第25話『終わりはいつも突然に』



           ◇





 アジトを放棄した女山賊たち。彼女たちは、事前に定めていた集結地点にいた。


 クロエとカームもその地点に合流する。そしてカームから、事の経緯を知らされた。



 その言葉にクロエは驚く。カームが思いがけない言葉を口にしたからだ。




「え、演技?! じゃあ! あの涙も全部ウソだったの?!」




「ウソとは失礼だね。あたいはちゃ~んと本気で泣いたよ。仲間のことを想ってね。そもそもあたいは、元娼婦だよ。ベッドの上でどんだけ演技して、男を盛り上げたと思ってんだい? 夜を生きた女は、伊達じゃないのよ」



「じゃあ、ハルトにあの場を任せたのも?!」



「さっき言ったスチームクロウの指示だ。あんな優男に任せるわけないだろ。どんな理由つけてでも、あたいがあの場に残ったよ」




 結論から言うと、女山賊は娼年たちも含めて、全員健在――無事だった。それもこれも、あのスチームクロウのおかげだった。彼はこうなることを事前に予知しており、彼女たちは蒸気男爵の指示に従い、彼の手筈通りに事を進めたにすぎなかった。



 一方、その件をまったく知らされていないクロエは、「どうして私だけ知らないんですか! のけものですか!」と憤慨する。



「なぜ私にだけ黙っていたのですか!」



 カームは言い辛そうな表情で、一度出そうとしていた言葉を飲む。そして改めて、辛い一言を口にする。いつかこの時が来るとは思っていた。ついに、その時が来てしまったのだ。



「それは……――お前と別れる時が来たからさ」


「え?」


「あんたさ……神機を守るために、こんな山ん中の森で、独りで戦ってきたんだろ?」



 仲間にすら秘密にしていた事実。本来のクロエなら、何食わぬ顔ではぐらかすのだが、質問が質問だ。誤魔化しきれない的を射抜いた質問に、思わず本音が出てしまう。



「ど、どうしてそれを?」


「この前、あんたが夜な夜な出歩いているのを知ってさ。心配になって尾けてみたら……見つけちまったんだ。あんたの隠れ家と、神機をさ」



「――ッ?!」



「大丈夫。あたいは神機に触れてないよ。そもそもアレがなんなのか、見当すらつかない。でもあんたは、あれを授けるに相応しい者を探してたんだろ? エルフの国が崩壊する前。国王からの直々の任務を……」


 クロエの返事は無言だった。仲間にさえ秘密にしていた後ろめたさから、なにも言い出せなくなってしまったのだ。


 カームは『なぁに、気にしてないさ』という優しい口調で、クロエの頭を撫でた。



「やっぱ、そうだったか……」



 そしてカームはクロエに旅立ちの言葉を贈る。それは同時に、永遠かもしれない別れの言葉でもあった。



「ハルトは……あの神機を動かせるんだろ? さぁ行っておやりよ。今頃スチームクロウが、あんたの神機を直している頃だろうし」


「え?! さっき言ってた、あの魔族の勇者が!」


「早くしないと、あんたの大事な神機、ハルトに渡す前に取られっちまうよ。 さぁ、行った行った!! 御国に忠を尽くしな!!」


 

 クロエは神機を魔族に渡すまいと、急いで駆け出した。


 そして一度立ち止まり、カームと仲間たちに向き直る。どうしても、伝えたいことがあったのだ。




「カーム! それにみんな! ……ありがとう! 今まで大事にしてくれて、本当に、本当にありがとう!!」




 それは人とエルフという種族の枠組みを越えた、心からの感謝の言葉だった。



 その言葉に、カームは目に溢れんばかりの涙を浮かべ、必死に笑顔を作る。そして「おう! じゃあ待たな!!」と告げながら、手を降る。そして仲間たちも手を振り、仲間の新たな門出を祝福する。



 見送り終えたカームに、仲間の一人が手ぬぐいを渡す。そして彼女に問い掛けた。




「いいの? なぜ、エルフである彼女を仲間に引き入れたのか。その理由、まだ伝えてないんでしょ?」


「あぁ? いいんだよ。きっとまた、会えるだからよぉ!  その時に……伝えらぁ!!」




 カームはそう言いながら、手ぬぐいで鼻水を『ブビーッ!』とかむ。そしてそのまま感極まり、わんわんと泣き始めてしまった。まるで、娘が嫁ぐのを見送った母親である。




 仲間たちもこうなることを想像していたらしく、みんなで泣き喚くカームを『どうどう』と慰めるのだった。





           ◇




 魔力によって生み出された雷撃が、川辺全体に放たれる。


 魔導師の少女は、自分の足元に安全領域を敷いていたため、完全に無傷だった。だが川辺に居たハルトは別だ。足元で流れていた川の水も相まって、より深いダメージを負う。



「うぐっ! がぁあ!! ……うあぁッ!!」



 魔導師の少女は、動かなくなった左腕を庇うように立ち上がる。そして近くにあった流木を手にすると、蹲るハルトに向かって歩きだす。



「本当に殺す度胸もないのね! おかげで命拾いしたわ……ありがとう。 ――これはその礼よ。 この腰抜けの糞チキンが!!」



 そして流木を棍棒のように振るい、ハルトの体に叩きつけた。




「ぐあァッ!!」




 ハルトは感電によって痙攣しながらも、その場から逃げるため這いずる。だか体が思うように動かない。感電の影響が、まだ残っているのだ。


 魔導師の少女は、まるで殺戮という美酒に酔いしれた、悪魔のような表情を浮かべる。自分を傷物にしたコイツに、どう復讐してやろうか――その考えに、自然と歪な笑みが零れてしまったのだ。




「ウフフフフ……殺してやる! いいえ、それではダメね。すぐには殺さない! いたぶっていたぶっていたぶりまくって殺してやる! 私の体に傷をつけたのよ? この美しい体を!! フフフ……クククククク…… ただで死ねると思うなァ!!」


 


 魔導師の少女は奇声染みた声を上げ、何度も流木でハルトを殴打する。そして流木が衝撃に耐え兼ね、バキッと折れてしまう。



 魔導師の少女は流木を捨て、次の拷問具を探す。



 彼女が後ろを向いた隙に、ハルトは這いながらある場所を目指した。彼の視線の先――そこにはハルトのハンドガン、DART-Gが存在していた。


 もうすぐ。もうすぐで手が届く。そして彼がハンドガンに手を乗せた途端――衝撃が走った。



 グシャ!!



 魔導師の少女が、ハルトの手を踏みつけていたのだ。




「いけない勇者様――ねッ!」



 ハンドガンは彼女の蹴りによって弾かれ、川辺を転がる。

 そして魔導師の少女は『あ、いいこと思いついた』という顔で、自分が蹴った銃へと歩んでいく。




「せっかくだから、この神機の……試し撃ちでもしようかしら! あなたも肩を撃たれる感覚、味わってみたいわよね? ねぇ! だってこの私が、そんな野蛮な仕打ちを受けたんですもの!! ああ安心して。答えは聞いてないから」




 少女はハンドガンを手にすると、銃口をハルトに向けた。



「ん~。ちょっと待ってちょっと待って。あなたを痛めつけるよりも……もっと、効果的な的があったわ――」




 彼女はそう言うと、銃口をハルトではなく、別の方向へと向け始める。それは川辺で横たわる、ハルトの大事な存在――ママだった。



 それに気付いたハルトは、血相を変えて叫ぶ。




「よせ! 止めろぉ!!」



「ハハハハハハッ! いいわ! それ最高! 実に良い表情じゃない! 絶望に満ちたその表情最高すぎるわ!! 私、マスケット銃を使うの初めてなの。だから、肩以外の場所に当たっても、責めたりしないでね☆」





 銃声が鳴る。二発だ。しかしどれも当てずっぽうな場所に向かって放たれたものだった。



 引き金を引いた魔導師の少女は、青ざめ、苦悶の表情を浮かべている。




「うぎぃ?! がぁ!?!」




――それもそのはずだ。彼女は巨大な手に掴まれ、その中でもがき苦しんでいたのだ。




「あが?! ぎゃああぁああぁああああああああ!!!」




 突如、森の暗闇から現れた巨大な手。


 それを確かに目にしているハルトでさえ、目の前の光景を疑うほどのものだった。なぜか? それは10メートルはある巨人が、森の中から姿を現したからだ。それもただの巨人ではない――西洋的な鎧に身を包んだ巨人なのだ。



 魔導師の少女は、あまりの痛さに手を緩めてしまい、ハンドガンを落としてまった。彼女はなんとか動く右腕を酷使させ、魔装騎兵の頭部へとかざす。そして、杖と詠唱なしもでも行える、簡易魔法で雷撃を放ち始めた。



 何度も放たれる稲妻。しかし効果は薄いようだ。


 魔装騎兵は捕まえた少女を顔の前まで移動させると、まるで観察でもするかのようにじっくりと眺め始めた。




 魔導師の少女は食われると思い込み、半狂乱で雷撃を放ち続けていた。




 森の樹々を掻き分け、河原に姿を現した巨人。それにハルトの視線は釘付けだった。




「あれは……まさかコレが、ベルカの新兵器だって言うのか?!」




 新兵器の様相は、ハルトの想像と大きくかけ離れてた。


 彼の予想では、魔剣や聖剣といった人が振り回せるほどの大きさか、賢者の石といった強大な魔力を持つアーティファクトだと思っていたのだ。しかし真実とは、こうして予想を遥かに飛び越すのが通例であろう。現にハルトの予想は大きく外れたのが、何よりもの証だった。



 そんなハルトの眼前に、何者かが舞い降りる。


 ハルトが驚くよりも先に、その黒い影から問いかけてきた。



「ハルト! 無事か!」



 その正体はスチームクロウだった。



「よかった、助かった! ああ、いや……見ての通りコテンパンです」


「そうか、まずはその痛みを取り除こう――」



 スチームクロウはそう告げると、ハルトの首筋になにかを突き刺す。



「っ!? いったいなにを!」 



 訊かれたスチームクロウは、空気圧式の注射器を彼に見せる。



「おや? もしかして注射は苦手かベローンフォビア?」


「好きじゃないけど……それは?」


「ペンじゃないぞ。これは属に言う針なし注射器だ。空気圧で薬剤を皮膚下へと送り込む、便利なスグレモノさ。痛くなかったろ?」


「なんの薬?」


「今の君に必要なものだよ。詳細説明は省くが、HPが回復する、ハイポーションみたいなものと考えてくれ。すぐに足の痙攣は消え、体中の痛みが緩和される」


「まるでファンタジーだ」


「残念ながら、ここはそのファンタジーだよ。ま、我々にとっては逃げ場のない、現実という名の牢獄だがね」



「逃げ場――そうだ! こんな悠長なことしてる場合じゃない! 早く逃げないと!」



 スチームクロウの言う通り、ハルトの足から痙攣が消え、体中の痛みが薄くなっていく。体力を回復させたハルトは、急いで立ち上がり、魔装騎兵の方向を見た。



 魔装騎兵は、今まさに、手の中の少女を握り潰す瞬間だった。


 スチームクロウはマントでハルトの視界を遮り、「見ては駄目だ!」と叫ぶ。


 人とは思えない断末魔が、河原に響き渡った。


 魔装騎兵の手から、少女だったものが零れ落ちる。


 巨人は手にこびり付いた肉片を気にすることも、拭うことなく、次なる標的を見定めた。



 その視線の先にいたスチームクロウ。彼はパチンと指を鳴らし、こう言った。




「悪いが、そういう握手会は嫌いでね」




 ハルトが増産した呪符――その何千もの呪符が、魔装騎兵の足元を取り囲んだ。




「――リフレクト倍返しだ!」



 そしてスチームクロウの言葉に反応し、呪符は、今まで解呪した魔法を再現する。カームを拘束した魔法から、ハルトを散々苦しめた雷撃魔法に至るまで――すべてだ。呪符が受けた魔法が、今度は魔装騎兵に向けて放たれる。


 魔装騎兵は、短期間に想定量の魔法攻撃を受け、一時的に身動きができなくなってしまう。その巨体が力なく項垂れ、瞳から力が抜けていった……



 スチームクロウはハルトに向き直り、戦線離脱を指示する。



「あの巨体だ。拘束魔法も長くは持たないだろう。ハルト! 再起動される前にこの場を離れよう!」





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