第27話『73式小型トラック 疾走せり!!』




 ドラゴンが存在し、エルフやドワーフが住む、剣と魔法のファンタジーの世界。



 そんな世界観をぶち壊す、360度、どの角度から見ても場違いな役者がいた。



 元第54普通科連隊に所属していた車輌 73式小型トラックである。その鋼鉄の馬は、野太いエンジン音を上げながら、狭い獣道を駆け上がっていく。



 獣道を走っていた73式小型トラックが、今度は下り坂へと差し掛かる。しばらくして草地のない、唐突に開けた場所に出る――無事、山道へ合流したのだ。比較的整地された道と走行に支障のない広さにより、車輌はさらに加速する。


 手持ち無沙汰なハルトは、近くにあった武器に弾薬を補充しつつ、魔装騎兵が来ていないか後方を警戒する。どこにも巨人の姿はなく、追跡されている様子もない。どうやら気付かれる前に、包囲網を抜け出せたようだ。



「追ってこない。巻いたのか?」



 しかしクロエが自前の長耳を用い、不穏な気配を察知する



「いえ……なにか来る! ――前からです!!」



 クロエの直感は正しかった。車輌の前方を塞ぐ形で、魔装騎兵が出現したのだ。


 それを見たスチームクロウは、減速するどころか、ギアを上げ、アクセルをべた踏みする。73式小型トラックはさらに加速し、魔装騎兵の足と足の間を間一髪で通り抜けた。すれ違いざま車体と魔装騎兵の脚がチュン!と擦れ、茜色の火花が飛び散る――しかし走行に支障はない。車輌はそのまま速度を保ち、山道を爆走する。



 スチームクロウはハンドルを切りながら、助手席のクロエに告げる。



「ミス、クロエ! ブローニングM2は使えるか?」


「ぶ、ぶろーにんぐ?」


「それ! そこの重機関銃! この車に設置されているソレだ! あれだけ入念に整備してあるんだ。多少の心得はあるだろう?」


「でも弾が!」


「安心しろ! ちゃんと補充しといた!!」


「補充?! どこで弾を!」


「その答えは後回しだ! 来るぞ!」



 スチームクロウの言う通り、地を鳴らし巨人が森を進撃する。山道沿いに邪魔となる樹々を払い除けながら、73式小型トラックへと迫っていた。


 クロエはブローニングM2を助手席側に回転させ、銃口を車輌後方へと向ける。



「クロエ、効力射は考えなくて良い! あくまで、あの巨人を怯ませればそれで良し! さぁ撃つんだ!!」




 クロエは慣れない様子で狙いを定め、射撃を試みる。




「えーと、たしかこうして……」




 ハルトが身を乗り出し、クロエと肩を並べながらアドバイスする。



「そこの上、これが引き金だ! それを下に向かって押すんだ!!」


「ハルトありがとう! さぁ撃つよ、下がって!」



 ハルトは射撃に備え、急いで席に戻る。


 そしてクロエは引き金を強く押し込む。ブローニングM2重機関銃が、巨人に向かって弾幕を展開した。


 ハンドガンDART-Gとは比べ物にならないほどの大口径弾薬だ。魔装騎兵の鎧――ブレストプレートやポールドロンに命中する。火花と共に、12.7ミリの高威力の鏃が鎧に突き刺さった。中には機関内部にまで到達したものがあった。

 

 魔装騎兵は一瞬怯んだが、まるで手負いの獣のように激昂し、さらに速度を上げて、車輌に向かって駆け出す。



 魔装騎兵は持っていた剣を投擲する。


 投擲された剣が、73式小型トラックの進路を防ぐ形で突き刺さった。



 スチームクロウが乗員に警告する。



「なにかに掴まれ! 振り落とされるなよぉ!!」



 73式小型トラックは山道ギリギリでドリフトをしながら、剣を躱す。一歩間違えば崖下に転落していただろう。

 

 しかし乗員たちに肝を冷やす間もない。大地を震わせながら、巨人が目の前に迫って来ているのだ。


 しかもここに来て、スチームクロウはギアを一段階下げ、スピードを落とす。


 速度低下に気付いたクロエが、速度を上げるよう叫んだ。




「スピードを上げて!」


「それは無理な相談だ! 道が荒れている! これ以上速度を上げれば跳ね上がって横転してしまうぞ!!」



 減速したため、ついに魔装騎兵に追いつかれてしまう。そして車輌に向かって、その巨大な手を伸ばした。



 それを防いだのはハルトだった。彼は対戦車ロケット砲 M72 LAWを構え、レーザーモジュールでターゲティングする。



「させるか!!」



 ボタンが押され、66ミリHEAT弾が発射される――弾頭が魔装騎兵のフェイスガードにめりこみ、爆発した。対戦車砲としての破壊力は、その大きさから高くはない。だが魔装騎兵相手ならば、効果は絶大だった。


 暗闇のため、どれほどの損害を与えたかは不明である。だが顔面を潰された追跡者は、そのままうつ伏せ斃れ、起き上がることはなかった。



 ハルトはM72 LAWのランチャーを置きつつ、安堵する。なにせ産まれて初めて対戦車砲を撃ったのだ。アドレナリンが分泌され、息も荒くなっていた。




「ハァ、ハァ、ハァ、 ……じ、時間稼ぎには、なったよな?」




 再びクロエが敵の気配を察知し、叫ぶ。



「前! また前よ!!」



 しかし困難は次から次へと押し寄せる。再び前方に魔装騎兵が現れ、進路を塞いだのだ。しかも今度は巨大なシールドで完全に道を塞いでいる。先のようにくぐり抜ける隙間はない。


 しかも魔装騎兵の一騎は、巨大な魔法陣を展開させ、砲撃魔法を詠唱している。山道という逃げ場のない場所では、車輌は良い標的であり、絶好のカモだ。射抜くのは容易である。



 スチームクロウはハンドルを大きく切る。そして進路を山道から、崖下へと定めた。



「ええい! 一カバチかだ!! 生きたまま火葬にされるぐらいならぁ!!!」



「「え? ちょ――うわああああああああああああああああ!!!!」」



 まったく道のない樹々の間を、73式小型トラックが駆け下りていく。搭乗者は横転する恐怖に耐えながら、神に祈るような気持ちで悪夢が過ぎ去るのを待つ。急な坂。気を抜けば振り落とされてしまうほどの急勾配。もはや落下しているのと錯覚してしまうほどの坂だ。途中、折れた枝や舞い上がる草が、搭乗者を乱雑に撫で上げる。


 だが祈ってばかりもいられない。魔装騎兵が樹々を押しのけながら、強引に滑り降りて来たのだ。


 それにいち早く気付いたクエロが、再び重機関砲で攻撃を開始する。一騎は銃撃に足を損傷したか、もしくは樹の根に足を取られたのだろう。転倒し、そのまま仰向けに倒れる。



 だが追跡する魔装騎兵は、それだけではなかった。



 月夜に照らされ、反射した鎧光から判断するに、少なくともあと四騎はいる。しかも車輌の後方はすでに囲まれている。前方にしか逃げ道はない。



 そして突如、不足の事態が発生する。


 73式小型トラックのハンドルが効かなくなったのだ。――それだけではない。進んでいる感覚はあるのに、周囲の景色が動かなくなる。



 その異常にハルトが気付く。



「なんだ? これはまさか?! 嘘だろ!! 嘘だろぉおおぉおお!!」



――大規模地滑りだ。



 魔装騎兵の重量に耐え兼ね、崖の表面ずり落ちたのだ。



 地面が波打ち、樹々が倒れ、土の波に呑まれていく――。



 スチームクロウはハンドル捌きで倒れた樹々を避け、土の波に呑まれまいと格闘する。



「なんとぉおおぉ!!!」



 魔装騎のいくつかは、すでに波に呑まれ姿を消していた。しかし比較的軽い73式小型トラックは辛うじて健在だ。波に呑まれるどころか、勇猛果敢にも、土の波に乗っているではないか。


 そして土の波が穏やかになり、その動きを止めた。落ちるところまで落ち、崖下の末端まで達したのだ。73式小型トラックは波に呑まれることなく、無事だった。


 スチームクロウが車輌を見渡し、振り落とされた者や怪我人がいないかを確認する。



「みんな無事か!!」



 最初に答えたのはハルトだった。



「ああ……なんとか無事だ」



 そしてハルトは反対側に座っていた、ママの様子を確認する。気を失っているが、ちゃんと息があり、脈も正常だ。



「よかった。クロエ、君は大丈夫かい? どこか怪我してない?」


「大丈夫……平気です」



 クロエも問題なく無事だった。


 彼女は席に座ることなく、重機関銃のハンドルのみで車輌に留っていた。つまりシートベルトや体を拘束する器具は一切なし。もしもブローニングM2から手を離せば、車輌の外へ投げ出されていただろう。


 クロエとハルトは無事を喜びながら、お互いの頭に付いた木の枝や葉を、払い除けてあげる。


 全員の無事を確認したスチームクロウは『上出来 上出来』と手を叩きながら、皆の無事を祝福した。




「さぁみんな。まだやることは残っているぞ。車輌をここから脱出させないと、」




 73式小型トラックは土砂に埋もれなかった、泥濘んだ土に足を取られている状況だった。だが幸いにも少し下った場所は、緩んでいない、しっかりとした地面だった。



「あの場所まで車を移動させる。私が車を押すから、ハルト――君は運転を頼む。免許は持っているな?」


「元の世界に置いてきました」


「運転できるか、と訊いたんだ」


「ガチのペーパードライバーです」


「ガチのペーパー? だがゴールド免許だろ? 無事故無違反の意地を見せてみろ」


「そうは言っても……マニュアル車は久しぶりなんだ。できるかな?」



 ハルトとスチームクロウはそんな冗談交じりな会話をしつつ、着々と準備を進める。気を失っているママを一旦降ろし、クロエに預ける。


 そして直ぐ様、復帰作業が開始された



「スチームクロウ! こっちはいつでも準備OKだ!」


「よし行くぞ! せーのッ!」



 スチームクロウは見かけとは裏腹な怪力で、73式小型トラックを、たった一人で持ち上げる。あとは下り坂に沿ってハンドルを捌き、土の硬い平所でブレーキを踏むだけだ。


 問題なく平所までたどり着き、ハルトはクラッチとブレーキを踏む。


 ハルトは坂を見上げ、仲間に向かって叫んだ。



「よしッ! やったぜ!!」



――そう言ったも束の間だった。


 たった今、車輌が下った坂に亀裂が入る。そして土砂を掻き分け、中から魔装騎兵が姿を現したのだ。


 ハルトは近くにあったグリースガンを手にすると、車輌を放棄して走り出す――命欲しさに逃げたのではない。むしろその逆だった。




「こっちだ! どこを見ている! ほらほら! 捕まえてみな!! 」




 少しでも仲間と車輌から遠ざけるため、自分が囮になろうというのだ。

 そして彼の狙い通り、魔装騎兵は標的をハルトに定めた。



 グリースガン――正式名称M3サブマシンガンが吠える。第二次世界大戦で米軍が使用していた骨董品だが、問題なく作動した。連続した発砲音が響き、魔装騎兵に火花が咲き乱れる――しかし、それが限界だった。対人用に設計されたサブマシンガンでは、装甲化された巨人に敵うはずがない。すべての弾丸は鎧によって阻まれ、虚しく跳弾に終わる。




 だがハルトにとって、そんなことはどうでもよかった。


 とにかく仲間が逃げるか、隠れる隙を作れば良い。




 少しでも――少しでも、魔装騎兵を仲間から遠ざけたい。



 とくに連れの彼女は、まだ意識が戻っていない。追撃されれば真っ先に餌食になるのは確実だ。だからこそ彼は、考えるよりも先に体が動いた。度重なる戦闘で、未だ興奮状態なのだろう。なぜか、死の恐怖はなかった。


 彼は肩で息をしながら、今度は自分が生き残る道を模索する。陽動は成功した。後は引きつけるだけ引きつけ、時間を稼ぎ、隙を見てどこかに隠れ、やり過ごすのだ。




――しかし彼の立案した作戦が、決行されることはなかった。




 巨人の手が、ハルトを捕らえたのだ。




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