第31話『新たな旅の始まり』
73式小型トラックに乗り込んだスチームクロウ。彼は車輌と異世界で戦った自衛隊員に、言葉を捧げた。
「今まで永きの勤め、ご苦労様でした。同じ国の人間として……感謝の意を表します」
スチームクロウはそう言いながら、感慨深くハンドルを撫でた。その優しい手つきは、心からの労いと弔いだった。二度と故郷の地を踏むことなく、この世界で朽ちて逝った同胞への……。
スチームクロウは73式小型トラックのエンジンをスタートさせる。そして最後の疾走を開始した。
クラッチを踏み、ギアと速度と上げる。そして車輌は勢いよく湖へと突っ込んだ。
水しぶきが上がる。
車輌の速度は大幅に下がったが、それでも尚、軍用車輌の意地を見せつけるかのように少しづつ進んでいる。車は湖の中心部を目指すが、途中で事切れ、浮力を失う。そのままゴボゴボと音を立てながら、水底へと沈んでいった………――。
途中で飛び降りたスチームクロウが、マントに付いたホコリを払いながら、ハルトの元へ戻っていく。残りのクロエとママは、少し離れた場所から神機投棄を見守っていた。
スチームクロウは歩み寄って来るハルトに、こう告げる。
「これでもう、誰もあの神機には手を出せない」
その言葉に、ハルトが強く頷く。
「ええ。………そうですね」
朝日に照らされた湖には、未だ車輌から気泡が上がっている。その下に、自衛隊の73式小型トラックがあるのだ。
ハルトは自衛隊の車輌を見送りつつ、ある疑問を思い出す。魔装騎兵に追われ、質問どころではなかった。だがこうして追っ手から逃れた今なら、訊けることだった。
「スチームクロウ。一つ、分からないことがある」
「なんだい?」
「先の大戦。あの時に旧連合軍と共に戦ったのが、大日本帝國……ですよね?」
「ああそうだ。 少しややこしいが、おさらいがてら歴史の講義をしよう。なぁに、授業料は無料だ。安心したまえ」
「は、はぁ……」
「ゴホン! ではいくぞ。
時は第二次世界大戦。大戦末期に差し掛かった頃の話だ。ソ連政府は日ソ中立条約を一方的に破棄し、
それを阻止すべく、独断で立ち上がった部隊があった。
彼等は沿岸部に部隊を展開。ソ連軍との徹底抗戦の構えを見せた。そしてソ連軍との戦闘の最中。戦場と化したその島ごと、異世界に飛ばされてしまう。それこそが、聖魔大戦で数々の伝説と逸話を残した、超空の神兵こと、
「そして、この世界で超空の神兵として、魔族と戦い。後の亜人戦争で、かつての仲間だった列強国と戦うことになる――か。それで話を整理すると、この世界の大戦――つまり聖魔大戦なのですが……」
「それがどうかしたのか?」
「ええ。話を聞くかぎりでは、その戦争よりも前に、自衛隊はこの世界に飛ばされた、と言ってましたよね? でもそうなってくると、やはり時系列的におかしい。大日本帝國の兵が現われるよりも前に、自衛隊がこの世界に現われたということになる。順序が逆じゃないですか?」
「たしかにそうだな。だが事実だ。自衛隊が現れ、その次に大日本帝國陸軍が現れた。奇妙ではあるが、この世界に召喚――もしくは漂着する者は、なにも時間軸に沿った順番とは、限らないということだな」
「この世界の時間の流れは……俺達の世界とは同調していない?」
「概ねそうだろう。もしかしたら。次に召喚されてくる勇者は、サムライか、ニンジャか、それとも遥か前の陰陽師か、または逆に、遥か未来のフューチャーウォーリア――か。そればかりは神のみぞ知る……だな」
「……頭が痛くなってきた」
「もしかしたら、ブリテンの騎士とお目にかかれるかもしれんな」
「ブリテン……円卓の騎士?」
「ああそうだ。ドラゴンやエルフがいる、この魔法の世界にアーサー王召喚か。童心が疼く、最高のコラボじゃないか! 世界観ともマッチしてるし」
そんな話をしていると、ママとクロエが口論(?)らしき声が響いてくる。クロエが逃げるように、ハルトとスチームクロウの元へと走り寄ってくる。
「ハルト助けてぇ!!」
「ど、どうしたのクロエ!」
「あの女性が突然、私の髪の匂いを嗅いで――その……あ、あの……その……」
なぜかクロエが顔を真っ赤にして俯いてしまう。
ハルトはわけが分からず首を傾げていると、騒動の元凶がこちらにやって来た。
「ちょっとマー君どいて! その娘と話をさせて!!」
「やめろよ。とりあえず落ち着けって。な? 彼女を見てみろ、すっごく怖がってるじゃないか。いったい騒動の原因はなんなんだ?」
「その娘の髪から、うちの息子の匂いがしたの! あなたうちの息子と寝たでしょ? いいえもれなく一線を越えちゃったでしょう! うちの息子の初物、食べっちゃったでしょうこの泥棒猫!!」
身に覚えがありまくりんぐなハルトは、明後日の方向を見ようとする。しかしその視線上にたまたまいた、スチームクロウと目が合ってしまう。
スチームクロウに『え?! マジで! really?』的な視線を投げられ、ハルトは誰にも気づかれないほどに、小さく頷く。
それを見たスチームクロウは、この火事場から逃れるため撤収作業に入った。
「仲のいい家族同士、積もる話もあるだろう。それではまた遭う日まで! 皆さんの旅路にスチームのご加護を!! サラダバー!!」
まるで古典的なニンジャ映画のように、足元に『ボフゥ!』と白煙が上がる。そして煙が晴れた後には、スチームクロウは姿を消していた。
てっきり、助け舟を出してくれると思っていたハルト。彼は見捨てられたことに気付き、「また逃げやがった!」と、朝焼けの空に向かって吠える。
時既に遅し。ハルトは、なんとか誤魔化そうとママとクロエの間に入る。そして即興の言い訳で、事を収めようとする。
「こうちゃん、そもそもその娘はなに? 誰なの?」
「こ、この娘は……ほら、あれだよあれ!」
「あれってなに? 『あれ』じゃママ分からないわ! やっぱり――二人でいかがわしいことしてたんでしょ! ママに正直に言いなさい! 怒らないから! 絶対に怒らないから!!」
「現在進行系で怒っているじゃねぇか! とりあえず落ち着けって! な?」
「これが落ち着いていられますか!! もしも、さげま●だったらどうするの? 大問題じゃない! 大事な息子をさげさせたりするもんですかぁ!!」
「こらぁあああああ!!! お前の発言が大問題じゃ!! さ●まんなんて言うんじゃない!! 冗談でも許されない発言だからなそれ! 男女の友情が一発で壊れる発言だからなそれ!!」
そんな三人を、朝日が照らす。
長い夜が去り、新しい一日が始まる。
それは新たな旅の始まりを物語っていた。
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