絶望に咲き誇るアイン・ソフ・オウル

立早 司醒

7. 世界に蔓延る彩色の宴

△壱



 宵闇の天幕を、眩い閃光が斬り裂いた。

 地平線の彼方から昇る朝日の絶対的な光量に大気は踊らされ、青褪めていた世界から失われていた熱が、急速に取り戻されていく。

 光は、世界を彩る。

 空が、鮮烈な紅紫から静謐なる群青に至るまでの無限階調に染められて、夜の眠りから目覚めた荒野は、その色と輪郭を取り戻す。

 起伏の激しい岩肌と、点在する枯木が織り成す天地の境界は、灰と塵が混ざった人工物の残骸を赤茶けた土が覆い尽くし、雑多で歪な線の複合体と化している。


――目を覚ました世界は、すでに死んでいた。


 我々の生命を育む根源たる木々の緑は、天と地が和合した証である。

【青】き晴れた空と、【黄】色の豊かな土が協力して初めて、【緑】は芽吹く。

 天と地が乖離し間が生まれたこの世界では、天は荒み土は渇き緑は枯れ、結果として荒野が広がってしまった。

 この浮遊大陸北東部でも、それは同じらしい。


 ガタン、と急に俺と愛機【レグナス】を揺れが襲う。

 それだけで俺の意識は真に遺憾ながら引き戻される。

 同時に冷や汗だ。

 運転しながら寝たら死ぬぞ……って、いままで寝てた奴が言っても説得力の欠片もないわけだが。


 しかし、いまの揺れはなんだ?

 急激な起伏にでも自動対応したのか?

 浮遊位相で走行しているのだから、余程の凹凸でもない限り揺れなど生じないのに。

 眠い目を擦り前方を見ると、ぼやけていた。

 何も見えん。

 擦らない方が良かった。


 まぁそれでも、直進が阻害されるほどの段差や坂の類いがないことは分かる。

 そして車体が微妙に右に傾いているのは……なんだってんだ?

 大地の起伏以外で、自動制御が発動する理由……?

 背筋を悪寒が駆け抜ける……さっきの冷や汗より気持ちが悪い。

 一つ思い至った可能性に、張り付くような嫌な汗が全身から吹き出た。


 空を見上げた俺は即座に【脳内信号の処理速度】を【加速】。

 俺の目に映る世界が急激にスローダウン。

 知覚認識速度が十倍に。

 同時に【天征眼】を開眼。

 自身を中心点とした三六〇度×三六〇度の球状全方位に透過視覚を展開完了。


 上空二〇kmに複数の小型誘導ミサイルを発見。

 その標的は、ミサイル弾頭に備えられた動体感知レーザーの向きで分かる。

 その【視点】から先を見てみれば、そこにいるのは眠そうな半眼で空を見上げ、締りのない口元からよだれが滴るイイ男。

 白い肌に真紅の長外套を纏い、白亜の単車で空を切る金髪碧眼の美青年だ。

 まぁ、そんなもん計測しないでも分かってたけどな。

 何故なら、ミサイルどもとは発見時から目が合いっぱなしなのだ。

 つまり標的は、俺。


――ったく、こんなに接近されるまで、このクソバイクは何をやっていたんだよ!?

 警報装置の一個ぐらい付いてんだろ?

 そう思ってハンドルの間にあるディスプレイを睨むと……はじめに赤く点滅する警告表示が目に入った。

【レグナス】搭載AIは警鐘を乱打していたらしい。

 耳を澄ませば、か細い悲鳴にも似た何かが聞こえるが、耳元を占有する爆風に掻き消されて、その警報音は俺の耳には届かなかった。

 この単車には車体周辺の空気の流れを緩やかにするという流体力学に基づく優れた快適機能が備わっているのだが……その防風機能は燃料節約のため、エコモードに設定済み。


 反省を〇.〇二秒でやめて、左に思いっ切り身体を倒す。

 右にカーブを描いていた愛機の軌道は、直角的に左へと折れる。

 急なベクトル変化による凄まじい慣性力により、車体全体が軋み俺の骨格と筋肉も悲鳴をあげた。

 直後、ミサイル群が大地に降り注ぐ。

 同時に物理斥力場が右側面で自動展開された。

 爆風と力場が接触し、青白い火花を散らす。

 分子から乖離された電子による放電発光現象。

 綺麗だな……とか見とれてる場合じゃねえ。


 斥力場より爆風の方が強い。

 このままでは境界面を突破されて炎に飲まれる。

 斥力場にてせき止めていた運動エネルギーを一部開放。

 車体がひしゃげそうなくらいの凶悪な圧力が途端に俺とレグナスを襲う。

 しかしこれにより、レグナスは爆風の援護を受けて加速。

 誘導装置に簡単に読まれる自動操縦を切って正解だ。


……と思ったのに、右にも左にも逃げ場はなかった。

 どちらに逃げても、第二第三のミサイル群の餌食となる。


「無駄に手厚い歓迎だなッ!」


 思わず漏れる愚痴。

 前後左右ダメで、下も地面に塞がれているからダメ……ってんなら!


「――ハッ!」


 上に――正面突破しかねぇだろ。

 鋭く呼気を出し、主に背筋と気合でレグナスの頭を上向きに持ち上げながら、重心を後ろに下げて後尾を押しこむ。

 そうして進行方向が空を向けば、ミサイル群とのご対面だ。


 視界を埋め尽くす死の銀塊ども。

 大きさは大人が一人で一個抱えて運べるくらい。

 速度はこちらの三~四倍……最高で時速四〇〇〇kmってとこか。

 一発でも直撃すれば衝撃によりこちらは減速され、格好の的となって他のも連鎖的に喰らうことになるだろう。

 かすってもアウト。

 誘爆してこの辺りの空間ごと火葬される。


 俺は物理斥力場を切って、風向・流体制御機構による衝撃波相殺のみ展開。

 斥力場の接触もダメだ。

 ミサイルに触れずに、全て完璧に躱すしかない。


 ファーストコンタクト。

 先頭の一発――その左側面に回りこむ。

 僅か三cmほどの距離で、丸太みたいなミサイルと交錯。

 相殺しきれぬ衝撃波で直線軌道から大きく弾かれる。

 外力による予測できない挙動だが、これを活かしつつ殺して包囲網の穴を目指す。


 穴は一つ――三本のミサイルが形作る三角形の中心のみ。

 動体誘導レーザーに検知されたか、三本のミサイルは中心に向かってわずかに先端を傾けた。

 スロットルを全開にし、最高速度まで加速する。

 このまま行けば――間に合う!


 ミサイル群が眼前に迫る。

 手を伸ばせば届く距離。

 交錯――【レグナス】の後尾にミサイルの先端が触れそうになって――


 ミサイル同士が接触。

 後方で三本同時に爆発を起こした。

 衝撃に備えるべく物理斥力場をオンに。

 折り重なり増大した衝撃波に背中を押され、急激に加速させられて姿勢制御が難しい。

 遅れて脳に届く、爆発の多重奏。


 鼓膜が破れそうな痛みの中、ミサイルの発射元を特定した。

 前方上空一〇kmに時速五〇〇kmで航行する走空機。

……特定したというか、そいつしかいない。


「割りとデカイな」


 空母クラスか。

 速度はこちらの半分。


「なら、直ぐにその薄汚ぇケツを掘ってやるぜ!」

『汚いのは貴殿の言葉使いであろう?』

「テメェはもっと気の利いた台詞吐けってのッ!」


……相変わらず無駄に興を殺ぎやがる。

 こっちの仕事に対するモチベーションを下げてどうすんだ。

 愛機搭載のAIから向けられた辛辣な言葉に悪態を返しつつ、相対距離三km程度まで接近。


 旧世代の水上を走る木造豪華客船をモチーフにした外観はまるで普通の旅客型走空機だが、その機体各所から顔を出している火器武装の数々は一体何なのか?

 答えは明白。

 あれが、俺が追っかけてきた人攫い共の偽装船だってことだ。


 再度装填された次弾を撃たせる前に、それこそ弾丸の如き【レグナス】が走空機の後ろに喰らいつく。

 走空機の物理斥力場と我が愛機が誇る暴君とまで評された物理斥力場が接触し、眩い火花を散らしたのも刹那。

 運動エネルギー及び力場集約率で勝るこちらが一瞬で相手走空機の斥力壁を突破し、ほとんど何の抵抗もなく木造のケツを貫通しやがった。

 拍子抜けだが、巨大な薄い板に超高速の弾丸を打ちこんだみたいなもんだから当然と言えば当然か。


 そのまま推進力をオフにして、時速一〇〇〇kmの慣性で船内に飛びこむ。

 走空機の速度がこちらと同方向に五〇〇kmくらいだから、相対速度は五〇〇kmほど。

 空中機動から車輪駆動に位相転位させ、長い廊下に降り立つ。

 両輪から白煙を上げて色々すり減らしながら急減速をかけてみたが、元の速度が速度なだけに、すぐに終点が現れた。


――目前にあるのは壁。

 外壁と同じ、木製っぽい壁だ。

 とりあえず【天征眼】で目前に迫る壁の材質を計測。

 処理速度十倍の脳でそれを解析。

 船体によく使われる合金合板だな。

 七種類の特殊合金を重ね合わせた強靭なやつだ。

 厚さは七cm。

 外側だけ木造っぽく加工してる。


 その先を探査。

 人影が複数……いや、これは無機物――作業用アンドロイドだ。

 なら憚ることはない。

 真っ直ぐに壁に突撃。

【レグナス】の先五〇cmくらいの空間に展開されている斥力場と合金合板壁が接触。

 ミサイルを打ちこんでも表面が焦げつくだけの特殊合金が、その接触点から内側に陥没し、いとも容易く引き裂かれ大穴を穿たれた。


 斥力とは、互いを遠ざける力……言い換えれば、二つのモノを引き離す力だ。

 斥力場は【レグナス】に対する物体(あらゆる分子、素粒子郡)を遠ざけるだけではない。

 力場に触れたモノなら、その構成粒子同士をも引き離し乖離させる使い方もできる。

 故に、どんなモノでも素粒子単位にまで分解する暴君なのだ、コイツは。


 通りすがりで跨いだメイド型の三体は上体がバラバラになって吹き飛び、運搬作業中の浮遊コンテナの平らな横っ腹に大穴を開けて、壁や柱を貫通しながら慣性で突き進む。

 しかし当然その反動は分解に必要なエネルギーに比例して大きくなるので、なかなかに減速された。

 また一枚壁をぶち破り、小型機の格納庫天井付近に躍り出る。


「んじゃ、いつも通り頼むぜ? 相棒」

『相変わらず走空機使いが荒いな、貴殿は……』


 直後、空中で俺は【レグナス】から手を離し後方宙返り。

 走行時の慣性を完全に消し去り、一〇mほどの距離を真下に落ち、小型走空機の合間に降り立つ。

 二手に別れた目的は撹乱と敵戦力の分散だ。

 一方が艦橋を、もう一方が艦内を制圧する。


【天征眼】で周辺状況を確認。

 格納庫の出口を見つけた。

 まずはそちらに向かうとしよう。

 俺の役割は、いつも通り艦橋の制圧だな。

 この船の航路を反転させ、街に戻さないと。


 種々の小型機に挟まれ、人がようやくすれ違える程度の通路をひた走り――不意に訪れた横合いからの襲撃に眼を奪われる。

 いや見えていた、はずだ。

 間違いなく【天征眼】にコイツの姿は映っていた。

 なのに不意を突かれ、右手方向の緑色小型機の影から飛び出した凶弾に、その頭部を狙う弾道と速度に驚愕する。


「なッ――!?」


 冷や汗が浮かぶ。

 首筋を死神に撫でられたみたいな気分を俺に味あわせたソイツは、先ほどまで何の敵意も見せずに整備作業をしていた【アンドロイド】だ。

 どうやら戦闘能力をオプションで追加されていたらしく、口から砲台を伸ばしたかと思うと拳大くらいの砲弾を撃ち出してきやがった。


 それが何かなど精査せずとも分かる。

 喰らえば死ぬ。

 けれど普通に走っていたのでは回避など間に合わない。

 もう着弾まで〇.〇一秒ないのだ。


――俺は迷わず、【背中の翼】を開く。

 瞬間、爆発的に【加速】された視界が後方へと高速で流れ出す。

 俺の後ろには白と黒の光の軌跡が宙に描かれていて、その軌跡を微塵も揺らすことなく砲弾が通り過ぎていった。


 この背には一対の【光の翼】が現出している。

 右は【黒】く、左は【白】く、空間に光の尾を引く非物質の翼。

 この翼は【加減速】を司る。

 俺に触れたあらゆるモノを加減速することが可能で、いまの回避は俺自身の移動を【加速】したもの。

 ミサイル回避時から脳の処理速度を【加速】しているのは、これの内部使用だ。

【翼】を出さなくても使えるが、能力は低く制限される。

 無論、デメリットとしては制限を取り払えば負荷が増えて、リスクも増大するわけだが。


 左後方で爆発音。

 狙いを外した砲弾が黄色い乗用機の上部に命中し、半径五〇cmほどの光球へと変貌し、次の瞬間にはそこにあった物質と共に、全て消失した。


 【着時消尽砲ブラスト・イレイサー】、だな。

 射出後、最初に何かに触れた時点でそこを中心点とし、指定範囲内を核融合反応で焼尽する凶悪な兵器だ。

 エネルギー源としての核融合炉を兵器転用した例で、雑な作りだが攻撃力はケタ外れなのが厄介過ぎる。


 一発目をしくじったアンドロイドが、小型機の影から通路へと躍り出た。

 顎関節が外れたオッサンみたいなアホ面を俺の背に向けて、第二射を放とうとしている。


 俺は前方宙返りをしながら右大腿の黒革製のホルスターに手を伸ばす。

 銀色の銃把を握り、前方宙返りが半周に差し掛かった頃――俺の頭と足とが天地逆さになりアンドロイドと目が合った。

 奴の砲台が二度目の火を吹く。

 我が銀色の愛銃【バルク】はトリガーを二度連続で引かれ、軽快な次弾装填音とは裏腹に、その銃口からはいつも通り何も出ない。


 空を裂き迫り来る核融合の砲弾。

 けれどそれは道半ばで唐突に砂塵と化して霧散し、同時に、アンドロイドの頭部も砂になり崩壊し始める。


波動崩落弾ウェイブ・フォールアウト・バレット】。

 俺の銃から飛び出したのは、不可視の弾丸だ。

 撃つ前に予め目標物を設定しておき、それを崩落させる周波数の波動を発生させ、目標地点における対象分子構造のみを崩落させるという静音かつ精密な、力場放出兵器である。

 ただし脳神経リンクによる目標設定と周波数調整に時間が掛かるため、スナイパーのように遠隔から腰を据えて使用するのが一般的だな。

 俺みたいに宙返りしながら撃つ奴は、まず居ないだろう。


 そんなことを考えつつ前宙が一周したので着地し、左右の物陰に潜み機を待つ複数のアンドロイドに向け、続けざまに引金をひいた。

 小型機の影で続々と砂になるアンドロイドたち。

 物陰に隠れていても、指向性かつ局所的な破壊が可能なこの武器は、射線上の目標以外の何物をも傷つけることがないので非常に安全性にも優れている。

 間違って射線に入ってきた同僚を撃ち抜いたり、予想外な跳弾をして大事なものをぶち壊したりしないのだ。

……素晴らしい。


 しかしどうしてこんなにも正確に、アンドロイドたちは自身の視覚装置の範囲外にいる俺を待ち伏せ出来たのか?

 光学レンズ以外に、何か別の探査装置でもつけているのかも知れない。


……内部構造を覗き見ても回路が複雑でよく分からんからやめておこう。

 考えるのは一時保留とし、とにかく進むことにするか。

 警報と共に封鎖されたドアのロックを砂塵にして蹴破り、廊下に出る。

 途端に襲い掛かってくる数多の無機物たち。

 ここの警備システムは無人兵器の連携が主体のようだな。


 狭い廊下では同士討ちを避けるためか、銃ではなく近接装備を選択したようだ。

 同時に襲来したのは、高周波振動刃に電装警棒にメイドさんの踵落とし。

 怜悧な美貌を持つ黒髪のメイドさんが、白いフリフリ付きのガーターベルトを見せびらかしながら脳天を割ろうとしているわけだが見とれている場合ではないぞ、俺よ。


 高周波振動刃と電装警棒を十分に引きつけてから紙一重で回避。

 半身を切って最後の踵落としをやり過ごしながら、左手で長外套の外側に二重巻きにした腰ベルトから、【柄】を取り出す。

 剣の柄に見えるが、刃はないし大した装飾もない、見た目は単なる黒い柄だ。

 けれどそこに俺の【意識】を流しこめば、瞬時に刃渡り七〇cmほどの【白き直刀】が具現化する。


 メイドさんを一刀両断し、すれ違い様に二体目を振動刃ごと三枚に卸して、翻って警棒を持つ手首を跳ね飛ばしたとき、足元にボールみたいな何かが転がった。

 灰色の球形――割れて、中から紫色のガスが噴き出る。

 毒煙弾か。

 手榴弾の一種で、皮膚接触だけでも有機生命体の細胞を容易く破壊する猛毒のガスを振り撒くという無差別で無慈悲な殺戮兵器だ。

 近接戦闘員に気を取られ見逃したか。

 戦闘を中断し、即座に毒ガスから退避。


 人間の足では回避できないはずのタイミングで投擲されたそれを、異常な速度を以て躱した俺を見ても動じることなく、お手伝いアンドロイドたちは、近接戦闘から遠距離戦に方針を切り替え、容赦なく重火器を連射してくる。


――そんな最中。


<通信要請。セレスティア>


 突如脳内に響く機械音声。

 青い宝石を模したピアス型の【CⅢ――意識接合型コンシャスリィ・コネクテッド通信機・コミュニケーションデバイス】に、着信が来た。


「ったく、こんな時に……!」


【応答する】と思考選択すると、通信機がその思念波の波形を読み取り、回線が開く。


「何の用だ?」

<何の用だ、じゃない馬鹿! 貴様いまどこにいる!? こっちはさんざん振り回されていい迷惑だ!>


 通信先で、可憐な少女が怒声をあげている。

 いや待て、可憐な少女は怒声をあげるのか?

 しかし声は可憐なのだ。

 綺麗な、透明感のある声をしているのだけれども。


<答えろ! いきなり飛び出していって、な――>

「喚くな! そんなに俺に会いたきゃ【レグナス】を追尾しろ! 以上、通信終了アウト!」

<なっ!? ちょっ、ふざけるな!! まだ話は――>


 通信を切断した。

 殺気が含まれていそうな罵詈雑言が来る前に、簡潔に完結させるべきとの判断である。

 通信に気を取られていたら死にかねない状況だしな。

……何か間違った判断をした気もするが。


 しかしこっちの事情などお構いなしに攻撃してくるアンドロイドの軍勢。

 背後に銃口を向けて数発撃ち、通路の先の待ち伏せにも撃ちこんでいると――


<通信要請。セレスティア>

 拒否。


<通信要請。セレスティア>

 拒否。


<通信要請。セレスティア>


…………。

……………………保留。


<伝言メッセージ録音中>


…………録音って。

 わざわざ伝言を残してくれているのか。

 あ、ありがたいねぇ。

 無機物どもを片しながら長い廊下を駆け抜け、物陰に身を潜め一息つく。


<録音終了。再生しますか?>


 正直聞きたくはないんだけど、聞かねばならんのかね?

 勇気を振り絞って……さ、再生。


<ルフィアス? あれ、でんご……るぅぅぅぅううううふぃああああああああすぅぅぅッ!! なにまた一人で突っ走っているんだこのバカ! 何の事件性もなく勝手に動けるわけないだろアホッ!! 少しはチームプレイとか協調性とかを学べこの腐れ外道!!>


 く、腐れ外道は、使い方違うのでは……?

 しかし重要なメッセージもあったな。

 事件性がなければ動けない、か。

 実は今回の件に関して、軽く応援を頼んでおいたのだが……お役所仕事の面倒な点だね。

 先ほどのメッセージを要約すると、「動きたいのは山々だが、動くに足る情報・証拠が足りない。どうにかしろ」ということか。


 いやそうならそう言って欲しいものだ。

 コイツの暗号解読は毎回骨が折れる。

……って俺、いきなりミサイルで殺されそうになったんだけど、それって事件性ないの?

 そのデータも送信済みのはずなんだけど?

 俺の命って、もしかして羽毛より軽い?


『ルフィアス殿……すまぬ。そう言えば先の送信データだが、ミサイルの爆風と電磁衝撃で、破損していた』

「……そ、そうなの」


【レグナス】からの通信による弁明。

 頭痛するわこの野郎。

 さてどうしよう。

 艦橋制圧前に、人身売買被害者を確認しておく必要があるか。

 俺の【天征眼】ではすでに姿を捉えているが、それは他者に映像データとして送信可能な情報ではない。

 しかとこの肉眼で見て、【CⅢ――意識接合型コンシャスリィ・コネクテッド通信機・コミュニケーションデバイス】にて五官由来の情報として録画し、送信せねば。


「……面倒だが、寄り道するか」


 俺は【白刀】で足元を円形に繰り抜き、階下へと落ちた。

 さらに落ちて、落ちて、落ちていく。


 行き着いた先は、積荷格納区画。

 最下層に位置するその薄暗い中規模ホール並の空間には、一軒家ほどの巨大なコンテナやら流体ゴムで覆われたよく分からんオブジェみたいな物まで所狭しと並べられていた。

 目的地はこの更に下だ。

 この下にはもう何もないよ――とでも言わんばかりに床は真っ平らで下への階段なんて見当たらないが、俺の【天征眼】にはちゃんと見えている。


――円筒形、いや、長球型の方が近いか。

 長径が二〇mくらいのデカすぎるラグビーボールみたいな形で、その中に女子供ばかり五〇人が【積荷】として詰めこまれている。

 全員、微動だにしない。

 仮死状態にされてカプセルベッドみたいな物の中で固定されているのだが、それが階層的に、立体的に息苦しいほど重なっていて。


 人を、モノとして扱ってやがる。

 商品として、輸送しているんだ、この船は。

 反吐が出るぜ……クソが。


 瞬間的に渦巻いた真っ黒な感情はひとまず横に置いといて、コイツらを早く助けるためにも、まずはこの状況を本部に伝えねばならない。

 床板を【白刀】でくりぬき、分厚い装甲板も切り裂くと、数m下に薄緑色の流線型が見えた。

 頂上部分に降り立ち、中で眠る奴らに傷をつけぬよう、必要最小限の範囲で穴を開ける。

 そして中へと飛びこむ。



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