△Ⅸ



 呼ばれて入ってみれば、そこは横長のそれなりに広い部屋で。

 ど真ん中に設えられた入り口の脇には、扉の開閉係みたいな若い男性騎士一名が待機中。


「失礼します」

「どうぞ、掛けたまえ」


 面接の儀礼手順に則り入室時の挨拶をすれば、奥の方から実に儀礼的な答えを頂いた。

 そのままお言葉に甘えて、広い部屋の真ん中にぽつんと一つ置かれた椅子に座る。

 目前、部屋の奥は全面ガラス張りの大窓。

 蒼天を背景に並ぶは、白髪混じりのジジババ共。

 揃いも揃って老い先短そうなのが、八人も長机に並んでやがる。


 もうちょい年齢層バラけた方が良かったんじゃないの?

 これ何の品評会だよ?

 積年の頑固さ比べ大会とかか?

 やめて、寿命レースとかやめて。

 そんな失礼極まりないことを考えていると、中央の白布を重ね着したようなハゲ爺が口を開いた。


「さて、では面接を始めようか。君は、ルフィアス君で相違ないね?」

「っ……はい」


 危なっ。

 余計な妄想のせいで吹き出しそうになったじゃねぇか。

 バカなこと考えてないで、面接に集中しないと。


「それではいくつか質問をしたいのだが……」


 あぁ……でもダメだ。

 思考を止めると、退屈すぎてすぐに眠たくなる。

 あんまり夜更かしするもんじゃないね。


「まず君は、【死刻天使しこくてんし】である。これは認めるかね?」

「……えーと、まずその【死刻天使しこくてんし】とやらの定義を教えて下さい。不勉強で申し訳ない」


 その単語、言われていま思い出したわ。

 一回どっかで聞いたよな……あれは確か、そう、アキノスから脱出したあとの森だ。

 ギャングっぽいオッサンから言われたが、そうか、王都がどうのこうのも言ってたな。


「知らぬか……良かろう。【死刻天使しこくてんし】とは、【黒死魔性フォビュラ】に対して唯一【死を刻む】ことができる【異能の翼を持つ者】のことだ」

「死を、刻む?」

「奴らは生物とは言い難いが、存在はしている。その存在に【死】という【刻印】を押せる、というような意味合いだ」

「要するに、【黒死魔性フォビュラ】を倒せるかって話ですね。それなら肯定ですが、別に翼の異能で倒しているわけではありません」


 ハゲ爺はゆったりとその顎に蓄えた髭をなでながら、俺の返答を咀嚼しているようだ。

 周りのジジババもメモでもしているのか、コンソールを介して何か作業をしている。


「ほう? では、何を以て君は【黒死魔性フォビュラ】を打倒できるのか?」

「刀です。精神体の」

「刀……とな?」

「見せましょうか? ……これですよ」


 両手に【白と黒の双刀】を出現させれば、感嘆で場がどよめいた。

 やはり珍しいもんか?


「なるほど、見事だな。ところでそれは……【黒死魔性フォビュラ】以外も――例えば物質でも切れるのか?」

「可能です」

「ふむふむ……その力、翼の異能ではないと言っていたが、では翼の方には別の力が?」


 また異能に関する質問かよ。

 こちらとしては、俺の就職先について聞きたいのだがな。

 しかもいままでひた隠しにしてきたものを、こんなにあっさりと喋ってしまっていいのだろうか?

 いや、もう少し小出しにして、あちらからも情報を引き出してみよう。


「ええ、そうです。ところで異能の話をお聞きになりたいのは、それが僕の進路と関係あるという理解でよろしいですか?」

「……うむ、その通りだ。君がこの国に貢献してくれるというのなら、選択肢は二つある」

「二つ、ですか……お聞かせ願えますか?」


 随分と少ないね。

 でもまぁ就職先、二つはあるってこと?


「一つは、我々の研究機関【アカデミア】にて研究素体になる道だ。生命身体の安全は保障するし、何より楽して多額の報酬を得ることができる。夢のような仕事だぞ?」


 それ、要は人体モルモットだろうがよ。

 胸クソ悪いわボケが。


「……二つ目は?」

「もう一つは、騎士として、最前線で【黒死魔性フォビュラ】と戦う道だな。これは生命身体の危険が常に伴うし、苦労が多い割に報酬も【アカデミア】より落ちる。それでいて国の制度上、我々アカデミアからの研究打診にもある程度は応じてもらわねばならん。茨の道と言えよう」


 我々……さっきからそう言ってるが、コイツらはその【アカデミア】とやらの研究士か何かなんだな。

 モルモットの方をやけに押してきやがる。

 面接という名の、勧誘に来たのか。


「そうですか、じゃあ俺は騎士になります」

「な――正気か? 敢えて苦労の道を選ぶ、と?」

「ええ、二言はありません。では、これで失礼してもよろしいですか? もうこの場に僕がいる必要、ありませんよね?」


 そう言いながら席を立つ――


「ちょ、ちょっと待ちなさい! 貴方、もう一度考え直してはもらえないかしら?」


 するとハゲ爺の左二つ隣、くすんだ茶髪の細い婆さんが、沈黙をやめて俺に語りだした。


「これはこの国の――いや、ひいては世界の存亡に関わる話なのよ。【黒死魔性フォビュラ】を打倒できる【死刻天使しこくてんし】は希少なの。貴方を含めても他には……」

「そうじゃ! いいか、騎士になりたくとも、まずは士官学校に入って何年も勉強して、試験を通らねばならんのじゃし――」


 右端の、滑舌の悪そうな恰幅のいい爺さんまで唐突に参戦。

 話が長くなりそうなので聞き流しながらコンソールを開き、そこに【いま俺が見ている映像】と【音声】データをリンクさせる。


「申し訳ないが、いまこういう【緊急事態】なので失礼しますね。それに、何を言われようが俺の決断は変わりませんから」


 そして部屋の中央に【仮想映像投影球体】を出現させ、リンクさせた映像を反映。


『おら、奴隷の扱いってのはこんなもんだぞ? 君にこの日常が耐えられるか?』

『いっ……あぅ!』


「――こ、これは!?」

「待て、なんだこの映像は!?」


 それは、床に捨てられた【アルミナの服に付着している定点カメラ】からの映像。

 狭い個室で【貴族風の男】から暴行を受けている【アルミナ】の姿が映し出されている。

 衣服を破られ、首を締め上げられ、床に叩きつけられた。

 これ以上はもう、見てられない。

 俺は走って扉へ向かう。


「待て! 動くな!」


 扉に手をかけた俺に、横合いから銃口が突きつけられた。

 銀色の短銃。

 それの持ち手は、いままで微動だにしなかった、扉の横で佇んでいた騎士。


「オマエの勝手な行動は許されていない! 席に戻れ!」

「……アンタ、あの映像見ただろ? いま助けに行かないと、手遅れになる」


 自然と腹圧が掛かり、腹の底から響くような声が出てしまう。

 その騎士の顔を見れば、目に見えて狼狽えていて。

 威嚇するつもりはないのだが、恐らく眼光も鋭くなっているのだろう。

 俺の頭部に向けられた銃口――震えてんぞ、人を殺したことないのか?

 ていうか、唯一無二の【死刻天使しこくてんし】を殺せもしないんだろ?


「あっちは……こちらの仲間に任せてもらおう! オマエは座っていろ!」

「おいおい、それで手遅れになったらどうすんだよ? アンタ、何のために騎士になったんだ?」


 いまここで、俺に震えながら銃口を向けるためかよ?

 規則に縛られて、俺を縛ってれば安心なのか?

――くだらねぇ。


「黙れ! 良いから大人しく――」

「オマエが騎士なら!!」


 大音声で騎士の言葉を遮り、その目を見据えて。


「――黙って俺に付いて来い」


 そこで口端を吊り上げ、笑ってみせる。

 目が合ったままの騎士は、俺から目を逸らせずにいた。

 騎士の誇りは、まだ持ってるか?


――なら超えろ。

 オマエを縛る全ての瑣末事を、飛び超えてみせな!

 そう期待を残して俺は、騎士が固まった隙に扉を抜け出す。


「あ、ま、待て!」


 瞬間――風になる。

 幅も長さもだだっ広いだけの廊下を、【白黒の双翼】を開いて【加速】全開で疾走。

 すぐに速度超過で浮力が働き、飛行状態に。

 途中の植木鉢は吹き飛んだ。

 すれ違う人は尻もちをつく。

 いまどき骨董品扱いされる紙媒体の書類が宙を舞った。


 悪いな――ちょっと緊急事態なんでね。


 俺がアルミナとセレスティアの背に貼りつけて置いた【視覚補助器】と、ついでに渡しておいたイヤリング型の【聴覚補助器】。

 それらから俺の脳に送信される映像・音声データのお蔭で、危機を知ることができた。

 付けておいて正解だな。


 事前にこの面接について調べたのも良かった。

 投稿情報によれば、権威を笠に着ての嫌がらせ、選択の強制などは日常茶飯事だという。

 そう言った理不尽な暴力に対抗するには、何かしら身を守る術を持っていなければならない。

 今回のように録画・録音などを行い、いざというときの証拠に使える切り札を持っておくこと。

 それが常套手段だろうと思い実行したわけだが、まさかすぐに使う羽目になるとは……。


 とにかくいまは……間に合ってくれよ!

 アルミナの歩行ルートを【見ていた】俺は、迷うことなくその場へ到着。

 他の面接部屋からは随分遠い……最初からこうなることを想定していたかのような位置取りだな。

 頭ん中に送信されてくる映像・音声データは激しさを増している。

 ドアノブを捻る手間が惜しい――ので、【双刀】でドアを切り倒した。


「アルミナッ!!」


 開口一番、その名を叫ぶ。

 入って最初に見えたのは、大きく筋肉質な背中。

 そして、その下で組み敷かれて動かない、ぐったりとした半裸の少女。

 髪の毛を鷲掴みにされて無理矢理上体を引っ張り上げたまま、男が振り向く。

 ごとっ――と、力の抜けた男の手から髪が滑り落ち、アルミナの頭部が、床にぶつかった。


「な――!? なんだオマ――」

「ぅおおおラァぁぁぁッ――!!」


 問答無用。

 爆発的な加速から顔面への肘打ち。

 もんどり打って吹き飛ぶ男――追いすがり、窓にへばりついたところに腹部への膝蹴り。

 男の口からは血反吐が。

 その後ろの強化ガラスには、ひびが入った。


「そのまま動くなッ!!」


 廊下の方から、駆けつけた騎士の声。

 破壊した扉の外から、銃口をこちらに向けている。


「うるせぇ……こっちはいま取り込み中だッ!!」


 激情に任せ、俺は自分より体格のいいこの男を、背負って扉方向に投げた。

 ぬいぐるみみたいに軽々と飛んでいく大男。


「うわっ!? ちょ――」


 騎士の慌てた声は、肉厚な大男の背中で潰される。

 よし。

 静かになった。


「アルミナ! 大丈夫か!?」


 横たわり動かない少女に声を掛けるが、床に突っ伏したまま応答が無い。

 まさか……そんなに酷いダメージを!?

 う、動かしても大丈夫だろうか……。

 俺は恐る恐るアルミナの肩を抱き上げ、仰向けにさせた。


「ぅ、……んん。……ルフィ、アス……?」

「気がついた? 座れる?」

「ええ、何とか。……来て、くれたんだ」

「当たり前だろ? その為にアレ渡したんだし」

「うん……ありがとう」


 部屋の隅で転がるイヤリング型【聴覚補助器】と、破り捨てられたアルミナのシャツに張り付いたままの【視覚補助器】。

 面接に関して嫌な噂を見つけたから保険程度で付けておいたのだが、それが見事に功を奏したな。


「……寒っ」


 アルミナが、自分の肩を抱きながらそう呟いたのを見て気付く。

 そう言えば、アルミナは服を破られてほとんど下着だけになってたんだった。

 俺は自らの服――アルミナのと同じ支給品を脱ぎ、渡すことに。


「ほら、これ着てなよ」

「あ、ありがと……って下まで?」

「ん? 当然だろ」


 上も下も即座に脱いでパンツ一丁になった俺に、アルミナの目が丸くなっている。

 しかしまぁ背に腹は代えられないらしく、両方受け取って素直に着た。


「……サイズ、同じくらいだね」


 と言ってはにかむ仕草は、いままで女性と縁遠かった俺には反則級の威力なわけで。


「着られたなら良かっ――」

「動くな! 貴様か!? 我らが騎士団本部内に現れた堂々たる変態というのはッ!!」

「……滑舌いいな」


 思わずそんな感想が漏れてしまうほど、やけに流暢に野太い声で長台詞を吐く騎士が背後の扉方向から現れたので、両手を挙げて投降の意志を示すことに。

 やることは終わったからな。

 そのやり方についてまずかった部分もあるだろうから、罰があるなら素直に受けるとしよう。


「そこに跪けぃ!」

「――待ちたまえ」

「ぬっ――その声は!」


 野太い声の騎士を制したのは、聞き覚えのある凛と澄んだ青年の声。

 確か――


「レヴァリウス隊長殿!」

「そこの少年は、少女を助けただけのようだ。銃は下げていい」


 やはり、あのときの。


「それは、しかし……」

「ここは私に任せて、君はあちらの処理を頼めないか? 重たくて彼らだけでは手に負えないみたいなんだ」


 気になって、背後を見てみた。

 俺が背負投げを決めたデカブツが、騎士数人掛かりでもなかなか持ち上がらない重量物だったらしい。

 そう言えば殴ったときちょっと固いかなって思ったけど、もしかして身体をかなり機械化してたのかな?

 下敷きになった騎士の方……そんなモノ投げちゃって、申し訳ない。


「ぬぬ……承知致した!」


 それと同じくらいガタイのいい野太い声の騎士が、そっちの応援に行った。

 着ているのはレヴァリウスと同じ蒼い騎士礼装なのだが……横幅のサイズは倍くらい違う。

 そして室内に残されたのは俺とアルミナと、レヴァリウスの三人に。


「見事な手際だったね、ルフィアス」

「……見ていたのか」

「ああ、監視室で」

「監視室? そこでこの部屋はモニターされていたのか?」

「いいや、ここには監視装置を付けられないんだ。……何故かね」


 レヴァリウスは肩を竦めて、自嘲気味な笑みを浮かべた。

 何故か、監視装置を付けられない?

 あそこに転がってるような権力者が、邪な理由で差し止めていたのか。


「何にせよ、今後は全室監視になるんだろう?」

「どう、かな。そうなって欲しいところだけど……まだ無理かもね」

「ふぅん……何か、騎士団って組織も面倒くさそうだな」


 その俺の言葉に、レヴァリウスは大げさなまでにため息をつく。


「そうなんだよね……だからホント、君が騎士になるって言ってくれたのは心強いよ」

「……え? そう、なの? ルフィアス」

「ん、ああ……まぁね」

「――レヴァリウス隊長。救護班、到着しました」


 また扉の外から来客が。

 今度は白い礼装の騎士が数人。


「ああ、こっちの少女を優先してくれ」

「畏まりました」


 レヴァリウスの命に従い、三〇代くらいの男と二〇代くらいの女が入ってきた。

 残りはデカブツとその下敷きになった騎士を診るらしい。

 室内に来た二人は俺の脇を素通りし、手際よくアルミナの横で何かの装置を設定。

 レーダーのようなもので非接触の診察が始まる。

 あれは――俺の怪我を診てくれたやつと同じだな。

 とりあえずは、一安心、か。


 あ、そう言えばセレスティアの方は?

 俺はもう一つの【聴覚補助器】【視覚補助器】からのデータを表示させ――すぐに消す。

 何故かセレスティアは、いま自分と同じくらいの歳の奴らと一緒に、廊下を走り回っているようだ。

 面接はどうなったの……。


「……しかし、よくこんな使い方を思いついたね。君は、ここに来て初めてこれらの機器に触れたのだろう?」

「まぁそうだけど、法的に戦おうと思うなら証拠の確保は当たり前だろ?」

「フッ……十二歳の台詞ではないな」


 レヴァリウスは心底可笑しそうに目を細めながら、俺に拾い集めたシールとイヤリングを渡してきて。


「……悪かったな、マセてて」

「いいや、むしろ頼もしいよ。それにしても君は傷の治りも速いが、【神経の回復】も速いんだね? もう【目と耳】は元通りなのかい?」

「ああ、お蔭様でな。あと……自己再生速度も【加速】できるから」


 ただ、これをやると物凄く腹が減る。

 再生に必要な材料と道具を外から摂らなきゃならないのだから、当たり前だが。


「……なるほど。素晴らしい能力だ」


 レヴァリウスからすっと差し出された手の平。


「騎士団に入団できた暁には、よろしく頼むよ」

「こちらこそ」


 俺も手を出して、握手を交わす。

 レヴァリウスの手の平は硬く、握手も力強かった。


 騎士団、か。

 まぁこのレヴァリウスという男も含め、騎士団には生命を救われた恩義がある。

 その組織に所属し、貢献することで受けた恩を返していくというのも、悪くはない。

 先ほどの面接官の話だと、まずは士官学校で勉強する必要があるらしいけどな。

……面倒だが頑張ってみるか。



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