第15話『少女は死刑宣告を述べる』


 体を洗い終え、河原に上がって来たクロエ。


 そんな彼女にカームは悪びれる様子もなく、『気持ちよかった』と事後報告する。自慢げに、そして『あんたも悦しめばいいのに』と、快楽の園へ背中を押すかのように……。

 


「悪いねクロエ。あんたの獲物、さきに食っちまったよ」



「私には……やはり、そういうのはいい。そういう楽しみは、人間同士でやればいい」



「まだ、あのトラウマが残っているのかい? いい加減克服しないと、エルフ同士でする時でさえゲロ吐くことになるんだよ」



 ハルトは疑問に思い、尋ねる。あの時クロエが吐いたのは、自分に否があると思っていたからだ。



「トラウマって? 彼女が吐いたのは俺のせいじゃ――」



「ああ違う違う。あんたのせいじゃないよ」



「じゃあいったいなにが?」



「いやなに、エルフならよくある事だよ。人間に襲われたのさ。それも男じゃなくて女にね。冒険者か賞金稼ぎか知らないけど、まだ下の毛も生えてないガキどもさ。まさにクレイジーサイコレズってやつさね。クロエから服をひん剥いて、腰動かしてアヘアヘやってんだよ。そう、この森でね。それを、このあたしが助けたのさ」


「それが……クロエとカームの出逢い」


「あぁそうとも。あの時、初めて出逢ったのだ。ちょうど私達も新しい根城を探してたし、この娘もほっとけねくてね。――それにぃ!」


「?!」


「あ の ガ キ ど も めぇ! 捨て台詞とはいえ『必ず復讐してやる』って言いやがった。例えガキでも、このあたしに喧嘩ふっかけて、挙句には、捨て台詞に報復宣言ときた! ただじゃおかない!! 向こうがその気ならこっちは本気の本気よぉ!! 大人の女の怖さ、思い知らせてやる!!!」



「お、大人げなくないっすか?」



「なにおう?! 相手は女の強姦魔だよ? エルフなら法に触れないからレイプしまくっても良いと豪語するクソの中のクソ。まさしくド外道のクソガキだ! ほんとマジで許せねぇだろ!!」



「いやそれ言ったら、あんただってキャラバン襲って物資の強奪を――」



「あのキャラバンは悪得商会のだからいいの!! 拉致られた子供に強奪品だよ。それを盗んだって、最終的に困るのは悪人どもしかいない。善人からは絶対に襲うもんか!」



 ハルトは自分を指差し、「じゃあ俺は?」と呟く。



「あー、そりゃ~、あれだ。間違えで眠らせたのは謝る。でも最終的には助けてやった事になる。存分にこのあたしを感謝しな」



「助けた? いったいなにから?」



「さっき話したクロエを襲った連中。あのガキ共が――」




 その問いに対し、カームが言葉を紡ごうとした刹那。その台詞を掻き消す少女の声が響き渡った。





「久しぶりね!! 人の言葉を話す野獣さん!!」





 明らかにカームを挑発する台詞だ。


 カームは護身用のハンドアックスを手にし、その声の方向を見た。彼女だけではない。ハルトとクロエも視線を注ぐ。



 その声は川の対岸――森の中からだった。



 カームは暗闇に向けて返答する。クエロとカームには、その声に聞き覚えがあった。忘れようはずがない――クロエに性的暴行を加え、カームに再戦を勧告した、あの少女たちだった。



 カームは少女たちに向け、再戦する度胸を讃える。



「おやおや団長さんと、その取り巻きじゃないか。ん? なんだい今日はボーイフレンドまで連れての登場かい? それにしても、まさかほんとに来るとは思わなかったよ。てっきり今頃、泣きながらママのおっぱい吸ってるもんと思ってたぜ!」




「相変わらず品もなければ語彙力の欠片もない台詞ね! 所詮は蛮族。エルフや亜人と同じく、言葉を喋れる動物風情!! 生きてて恥ずかしくないのかしら?」



「ハハハハハハッ!! おいおい団長さん、てめぇみてぇな亜人を襲うクソレズが言えたことかよ!! 鏡か水面を見てみな。その蛮族とやらの汚い顔が見れるよ! ほんと、生きてて恥ずかしくないのかねぇ~?」




 挑発していたはずが、逆に煽られ、神経をこれでもかと逆撫でされる。



 少女の心で燻っていた憤怒の燃えカスと報復心に、油がドボドボと注がれる。瞬く間に炎は全身を駆け巡り、彼女を復讐の女神へと堕ちる。



 ただ醜く、すべてを報復色へ侵食する悪鬼に変わったのだ。


 部隊を指揮する魔導師の団長。その少女は、魔導師の象徴たる杖を使い鬱憤を晴らす――八つ当たりだ。地団駄する足の代わりに、杖の末端である石突で、地面を数回叩いた。




「……あぁムカつく。本当にムカつく!! これだから野蛮な種族は嫌いなのよ。生きる価値もないならまだしも、善良な市民に盾突き、不快にさせてそれを嘲笑う――なんて下劣な動物未満の存在!! 家畜は主の欲求を満たすが、それすらもできない畜生未満ならば、無様に血反吐を吐いて死ねばいい! 大地の肥やしになりなさい!!!」




 そして魔導師の少女は、暗き森の中から姿を現す。一人だけではない。あの時クロエを凌辱した面々に加え、あの時いなかった少年たちも引き連れていた。


 

 それを見たカームはポツリとこんな言葉を呟く。



「若いっていうのはいいねぇ~。肌に潤いある肢体を使って、男の用心棒を雇ったのかい? ご苦労様だよほんと」



 まず魔導師が川中の岩に魔法陣を展開させる。よく海上戦で使用される、急場しのぎの足場だ。相手の船に乗り移る際に使用されるその魔法を、少年少女たちは川を渡るために使用する。


 身軽な者は、すぐに消えてしまう小さな魔法陣で足場を創る。それを飛び石代わりに、そのままカームのいる川辺に降り立つ。逆に重装備のシールダーは、魔導師の用意した強固な足場を伝い、川辺へと渡った。



 前衛はこの少年らで、後衛は少女達だろう。



 カームは肩をほぐしなら、勝ち気な表情で少年たちを挑発する。



「おやおや~? たった三人だけかい!? ずいぶんと甘く見られたもんだ。 これだけのイケメンとイチャイチャできるのは嬉しいけど、もうちょっとボリュームが欲しいとこだね」



 まだ対岸にいる団長が、『いい気になれるのも今のうちよ』と反論した。



「安心しなさい! これはほんの序の口。おかわりはた~ぷりあるから。それまで、その減らず口がいつまで続くか楽しみだわ!!」




 カームは団長の地獄耳に、呆れた様子で呟く。




「ウソでしょ、あの距離であたいの声が届くの?! どんな耳してんだい?」




 魔導師の団長は、杖を天高く夜空へと掲げる。そしてカームたちに向けて、開戦の鐘を鳴らした。




「家畜である亜人を庇う愚か者! 俗物のあなた達を! 誇り高き アンファング公国のギルド ミュスティカ・ヒルシュ義勇旅団 が討伐する!!」



 少女は笑いと嗤いと混ぜ合わせた狂気の笑みを浮かべる。その復讐心で歪んだ顔から、死刑宣告が放たれたのだ。




「さぁ! この大地に伏し、星々が輝く天夜に慟哭を捧げよ! 

 そして豚のように泣き叫び、その身に合った最後を遂げよ!!


 我がミュスティカ・ヒルシュ義勇旅団がそれを執行する!! 慈悲はすでに枯渇した!! もはや、神にその声は届かない!!! 懺悔も命乞いも無意味と知れ!!」




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