない。ただそこにいるだけ。

 

 携帯はなるべく見ない。見ても「またか」って思うことにする。教室では何を言われても驚かない。気にしない。無表情を装う。

 つまらない青春だと思いながらも、のーちゃん調べが終わったら……死ぬつもりだ。

 そう思えば何も怖くない。

 今日は図書館に行く。

 そう決めたのだ。

 きっとのーちゃんが何者なのか、ずっと見つからない気がする。でも探さないよりはまし……なんていうのは口実で、何かしていないと震えが来そうだから。わけのわからない理由でも、理由があるならすがりたかった。

 

 四年間の新聞記事。図書館に地方紙のデータベースが残っているはずだ。

 受付を済ませてカウンターの司書さんに場所を聞く。

 地方紙の閲覧コーナーで四年間の記事を隈なく探す。探す。探す。

 そうだよな……。

 見つかる気がしなかった。

 それらしき事故も事件も載っていなかった。

 探しても見つからなければ諦めもつく。その場で肩を落とし、少しの間動けずにいた。

 

 何やってるんだろう……私。

 

 お母さんと一緒に絵本を選ぶ子ども。その絵本、知ってるよ。懐かしいなあ。

 「鏡よ、鏡。世界で一番美しいのはだあれ?」

 「世界で一番美しいのは……舞伽様です」

 そんなのわかってる。比べものにならないことなんて。別につきあってたわけじゃないし、とられたわけでもない。

 だけど今はひとりぼっちだ。美波も、有砂もいない。倉橋だって……。

 いろんなことが交差して、なんかみじめで、なんか違うって思って、なんか心が重くて……。でも誰にも言えなくて、誰とも話ができなくて、なんで私は生きてるんだろうって、何度も考えた。

 みんなにとって、私はごみ以下で、汚くて、必要がなくて、存在すら認めてもらない。

 私ひとりいなくなっても変わらない世界。教室という名の生き地獄。

 だから死のうって思ったんだ。

 

 思い出したくない気持ちを思い出して、また涙があふれてきた。

 のーちゃんは特集コーナーの上から「おいで」と言ってるみたいにこちらを向いていた。

 

 毎月の特集コーナーには、死後の世界についての本が並んでいる。

 ――死後の……世界か。

 のーちゃんに引き寄せられたのか、その言葉に引き寄せられたのか……。

 何となく歩き出し、コーナーに向かう。

 コーナーの一番奥から何冊もの本を両手に抱えた人物がよろけそうになりながら歩いてくる。

 ――危ないなあ。

 

 落ちそうになる、バランスを立て直す。落ちそうになる。肩で本を戻す。それでも落ちそうになったから、咄嗟に手を差し出してしまった。

 ――あれ? 牧村君。

 「あ、清水さん、ありがとうございます」

 「何やってるの?」

 「本、借りてます」

 まあ、そうなんだろうけど。

 「沢山借りるんだね」

 「いや、この中から借りる本を選ぶんですよ」

 牧村君の持っていた本は今月の特集コーナーにふさわしいタイトルがズラリとエントリーされている。

 死後だとか、死んだらどうなるとか、臨死体験だとか。

 「あの……死後の世界に興味あるの? それとも幽霊が見えるとか……」

 まさかとは思うけど、のーちゃんが見えてるなんてことはないだろうか? まさかとは思うけど、牧村君ものーちゃんに引き寄せられたんではないだろうか?

 「あ、いや、科学的に証明されてない世界を文学的に宗教学的に、更によくあるオカルト研究団体なんかが、どう捉えているのかを、知りたくなって」

 「……?」

 「いや、だから、あの、科学的に証明されてないものを、どうやって人は信じるのかなあって……」

 「……?」

 「簡単に言えば、科学的に証明されていないものを、いろんな角度から視野を広げて見てみたいなと……」

 科学的に科学的にって……。それってつまり死を? 牧村君なりに考えてるの?

 「死後の世界を? 幽霊を?」

 「うーん、どちらかと言えば死後の世界」

 のーちゃんは近くで浮いてたけど、牧村君は気づいていないようだったから、やっぱり見えないんだろう。私はこの間から今でも続く中野君とのことが気になっていた。

 「中野君とのことなんだけど……」

 牧村君の表情が曇る。

 「っていうか、中野君以外のみんなのことも……」

 仏頂面して黙り込んでいた牧村君だったけど、顔を上げて口を開いた。

 「それは、いいんです。これから沼池に行くから」

 ――は? 質問の答えになってない。

 「沼池行ってどうするの?」

 「借りた本を読もうかなと」

 つかめない性格。なんで沼池?

 

 エントリーの中から『死んだらどうなる』を手に取り、その他の本を片付けて借りる本の手続きをしたかと思ったら牧村君は図書館をそそくさ出て行った。

 

 なんで……沼池……?

 なんで……ってまさかね。まさかね。まさかだよね?

 沼池のイメージはあまり良くないから。

 普段はとても穏やかな池で、木々も生い茂り、散歩がてら畔を歩くのはいいけど、昔パパから「一人で近づくんじゃないぞ、危ないから」って聞いたことがある。 

 確かあそこで昔、亡くなった人がいるって。

 中野君の話を出したとき、牧村君は「それは、いいんです、これから沼池に行くから」って言った。

 「それは、いいんです」がひっかかる。しかも『死んだらどうなる』や死後の世界についての本を探していたこと考えると……まずくない? 大丈夫かな? 死のうなんて思ってないよね? しかも、牧村君の家って、倉橋の住んでる赤川だったよね? 沼池なんて逆方向じゃん。

 そう思ったらいてもたってもいられなくなった。

 死んじゃダメ!

 死のうと思ってる人が、死のうと思ってる人を助けようなんて変な話だけど、牧村君はダメ! 生きなきゃダメ!

 

 沼池を目指しながら「間に合いますように」って心で祈りながら、きっと私と同じで、相当辛い目にあったんじゃないかっていう同志のような気持ちも芽生え、気が付いたら、のーちゃんも追いつけないくらいの速さで、思いっきり走っていた。

 

 「牧村君!」

 肩で息をしながら、ありったけの声で叫んだ。呼吸も心音もメトロノームが振り切れるくらい速かったけど、なにごともなかったようにそっと近づいた。

 沼池の畔に座り込み、本を読む牧村君。

 私の声に気づいて振り向くと

 「あれ? 清水さんどうしたんですか?」

 と、メガネを直しながら煙たそうに言った。

 「え、あの、いや……ただ、何かあったのかなって」

 「?」

 「特集コーナーの本借りてたから」

 「ああ、これのことですか?」

 私は牧村君の隣に座って話しかけた。

 突然『死』のキーワードはまずいよね? 話の続きでさりげなく、でも真髄を突けるように聞かなくちゃ。

 「あの、さ……中野君のことなんだけど……」

 さりげなく……ではなかったけど、いきなり真髄を貫いちゃったかもしれないけど、とにかく思っていることを質問した。

 「岬君?」

 「花瓶を置かれたり、水、頭にかけられたり、嫌じゃないの?」

 今度は中野君の話を出しても、牧村君の表情は変わらなかった。むしろ薄っすらとちょっと不気味な笑みを浮かべた。

 「ああ、あのことですか……」

 「うん」

 「いつものことです」

 「え? いつものことで、済まされないでしょ?」

 「くされ縁なんですよ」

 「くされ縁?」

 牧村君はなんだか照れ臭そうに、でも仕方なさそうに話し始めた。

 「岬君とは親同士が仲が良くて、小さな頃から一緒でした。小学校のクラスも一緒。遊びも勉強も一緒でした。親が仲がいいと、何かと比べられて、『岬君、運動会一番なんでしょ? 星名(せな)もがんばらなきゃね』『岬君の書道、金賞だったわよ、星名は銀賞なの? がんばろうね』って母親はいつも岬君の話をして僕を勇気づけてくれました。僕も岬君も、母達の思惑通りに、お互い意識しながら切磋琢磨してきたんですが、岬君は僕がテストで成績が上でも、百メートル走でたまたま順位を抜かしても、いつも何も言わなかったんです。僕はいつも『スゴイな』って思うことは『スゴイな』って伝えてたのに……」

 後から後から湧き出す牧村君の話に、私はじっと耳を傾けた。

 最近誰かと話すことがなかったから、いつもだったらめんどうだって思う話も素直に耳を通り頭の中にしっかり届けられる。

 

 「四年生の夏休みの自由研究で、僕の研究が県で表彰されたんです。その時、岬君から初めて『お前スゴイな』って言われて……。前々から研究や実験が好きだったから、僕も素直に嬉しくて、その後、僕は科学や物理、実験や研究の本を読んだり、実際に中学や高校の物理部なんかにお邪魔したり、科学博物館などの興味あるイベントに参加したり。

 岬君は岬君でミニバスチームに入って、バスケ中心の生活になって……。それでも僕たちはお互いのそういう世界を尊敬しあえる相手というか、普段はああやって調子のいい性格ですけど、バスケに対する情熱は誰にも負けないことを僕は知っています」

 疑問。じゃ、なんであんなことを……。

 「じゃあ花瓶の件は? あんなことされて、悔しくないの?」

 「僕が二クミチャで避けられてることを知って、自ら演じてくれたんですよ」

 ――え?

 「演じてくれたって……。演技だって嫌でしょ? あんなこと」

 「誰かにやられる前に、岬君がやってくれたんです」

 「岬君ならいいの? そんなの変じゃない?」

 「あれでいいんです」

 「だって……見てられなった」

 「いつもそうやって守ってくれた。昔からそういうやつなんです。僕、小学校のときもそうやって守ってもらいましたから。実際あの後、みんな僕には何もできなかったでしょ?」

 「……」

 「あんなことあっても、僕たち一緒にいますし、岬君は僕を無視したりしませんから」

 そんな……。そんな友情ってあるんだろうか? じゃあ、なんで死のうとしたの? 何でここに来たの? 聞いてみたい。

 「ここに来たのは……なぜ?」

 「え? さっきも言いませんでしたっけ? 本を読むためです」

 「沼池で?」

 急に牧村君は、いつかの物理部で見た自慢げな顔つきになった。

 「森からのフィトンチッドと、池からのマイナスイオンが、爽快なんです。こういう場所で本を読むのが好きなんですよ。フィトンチッドってわかりますか?」

 わっ、変なボタン押しちゃったかも。

 「し、知らないです」

 「フィトンチッドっていうのは、樹木や植物の出す揮発性物質で、主な成分はテルペン類と言われる有機化合物なんです。森林浴って聞いたことありますか? ありますよね? フィトンチッドの出す成分には自律神経の安定効果も得られる実験結果も出ていまして、抗菌や防虫、消臭効果もあり、自ら樹が生きていくための自己防衛と言いましょうか……」

 

 質問……間違ったかな。

 

 死のうと思ってたわけじゃないんだ。それはそれで良かったけど、またもや上を向きながら、ひとしきり話す牧村君の紅潮する頬を見ながら、話、長そうだな。切り抜けなきゃって思う私。

 そういえば、本返してなかったっけ。いつでも返せるようにカバンにいれておいてよかった。

 「牧村君、この本ありがとう」

 「過冷却、おもしろかったでしょ? わかりました? すごいんですよ!」

 「よくわからないけど、何となくわかりました」

 「倉橋さんにも、過冷却でぶつかってみてください」

 

 ――え?

 

 「なんで倉橋?」

 「最近、一緒じゃないから」

 「クラス委員終わったから」

 

 心を抉り取られたような、見透かされたような、牧村君の言葉に、私はなんでそのワードが出てくるのか、なんで過冷却につながるのか、科学的なそれらの分析や研究や実験を真っ向から否定したくなった。

 「牧村君には、関係ないでしょ?」

 「まあ、そうですけど」

 ふふって笑いながら言う牧村君にムカッとくる。

 「とにかく、その話はしないで!」

 「感情は、爆発させないと、自分の中で爆発しますから、ちゃんと逃がしてあげてください」

 「もう、わかんない!」

 

 牧村君は口元だけで笑って、視線は本に向けたままこう言った。

 「清水さんは、間違ってません」

 

 ――何よ……何なのよ。

 

 「ちゃんと話すべきです。倉橋さんと。勘違いを正すべきです」

 こっちが真髄突かれちゃったかもしれない。

 

 ――清水さんは間違ってません。

 牧村君と別れて、けやき坂を無我夢中で下って、のーちゃんのこともどっかいっちゃって、その言葉がグルグルまわって、無性に泣きたくなって、その日私は、ずっとずっと泣き腫らして朝を迎えた。

 誰とも話すことのない今の私にとって、この日の出来事は、ちょっとした事件でもあった。

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