第11話『エルフと魔獣』



「うぅ…… ――ハッ!」



 ハルトは目を覚ますな否や、周囲を見渡す。そこはテントの中だった。



「こ、ここは?」



 耳を澄ますと聞きなれない太鼓のような音と、楽しげな女の笑い声が、遠くから聞こえていた。



「祭り? 俺はいったい……なんだっけ、えっと、たしか――」



 意識が未だ朦朧としている。まだ視界がボヤけ、荒れ狂う船の上にでもいるように、左右に揺れていた。ハルトは意識を集中させ、記憶を辿ろうとした刹那――その答えがテントの外から現われる。



「―――ん? き、君は!!」




 吹き矢を放った、あのエルフの少女だ。そしてすべてが鮮明に呼び起こされる。


 彼女に吹き矢を撃たれ、意識を失ったのだ。


 目の前に立つ彼女はハーフエルフではない。純血のエルフであるハイエルフだ。その証拠に長く伸びた耳が、なによりもの証だった。



 ハイエルフの少女は、小さな声で尋ねた。



「気が……ついた?」



「あ、あぁ。ここは?」



「山賊のアジト。あなたは……拐われたの」



「彼女は? 俺を庇って倒れた、あの彼女はどうした! 無事なのか?!」



「分からない、でも、たぶん生きてると思う」



「『たぶん』だと? 彼女になにかしてみろ! ただじゃおかないからな!!」



 凄まじい剣幕で怒鳴り散らすハルト。

 ハルト自身、どうしてここまで怒りを抱いたのかは分からない。だが彼女を思うと、自然と怒りがこみ上げたのだ。



 ハイエルフの少女は、そんな彼の気迫に押され、イニシアチブを握っているにも関わらず、たじろいでしまう。



「ち、違うの。あの後すぐに、勇者が来ちゃって、私たちはこのアジトまで撤退したの。あの女性は、彼らに保護されていると思う」



「ゆ、勇者だって?! なぜこんなところに!!」



「信じてくれるの?」



「いや、信じてはいない。でもこの状況下で『勇者が来た』という嘘ついてなんになる? もっとマシな嘘なら山ほどあるだろうに。それなのに、わざわざ勇者という言葉をチョイスした。――ってことは、君の言っていることは真実か、それに近いってことだ」




 そしてハルトは声のトーンを落とし、少し圧のある口調で問い質す。




「――で? その勇者の狙いはなんだ? なぜこんなところに勇者がいる?」



「あの……えっと……理由は分からない。でも……たぶん勇者だと思う。あれだけの凄まじい威力の攻撃。それもたった一撃で、多くの木々が根こそぎ薙ぎ倒された。あんな常識外れな攻撃、どこの文献にも記されていない。そして体から滲み出る、膨大な魔力…… きっと彼は、ココとは異なる世界から呼ばれた存在――勇者だよ」




 ハルトはハイエルフと会話する中で、ふと、ある事を思い出す。



 列強国を代表する国にして、その代名詞とも言える存在――ベルカだ。

 スチームクロウの言っていた『きな臭い』が現実味を帯びてきた瞬間だった。



「まさかベルカと勇者が接触を? 彼の言っていた強奪に見せかけた兵器譲渡を、本当にやるつもりなのか」



 彼は頭の中でシナリオを組み立てる。どう考えても偶然とは思えなかった。ベルカと他国の勇者が、こんな地方にいるのが釈然としない。偶然としてはあまりに出来過ぎた話しなのだ。



(この世界の人間では太刀打ちできない、チート並の能力を持つ勇者。あの規格外な連中なら、新兵器を手にしていても『勇者だから』でまかり通るし、誰もが納得する。特別通行手形を持っていれば、同盟国内ならどの国にも足を伸ばせる。


 しかも、民から絶大な信頼を得ている勇者なら、入国審査も入念には行われない。二つ返事で通してくれるだろう。それら特権を利用した密輸か。


 山賊を蹴散らしたのは、兵器譲渡の現場を見られまいとするものか、はたまた意図せず、偶発的に山賊と居合わせてしまったからか――だがどの道、俺にとって厄介事が増えたことには違いない……)


 


 山賊を退かせた勢力が、勇者にしろベルカにせよ問題は山積みだ。自称ママこと連れの女性が、その得体の知れない連中に捕まったかもしれないのだ。



 ママも心配だ。しかしそれ以上に留意すべきなのは、複雑にも、彼女と接触する人の安全だ。



「マジで勘弁してくれ。まさか勇者やベルカ騎士団をボコボコにしてないだろうな。そんな事してみろ、フォーエバーお尋ね者だぞ……」




 ハルトは今更ながらも、神に祈った。


 ベルカと勇者の密会は、どうか杞憂で終わってほしい(できれば単なる偶然で)。

 そしてママこと彼女が、どうか惨事を引き起こさないでほしい(規模は問わず)。


 だがどう好意的に見ても、それらの願いは神に届きそうにない。ハルトは心労から頭痛に襲われながらも「うぇ!」とえずき、胃液が逆流したような表情で顔を歪めた。





           ◆






――同時刻。深夜 野営地



「……――ハッ!」



 女性は意識を取り戻すと同時に、ガバッと勢い良く立ち上がる。そして臨戦態勢で周囲をギロリと見渡す。その動きや視線は女性どろこか、人間からも逸脱したもの――まるで野獣のような眼光だった。



「…………」


 

 彼女が目にしたもの。それは自分の体にかけられた、一枚の掛け布団だ。

 薄地で水を弾くため、ときには簡易的な雨具にもなる優れものだ。嵩張らないにも関わらず保温性が高いため、懐に余裕のある冒険者や行商人が、好んで携帯する旅の必需品だった。 



 女性は手厚い保護を受けていた。そのことから、自分が山賊に捕まったわけではないことを知る。よく見ると近くで焚き火に炎が灯り、獣避けのお香がたかれていた。介抱してくれた者のものだろうか――リュックなどの荷物が置かれている。


 


「山賊じゃない。いったい誰が――」


 


 すると、彼女を介抱していた者たちが姿を現す。



「よかった! 目が覚めたんだ!」



 10代の魔導師と思われる少女を先頭に、冒険者達がぞろぞろと姿を現す。人数は9人、男は3人だけで残りは全員女性だ。それも若い――どうやら駆け出しの冒険者達のようだ。



「あなた達は? 冒険者?」




 このパーティーを指揮するリーダーだろうか? 魔導師の少女が一歩前に出る。そして訂正を添えつつ、子供とは思えない気品のある口調で、所属を口にする。




「いえ、私たちはアンファング公国のギルド『ミュスティカ・ヒルシュ義勇旅団』です。この区域で山賊が出没し、積み荷の略奪や人さらいを行っているとの報告を受け、再討伐しに来たんです。前に邂逅はしたものの、取り逃がしてしまって……この度は私の不始末です。本当に申し訳ありません」




 取り逃がしたことを責めているのだろう。声のトーンが落ち、視線が俯いてしまう。



 そんな彼女を慰めるように、ママこと女性は微笑み、温かな言葉を口にする。




「あなたのせいじゃない。悪いのは彼女たちでしょ? それに奪われたのなら、取り戻せばいい。だって彼は、きっとまだ生きているのだから……」



「ミュスティカ・ヒルシュ義勇旅団の誇りに賭けて、必ずや、お連れの方を奪還してみせます!」



「なんと頼もしい御言葉。さすがはアンファング公国が誇る義勇旅団ね」



「それと一つ、別件でお尋ねしたいことがあるのですが……よろしいですか?」



「別件? なにかしら?」



「この件とは直接関連性はないと、私たちは踏んでいるのですか……。実は同盟国内で、魔族の人さらいが多発しています。実は今回の出撃、その応援も兼ねての遠征なのです」



「人さらい? どういう人物かは分かっているの?」



「はい。カラスを模倣した不気味な仮面をつけ、鍔の長い帽子と、黒いマントが特徴的な魔族です。ご存知ありませんか? 私達、この地域の者ではないので、もしよろしかったら、教えて下さい。少しでも、奴に関する情報が欲しいので」



 見覚えないはずがない。一度目にすれば、鮮明に焼き付くであろうあのフォルム――実に特徴的すぎる。


 どう考えても、昨晩の男のことだ。


 だが、それを話すとややこしくなる。あの男のことはいい。それより今は、息子を奪還するのが最優先なのだ。



 女性は事の流れをスムーズにするため、あえて『見ていない』と嘘をついた。



「いいえ。生憎、私もこの地域の出身じゃないの」



 そして少年少女たちをまじまじと見て、女性にある不安が過る。そして不安を解消するために、彼女はこう子供たちに訪ねた。



「それにしても、たったこれだけで山賊を相手にするというの? 相手は騎兵隊まで備えているし、数もかなり多かった。それだけじゃない――奴らの慣れた動きは、この周囲一帯の地形を網羅していることを物語っている。それに奇襲もお手の物。この人数差では、苦戦を必須よ。増援は要請しているの?」



 女性の言葉に、少年少女達は一通り目配せをした後に、笑った。まるで最初からその言葉を予期していたかのように。


 魔導師の少女もまた笑みを浮かべ、「それなら大丈夫です」と自信を持って答える。



「言うと思いました。それなら大丈夫です。だって私たちには――」



 すると、遠くで爆音が木霊する。



 突如起こった異変に、ギルドの少年少女達は身構え、音のした方向を見る。


 女性も吸い寄せられるように、爆発した方向に視線を移し、疑問の声を上げた。



「い、今のは?!」



 魔導師の少女は杖を強く握りしめ、 緊迫した口調で答える。



「魔物です。気配は感じていたのですが、どうやら、ようやく姿を見せたみたい」


「また爆発。誰かが……戦っている?」



 森の奥の爆発が、次第にこちらへと近づいてくる。樹木がなぎ倒され、その重々しいく激しい振動が、徐々に大きくなっている。巨大ななにかが、こちらに向かって来ていたのだ。



 魔導師の少女が仲間に指示を下す。


「ヤツが来るわ! シールダーは前に出て! 魔導師はエンチャントでシールダーの防御力強化しつつ、後方からの支援をお願い。 弓兵は、彼女たち魔導師の援護を。剣士はシールダーが引きつけている隙に、敵の両サイドから挟み撃ちして」



 シールダーは重々しい盾を構え、彼女たちの前に出てこう言った。


「教科書通りだな。了解!」


「これだけの魔力……敵はかなりの猛者と見て間違いない。駄目だと思ったら退いていいからね!」


「まぁその必要もないだろう。だって――」




 そんな二人の会話を遮るように、魔物が吹き飛ばしたであろう大木が近くに降ってくる。大木は浅く不規則なバウンドで少年少女たちの頭上を通過――岩にぶつかって静止した。


 シールダーの一人が冷や汗をかきながら、今まさに頭上スレスレを通過した大木に目をやる。



「あ、危ねぇ……当たってたら死んでたぞ」



「シールダーがそう易々と死ぬもんですか! さぁ、本命の客が来るわよ。 総員交戦準備!! 魔物に人の恐ろしさを思い知らせてやるのよ!!!」




 暗き森の中を掻き分け、ついに魔物が出現する。


――全長16メートル、体重はゆうに6トンは越えるであろう、超重量級4足暴竜、イヴィルリザードだった。


もしハルトがここにいれば、この魔物を『コモドオオトカゲのビックサイズ版』と称するだろう。しかし、本家コモドオオトカゲとの根本的な違いがある。サイズはもとより、体中から生えている結晶群だ。結晶は怪しい光を放ち、胎動している。


 イヴィルリザードは少年少女達を睨みつけ、咆哮を浴びせる。体が巨大なら、その声量も桁違いだ。体の皮膚細胞すべてを振動させ、心に圧倒的絶望感を恐怖を刻み込ませる。


 初めて対峙する超大型級の魔物。だが少年少女たちは逃げない。勝てる見込みがあったからだ。


 魔導師の少女が怯えた仲間を奮い立たせるため、叫んだ。




「大丈夫よ! 私達の役割はあくまで時間稼ぎ! 攻撃始め!! 」



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