△Ⅷ



 面接室に入って小一時間が経過した。

 こじんまりとした部屋に、面接官と二人きり。

 私は、突きつけられた現実に絶望している。


「どう、して? え、本当に?」

「ああ、嘘ではない。君には、【何の適正も】無かった」


 部屋の奥、陽が射す窓を背にして簡易机に頬杖をつく面接官――明るい茶髪を短く刈りこみ、ピエロみたいに派手な中世貴族風の衣服で筋骨たくましい巨躯を覆った青年が、冷徹な声音でそう告げてきて。


「それで今後についてだが、まぁこの国で暮らすのは無理だな。諦めてくれ。周辺諸国に紹介状を書いてやってもいいが……」


 そこで彼は、ため息一つ。

 私から視線を外し、手元の資料を眺める。


「我が国より難民を受け入れられる余裕のある国など、この世界には存在しない。にも関わらず君は落ちた。この意味が分かるかね?」


 無駄だ、ということ?

 別の国に申請しても、私を拾ってくれる余裕のある国なんて存在しない?

……なんだろう、この気持ちは。

 分かっていたはずなのに。

 私を受け入れてくれる場所なんてないことくらい、分かっていたでしょう?

 なのに、何故……こんなにも頭が重いの?

 後頭部から側頭部まで、溶けた鉄でも流しこまれて冷え固まったかのような鈍重感。

 心もまた、冷えて固まっていくようで……。


「しかしまぁ……私の温情で、就職先を一つ斡旋してやることもできるが、どうする?」

「……え?」


 仕事が、ある?

 その言葉に反射的に顔を上げると――そこには下卑た笑みが。

 途端に冷静になって、そうなると流れこんでくるのは、相手の心。

 優越感……支配欲……そして、色欲。

 この男は、私を、【そういう目】でしか見ていなかった。


「さぁ、選択肢も、時間も少ないぞ?」

「…………」


 俯いて答えずにいると、男は席を立ち、こちらに歩いてきて――無遠慮に、私の髪を撫で始める。


「君は、街の外で原始人のような暮らしがしたいのか? それも構わないが、この街の周りは物騒でね。犯罪組織もけっこう出入りしているんだよ……奴隷商人、とかね」


 わざわざ耳元に口を寄せてきて。


「それならいっそ、ある程度の自由と、賃金が保証されていた方がいいだろう? 賢い決断をしたまえ」


 そっか……。

 これが私がずっと感じていた、【嫌な予感】の正体だったのね。

 最初に強く感じたのは、あの金色の戦艦を見たとき。

 きっと、コイツが乗っていたのだろう。


「ほら、もう時間はないぞ? いい加減選びたまえ」

「……けっこうよ」

「ん? なんだって?」

「街の外で結構、と言ったの。就職先の紹介なんて要らないわ」


 私の肩を持つ男の分厚い手に、力がこもる。

 ぎゅっと握られて、千切られそうなほどの痛みが走るが、それを顔に出さないように耐えた。

 痛がれば……きっとコイツは悦ぶから。


「おいおい……平民の出とは言え、もう少し賢いだろうと思ってたんだがなぁ?」

「離して下さる? もうこの部屋から出たいのだけれど」

「そうはいかんよ。街の外で良いと言うのなら、奴隷商人に売り飛ばされても同じだろう? せっかくだ。私が斡旋してやろう」

「――きゃっ」


 椅子から床に、引き倒された。

 同時に、布が裂ける音。

 私は後ろに転がり、扉にぶつけられて止まって。

 痛みに歯を食いしばって耐えながら奴を見れば、その手に私のシャツが……その握力で破り取られていた。

 下着だけになった胸元を隠しながら立ち上がろうとするが、奴の接近の方が速い――


「おら、奴隷の扱いってのはこんなもんだぞ? 君にこの日常が耐えられるか?」

「いっ……あぅ!」


 首を片手で掴まれ、身体全体を持ち上げられる。

 必死に両手で引き剥がそうと奴の指を折る気持ちで力をこめても、びくともしなくて。


「無力だな! そんなことでこの世界、生き残れると思ったか?」


 下の服も、空いている片手で破り捨てられた。

 そしてそのまま、部屋の中央付近に、叩きつけら――


「がっ……けはっ…………」


 動け、ない……。


「いい格好だな? 君は非常に素材がいい」


 でも、逃げ、ないと……。

 震える両手に力をこめて、何とか、這いつくばりながら……。


「綺麗な顔、ふくよかな胸、くびれた腰に、突き出た尻……君は売るには惜しいなぁ」

「あ、ぐ……ぁ……!」


 後ろから、頭頂部の髪の毛を、鷲掴みにされ――


「このまま、私の妾にしてしまおうか」



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