第7話『ペストマスク医師 と 最弱の勇者』
目の前の男は、遠目で見れば人間とは思えない風貌だった。
まさに異様と不気味さがナチュラルに調和した出で立ちであり、誰も近づけさせない、仄かな狂気さが滲み出ている。
全身のシルエットを隠す漆黒のマント。異様に大きな鍔を持つシルクハットに、ペストマスクを被った男――。ファンタジーというよりも、この世界感にそぐわない、スチームパンクテイストに身を包んている。
そんな彼が、「またまた、ご冗談が好きな御婦人だ」と笑いながら、それを否定した。
「私が、敵――ですと? おやおや、これは心外ですね。仮にも、貴女の命を救った者の一人ですよ」
「あなたに助けられた覚えはありません! 私は彼――可愛い可愛いりっくんに助けられたの!!」
「りっくん? ほうほうなるほど。御自慢のご子息様が、あの時の命の恩人――ということですか。まぁ、否定はしません。彼が貴女を見つけなければ、死んでいたことは確かですから」
話に割って入るように、冒険者が女性の前に立ち、ウォーハンマーが握られた手を、優しく包み込む。そして、いつになく想いのこもった言葉で、彼女にこう告げた。
「彼は仲間だ。敵じゃない。武器を振るう必要なんてないんだよ。ね?」
「しょうちゃんよく聞いて、魔族の魔力だけじゃない。アイツからは、
ペストマスクの男は「すばらしい洞察力です」と言わんばかりに、彼女に拍手を贈った。
「実に良い嗅覚をお持ちで。私は人間側で召喚された勇者ではありません。魔族側で召喚された、魔族の勇者なのです。他の世界から勇者を強制的に拉致――じゃなかった、外来種を密輸できるのは、なにも、人間だけが独占を許された技術ではない――ということですなぁ~、ハハハハッ」
ペストマスクの男は紳士的に笑うが、それはどこか自虐的で、淋しげな笑い声だった。
そんな彼に、女性は問いを投げかける。彼女が異変に気付く根本的な原因になった、ある事を――。
「この周囲には、少なくとも20人以上の男女のカップルがいたわ。その声が途絶えたということは……――」
彼女の言う通りだった。繁殖期の動物のように喘いでいた、数多の声。それがピタリと止み、森は静寂を取り戻していたのだ。
ペストマスクの男は、女性が言おうとしていたセリフを奪う。
「――『殺した』 とでも? まさかまさか。魔族で召喚された身であっても、勇者は勇者。人々の希望でなければなりません。はぐれ勇者のような蛮行は、意に沿わないのです」
「じゃあなにをしたの」
「私は少しばかり、安息の喜びを享受したまでのこと。朝になれば元気いっぱい、爽快なグッドモーニングになるでしょうな」
女性は食い下がるように尋ねる。
「なぜそんなことを?」
「御婦人を驚かせるつもりはなかった。こうも、察しのいい人だとは思わなかったものでして。しかし……嫌なものでしょ? せっかくの大事な会話を、喘ぎ声で邪魔されるのは」
ペストマスクの男は、ゆっくりと周囲を見渡し、こう語った。
「それと、これもまた民族的な性でしょう。聞こえますか? この虫の音色が。これが好きでしてね。 この世界の人々は、虫の音を雑音と評価するかもしれません。しかし我々は、これを風流と評価しているのです」
「我々? 他にも仲間がいるのね」
「さてさて。それはどうでしょうか――」
問い詰めていたママこと女性は、突然体勢を崩し始める。
「――?! っと!」
冒険者は倒れそうになる彼女を支え、慎重に、ゆっくりと寝袋の上へ寝かせた。
ペストマスクの男は、やれやれといった口調でこう言った。
「いやはや。ずいぶんと手間のかかるママさんだ。睡眠ガスがここまで効力を発揮しないのは、正直、驚きましたよ。殺されるかと思いました」
「自業自得だ! ドクター。あの時、彼女を救ってくれたことには感謝している。現に俺一人だったら、なにもできなかった。でも……これだけは言わせてくれ」
「なにかな?」
「 逃 げ ん な よ ! あの時あんた、彼女を治療したらさっさと姿を消しやがったろ! しかもなにも言わずに! おかげてこっちは、彼女と二人旅ときた! どれだけ苦労したことか!」
「こんな美しい御婦人と、くんずほぐれつの二人旅。私がいれば邪魔になるのは明らかでした。それで、どうでしたか? 宿屋で毎晩熱い夜を過ごせた気分は。 極上かつ芳醇な快楽。さぞかし、幸せだったでしょう?」
冒険者は、そんなわけあるかと否定する。今までの苦労を語ると言うよりも、積もり積もった鬱憤をこれでもかと撒き散らす。
「気を使ったと?! 目を覚ましたら彼女、俺のこと息子だって言い始めるわ、本物の母親よりも母親
ペストマスクの男は謝罪や同情もすることなく、納得したように頷きながらにこやかに笑った。
「ハハハッ、それは結構結構。旅というものは、そういった不測の事態やアクシデントが付き物。それを楽しむのもまた、旅の醍醐味と言えましょう。どうやら楽しい二人旅を満喫できているようで、よかったよかった」
「よくなぁああああぁい! どいつもこいつも人の話を聞かないヤツばかりだなァ!! なんだよこれ。この世界の登場人物はスルースキル標準装備なのこれ? それともあれかぁ! 俺の話は聞く価値すらないってか?」
「十分に聞いてますとも。少なくとも私は、彼女とは違って貴方の本質を垣間見、理解しているつもりですが」
「どうだかな! 会話の噛み合わなさは、彼女とどっこいどっこいだぜ!!」
ペストマスクの男は、懐中時計を取り出して時刻を調べる。そして頃合いとばかりに、真剣な声で話を切り出す。
「さて。そろそろ、おふざけはここまでにして、本題に入りましょうか。
冒険者は腰に隠し下げていた、お守りを取り出す。
それはお守りと呼ぶにはあまりに物騒で、無骨なシロモノだった。
オートマチックピストル コルトガバメントM1911クローンモデル――『DW Valkyrie』。.45ACP弾を放つ、異世界の殺傷兵器だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます