第12話『ママと勇者』



――しかし攻撃開始の号令は、無意味なものに終わった。




 まるでそれが合図だったように、イヴィルリザードの首筋に光の線が走る。


 ――電光石火

     それはまるでレーザー彫刻の際に生じる、刹那の閃光のような煌めき。



 光が消えると同時に、イヴィルリザードの頭部がズシン!と地面へ落ちる。



 頭部を失った体は、何事もなかったかのように前進を継続。まるで斃された事を思い出したかのように、力なく地面へと伏した。衝撃で地面が揺れ、切断された首の剣創から、ドプッ! ドピュ! と鮮血が流れ始める。


 イヴィルリザードは少年少女たちの攻撃を待たずして、何者かによって斃されたのだった。



 魔導師の少女は、これを行った者に心当たりがある。


 そして少女は実行者の名を叫んだ。


 アンファング公国の希望にして、いずれ魔王を斃すであろう者の名を――。




「ちょっとマサツグぅ!! あんたなにやってんのよぉ!!!」




 暴竜の首を斬り落とした、勇者マサツグ。彼は魔導師の少女の横に、音もなくスタッ!と降りてくる。




「――よっと。 あ、あれ? また俺、なんかやっちゃいました?」




「なにが『やっちゃいました?』じゃないわよ!! 打ち合わせとぜんぜん違うじゃない! シールダーで止めて拘束魔法で静止させてから、あんたが一気にトドメを刺す――そういう手はずだったでしょうに!!」



「あ、わりぃ……斃すの早いほうが良いと思って。でもほら! 敵は死んだし、みんな無事だし、ぜんぜん問題ないっしょ! 」



「ありもあり! 大ありなんだからね! これが戦争だったら、私達みんな死んでたかもしれないのよ! 戦争は個人戦のそれとは違う、組織として阿吽の呼吸ができるか否かで、生死が分かれるの。こんな小規模組織ですら、みんなと足並みを合わせられないなんて――」



「この俺がいるんだぜ。誰も死なせはしないさ! 俺の、この剣が届く間合いは絶対安全圏。なにがあろうと、みんなまとめて守ってやるよ!」



 カッコ良い決め台詞を、自然と口にするマサツグ。もちろんその言葉に偽りはない。彼の本心からくる純粋な想いだった。だがそれゆえに、魔導師の少女は彼に危なっかさを感じ、説教にさらなる熱を入れる。



「んもう! だからなにも分かってない!! 死んでからじゃ遅いのよ!!」



「だからさぁ~、そんなヒステリックに怒鳴んなよ~」



「原因を作っているのはあんたよ! あんた!」



「あーはいはい……」



「『はい』は一回でいいの」



「お前は俺のお母ちゃんかよ……」



「この歳で母親になれるわけないでしょ。どうせ産むなら、聞き分けのいい素直でいい子を産んでやるんだから!」



「今、神様が顔を横に振ったのが見えた」



「なんですってぇえぇえぇ!!」



 夫婦漫才が過激さを増していく。もちろん本気の喧嘩ではない。仲が良いゆえに反発し、惹かれ合うのだ。


 その夫婦漫才を観覧していたママこと女性は、『あれ? これに似たような光景を、どっかで見たことある』という、摩訶不思議な既視感覚えていた。



 女性はそのことはいったん脇に置いておいて、近くにいた少年にあることを訪ねた。



「彼ってもしかして……」


「ん? ああ、ミュスティカ・ヒルシュ義勇旅団 のリーダーにして、異世界から召喚された勇者――マサツグ様だぜ!!」



 すると勇者マサツグは、仲間たちの後ろで佇んでいる、女性の存在に気付く。マサツグは彼女に駆け寄ると、その無事に安堵の言葉を捧げた。



「よかった! 目を覚ましたんだ! 君は山賊に襲われて、山道で倒れていたんだ。覚えている?」



「ええ思い出しました。この命を助けてもらい、感謝します。ところで私の息子の行方を知らないでしょうか? 襲われた時一緒にいた男性です」



「彼は……すみません、助けられなかった。俺達が来た時には、今まさに山賊が撤退する瞬間だった。屈強な女に担がれ、積み荷や少年たちと一緒に、森へと姿を消した。――でも大船に乗ったつもりで安心してください! この俺が、息子さんを連れ戻して見せますよ!!」



「ああ嬉しい…… なんと。なんと頼もしい御言葉。 さすが勇者マサツグ様。 皆の信望を集めるだけでなく、このような下々の者まで慈愛と希望を与えて下さるとは、恐悦至極の極みです」




 女性は目に涙を浮かべ、勇者マサツグの言葉に感謝の言葉を捧げた。残念ながらこれは本心ではない。あくまで彼を煽てるような言葉を口にしたのは、彼の面子を保つと同時に、助けてもらった恩を返すため。そして息子の取り戻すための人員確保――そのためのリップサービスに他ならない。



 もちろん少年少女たちに対し、嘘をつき、彼らを利用するような真似はしたくなかった。



 だが単身で山賊のアジトへと乗り込み、息子にまさかの事態があってはならない。



 ここはしたたかに、本音に布を被せ、息子の身の安全を最優先させる必要があった。



 勇者や少年たちは、女性に優しい言葉を投げかける。しかし彼女の心にはまったく届いていない。彼らの問いかけに対し、ただ笑顔で反射的に笑い、そつなく言葉を返していた。




 


 なにせママこと女性は、勇者が嫌いだった。体にばかり視線を向ける男も嫌いだが、勇者という存在はさらに虫酸が走る存在なのだ。





 勇者は、この世界の人々では成し得ることのできないばかりか、その域に踏み入ることすらできない、この世ならざる力を行使する。


 そういった力に目が生きがちだ。しかし彼らの知識や高度に発達した理解力もまた、この世界の人達にとって問題であり、同時に恩恵を齎すものだった。


 最初こそ勇者は、この世界の人々とほぼ同等の知性を有し、既存の魔術や魔法、魔導学においてはまったくの無知である。つまり無害な存在と言って良い。しかし魔法や魔術の存在に触れ、能力に開花すれば話は別だ。


 その分野の学者や老賢師の知識を、わずか数年たらずで凌駕し、この世界の人々の発想や概念では遠く及ばない、新たな知識や技術――その発展型を生み出すのだ。


 もちろん全員が全員ではない。勇者の中には魔導学をいっさい理解せず、『ただなんとなく』や『直感』で魔術を使う者もいるからだ。



 だが魔導学や魔術に人生を捧げた者達にとって、それらは歓迎されたものではない。そういった無自覚な勇者の行いは、この世界の人々を『惨めな存在』と嘲笑い、彼らの努力を『愚か』と嗤う行為に等しい。



 そうとは知らず、各分野で華々しい業績と名声を残し、国から表彰される勇者たち。


 しかし彼らの賞賛や栄光の影で、筆や剣を置くことを余儀なくされ、学会や組織を去る者達がいるのだ。そんな彼らの想いは、恨みすら生温いだろう。どす黒く、深い憎悪と報復心に満ちているのは、想像に難くない。



 もちろん勇者マサツグのように、悪気があってやっているのではない者が大半だろう。『この世界のため』と、善意から行っているものだ。




 しかしそれでも、自分たちの存在を否定されたばかりか、剰え、人生を賭けた努力を踏み躙られている感は、決して拭い切れない。




 勇者とはなにか? 『それは完全無欠の存在であり、この世界のみならず神からも祝福され、愛されるべき人。


 人生における努力や挫折を取り除き、この世界の人々を惨めな存在へと至らしめつつ、極上のカタルシスを味わうことを許された、選ばれし存在』





 そして『世界に様々な恩恵を齎すと同時に、世界を穏やかに壊死させる者――』。





 あどけなく、悪気もなく、少年特有の笑みを浮かべる勇者――マサツグ。



 ママこと女性には、そんな彼の笑顔でさえ、不穏な邪気を感じてならなかった。




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