△Ⅹ



 さて……何故こういう状況になってしまったんだ?

 何の罰ゲームだよ、これは……?

 昨夜と同じベッドの天蓋を仰ぎながら、昨夜とは全く異なる現状について疑問を拭い去ることができない。


「うぅん……固いぞこの枕。もう少しふんわりすればいいのに」

「人の腕を勝手に枕にしておいて吐く台詞がそれか」


 左腕に乗っかる金髪頭がごろんごろん転がる。

 やめて筋繊維をローリングでならすのやめて。


「抱枕にしてはちょっと短いわね……早く成長しないかしら?」

「悪かったなチビで」


 黒髪を揺らし俺の右肩に頬を乗せ、人の右腕をその胸元に絡め取った上での発言である。

 なんとも言い難い感触がして非常に落ち着かないんですけど。


「で、二人とも……そろそろ離れてくれない?」

「ことわる」

「嫌よ」

「なんでだ……」


 どうして俺の部屋で、俺はこの二人――セレスティアとアルミナと、一緒に寝なきゃならない?

 色んな意味で非常に寝づらいのだが。


――二人が支給された寝衣を着て、俺の部屋に押しかけて来たのが夕食後のこと。

 そこからこの国の電子遊戯や書籍などで時間を潰し、帰るのかと思ったら「ここで寝る」と言い出した。

 しかも用意周到に明日の着替えまで持参しており、騎士団からの許可も得て来たのだと言う。


「それにしても話の分かる人よねぇ、あのレヴァリウスって騎士さん」

「まったくだ! これなら寝やすいぞ!」

「『昼間あんな事件があったから、怖くて寝られません』とか言ったんだったか? よくそれで通ったな……てかそれなら、セレスティアは無関係では?」


 コイツ、昼間は同年代の男の子たちと鬼ごっこしてただけだし。

 何も怖い目にあってないよね。


「わたしだけノケモノにするなど、許されるわけがないだろ!」

「そう……ですか」


 俺の拒否権より、貴女の決済権の方が優先されるんですね……。


「ルフィアスあったか~い。これなら今日は、よく眠れそう……」


 必要以上に擦り寄ってくるアルミナには、暖房器具代わりにされている。

 セレスティアは未成熟だから気にもならないが、女性としてかなり発達したアルミナに関しては……本当に勘弁して欲しい。


「たしかにあったかくていいぞ! 明日からも、毎日これでいいなっ!」


 毎日、だと?

 これから毎日、こんな生殺しの状態が続くのか?

 む、無理だ……いずれ俺の精神が崩壊するのは目に見えている。


「そうね、毎日一緒に寝ましょう。良かったわねルフィアス? これからずっと、美女二人に挟まれて眠れるのよ~」

「そうだぞそうだぞ! 良かったなっ!」

「…………早く寝ろ」


 いつまで喋ってるつもりだ、こいつら。


「ぶー」

「つれないわねぇ」


 そうしてようやく、静かになった。

 目を瞑って力を抜く。

 身体がベッドに沈みこむままに任せていれば、心地よい睡魔の森へといざなわれて……。


 すぅ……すぅ……と、両隣からはもう寝息が聞こえ始めた。

 早いな。

 もう寝たのか。

 まぁそれだけ昼間、気疲れしたのだろう。


 あの昼間の事件の後、アルミナの再面接が行われた。

 レヴァリウス監視の下、面接官を変えて。

 結果、アルミナは理数工学系への適正が認められ、理系後期中等教育機関への編入試験受験資格を得るとともに、事件の賠償も後日行われることになったので、ひとまず今後の生活については心配が減ったと言えるだろう。

 俺とセレスティアもそれぞれ士官学校付属前期中等教育機関、初等教育機関の受験資格を与えられた。


 試験はまた後日行われるが、それぞれ成績優秀であれば学費全額免除のほか、士官学校の場合は後期中等教育機関卒業レベルまで単位を取得すれば、以降の高等教育過程においては給金が支払われるという。

 無論、それは騎士になる前提での給金であり、高等教育機関卒業後、五年は騎士として就業しなければ全額返済義務が生じる。

 返済完了まで騎士を続けるか、副業で収入を経て早々に辞めるか……それは個々人の人生設計次第だな。


 明日からは住居の選定など、新生活に向けて始動しなければならない。

 この二人と、一緒に。

……しかし何だかんだ言いながら、結局この三人で居ることで、俺も落ち着きを取り戻しているのは事実だ。

 苦労を共にした仲だからこそ、か。

 これからは楽しいことも色々一緒にできたら……良いな。


 二度と帰らない【いま】を大切に。

 過去も未来も、見えなくてもいい。

 俺が前を向いて生きていること自体が過去の証になるし、その積み重ねが、自分の目標に向かって【いま】を全力で生きていくことが、勝手に未来へと繋がっていく。


 だから、過ぎ去った辛い出来事について、いつまでもくよくよ考えていたらダメだ。

 だから、未だ来ない明日に不安を覚えて、動けなくなっていたらダメなんだよ。


 俺たちは、それでも生きているし、生きていく。

 勝手に、息をしてるだろ?

 止めようとしたって、そんな簡単には止められないから。


 生命を捨てようと思っても、俺の、俺なんかの生命を、必死に繋いでくれた人たちがいるから――出来なかった。

 その託してくれた想いを、無駄には出来ない……したくない。

 受けた恩はとても返しきれるものではないけれど……きっちりと次の生命に繋ぐことで、少しでも返そうと思う。


 そしてまた、亡くなった人たちが輪廻転生により再び生まれて、この世界に戻って来られるように……。

 戻ってきたときに、「こんな世界に産まれたくなかった」なんて言わせないために、この世界を少しでも綺麗にしておかないと。


 それが、俺がこれから始める――恩返しだ。



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絶望に咲き誇るアイン・ソフ・オウル 立早 司醒 @sisei_tatihaya

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