第18話『敵になったママ』


 息子のために生き、息子のためなら死ねる。豪語していたはずのママ。それがあろうことか、守るべきはずの息子の前に立ち塞がったのだ。




――敵として。旅団の団長を守るための盾であり、矛として。




 ミュスティカ・ヒルシュ義勇旅団 は助けた女性を油断させ、隙きを見て魅了の魔法をかけたのだ。結果はいわずものがな。文字通り最強の切り札となった。


 当初の予定では、単に捨て駒程度にしか利用価値はないと踏んでいた。しかし使ってみればご覧の通り。彼女たちにとってはまさに、嬉しい大誤算だった。あのカームに引けを取らないばかりが、見事に圧倒しているではないか。


 これに気を良くした旅団の団長――魔導師の少女や、その取り巻き達は女性に喝采を送る。


 そしてカームには相反する、嫌味なシュプレヒコールを浴びせた。





「あらあらどうしたのかしら! さっきまでの威勢はどこにいったの?」


「ちゃんとしなさいよ! 蛮族は力でも美しさでも、その女に勝てないわけ? アハハハハ!!」


「所詮は山賊。野蛮で粗暴な人語を喋る動物なのよ。亜人と同等の動物が、人間に勝てるわけがないわ!!」






 カームはよろめきながらもなんとか立ち上がる。そして口端の血を拭いながら、子供の挑発を吐き捨てる。


「クソッ! うぐッ?! 痛ぅ……まさかこんな真打ちを隠してたなんて」


 それでもカームは退かない。ハンドアックスで手加減なしの攻撃を繰り出す。


 素早い一撃のはずだったが。その軌道は見抜かれていた。女性はカームの手首をガッチリを掴むと、彼女を背負投げで地面に叩きつけた。



「グハッ?!!」



 衝撃で河原の石が宙を舞う。


 女性はカームから奪い取った斧を、力強く握りしめる。そして渾身の力で、斧を振り下ろした。





「やめろおぉおおおぉおお!!!!!」




 斧を振り下ろす直前――ハルトが女性に飛びつく。その衝撃で斧の軌跡がわずかに歪み、間一髪でカームの頭部から逸れた。


 カームは起き上がると女性に殴りかかった。


 ママこと女性はハルトを払い除け、突き飛ばす。そしてカームが繰り出した拳、蹴り、アッパーを、まるで風のようにヒラリと躱す。そして隙を見つける度に、反撃の一打を喰らわしていく。その一つ一つの一撃は重く。カームの体力をジワジワとダメージが浸透するように削っていった。


 そして地面に落ちていたハンドアックスを拾い、再びカームへ斬りかかった。


 走りながらハルトが叫ぶ。




「ダメだ! 正気を取り戻せ!! 君はそんなことする人じゃないだろう!!!」




 ハルトが女性とカームの間に割って入る。彼は膝をついたカームの前に立つと、両手を広げて静止の声を叫んだ。この声が彼女に届いていると信じて……――。




「俺の声が聞こえるか?  いや、動きが止まったということは、ちゃんと届いているんだね? 君は魔導師に操られている。言いなりになっちゃだめだ! 抗うんだ!」



 すると川辺の向こう側が光り始める。あの団長が魔法陣を展開させ、詠唱を開始したのだ。それを同調するように、再び女性は動き始める。




「ダメだ! 彼女の声に耳を傾けるな! いいか、俺の声に集中しろ。 君ならできる! 俺の声を聞いてくれ!!」




 しかしハルトの声に反応することはなかった。まるで息子との決別を告げるかのように、ハンドアックスを彼に目掛けて振り下ろす。



 ハルトは間一髪でその攻撃を避ける。彼が避けたわけではない。カームがハルトの首根っこを掴み、無理やり後方へ引いたのだ。


 ハルトの鼻先を斧の刃が掠める。



 カームはハルトを抱き寄せながらこう言った。



「なんだよアイツと知り合いなのかい!! 」



「俺の連れだ! あの河原の向こうにいる、魔導師の娘に操られているだ!!」



 それを聞いたカームは、妙に納得した様子で言った。



「道理で……あの女の攻撃に、まったく生気がないわけだ。まるで人形と戦っている気分だったよ」



 二人の会話を邪魔するように、周囲にケラケラと笑い声が木霊す。戦いを見守っていた少年少女たちだ。



「ねぇねぇ山賊さん! ここで油売ってていいのかしら?」


「そうそう! そろそろ大変なことになってるだろうなぁ~」



 カームは舌打ちしつつ、嫌々訪ねた。それがいったいどういう意味なのかを――



「あぁ? なにが言いたい!」



 そのカームの問いに、川の対岸にいる魔導師の少女が、直々に答える。




「切り札は彼女だけじゃないの。忘れたの? 昨日山道で出逢ったでしょ? 私の勇者様に――」



「なに? ……――まさか、そんな?!」



 そしてカームは自分の失態に気付いてしまう。



 仲間やクロエから報告を聞いていたのだ。妙に強い子供が一人いて、逃げたものの振り切るのに時間が掛かった――と。



 初めてその少年と矛を交えたクロエは、その子供が『間違いなく勇者だ』と断言していた。ハルトはその言葉を信じたが、カームは『そんなはずはない』と彼女の意見を流したのだ。


 それもそうだろう。


 まさか山賊相手に、国の虎の子たる勇者を投入するとは、夢にも思うはずがない。異世界より召喚した勇者は、外交における最終手段であり、時として戦争の抑止力になるほど強大なカードなのだ。


 なにせたった一人で、戦況を塗り替えてしまうほどの、圧倒的な力がある。それは神兵と称するのですら生ぬるい――この世に降臨した神そのもの。そう例えることができるほどの、まさにバケモノなのだ。


 山賊討伐に勇者の投入。いくら厄介な山賊とはいえ、掃討するにも限度というものがある。これではまるで、蜂を退治するのに山を丸ごと燃やすようなものだ。



 カームは顔に冷や汗を流しつつ、戦々恐々とした面持ちで叫ぶ。



「じゃあクロエが報告したガキっていうのは、本当に勇者だったていうのかい!」




「大☆正☆解☆ 今頃あなたのアジト、どうなるでしょうね~? 勇者相手に、山賊如きが、勝てるはずないもの」




 カームの瞳が初めて、絶望の色へと染まる。彼女の脳裏に、骸と化した仲間の姿が映ったのだ。



「そ、そんな……」


 

 人の不幸を嘲笑う声が響く。


 一人ではない――少年少女達が愕然とするカームの姿を、指を指し、『ザマぁ見ろ!』と嗤ったのだ。



「アハハハ!!!」「キャハハハハッ!」「ハーハハハハハ!!!」





          ◆





同時刻 山賊のアジト



 一人の人物が口から血を流し、膝をつく。



「グハッ?!!」



 膝をつき、悔しげに顔を歪める人物――それは山賊ではなかった。。


 この世界の人間では敵うことのできない、圧倒的力を持つはずの――勇者マサツグだった。




「そんな馬鹿な!! いったいどうなっているんだ?! 山賊は? あの女共はどこに消えたんだ!!」




 そう問われた人物は答える。なぜ山賊のアジトが、もの家の殻なのかを――。



「ここにはもう、誰も居ませんよ。すべては手筈通り。彼女たちはココからは撤退しました。先程までここで盛大な宴会が行われていたのですが……。ほら、御覧なさい。まるで嘘のようではないですか。歓心歓心。実に素早い陣地移動。さすがはカーム仕込みの騎兵隊ですね。山賊とはいえ、馬を使わせたら下手な正規軍より質が悪い」



「お前は……お前はなんなんだ!!」




 勇者マサツグの視線の先。そこにいた人物は、彼と同じく、この世界に導かれた存在だった。




「すでに感づいているのでは? カーム率いる女山賊の討伐――そのついでに受理した、ある依頼があったでしょう?」



「なぜそのことを知っている! 待てよ、……そんな、まさか!!」



「そう、あなた達が討伐すべき対象の一つですよ」



「じゃあ! お前が?!」




「フフフフフ……私こそ、巷で噂の怪人――――」




 そうマサツグに言い放った人物は、月夜を背にマントを翻した。



 カームに魔法攻撃を無力化する呪符を与え、ハルトの旅路を支援した人物。その男は、腰や腕にスチームパンクテイストな装備を身に着け、シルクハットにマント、そしてカラスを模っしたペストマスクを被った、見るからに怪しげな怪人。



 奇っ怪な出で立ちの男は、今更ながらテンション高めに口上を述べる。スチームの蒸気に包まれながら……――





「人呼んで! 蒸気男爵  スチームクロウ! スチームパンク万歳!! さぁ勇者よ! 我が名とこのスチームを、その心と体に刻み込むがいい!!」






 

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