第21話『最弱の勇者 VS 最悪の義勇旅団』
対岸にいた旅団の団長が動きを見せる。彼女も仲間たちとおなじように、魔法陣の足場を展開させ、川を渡り始めたのだ。だが跳躍ではなく、優雅に歩いての登場だ。巨大な光り輝く魔法陣も相まって、まるで円形大型ステージを歩く、アイドルのようだった。
魔導師の少女は、カームの心を踏みつける――言葉によって、積もりに積もった報復心を満たすために……。
「あらあらどうしたのかしら? だいじな仲間がこの世から消し去られて、責任を感じているのかなぁ? そうねゴメンなさい――蛮族如きにも、自責の念くらいあるわよね。それもこれも全部、ぜ~んぶ、あなたの責任よね~。だって、私たちに楯突いたのだから。その報いは、ちゃ~んと受けてもらわないとね~」
カームは涙目で立ち上がり、川を渡ってきたばかりの少女に向かって叫んだ。
「よくもあたいの仲間を! よくも!! よくもぉおぉおおぉお!!!」
そしてカームは、渡り終えた少女に向かって襲いかかろうとする。だがそれを、ハルトが押し留めた。
「待って! カーム待つんだ!!」
「離せ! あのクソガキ今すぐに殺してやる! 仲間の仇を討つんだ!」
「冷静になれ! 君はアジトまで戻るんだよ! まだ君の仲間が戦っているかもしれない。そうならば、君の助けが必要になる!」
「仲間が……助けを?」
「ああそうだ! 君の仲間は、そんじょそこらの雑魚連中とは違うんだろ? なら、まだ勇者と戦っているかもしれない。まだ救える命があるかもしれないんだ! だから助けに行くんだ! 仲間を信じろ!」
「でも奴らはどうする!」
「こいつらは俺がなんとかする! なぁに俺だって、伊達に危ない橋を渡ってないよ。大丈夫、ここは任せてくれ」
ハルトは自信あり気にそう語った。しかしその脚は微かに震えていた。武者震いではない。敵に怯え、恐怖しているのだ。それでも彼は本心を見抜かれまいと胸を張り、笑顔を見せ、カームの背中を優しく押す。
カームは、ハルトの勇気とその優しさに感化され、感謝の笑みを浮かべる『良いもん見せてもらったよ』――と。
「なっちゃいないね……あたいも。わかったよハルト。あんたデッカイ男気、たしかに受け取った! さぁクロエ! 仲間を助けに行くよ!!」
カームは去り際、ハルトの肩に手を乗せ、耳元で囁く。
「死ぬんじゃないよ。生き残ったら、また良いことしてやるからさ❤」
そんな意味ありげな言葉を残し、クロエと一緒にアジトへと戻る。
クロエは後ろ髪を引かれる思いで、戻ろうとしていた足と止め、河原にいるハルトを見た。多勢に無勢。しかもそのうちの一人は、カームを打ち負かした女がいるのだ。どう考えても、彼だけで太刀打ちできるはずがないからだ。
そんなクロエにハルトが気づく。彼は返してもらったハンドガンを見せ、『俺なら大丈夫だから』と頷いた。
そうだ。彼はこの世界の人間ではない。人外な能力を持つ異世界からの来訪者――勇者なのだ。
クロエもハルトの力を信じ、彼に向かって「わかった」と頷き返す。そしてアジトに向かって、山道を走り出した。
残されたハルトを、距離を置いて少年たちが取り囲む。それを入れ替わるように、ママこと女性は、女団長の元へと後退。まるで専属の用心棒のように、護衛に就く。
敵は弱体化した。少年少女たちは嘲笑いながら、ハルトをバカにする。
英雄気取り。
勇気と無謀を履き違えた愚か者。
彼らの目には、好きな女の前でいい格好を見せようとする、自惚れ屋のマヌケに見えたのだ。
「あんなババァのために、命張るなんて正気かよ? 」
「クスクスクス、ほんと、おバカさんねぇ~☆」
「どうせ山賊共に誑かされたんだろうよ。女運に恵まれない哀れなやつだ ハハハハッ!」
「ねぇねぇ、今からでも遅くないよ? 命乞いしたら許してあげる。『どうかお願いです! 殺さないでください!』って、そこで平伏して泣き叫んでごらんよ!」
人の決意など知る由もなく、少年少女たちは『勝つのは自分たちだ』と確信し、ハルトを貶す。
一方ハルトは、すでに戦う覚悟を固めていた。
相手は、話し合いで解決できるような連中ではない。職業を利用し、こうして人目のないところで蛮行を働く者達だ。無論、無抵抗なエルフに暴行を加え、必要以上に血を流そうとしている時点で、平和的解決は有り得ない。
――もはや戦う以外に、選択肢も、解決法も存在しなかった。
そしてなんとしても、彼女たちに勝利しなければならない。ママことあの女性を取り戻す方法は他にないのだ。どんな犠牲を払おうとも……。そう頑なに意志を固め、ハルトは手にした銃を強く握りしめた。
そしてハルトは最後勧告を告げる。無駄であると承知はしていたが、最後の最後まで、血を流さず解決する方法を模索したかったのだ。
「これが最初で最後の警告だ! 血を見たくなければ、その女性を返せ! そして二度と、この森に近づくな!!」
まるで時が止まったかのように、少年少女たちは口を紡ぎ、無言になる。
「………ぷ アハハハ! アハハハハハ!」
そして一斉に笑いが起きる。多勢に無勢のこの状況にも関わらず、健気にも、勝つ気でいるのだ。カームを打ち負かした用心棒までいるのに、だ。あまりの愚かさに、ただただ笑うしかなかった。
少年の一人が、ハルトの言葉にこう返答する。
「は? ば~かじゃねぇの?」
その少年に続くように、他の連中も中傷合戦に参加した。
「おたく正気かよ? 今までいったいなにを見て来たんだ? 俺達のやりとり見ても聞いてもいなかったのかよ?」
「見てみなさい! これだけの戦力差あるのよ? なのに勝つ気でいるの?」
「よせよせ、話したって無駄だよきっと英雄小説を読みすぎて、頭イカれちまったんだよ」
「言えてる。でなきゃこんな臭い台詞を言えないもん」
少年少女たちは、平和的解決を拒絶したばかりか、それすらも嘲笑う材料として利用する。
三人の少年たちは、準備体操に手や肩をほぐしつつ、ハルトにガンを飛ばす。その口元に笑みを浮かべながら……。
「さぁてと。じゃあそろそろ英雄気取りのおバカさんには、お寝んねしてもらいましょうか」
「そうだな。まぁ、二度と覚めることのない眠りに――な?」
そして一通り準備し終えると、武器を構え、こう叫んだ。
「山賊に痛めつけられた憂さ晴らしだ。すぐに死ぬんじゃねぇぞ!!」
そして少年たちは自身に高速化のエンチャントを施す。後ろにいる少女たちが高速詠唱のサポートを行い、少年達はすぐさま、瞬足の加護を得る。
そして彼らは一斉に、ハルトに攻撃を仕掛けた。
「己のバカさを嘆いて死ねぇえぇえぇえええ!!!」
しかし、己の愚かさと、敗北という苦渋を味わうことになったのは、少年たちだった。
ハルトの構えたオートマチックピストル――Delta AR Top Gun またの名を、DART-G。スチームクロウの贈り物が、その効力を発揮する時が来たのだ。
初弾が売りの弾丸は、その効力を遺憾なく発揮する。
弾は鎧に食い込み、炸裂したのだ。その衝撃波は脳震盪の誘発、または臓器を震わせ、骨を砕き、暴漢者たちを次々に斃していく。
骨を砕かれ苦しむ者。
臓器を揺さぶられ嘔吐する者。
そして脳震盪を起こし、白目を向いている者――。三者三様で戦闘不能になる。
カームが完全に無力化できなかった相手を、わずか数秒で黙らせたのだ。
旅団の少女たちは戸惑う。
彼女たちはなにが起こったのか分からず、困惑している様子だ。それもそうだろう。魔力を一切消費しない攻撃なのだ。そして パン! パン! パン! という炸裂音の後、少年たちが突如として倒れたのだ。
まるで見えない神の手によって斃されたかのように……
少女たちの姿勢と足が、自然に後ろに下がっていく――理解不能な光景に、心が怯え、たじろいでしまったのだ。そして仲間同士で、なにが起こったのかを探り始めた。
「なんなのコレ?! 新手の魔法攻撃なの?」
「いいえ、あれを見て。アイツの持っているの……マスケット銃じゃない?」
「なに言ってるの! マスケット銃が連射なんてできるはずがないじゃない!」
「でもそれしか考えられない!」
「――私、聞いた事がある。魔族との戦いに勝利した連中の中に、連射式のマスケット銃みたいなものを、使ってる奴がいたって」
「え? なにそれ?」
「知らないの?! 先の大戦の話よ! 突如どこからともなく現れ、劣勢だった戦況を覆した異形の一団のこと! そして魔族を討ち滅ぼし、聖魔大戦を勝利に導いた連中!」
「でも大戦後に勃発した亜人戦争のおいて、エルフ側に味方して、『超空の神兵』は滅ぼされたって聞いたよ」
「彼らは死んだわ。でも、神の力を宿した武器は残った。神の御業によって創られた至高の兵器――神機」
「じゃあ、彼が手にしているアレって……――」
少女たちの顔がみるみる青ざめていく。
ハルトが手にしている武器は、数多の魔族を葬っただけではない。亜人戦争において、名立たる騎士ですらも太刀打ちできなかった武器――それが神機なのだ。
そんな神の力を宿した武器に、勝ち目などあるはずがない。だからこそ列強国は、多額の懸賞金を賭けて、血眼になって神機を探しているのだ。
少女たちは顔を見合わせ、互いの意見を無言で確認し合う。いや、確認するまでもなく結論は出ていた。
少女たちは、脱兎の如く逃げ始める。団長を見捨て、自分の命を優先したのだ。
まさかの選択に、置いてけぼりを喰らった団長は思わず絶句する。
「ま、待ちなさい! 待て! 逃げるなァ!!」
その声に、一人が団長へと振り向き、こう答えた。
「こんなの割に合わない! アイツが手にしているのは神機よ! 魔族を地上から滅ぼし、多くの騎士を亡き者にした、あの神の武器! 勝てるわけない! こんなところで死ぬのは御免よ!!」
仲間に見限られた団長は、魔導師の杖をギリギリと握りしめる。
「どいつもこいつも使えない……ゴミめ。 ゴミめ! ゴミめぇ!! ゴミめぇええええぇ!!!」
少女は杖を掲げて詠唱する。腹いせに範囲攻撃型の雷撃魔法を放ったのだ。
ハルトは飛び込み前転で、攻撃を間一髪で避けることができた。しかしうずくまっている少年たちは、避けることもできず、攻撃をもろに食らってしまった。
ハルトが魔導師の少女に向かって、止めるよう叫んだ。仲間同士で同士討ちされては、低致死性兵器を使った意味がない。
「なにを考えている?! 仲間を殺す気か!!」
「――ハァ? 仲間ですってぇ? 雑魚みたいに簡単に負ける男や、敵前逃亡するゴミが仲間だっていうの? ――笑える。そのジョークすっごく不快で笑えるわ!!」
団長は思い通りにならない現状に腹を立て、理性を失っていた。
プライドと権威に生きる者は、それを貶されるか、奪われそうになった途端、態度が豹変する。それは彼女たちにとって人生のすべてであり、命と金の次に大事なものなのだ。――彼女もまた、そういった類の人間だった。
ミュスティカ・ヒルシュ義勇旅団という、祖国随意一の義勇旅団。その団長を指揮する者という、確固たる名誉と自負。太鼓持ちという名の仲間たちから持て囃され、町中を行き交う民や商人、子供たちからも頼られ、愛され、羨望の眼差しを受ける存在。
常にそうでなければならない。
なぜなら自分には、貴族として誰よりも幸せを味わう権利がある。
その栄華を貶す者や、その地位を狙うものがいれば実力を持って排除する。
現に彼女はその地位に登り詰めるまで手段を選ばなかった。
そして今、その地位を栄華を脅かす存在が現れる――ハルトだ。
カームに敗走した事実だけでも、魔導師の少女にとっては憤死ものの屈辱だった。にも関わらず、今度は得体の知れない武器を持つ、同世代の少年に遅れを取っている。
絶対にそれだけはあってはならない。自分を美しく飾り立てるドレス――ミュスティカ・ヒルシュ義勇旅団の名にシミがつく。それも二度目の、決して拭い取ることのできないシミだ。
魔導師の少女は杖を掲げ、詠唱を開始する。そしてハルトに向け、喜々としてこう告げた。これから怒る最悪の悪夢の始まりを――。
「ほら。ならもっとお望み通り、もっと、もっ~と! 笑える状況作ってあげる。死ぬほど私に感謝しなさい。 死 ぬ ほ ど ね ぇ!!」
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