第5話『ママと乗合馬車』


 冒険者達は、裏路地から町外れの乗合馬車停留所へと逃げ延びる。


 幸いゴロツキも衛兵も追って来ていない。どうやら木箱で移動したのが功を奏し、誰にも気づかれなかったようだ。



 木箱から出るな否や、女性は冒険者へと興奮気味に詰め寄った。



「ねぇねぇ! ママの大活躍カッコ良かった? 私、しょうちゃんのために張り切ったのよ❤ 褒めて褒めて❤」



 ママの熱烈ラブコールを、冒険者は適当にあしらう。



「あー、はいはい。偉い偉い。すご~い」


「んもう! 愛がた・り・な・い❤ ママという生き物はね、主成分が愛なの。だから愛がないと死んじゃうのよ?」


「泳がないと死んじまうサメかなんかかよ、あんたは――」



 冒険者はそう言いながら、視線をハーフエルフの少年と少女に移す。



「お互い……災難だったな。厄介事に巻き込まれてよ」



 そう言いながら、腰に下げていた袋を少年に渡す。



「ああいう連中に目をつけられたんだ。この街に留まるのは危険だ。すぐに、ここから離れろ」



 ハーフエルフの少年は、袋の中を見て驚く。



「これは……お金?! どうして――」


「自分で言いたくないが、人間にも、良い奴はいるにはいるんだよ。この世界じゃ、希少種並にレアな存在になっちまったけどな」


 そして冒険者は、過ちを犯すなと付け加える。


「だがこれだけは忘れるな。そのお金は、お前たち二人を救うためのお金だ。誰かを陥れたり、困らせるために使うんじゃないぞ。それだけは、守ってくれ。あとは自由に使っていい」


「……」


「あぁ! あと麻薬や酒、賭博も禁止な。それと、お金は誰にも見られないように。見せびらかすと、必ずと言っていいほど災いの胤になる。お金は少しずつ、慎重に使うんだよ――て、おっと!」


 話の途中でハーフエルフの少年は抱きつき、冒険者に涙を流した。誰かの優しさや慈悲、世話を焼いてくれる人は久々で、感極まったのだ。



 人間の街でのハーフエルフの立場は、驚くほど低い。



 戦争の置き土産。そう揶揄される人間とエルフの間にできてしまった大量の孤児。家を持たないストリートチルドレンである彼らは、非正規の低賃金労働者として使われることもある。だが基本、消耗品のような扱いだった。


 今回のように、ゴロツキに目をつけられ、下っ端の雑用として犯罪に利用されることもある。もちろんそれに失敗すれば捨て駒として処分され、河で浮かぶことだろう。



 人の形をした、人でないモノ。



 誰からも慕われることも愛されることはない彼ら、そして彼女たち。ゆえに利用するには、うってつけの存在なのだ。



 だが、そういった恵まれぬ者に、救いの手を差し伸べる寛大な国も存在する。


 処遇はさほど変わらないが、少なくとも食料と身の安全、最低限の人権は保証される。それだけでもまったくの別格だ。この街のように、無情にも、河に遺棄されることはない。



 冒険者が渡した金は、その国への片道切符。

 この生き地獄から逃れ、平和を得るためのチャンスだった。


 冒険者はラスフィル公国行きの乗合馬車まで、二人を案内する。ハーフエルフの少年と少女は二人に感謝の言葉を告げ、馬車に乗り込む。そして、この街を後にした。





           ◆




 冒険者一行も、あのゴロツキと鉢合わせになる前に、街を出る。



 隣町へ続く、物寂しい一本道。


 二人は平原の緑の大海原の中、獣道のように細長い道を、ただひたすら歩んでいた。



 ママこと女性が、冒険者にあることを訊いた。


「ねぇねぇだんちゃん」


「はいはい、今日はだんちゃんですか。そんで、なんでごぜぇますか?」


「お金……上げちゃってよかったの?」


「全部上げたわけじゃないから平気平気」


「そうじゃなくて。相手はハーフエルフよ。もしかしたら、利用されているかもしれないじゃない。そういうお人好しなとこ、ママ大好きよ。誇りにすら思っている。

 ――でもね。世の中あなたが思っているほど、いい人たちばかりでないの。あなたが善意に付け込まれて、悲しむ姿だけは、絶対に見たくないの。ママの心配。ママのこの気持、分かるわよね?」


「『弱者だからといって善人ではなく、権力者だからといって悪人ではない』――そんなニュアンスの格言、どっかで目にしたことがあるな」


「それを理解しているのなら、……ママ安心。 お人好しは長生きできないから、気をつけてね」


「お人好しは長生きできない……か。やっぱラノベみたいな夢と希望に溢れたファンタジーは無理か」



 そして女性に聞こえないよう、小声で呟く。



「世の男性すべてが一度は望むであろう、美女に囲まれたハーレム生活。歩くだけでキャーキャー言われてみたいのは、さすがに身の程を知らない、過ぎた夢――いや、願望だったな」



 誰にも聞こえないよう囁いた言葉を、女性の地獄耳が探知する。



「え?! 美男に囲まれた夢の酒池肉林生活?! 歩くだけで美男な少年たちを精通させたいですって?! 正気なの?! あなたにはここに、ママがいるじゃない!」



「正気はこっちのセリフぅ!!! 美女って言ったんだ! 誰が美男なんて言ったよ俺の性癖を改竄して歪めんな! あと歩くだけで精通っていうパワーワードなんだよ! さすがに耳を疑ったわ!!」



「ごめんねたっくん。てっきり息子が新たな性癖を開拓したと思って焦ったの。ママ、うっかりだわ」



「うっかりもそこまで行けば怖いから! ホラーだから! 軽くサスペンスだから!! 俺とあんたの二人旅だからよかったものの、誰が部外者連れてたらあらぬ誤解を招くところだったぞ! もしもそれが美少年だったら、恐ろしく距離置かれてたわ!! 軽蔑の眼差しかつ、まるでゴミを見るような視線を向けられてたわ!!」



「え? 男の娘にゴミを見るような視線を向けられる、被虐プレイが好きなの? そういうのは軽く犯罪だから。下手したら屈強な衛兵にしごかれて、アレ♂コレ♀されちゃうわよ。もちろん、性的な意味で」



「お前すげぇ性癖歪んでんなァ!今日一番の発見だわ! あと人の話聞こうな? 会話になってねぇんだよ!! それとアレの後に『♀』マークつけんな! コレの後に『♂』マークつけるのも禁止ぃ!」


「違うわよ! 私はアレの後に『♂』マークでコレの後に『♀』マークをつけたの。逆よ逆! それとも『♂』&『♂』のほうがよかったかしら?」


「よくねぇよ!!! だからなんでホモにしたがんだよ!!」


「失礼ね、ホモじゃないわ! 女装した少年はちゃんとした少女なのよ!!」



 ツッコミが追いつかなくなった冒険者は、頭を掻きむしりながら天に向かって叫んだ。



「しらんがなぁあぁぁあ!!! ちょっと神様ヘルプ! コイツの頭をなんとかしてくれぇええええ!!」





 二人は会話のキャッチボールならぬ、会話のドッチボールをしながら隣町を目指した。 先程の暗い雰囲気は消え失せ、二人の楽しげで明るい(?)会話が平原に響き渡った。



 

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