第4話『ママと肉体言語(殴打編)』


 ゴロツキの頭は部下に号令を下す。



「野郎ども! この女に教育してやれ! 俺らの縄張りで好き勝手するのが、どれだけ愚かなことかを!!」



 その指示に、ゴロツキ達が「おう!!」と叫ぶ。そして物々しい武器を手に、女性へと飛び掛かった。



「あらあら。おませさんな子たちね……――」



 女性はそう言いながら、振り下ろされたウォーハンマーを、仰け反って回避する。――そして間髪入れず、ゴロツキの腹部に、華麗な一撃を与える。


「グハッ?!」


 女性の膝が、ゴロツキの腹部に深くめり込む。ゴロツキは圧迫に耐えきれず、えずきながら蹲る。その彼が斃れる前に、女性はウォーハンマーを拝借した。



「ウフフ。コレ、ちょっと借りるわね☆」



 獲物を手にした女性は、まさに鬼に金棒ならぬ、ママにウォーハンマーだった。



「数で押しきれ! 休む間を与えるな!」

「このアマぁ! 調子こいてんじゃねぇ!!」

「油断するな! この女ただもんじゃねぇぞ!」



 続くゴロツキ三人。だが、たったの3秒足らずで無力化された。瞬速のウォーハンマーが、彼らの手の甲や膝、肘、顎に炸裂したのだ。


 どの箇所も死にはしないが、死ぬほど痛い場所に代わりない。


 中には、真反対に曲がった肘にどう対処していいのか分からず、泣き叫び、助けを求める者もいた。子供を喜々として虐待する鬼のような輩だが、これにはほんの少しばかり同情してしまう。



 だがウォーハンマー片手に、舞を踊るかのように戦う女性は、留まるところを知らない。まるで、今まで被害にあった者たちの意志を代弁するかのように、血の舞を踊り続けた。


 教育してやると豪語していたゴロツキ達は、逆に、ウォーハンマーで教育されるハメになったのだ。


 ゴロツキは剣やナイフで果敢に斬りかかるが、すべてウォーハンマーによって叩き折られる。



 それを見た魔法の使えるゴロツキが、エンチャント魔法を剣に施しながら呟く。



「打撃さえどうにかすれば、十分に勝ち目はあるな」



 そして強度を上げた剣を握りしめ、女性へと斬りかかった。



「調子こいてんじゃねぇぞクソ女ァ!!」



 繰り出した斬撃はすべて避けられたものの、ウォーハンマーの打撃も見事に防ぎきった。エンチャント魔法が効力を発揮し、攻撃に耐えていたのだ。



「防御力を全開まで上げればなァ、ウォーハンマーなんて目じゃねぇんだよ!!」


「あらあら、魔法が使えるのね。偉い偉い」




 女性は息子を褒めるような言葉を口にする。そしてウォーハンマーを天に向かって投げ捨て、腰に下げていた剣を引き抜く。




「――――なにッ?!」




 その動作に、ゴロツキは反射的に防御姿勢をとる。


 しかしそれはフェイントだった。女性は剣を下げてなどいない――だが元騎士であることを見抜き、わざと剣を引き抜く動作で隙を作ったのだ。


 女性は天から落ちてきたウォーハンマーを手にすると、騎士生命の要でもある肩に、会心の一撃を喰らわす。元騎士のゴロツキは肩を砕かれ、激痛に悶絶した。 



 そうこうしているうちに、ゴロツキの半分が戦闘不能になり、裏路地は死屍累々の溜まり場となった。



 正確には死屍累々と言うよりも、屈強な男たちの泣き叫ぶ、地獄絵図と言ったほうがいいだろう。



 あれだけ意気揚々と、威勢と恫喝を放っていた者たち。

 それが今では、幼児のように「いでぇ! 痛ぇよぉ!!」と泣き叫んでいる。襲い掛かった者たちは例外なく、地に伏し、悲鳴のような呻きの協奏曲を奏でていたのだ。


 中にはあまりの痛さに白目を向き、ビクビクと痙攣している者までいる。 



 ゴロツキ達の戦闘士気は下がりに下がっていた。

 今まで抗争はあったが、ここまでボロ負けしたことはない。



――それも、若い女一人に、ここまで完敗したのだ。 



その地獄絵図を創り給うた女性は、頬についた返り血を拭う。そしてゴロツキ達の恐怖感に拍車をかけるように、こう訪ねた。




「ウフフ。まだ……ママと遊ぶ?」




「――そこまでだ!!」


 裏路地に物々しい騎士達が雪崩れ込む。騒動を聞きつけた衛兵たちだった。


「衛兵だ! 武器を棄てて両手を上げろ! 膝を付けぇ!!」


 ゴロツキ達はアジトの中へと逃げ込み、出入り口を塞いだ。衛兵たちがドアを叩き、開けるよう命令する。



「おい! ここを開けろ!!」


 

 だが、それに応じる気配は一切ない。ドアは固く閉じられたままだ。



「仕方ない。重装騎兵前へ!! ドアを破壊しろ!!」


 重装騎兵が手にしているブリーチングハンマー。銀色の鉄槌が、ドアに向かって振り下ろされる。分厚い木製のドアが叩き壊され、衛兵たちがアジトの内部へと侵入する。


「総員突撃ぃ!!!」

「動くな! 武器を棄てろ!!」

「出入り口を固めろ! 一人たりとも逃がすなぁ!!」

「屋上だ! 屋上を伝って逃げる気だ!」


「追え! 逃がすな!!」



 一方、騒動に巻き込まれた冒険者と女性、そしてハーフエルフの少年と少女。

 四人は空の木箱に隠れていた。




 どこぞのソリッドなスネークよろしく、壁端の木箱が少しずつ動き出す。そして衛兵の目を盗み、裏路地から姿を消した。


 


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