第24話『一発の弾丸にすべてを込めて』


 魔導師の少女は、惨劇を目の前にハルトを煽った。




「殺したの? うわぁ~残酷ぅ~。仲間よりも自分の命をとったのね。最ッ低」




 ハルトは浴びせられる煽りを無視する。そして女性の首元に指を乗せ、脈があるかを確認した。確認し終えた彼は、安堵の息を吐きつつ、魔導師の少女へ向き直る。ここに来てようやく、斃すべき敵と対峙することができたのだ。


 もう話を妨害する人質もいない。その人物はハンドガンの銃声によって、脳震盪を誘発。こうしてハルトの目の前で、眠っているかのように気を失っているからだ。




 ママこと女性は、生きているのだ。



 ハルトは横たわる女性に優しい視線を向ける。そして今度は、魔導師の少女に視線を向ける。その視線は冷たく、蔑視と憎悪を含んだものだった。ハルトは彼女の言葉を否定する。彼女に手をかけるはずがない――と。





「俺に人を殺す度胸なんてない。自慢じゃないが、臆病者の腰抜けなんでね」




「じゃあ私のことも殺さないの? あなたそれでも勇者? 人を殺さない勇者なんて、存在価値ないじゃない」




「いつから勇者は、殺し屋と同じ意味になったんだ? 曲がりなりにも、勇者は力なき者のために戦う、英雄のはずだ。好き好んで血を流す道を選ぶなんて、それじゃ勇者じゃなくてサイコパスだ」




「はいはい、騎士道精神、騎士道精神ね。ほんと男って童話の大好きなのね。勇者とは、隣国からの侵攻を抑制させる、血と平和の象徴よ。そして私のように、勇者を忠実かつ、有効な手駒として使う例外もあるけどね」




 魔導師の少女はスカートを持ち上げ、ハルトに下着を見せる。無言の交渉だ。『もしも仲間になるのなら、良い思いができるのよ』と。しかしハルトは肉欲への誘いを拒否する。ハンドガンを構え、銃口を少女に向けたのだ。


 それを見た魔導師の少女は「釣れない男ね」と嘆息を漏らし、スカートから手を放した。




「そんなに彼女が好きなの? そんなにボロボロになってまで、彼女を守ろうとして。ほんとまるで、お伽噺の王子様。その忠誠心、もっと若い娘に使いなさいよ。せっかくの美形がもったいないわ」



「悪人に褒められても……――嬉しくないな。微塵も」




 その決別の言葉が、戦闘開始の鐘の音となった。



 先制は魔導師の少女からだった。再び雷撃が川辺で炸裂する。金色の稲妻が、まるで蛇のように、のたうちながらハルトへと迫る。




「総符陣! 鶴翼! 三千!! 」




 ハルトは再び、呪符による障壁を展開する。


 三千の呪符が鶴翼で展開し、雷撃を無力化する。蒼く発光した呪符が、稲妻を吸収――無害な魔素へと変換していく。



 ハルトは魔法関連の対処を呪符に任せ、自身はハンドガンによる攻撃を行う。



 雷鳴に重なるように、銃声が轟く。



 しかし魔導師の少女も対処法を編み出していた。対マスケット銃用の防御魔法陣――それが衝撃弾を退いたのだ。低殺傷を目的とした衝撃弾では、その魔法陣を貫通することは不可能だった。



 魔導師の少女は意気揚々と語る。神機の威力では、防御魔法を破壊できないと判断したのだ。



「なにその豆鉄砲? 神機ってそんなモノなの? 大戦での前評判って、ほんと当てにならないわね。過大評価もいいとこ。魔術っていうのはねぇ、日々進歩しているのよ」



 ハルトはハンドガンから、まだ弾の残ってる弾倉を取り出す。そしてスライドを引き、薬室からも衝撃弾を排出させる。そして新しい弾倉を装填させ、スライドをゆっくりと、確実に引いた。





「……――」




 彼は無言でハンドガンを構える。雷鳴と稲妻が行き交う中、慎重にフラッシュサイトで狙いを定める。そして射撃の精密度を上げるため、「すぅ……」と息を止めた。




 撃針が雷管を叩く――ガンパウダーが燃焼し、そのエネルギーが爆発的な推進力を生み出す。




 高速で飛翔する弾丸。たった一発の弾丸が、防御魔法陣に向かった。



 

 魔導師の少女は、尚も防御魔法を信頼し、こう言った。





「――だから、無駄よ」




 しかし魔法陣は、彼女の期待に応えることはできなかった。


 ビクともしなかったはずの魔法陣が、投石を受けたガラスのように砕ける。そして見事侵入を果たした弾丸が、少女の左肩に喰らいついたのだ。



  放たれた弾丸は、低殺傷の炸裂弾ではない。



 アーマーピアシング弾。貫通性を高めるために、タングステン製の貫徹子を入れた殺傷兵器だった。




「あれ? あぁ……き、ぎゃあああぁああああああ!!!!」




 少女は思わず杖から手を放し、傷口を押さえて狼狽える。



 今までどんな危険な戦闘でも、自分が血を見ることはなかった。それがこの瞬間――防御魔法を上回る攻撃力によって負傷したのだ。名にシミがつくどころの話ではない。衣服が鮮血に染まり、真紅にドレスアップしていく。



 初めての負傷。


 初めて見る自分の鮮血。


 動かなくなった腕。


 


 ドバドバと流れ出る血に、少女は狼狽え、動揺する。





「ぁ……血が?! 血がぁぁあぁああぁああ!!」




 もはや少女に交戦継続の意欲はなかった。へたへたと腰を抜かし、恐怖で泣きながら後ずさりを始める。


 だがハルトは、それでも銃を下げない。ハンドガンを構えたまま、一歩一歩、少女に向かって歩て行く。



 少女はハルトから逃げるため、何度も立ち上がろうとするが、腰に力が入らない。「ひぃ! ひぃ!!」と泣きながら、なんとか右腕と両足で這い、逃げ始める。しかし、それで逃げ果せるはずがない。すぐさま川岸まで追い詰められてしまった。




 川の優しいせせらぎを背に、少女は命乞いをする。必死に、プライドも団長としての権威も棄てて――……。




「ご、ご、ごめんなさい! もうしまぜんがらぁ! 赦してぐださいこの通りでずぅ! こ、殺さないでぇ!! 殺さないでぇええ!!」




 あれだけ威張り、見下し、利用し、大切な女性を不幸にした敵。それが今では、鼻水をパックしたような顔で、涙を流しながら赦しを乞うている。




 それでもハルトは無表情で、引き金に指を乗せた――。




 死を目前に、少女はわんわん泣きながら叫ぶ。「死にたくない!」「もうしませんから!」「ごめんなさい!」――と。




 産まれて初めて目にする、人が命を乞う姿。



 そのあまりに痛々しい姿に、ハルトは心を動かされてしまう。




 彼はハンドガンを下げ、やるせない溜息を吐く。それは重く、疲れた様子だった。




 例え引き金を引くだけで、そのすべてに決着がつくとしても――人を殺すという決意と覚悟は、心に多大な負担を強いるのだ。



 軍人でも騎士でもない、ただの民間人のハルトなら、尚の事だ。  




 ハルトが少女にかけた情け。――しかし悪人とは、その善意や哀れみさえも利用する。これぞ、悪人が悪人である由縁であろう。


 少女はすぐさま報復に出る。ハルトが目を離した隙に、手に小さな魔法陣を展開。そして自分の足元にも、安全地帯となる金色の魔法陣を展開させた。


 準備を整えた魔導師の少女は、ハルトに向かってこう言った。勝ち誇った悪魔のような笑みをうかべて……




「な~んちゃって☆」




 地を這う稲妻が、ハルトの脚を襲う。ハルトは絶叫すら上げれないほど、体を硬直させ、その場に倒れ込んだ。



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