第23話『最弱の勇者 VS 最強のママ(後編)』
裏拳で殴り飛ばされたハルトは、切れた口端の血を拭いつつ、再び臨戦態勢をとる。
「なぜだ?! 掛けられた魔法は、すべて取り除いたはずなのに!」
その疑問を嘲笑うかのように、魔導師の少女が喜びを含んだ声で告げた。
「あ~ダメダメ、詰めが甘いわ勇者さん。解呪されたのなら、新しく上掛けすればいいだけのことじゃない」
「クソッ、馬鹿げてる! こんなんじゃ埒が明かないじゃないか!!」
「その通り。あなたは永遠に、そこの愛する女性と戦い続けるの。どちらかが、ポックリ死ぬまでね。それとも、あの綺麗な御札でも使って見る? まぁ、無駄でしょうけどねぇ~。ウフフフ……キャハハハ!!!」
ママこと女性がハルトに襲いかかる。――彼女自慢の
喧嘩慣れしてないハルトにとって、彼女に蹂躙されるがままだった。
ハルトは腕で顔をガードするが、がら空きの腹部や足に強烈な一撃が加えられる。そして防御がおろそかになった顔や上半身に、今度は手刀や回し蹴りが注がれた。防御の隙をこれでもかと攻められ、ハルトの体力は瞬く間に底をつく。
手も足も出ずとは、まさにこのことだろう。ハルトは抵抗する力すらも失い、殴られ、蹴られ、血反吐を吐くことしかできなくなる。――まるで生きたサンドバックだ。
ハルトの意識が朦朧となる。現実感が曖昧になり、視界が暗くなり始めた。それでも彼は立ち上がる。『彼女を救う』という、ただ一つの目的のために――。
だがその想いは、他でもない彼女の手によって絶たれる。強烈な正拳突きが、ハルトの顔面にクリーンヒットしたのだ。
「グハァ!!! う……あぁ……――」
目の前にいるはずの、女性の輪郭が歪む。歪んでいるのは彼女だけではない。風景や敵の姿、そして自分の手すらも歪んで見えた。
「駄目だ……目が霞……い、意識が――」
そして殴り続ける女性の姿が、別の人物と重なる――ハルトと血の繋がりがある、本当の母親だ。
――しかしそれは幻。ここに母親がいるはずがない。しかしその幻は、幻とは思えない鮮明な口調で、ハルトにこんな言葉を突き付けたのだ。
『あんたなんて産むんじゃなかった』
残酷な言葉。
母親が決して口にしてはいけない禁句だった。
その言葉は、ハルトが異世界に召喚される前――幼少期にまで遡る。
有名校の受験に失敗したあの日。母から告げられた一言だった。そのたった一言の言葉が、ハルトの人生を狂わせた。兄や弟は母親の期待に応え、自他共に認める成功者になった。しかしハルトは様々な努力をしても、それを認められることはなく、受験も就職もすべて失敗し続けた。
落ちこぼれ
負け犬
彼の心は、そんな出来損ないの自分を攻める。そしてその心は、いつしか病んでしまった。
親戚からは『甘ったれるな』『他にもっと苦しんでいる者がいる』と罵られる。
ハルトは落ちぶれた姿は見られまいと、同級生や友人にさえ、相談できなかった。
本当なら、誰かが優しい言葉をかけ、彼に自信と勇気を授けるべきだった。
しかし、彼が元いた世界には、そのような人物はいなかったのだ。
そして不幸なことに、異世界に召喚された後も、それは続いた。元いた世界と同じように、能力のない者は評価されることはなかったのだ。穀潰しと陰口を叩かれ、期待外れという視線を毎日投げかけられる。
王国内にでさえ、ハルトの居場所はなかった。
能力のある他の勇者は優遇され、能力のないハルトは蚊帳の外。
フィクションのように、異世界召喚が人生の転機にはならなかったのだ。
ならば。そんな彼を人生の淀みから掬い取り、汚泥を洗い流してくれた人物は誰か?
彼に優しい言葉を投げかけ、朽ち果てた彼の自尊心を治し、もう一度その手に持たせたのは誰か?
ハルトを生まれ変わらせてくれた、本当に大切な人。彼の存在を認め、彼に無償の愛を注ぎ続けた人物。本当の名も分からぬ、実の母親以上の母親――そう、目の前の
ハルトの脳裏に、かつての彼女の笑顔が映る。旅の中で見せた、多くの笑顔だ。それはどれも眩しく、温かかった。その笑顔から投げかけられる優しさは、生きる勇気を与えてくれた。
満身創痍であるはずのハルト。本当なら、すでに意識を失っていてもおかしくない。
それでも彼は抗う。
それは自分のためではない。
救いたいからだ。
深い心の闇から救ってくれた、名も知らぬ母のために――。
「死ねない……彼女を助けるまで! 俺は絶対に死ねないんだ!!」
ハルトは女性が放った肘鉄を左腕でガードする。そして隙を突くように放たれた膝蹴りを、上半身で受け止める。
「ぐふッ?!」
ハルトは衝撃で嘔吐しそうになりつつも、絶対に放すまいと、女性の脚にしがみつく。そして彼女の足に自分の足を絡めつつ、体全体を使って押した。女性はハルトのタックルを受け、バランスを崩し、転倒する。
「「――――ッ?!」」
ここからはスピード勝負だった。ハルトは女性が反撃に転ずる前に、再びハンドガンを握り、狙いを女性の頭部に定める。そして、引き金を引いた。
銃声が闇夜に轟く。
ハルトを殺す寸前まで陥れた女性は、そのまま仰向けに倒れ、動かなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます