第20話『魔装騎兵』



――魔装騎兵。



 それはゴーレムなどのアーティファクト・クリーチャーのように、無人や外部操作によって動くのではない。10メートル以上の身長を誇る巨人。その内部に人が乗り込み、搭乗者の意志によって動く巨大甲冑なのだ。


 しかもゴーレムとは違い、人が内部に搭乗しているため、より精密な統率と連携がとれる。


 留意すべき点はそれだけではない。泥濘んだ地形などの、馬車では進軍不可能な場所でも、魔装騎兵ならば走破できる。あらゆる地形において、高速戦闘が可能となるのだ。


 人よりも早く動き、馬よりも高度な陣形を即時展開できる。挙句には、サイクロップスよりも巨体を駆使し、その桁外れな馬力で敵を捻じ伏せるのだ。


 人の手によって創られた巨人――魔装騎兵。それが戦略の幅を広げ、戦場に変革を齎すのは容易に想像がつく。





 魔装騎兵――その仮想敵は、この世界の存在ではない。




 異世界からの外来種であり、未だ、この世界のパワーバランスの頂点にいる存在――勇者だ。強大な力を持つ少年少女たちを、軍事力の王座から引き釣り下ろすし、再びこの世界の貴族と王が、武力の頂点へと返り咲く。それこそが、この魔装騎兵の存在理由なのである。


 そして勇者亡き後の世界を治め、軍事力の頂点に立ち、世界の治める規範であり、その象徴の器となる――魔装騎兵は、その目的のためにこの世に産声を上げたのだった。





 そんな魔装騎兵にとって、まさに格好の獲物が現れる。スチームクロウとマサツグだ。そうそう出会えることのない勇者が、運の良いことに二人同時に出会えたのだ。




 魔装騎兵は宣戦布告を告げることなく、腰に下げていた剣を鞘から引き抜く。そして二人に剣先を交互に向けた後、攻撃的な殺陣を見せ、二人を無言で挑発する。『かかって来い』――と。





「舐めやがってぇええぇええぇええぇ!!!」




 その挑発に反応したのはマサツグだった。失恋よりも辛い、愛する者の裏切り――それだけでも堪えたのに、『自分は無敵の勇者である』という心の支えすら崩壊したのだ。心理的ショックの連続。彼は、やぶれかぶれになっていたのだ。





 スチームクロウが冷静さを失ったマサツグに、静止の声を叫ぶ。




「戻れマサツグ! お前の勝てる相手ではない!!」




 その想いは届かなかった。



 マサツグは詠唱しながら剣を魔力を吹き込む。その刃に、すべてを斬り裂く能力を付加させたのだ。振動によって甲高い金属音が響き渡る。マサツグは光り輝く剣を手に、人並み外れた脚力で岩や樹、そして枝を踏み台に、魔装騎兵の頭上へと駆け上がった。



 そして巨兵の上空から、光り輝く剣を、一気に振り下ろす。




「死ねぇえぇえええぇええぇえええ!!!!」




――兜割りだ。振動刃で魔装騎兵の頭部を叩き割ろうというのだ。



 しかし魔装騎兵とて棒立ちする案山子ではない。内部に人が乗り込んでいるのだ。敵の狙いを察知し、咄嗟に後退して避けた。



 魔装騎兵はその巨体に似合わず、機敏な動きを見せる



 マサツグの剣は、魔装騎兵の首元――ビーバーとゴーシックプレートを斬り裂くに終わった。



 斃すための決め手とはならなかった、だがしかし、これで相手の防御力は確認できた。


 少なくともスチームクロウのように、切り札である振動刃が防がれることはない。それが分かっただけでも、マサツグにとっては万々歳だった。





「よしッ! 鎧が裂けた! いける……いけるぞ!!」




 そのわずかな油断が命取りになった。


 魔装騎兵は首下を斬り裂いた報復に、巨大な剣を振るい、横払いを行ったのだ。


 その剣の進路上に、降下中のマサツグがいた。




「――――ッ?!!」




 マサツグは咄嗟に防御魔法を詠唱――魔法陣の盾を展開させる。さすがは勇者だ、メンタルがズタボロの状態でも、その動きに迷いはない。


――しかし、すべて無意味だった。


 魔装騎兵の剣は、恐るべきことにその盾ごと勇者を叩き斬ったのだ。そこに魔力も緻密なテクニックもない。すべてが圧倒的物量に任せた攻撃だった。



 展開したばかりの魔法陣が粉々に砕け、魔素として粒子化していく。その煌めく粒子の中に、マサツグはいた。





「ガハッ?!!!」





 しかし無事ではない。彼の上半身と下半身は、無残にも巨大な剣によって分断されてしまったのだ。




 下半身を失い、落下していく勇者。しかしそれでも彼は、戦意を喪失していなかった。それどころか鬼気迫る形相で、魔装騎兵を睨みつけたのだ。すべての魔力を腕に収束させ、反撃の姿勢をとる――砲撃魔法だ。その一発に、すべてを賭けたのだ。



 マサツグとて、それが悪あがきであることは分かっている。しかし勇者として、なにか偉業を残し、後の世に自分の名を語り継いでほしかったのだ。




 しかしそれすらも、報われることはなかった。想いは再び、圧倒的物量の前に潰されたのである。




 横薙ぎで振るわれた剣が、今度は夜空へと向けられたのだ。そしてマサツグに向け、一気に振り下ろされる。




 それは皮肉にも、マサツグが行おうとしていた兜割りだった。



 マサツグは砲撃魔法を放つことなく、その命を絶たれる。もはやそれは切断という生易しいものではない――まるで飛んでいる蚊を潰すように、落下途中で断たれたのだ。


 鮮血が飛び散り、周囲の樹々や枝、葉や地面に飛散する。もはや人としての原型は残っておらず、わずかに確認できたのは、彼の右腕だけだった。


 砲撃魔法を放つことができなかった右腕が、地面へと落ちる。魔力によって光り輝く腕は、ボトンと地面を跳ねる。そしてスチームクロウの前で止まった。


 スチームクロウはその右腕に、無念と、嘆きの言葉を捧げる。



「馬鹿者が……――」

 


 魔装騎兵は次の獲物をスチームクロウに定める。巨人は次なる勝利をてにするために、その剣先をスチームクロウへと向けた。そしてフェイシングのように、巨大な剣で突きを放つ。




 ドムッ!!!!!!




 魔装騎兵と比べれば、スチームクロウは小人同然である。しかし小人である彼が、なんと巨人の剣を止めたのだ。その衝撃は凄まじく、風圧で周囲の樹々を揺らすほどである。



 魔装騎兵はたじろぐ。勇者とはいえ、まさかステッキの末端の石突で、巨人の剣先を受け止めると誰が想像できようか。


 魔装騎兵の搭乗者は、我が目を疑う。巨大な剣は、まるで固定されたかのようにビクともせず、再度押し潰そうと力を込めるが、その先からまったく動かなかった。




 スチームクロウは左手で帽子の位置を直しつつ、こう呟く。



「魔装備騎兵……今宵の決闘の相手には相応しい。勇者として、血肉湧き踊るものです。しかしながら――」




 スチームクロウはフリーの左手で、マント下から手榴弾を取り出す。そしてそれを、魔装騎兵の足元にバラ撒いた。




「――少々予定が入っているので、これにて失礼させてもらいます」




 手榴弾が爆発する。それは殺傷能力のない、閃光手榴弾だった。



 魔装騎兵が閃光で怯んでいる隙に、スチームクロウは森の中に姿を消す。



 戦線を離脱する途中、魔装騎兵の別働隊とすれ違う。彼は気配を消しつつ、巨人の足下をスルリと駆け抜けた。



 森の中を行軍する巨人の群れに、スチームクロウはこんな言葉を残す。




「厄介な御一行様だ。一騎だけでも厄介だというのに……」




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