バブみ系最強ママ と 最弱の勇者

十壽 魅

第零章『ママと主人公の秘密』編

第1話『ママと一緒に異世界旅行』


 街の大通りに面した食堂。

 その一角で、一人の女性と冒険者が腰を下ろし、夕食に舌鼓をうっていた。



「はいたっくん。あ~ん」



 女性は木のスプーンにスープを乗せ、それを冒険者へと差し出す。


 子供扱いならぬ、息子扱いされた冒険者は『ほんとマジ勘弁して』という顔で、それを止めるよう懇願する。



「いや、それほんと止めてもらえます?」


「どうして? たっくんの好きな玉ねぎのスープよ? ママね、たっくんのことなんでも知ってるんだから!」



 女性は自慢げに胸を張る。豊満なバストが揺れ、周囲の男達の視線を自然と誘ってしまう。


 その視線に気付いた冒険者は、女性に向け、声のボリュームを落としつつ、小声で怒鳴った。

 


「いやいや、玉ねぎスープそんなに好きじゃないし。あと俺は、たっくんでも、しょーちゃんでも、きゅーちゃんでもない! そもそもあんたの息子ですらないんだ! OK? Do you understand?」



「どうしてそんな酷いこと言うの? ママ悲しい。ママのこと……嫌い?」



「とにかく貴女が正気じゃないことは分かった。昨日出会ったばかりの俺を、息子と勘違いしているんだからな」



「そんなことないわよ、りょーちゃん。大事な大事な、私の命よりも大事な息子のこと、忘れるわけないじゃない!」



「その大事な息子の名前が、すでに間違ってんだよ! りょーちゃんって誰だよ、どっから出てきた! せめて名前くらい間違えてても統一しろよ!!」



「名前なんて些細なこと。息子への無償の愛があれば、もうそれでいいの。違って?」



「違う。それ、愛の押し売り悪徳セールスの類だ。数分ごとにインスタントに改名ラッシュされる、この俺の身にもなってくれ。ゲシュタルト崩壊しそうだ」



「しんちゃん偉い!」


「は?」


「ゲシュラルト崩壊なんて難しい単語! 知ってるなんてママ、歓心しちゃったわ! このお腹を痛めて……産んでよかった」


「お腹を大事そうに擦っているところを悪いが。ゲシュラルトじゃなくてゲシュタルトな。『ラ』じゃなくて『タ』。あと俺、あんたの腹の中から産まれた覚えない」



「どうしてママにそんなこと言うの? 反抗期? ねぇ反抗期なの? ママ思春期の息子の部屋を漁って、エッチな性的代用物を机の上に置く残忍無慈悲なママじゃないわ。見て見ぬふりができる、超有能トップ・オブ・ママなの。キング・オブ。ママなの。ママオブ・ザ・ママなのよ。だからそんな酷いこと言わないで。見捨てないで……ね?」



 自称ママは棄てられた子犬のように震え、助けを求める目で息子を見つめる。



 息子こと冒険者は、ほんの少しばかり窶れた表情を浮かべる。そしてバラ撒かれた彼女のボケに対し、回収せずドン無視を決め込む。(もっとも。本人は至って真面目で、ボケてるつもりはないのだが……)



「もうどこからツッコんでいいのかわかんねぇな……。もうイイ、分かったから。見捨てられたくなかったら、早くその飯を食べて。待ってる人いるんだ」


「そうね。周りの人に迷惑をかけないように生きるのが、善良な市民の大前提だもの。本当に偉いわ、しゅんちゃん!!」


「あー、はいはい。しゅんちゃんね……」




 食べ終わった二人は街に出る。


 ラノベで使い古された、あのセリフを使いたくなるような光景が広がっていた。


「まるで中世ヨーロッパのような街並み――か」


「なぁにいっくん? ヤーラッパ? いっくんったら博学なのね。いろんな町の名前を知ってるなんて。ママ鼻が高いわ」


「あーへいへい」


 冒険者は、随伴する保護者のことを適当にあしらいつつ、ある店を探した。


「何処へ行くの?」


「ん? ああ、その露出高めの服じゃ、世の男性の目のやり場に困るんでね。新しい服を、どっかで買わないとな~っ、と」


「え?! どっからどう見ても普通のお洋服よ! 」


「はぁ? どっからどう見ても痴女のお服装だろが!! 横乳モロ出し、スリットの切れ込みが、腰上まで伸びている!! つーかそれ、スカートじゃなくてそれ前垂れだよね? 淫部を隠すだけの目的なデザインの前垂れ! 鼠径部隠せよモロ出しじゃねぇか! それ がシンプルに公序良俗に反してるんだよ! 子供に見せられない服装なんだよ!! だから着替えるぞ!! 金は俺が出すから!」


「ママの幼気な体を使って、お洋服の着せ替えごっこしたいの? ママ、ちょっと……恥ずかしいな。心の準備が――」


「人の話を聞けやお前はぁ! 俺だって男じゃ! 目のやり場に困るし、人の目を集めるんだよお前の服装は! 食堂の男たちの目を見たろ! 食欲よりも、あんたの肢体で性欲を発散したいって顔してたよ! 俺だって目の前にこんな上物あったら理性飛ぶわ! あとその体で幼気さとかありえねぇから! 皆無だから!」


「嫉妬しているの? やきもち? ママ、あなた一筋よ」


「聞けよ人の話しいぃいいいぃい!!!」


 あまりに話が通じず、冒険者は、ボコボコと沸き立つ癇癪を抑えるべく、喉者を掻きむしる動作をしながら「むぎぎぃいいぃい!」と歯ぎしりする。

 人目のないところで、兎の人形に拳を打ち付けたくなる衝動を覚えていた。


 そんな彼の苛立ちを知ってか知らずか、女性は冒険者の腕に抱きつく。まるで恋人

のように。



「えい!」


「ちょ?! な?! なにしてるんですか!」


「この街、人通りが多いし、迷子にならないようにしたの。駄目かな?」



 ママのような仕草に徹していると思えば、今度は、まるで恋人のような振る舞いを見せる。



 同伴している冒険者は、彼女が何者なのかを知らない。



 出会った瞬間――目を覚ましたらこうなっていた。まるで雛の刷り込みのようになつき、本物の母親のように慕う。


 部分的統合失調症か、記憶喪失だ。冒険者に医療知識はないため、すべて素人の憶測にすぎない。


 本来なら医療機関で専門家に診てもらうのが筋だが、ここは異世界。元いた世界のように高度な医療施設はない。あったとしても、それは貴族や王族のためのものだ。平民には手が届かない、超のつく贅沢品だった。


 と言っても、街は物と活気で溢れ、数十年前とは比べ物にならないほど、豊かになった。


 それは、この国に限った話しではない。


 ほぼ、あらゆる国の生活水準は上がり、市場には嗜好品に満ちている。


 行商人を皮切りに、街を護る衛兵の鎧でさえ、絢爛豪華さを求めるようになった。



 実用性よりも優先されるもの。それは人目を引く目新しさや、デザイン的な美しさだ。


 これもまた、平和ゆえの贅沢な弊害だろう。





 先に起きた人類と魔族との戦争『聖魔大戦』。


 ベルカ率いる列強国が、魔族との大戦に勝利。そして人類は、その後に勃発したエルフや獣人達との『亜人戦争』にも勝利を治め、世界は平穏を手に入れた。


 亜人達を束ねていたエルフが敗走したことにより、人類は、すべての種族の頂点に立つ存在となり、この世の栄華を手に入れたのだ。


 


――底知れぬ繁栄。




 戦後エルフやドワーフがひた隠しにしていた、秘伝や技法、魔導学、知られてはならない禁書目録などが人類の手に渡った。それらが人類側の既存技術と融合し、技術革新の時代が到来したのだ。



 数年前の技術や手法が、まるで数十年前の古典技能に思えるほど、すべてが飛躍的に発展していった。



 なにせ街行く冒険者やギルドの者達ですら、豪華な金色のエングレーブが装飾された、剣や鎧を装備している。その繁栄度合いは、戦時中には想像すらできない光景だった。


 もはや中世ヨーロッパというよりも、泥臭いリアリティを無視した、美しさとビジュアルメインなファンタジーゲームの世界である。




 例外があるとすれば、痴女ママの横に立つ、冒険者の服装くらいだろう。



 低所得者層丸出し。

 まさに駆け出しの冒険者。

 そして田舎者。



――だがそれでいい。冒険者はそう考えていた。



 それは負け惜しみでも、妥協でもない。



 豪華な服で目立つのは、旅をする上でよろしくないからだ。財布の中身を見せびらかせ『自分は金持ちです』という看板を、堂々と掲げて歩くようなもの。もちろん例外もあるが、程よく周囲に溶け込める服装が、異世界を歩く上で好ましい。


 『自分は無一文』『今日の生活がやっと』『盗られるものなどなにもない』といった服装のほうが、賊やスリから狙われる確立は、ぐっと減るからだ。


 そんな気苦労や配慮を知らず。保護者こと痴女は冒険者の腕に抱きつき、満足げにニコニコしながら街を歩く。どの角度から見ても、『冒険者が奮発して買った娼婦』にしか見えない。



 抱きつかれている冒険者は、少し窶れた表情で服屋を探す。 





「まったく。なんでこうなったんだか……」





 だが彼はまだ知らない。その後を、密かに尾行者する者の姿を――。





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