第19話『勇者 VS 魔王の勇者』
マサツグは、目の前の現実を受け入れることができなかった。
今まで彼は、あらゆるすべての戦いに勝利してきた。路地裏のゴロツキから国を護る騎士団長、そして巨大な暴竜やゴーレム、ワイバーンに至るまで――すべてだ。
もはやこの世界に敵う者はいない。
自分は無敵の存在である――そう自負し、それを頑なに信じいた。
しかし今日この瞬間。その幻想は、プライドと共に脆くも崩れる。
今までこの世界で味わってきた優越感やカタルシスが、初めから存在しない
「この俺が……負ける?」
マサツグは、思わず呟いてしまった己の言葉を、『そんなはずはない!』と否定する。
「ありえない! あってたまるか!!」
認められるはずがない。
この世界で最強であるために――
皆から羨望の的であるために――
彼の自尊心そのものが、現実を拒絶したのだ。
「俺は勇者だ! 魔王を斃す勇者なんだ!! 魔王のパシリに負けるかよ!!!」
マサツグはそう言いながら立ち上がり、詠唱を口ずさむ。その魔法は高速化を齎すエンチャント魔法だった。その俊足で敵を翻弄させ、死角から攻撃しようというのだ。
マサツグの体全身に紋様が走る。そして彼の姿が消えた。
その常識外れな現象。しかしスチームクロウは驚くことなく、こう告げる。
「パシリ? 無礼な言葉ですね。先に言ったはずですよ。私は『魔王に召喚された勇者だ』――と」
スチームクロウは斬りかかってきたマサツグの太刀筋を読み、ステッキで受け流す。死角からの攻撃にも関わらず、まるで予知していたかのような動きを見せたのだ。
これにはマサツグも喫驚する他ない。
「なに?! なんで!?」
「なぜ策が読まれたか? ――人は追い込まれると、攻撃パターンが単純化しやすい。そうした状況に慣れていない者ほど、それが顕著に現れる。この程度の実力で魔王……いえ、陛下に戦いを挑むと? 愚かな。不敬にも程がある。まだ大戦中の騎士のほうが、あなたよりも強かった。雄々しいばかりでなく、謙虚で、自らの力量をわきまえていましたよ」
「敵に敬意を払えっていうのか? 馬鹿げている! 魔族は人類の敵! 絶対的な悪だ! そもそも斃しちまえばそんなこと関係ない!! 結果がすべてだ!!」
「『結果がすべて』――ですか。いやはや、耳の痛い正論だ。だがしかし。今の自分を見つめ直さない者に、明日の勝利という結果は、永遠に訪れませんよ」
「そうやって強気になっていられるのも今のうちだ!! 俺はいずれ魔王を斃し、最強の勇者になる男なんだ! だから引くわけにはいかない…… こんなところで、立ち止まるわけにはいかないんだ!!」
「それは自惚れだよ。お前より強い者は、この世界の住人でも五万といる。アンファング公国で味をしめ、それが他国でも通用できると思い込んだのが、そもそもの間違い。己の力量をわきまえなさい」
「そういう台詞は、この攻撃を受け止めてから言うんだな! 受け止められる も の な ら な ぁ !!」
マサツグは突貫する。今度は死角からではない。まさかの正々堂々、真正面から戦いを挑んだのだ。
『これはなにかある』――そう感じたスチームクロウは、警戒心を露わにし、全感覚に神経を集中した。
一方のマサツグは、すでに勝った気でいた。勝ち気な笑みを浮かべ、スチームクロウへと斬りかかった。
キィイィイィイイィ―――――――ン!
清涼感すら感じる金属音。その清々しい音が、どす黒い森の中に響き渡った。
スチームクロウが手にしていたステッキが、まっ二つに切断されたのだ。
マサツグが放った幾多の攻撃。それを一切、寄せ付けなかったはずのステッキが、ここに来て負けたのである。
スチームクロウはマサツグとの距離を離すため、一旦飛び退いて大きく突き放す。そして「おやおや」と関心した視線をステッキに送った。
勝機を見出したマサツグは、自尊心を取り戻し、希望に満ちた瞳で自慢げに語る。
「見たか! エストバキアの勇者! 彼の得意技を、俺はすべて独学で習得――こうして自分の技にしたんだ!!」
「ふむふむ……なるほど。とても鋭利な切断面――まるで鏡のように磨き上げたようです。分子レベルの切断を行うとはお見事です。剣を魔力で振動させつつ、バフで斬れ味を向上させましたか」
「その通りだ! この剣で斬れないものはない! すべての物質を無尽蔵に斬り裂くことができる! 俺の勝ちだな!!」
「――だが。だがしかし、だ。聞き齧った知識を無計画に使うのは、どうも頂けない。こういうものは入念に吟味し、慎重に慎重を来すべきだ。切り札というものは、ここぞという時に使うべきなのだよ」
「魔族が勇者に説教かよ! 俺は戦いの中で進化する! いつも、いつだってそうだった!!」
「マサツグ……よく聞きなさい。これはラノベでも映画でもない――ファンタジーの世界とは言え、間違いなく現実なんだ。そうやって覚醒や神といった不確定要素に依存するのは、敗北への序奏となる。例え今をやり過ごしても、いずれ――死神と対面することになるぞ」
「そうやって敵にアドバイスしまくるの、『死亡フラグ』って言うんだぜ! 死神だと? そんなもん、いつだって出逢って来たさ! だが見てみろ。こうして俺は死神に勝利してきた! 今日も、そしてこれからもだ!!」
マサツグは渇望する勝利を得るため、再びスチームクロウに斬りかかる。――その動きに迷いや躊躇はない、貪欲なまでの加速で彼我距離を詰めていった。
スチームクロウはその場から動くことなく、『受けて立つ』と姿勢で語った。そしてマント下から新しいステッキを取り出して構える。
それを見たマサツグは叫ぶ。
「そうやって性懲りも無く!! 大人しく負けを認めろぉおぉおおぉ!!!」
再び金属音が響くが、どこか濁りのあるものだった。
その濁りの原因はステッキにあった。先程の敗北が嘘のように、ステッキは剣に切り裂かれることなく、健在だった。
「そんな?! き、斬れない?!!!」
「だから言ったでしょう。『聞き齧った知識を無計画に使うな』。『切り札はここぞという時に使え』――と。手の札を自慢げに語り、剰え自身の覚醒に頼るのは愚の骨頂。それこそ死亡フラグそのものです」
スチームクロウは、分子レベルで斬り裂く振動刃を、同じ振動周波で相殺。そしてダメ押しにと、ステッキに物理攻撃無効化のバフを施し、攻撃をやり過ごしたのだ。
「ま、まだだ! ならこれならどうだ!!」
マサツグはこの世界で習得した技をすべて使い、スチームクロウに戦いを挑む。もはやなりふり構ってはいられない。勝てる要素をすべてこの戦いに注ぎ込んだのだ。
そしてその結果は――絵に描いたような惨敗だった。
この世界に召喚されたマサツグ。彼は今日初めて、己の無力さを痛感した。
――立つ気力すらも喪失させるほどの、圧倒的な挫折を。
少年は地面に膝をつき、泣きそうな顔で呟く。その埋めようのない力量の差。あまりにも核が違い過ぎる存在に、ただ、呆然とする他なかった。
「こんなの……嘘だ。 そんな……馬鹿な……俺の今までの苦労は……なんだったんだ? こんなのありかよ……――」
マサツグはペタンと座り込み、肩を落とす。その姿はまるで、人の形をした抜け殻だ。その痛々しい姿に、スチームクロウもかける言葉が見つからない。
本意でないにしろ、少年の心の骨を砕いたのは、間違いなくスチームクロウ本人である。しかしこれは、この苛烈な世界で生きるための、必要不可欠な措置だった。
どの道、いずれ自らの弱さに直面する時期が来る。必ずだ。それは今か、それとも後かの話だ。
これは現実。ご都合主義にまみれたフィクションではない。
だからこそ、いつかは、この苦々しい屈辱の味を知らなければならないのだ。泥を啜る苦労の日々――その果てに、輝かしい栄光がある。だからこそスチームクロウは、自ら乗り越えるための壁となり、マサツグの前に立ちはだかったのだ。
努力も敗北もなく得られたモノに、意味はない。
苦労と試行錯誤、恥や後悔、憤り……。そのような多くの蓄積された経験の果てにようやく勝ち得ることのできた勝利――それにこそ、意義があるのだ。
スチームクロウはようやく本題を切り出す。
それはマサツグを本当の勇者として――人として、正しき道へと導くものだった。
「マサツグ。旅団の団長と手を切れ。あの娘は、勇者としてのお前の力を利用し、権力者を牛耳るつもりだ。薄々は……感づいているのだろう? そういった予兆は、少なからずもあったはずだ」
「…………」
「騙されるな。自分の直感を信じろ。いずれ、あの娘の影響力は国家を蝕み、その影響は周辺諸国にまで及ぶ事態になるだろう。そうなっては、もうなにもかもが手遅れだ。すでに君の知らないところで、彼女は何人もの外交官や地方権力者と逢瀬を繰り返し、親密な関係を築き上げている。君と交わした愛の約束が嘘のように、力のある者の寝床に、なんの恥じらいもなく入り込んでいるんだ。
君に見せた笑顔も、思いやりのある言葉も、なにもかも偽りなんだよ。勇者という権威を得るため、そして君という都合の良い駒を利用するための詭弁だった。奴は悪女ですら生温い。人を骨の髄まで利用する、少女の皮を被った悪魔そのものだ」
マサツグはヘラヘラと壊れた笑い声を上げる。そしてスチームクロウに向かってこう言い放った。
「へへへ……あぁ? なんだよそれ? 今度はなにかぁ? 力を見せつけるのじゃ飽き足らず、俺の大事な女性を貶すつもりかぁ?」
「そうではない。違う。 現実を見ろマサツグ。奴の正体は――」
「あの娘がそんなことするはずがない! いい加減なこと言うなァアァ!!」
マサツグが怒りに身を任せ、罵声という名の咆哮を放つ。
まるで彼の怒りに呼応するかのように、別のなにかが咆哮する。
体表すべてを震わせ、鼓膜に痛みを感じるほどの、獣のような叫びだった。
「――――ッ?!」
マサツグがその方向に視線を向ける。彼の瞳には、森の木々をなぎ倒し、こちらに迫ってくる巨人の姿が映っていた。
スチームクロウが巨人の正体を告げる。彼は知っていたのだ。その兵器の名は―――
「あれは……ベルカの新兵器! 魔装騎兵!!」
それは魔力によって駆動し、搭乗者の魔力を増大させる巨大な甲冑だった。
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