△Ⅶ



 適正検査の日。

 運動能力関連の実技科目を午前中に終え、昼食を挟んで午後からは知識知能関連の筆記科目、性格判定等を行った。

 俺たちの他にも同時期に救助された人とか、他国からの難民もいて、ざっと見た感じ合計百人くらいはいたな。


 そんな人混みの中に長くいれば、必然的に気疲れするのが田舎者のさがか。

 俺はぐったりと、休憩室として割り当てられた大部屋の一角でソファに溶けていた。


「あらあら、かなりお疲れのご様子ね?」

「……アルミナ。昨夜はありがと。そっちこそ大丈夫なの? 俺に付き合って寝不足だろ?」

「私は……まぁ寝不足は慣れてるから大丈夫よ。むしろ話し相手になってくれて嬉しかったわ」


 そう言って微笑むアルミナが、天使に見えて。

 思わず俺は、鼓動が跳ね上がるのを感じる。


「いや、そう言ってもらえると、こっちとしても助かるけど……」

「うん、気にしないで。またお話しましょう?」

「あ、ああ」


 どうした、俺?

 何で心が乱れているんだ?

 どうしてこんなに、アルミナの笑顔を眩しく感じて、目を逸してしまう?

 寝不足で、頭に栄養が回っていないのか?

 それとも……。


「どぅ~いぅ~こと!? ゆうべって何の話? わたしをノケモノにしたのか!」


 目前で、腰に諸手を当てたセレスティアが、えらくご立腹な様子で俺の顔を覗きこんできた。

 汚れ落としたらけっこう綺麗な顔してんだけどなぁ、コイツ。

 でもその使い方が勿体ないっていうか……あれ、なんだろ?

 コイツの顔みたら、何か落ち着いたぞ。


「除け者になんてしてないわよ。セレスティアは寝ていたんでしょう? なら起こすわけにはいかないわ。私たちはちょっと、眠れなくてね」

「うぅっぅぅぅぅ……! 二人でよふかししてお楽しみだったのね!」

「お楽しみってなんだよ? ……違うから。むしろずっと勉強教えてもらってただけだから」

「べん、きょう……?」


 途中から地団駄を踏んでいたセレスティアが、ぱちくりとまばたきして静止した。

 片足を上げたままで。


「な、なぁ~んだ。それなら寝てたほうがいいや」


 おや?

 どうやらマジックワードか?

【勉強】という言霊は、セレスティアをコントロールする力を持っているらしい。

 気持ちは存分に分かるけどさ、あんまり避けるのも後々良くないぞ。


「やぁやぁ皆様お揃いで。調子はいかがかな?」


 とそこへ、見知らぬ男が陽気に声をかけてきた。

 長くウェーブのかかった白銀の髪に優しげな琥珀色の瞳……流麗な容姿をしている、アルミナより少し年上っぽい男。

 俺は知らない人だが、アルミナとセレスティアは違ったようだ。


「あ! あのときのキシだ」

「え? ……あぁ! 私たちを助けてくれた人?」


 そう、なのか。

 この人が……俺が気を失っている間に助けてくれたんだな。

 言われてみれば、蒼い騎士の礼装に身を包んでいる。

 身長は高く、一九〇cm近くあるか。

……見上げる角度が他の人と全然違って、首がいたい。


「ん? セレスティア、君はあのときすぐに眠っていたけれど、よく覚えていたね」

「その声には聞き覚えがあるもの」

「声……そうか。君は聴覚が――耳がいいんだね」

「えへへ~。そうでしょ? 凄いでしょ?」

「その節は、お蔭で助かりました。本当にありがとう」


 アルミナが立って、深く礼をした。

 俺も、一応礼儀は通しておこう。


「……ありがとうございました」

「ありがと!」


 アルミナに倣い横に並んで礼をすると、セレスティアも元気に便乗してきて。


「ああいいんだよ。そんなに畏まらなくても。私は、私のやりたいことをしただけだから。むしろ、わざわざお礼の言葉を頂いて、こちらこそありがとう」


 そう言って、変わらず微笑む男。


「そう言えばあのときの傷は大丈夫ですか? えっと――」

「レヴァリウスだ。敬称は要らない、敬語もね。傷はもう完治したよ、ご心配ありがとう。君たちこそ、もう体調は良いのかい?」

「ええ、お蔭様で」

「わたしはいつも元気だぞ!」


 柔和な笑顔で返すアルミナ。

 セレスティアは元気過ぎる。

 何か初対面の頃と随分キャラが違うな……。

 あのときは特殊な状況だったから、むしろ現在の方が素なのかも知れない。


 しかしこの三人を見ていると思う――人と人との円滑な繋がりには、やはり笑顔が一番なのだろうな、と。

 俺は著しく苦手だが。


「今日は適正検査を受けているそうだね? 良い進路に恵まれることを祈っているよ……それじゃ」

「ありがとう」

「またなー!」


 それだけ言い残して立ち去ろうとするレヴァリウスと名乗る男。

 けれど俺とすれ違うとき、何故かその眼光が強さを増していて。

 彼は屈みながら、ぽんと俺の肩に手を置いた。


「ルフィアス――君には是非、騎士団に入ってもらいたいものだ」

「――え?」

「面接……気をつけるんだよ」


 耳打ちされるように残された言葉。

 そよ風のようにそのまま流れて。

 振り返ると彼は、こちらも向かずに手だけ振って、歩き去っていった。


 俺が、騎士団に?

 面接に気をつけろ?

 何故そんな言葉を、わざわざ俺に残した?

 彼は、俺が騎士団に向いていると判断したのだろうが、ならその判断材料とは?

 俺が思案していると、アルミナが近づいてきた。


「勧誘されたね」

「ん? ああ……なんだろうな、いきなり」

「多分、ルフィアスの力を認めてくれてるんじゃない?」

「力を……?」


 まてよ、そうか……俺が気絶する直前に【黒死魔性フォビュラ】を倒していた場面を、彼は見ていたのか。

 だとしたら、【黒死魔性フォビュラ】を打倒できる稀有な存在として――即戦力として目を付けられていたとしても何ら不思議はない。

 じゃあ二つ目の、面接に気をつけろというのは、なんだ?

 俺の行動次第で、何かが悪い方向に転がるとでもいうのか?


「あ、はじまった」


 セレスティアの声で、思考を中断。

 どうやらまもなく面接が始まるらしい。

 振り分けられた番号順で、戸口に立つ係官に呼ばれている。

 俺たちの番号は後半だが、残り少ない時間、さてどう過ごすか……。


 とりあえず、困ったときのコンソールを開いた。

 何か情報を得られるとしたら、いまはこれしかない。


「何か調べもの?」

「うん。さっきのレヴァリウスって人に、『面接気をつけろ』って言われたから」


 アルミナが左隣に座ってきて、俺の作業を覗きこんでくる。

……近い。

 作業に集中しづらいほどに、髪からシャンプーの香りがするほど近いんですけど。


「どれどれ~? わたしにも見せろっ!」


 暇な子も右隣にきた。

 コイツも無遠慮なくらいに近い。

 オマエの頭でコンソールが見えないんですが……。

 とりあえず金髪を掻き分けつつ、この国の統計情報――適正検査の結果や、面接についての情報などを調べてみる。


「なんだこの面白くもなさそうなページは」

「……別に、面白さを求めていないからな」

「なんだとっ!? ではなんのために!?」


 やはり邪魔だこの金髪。


「セレスティア、何か大切なことみたいよ?」

「大切な? この持て余すヒマを潰すことよりも大切なことなんて――」

「いやあるから、暇潰しよりも大切なこと。勉強とか」

「むぅ……」


 さきほど習得したマジックワードで黙らせておく。

 しかし……やはり気になることは調べてみるものだ。

 適正検査による結果と進路の統計。

 実際に検査を受けた者の匿名投稿など。

 調べれば調べるほど、楽観できない現実を目の当たりにする。


「……俺たちはいま、社会的な弱者だ」

「調べもの、終わったの?」

「終わった。その上で、相談がある」

「相談?」

「ほう? くるしうない。申してみよ」

「何キャラなんだよセレスティア……じゃなくてえーと、何から話すべきか……」


 個性が迷子気味のセレスティアにペースを乱されつつも、頭の中でこれからのプランをまとめていく。

 すると――


「なるほどね。わかったわ」

「え?」


 したり顔で頷くアルミナ。

 まだ何も言ってないぞ。


「あら、ごめんね? また勝手に読んじゃって」

「え、ああ……いや、説明する手間が省けたなら、まぁいいんだけど……」

「んん? 二人だけで何ひそひそ話してるの! わたしもちゃんとまぜろ!」


 また思考を読まれたか。

 そして、一人だけ意味が分からないセレスティアはまたもご立腹。


「まぁまぁ、時間なさそうだし、その話はまた後でにしよう――ほら、俺たちもそろそろ呼ばれるぞ」


 俺の指摘で係官の方を向いた二人の背中を、ばんと叩く。

 しっかりと手の平で、活を入れるように。

 そしてしっかりと瞳を開いて、前を見据える。


「そうね、行きましょうか」

「むぅ……気になる」

「後でちゃんと教えるから。ああそうだ、これもやるから機嫌直せよ」


 耳から蒼い疑似宝石のイヤリングを外し、二人に渡す。


「おお~! 綺麗な石だな」

「あら、私にも?」

「良かったらどうぞ」

「ありがたく頂くわ」

「さっそく付ける!」


 二人とも、耳に蒼のイヤリングを付けてくれた。

 こんなことで喜んでくれるのか。

……今度は、もっとちゃんとしたプレゼントでも考えてみよう。



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