▼Ε



『終わったわ。もう起きて良いわよ』

「……うあぁ、寝疲れしたな。頭がボーっとする」


 真っ白なリクライニングシート上から降り、一度軽く伸びをして、隣室へと戻る。

 モニター前のアルミナを見ると、何やら真面目な顔でデータとにらめっこ中だった。


「で、結果はどうだった?」


 検査を受ける前は面倒臭さが勝り結果への興味など無いに等しかったのだが、いざ受けてみると多少気になるのだから困りものだ。


「……結論から言うと、あまり良くない、わね」

「まぁ予想された結果だが。具体的には?」


 予想していたし気にしないでいようと思っていたけれど、そう言われるとやはりヘコむ。

 まぁなるようにしかならんし、続きを聞こう。


「具体的には……肉体に関しては完治しているのだけど、幽体と霊体の細胞が全身の各所で、特に脳の近辺で多く壊死しているわ」

「なるほど。最近の俺の不具合は、それが原因か」

「ええ……肉体なら簡単に修復できるけれど……幽体と霊体――心と魂には、現在の科学では直接手を出せない」


 つまりは、人間の手では修復不可能だ、ということ。


「そっか」

「そ、そっかって……随分と軽く受け止めるのね」

「いやいやそんなことはないけどよ。心配してても治らないだろ?」

「それは、まぁ……」

「なら、俺自身の自然治癒力を信じて、そのうち良くなるよう祈っておくさ」


 根拠の無い強がりはいつもこと。

 それを知ってるアルミナは、困ったような顔で笑って。


「分かったわ。じゃあとりあえず、これ以上悪化させないようにしないとね」

「ああ、無理はするなってことだろ?」

「むしろ、しばらく仕事を休みなさい」

「え?」

「え? じゃないわよバカね。この検査結果を出したら逆に休めって言われるレベルよ!」


 怒りの顔へと急変した。


「そ、そうなのか」

「と言うわけで、貴方に任せるとどうせ騎士団に提出しないだろうから、私も行くわ」

「な……はい」


 何故バレている……。

 アルミナはデータを取りまとめて、自身の腕輪――アクセサリー型デバイスへと送信した。

 手持ち無沙汰の俺は、検査結果の表示を横から眺めることに。

 モニターには三体の人型モデル図が表示されている。

 それぞれ左から赤・青・黄で色分けされており、赤色の所には【Etheric Body】――霊体、青色には【Astral Body】――幽体、黄色には【Material Body】――肉体と文字が併記されていた。

 実際には更に細かく分類されていたはずだが、ここでは主要な三位だけを扱っているのか。


「終わったわ。行きましょう」


 言い終わるか否かくらいでアルミナが立ち上がり、扉へと向かう。


「お、やっとメシか」


 それに追従して自動開閉扉を抜け、螺旋階段に出ると、俺たちを乗せてきた円板は居なかった。


「そうね。流石に一仕事したら私もお腹空いた~」

「んじゃサクッと行こうぜ」

「わっ……ちょっとー」


 円板の到着を待っているのが面倒なのでアルミナをお姫様抱っこして、ひとっ飛びに帰ろうとした――そのとき。


 突然の警報音。

 点灯する赤色警報灯レッド・アラート


「……なんだ?」

「何かあったみたいね」


 野次馬根性なのか、他の研究室の奴らも螺旋階段に出てきた。


『警報:生体工学科にて、大型の研究素体が脱走しました。大変危険です。螺旋階段から離れて下さい。繰り返します……』


「……大型の研究素体?」

「そう言ってたわね。合成獣でも作っていたのかしら?」

「それ完全にマッドサイエンティストじゃねぇか。良いのかよ、国家機関でそんなの採用してて」

「……ここはそもそも、採用担当も色んなのいるから」


 遠い目をするアルミナ。


「ああ……採用する側もダメなのか」


 選考基準に精神鑑定が含まれていない可能性は、大いに有り得る。


「ん、段々と騒音が近づいて来たな」


 階下から響いて来るのは、何かを破壊するような騒音と振動。

 そっちに目を向けていると、走空機が数機昇ってきた。

 しかも後ろ向きで。

 まぁ恐らく、後方走行しながら次に来る奴に立ち向かっているんだろう。

 乗っているのは、ここの警備員だ。

 んで、案の定その直後に来たのは……。


「おお、確かにありゃ大型だな」

「……なに、あれ?」


 アルミナが頬を引き攣らせながらそう呟いたのも仕方がない。

 現れたのは、体高およそ二〇mの黒い化物。

 黒い……【黒死魔性フォビュラ】か!?

……と思ったが、違った。


 容姿は狼と獅子と馬あたりを混ぜて割った感じ。

 狼の様に四足で地を蹴り走っているが、螺旋階段に突き刺さる爪は狼とは比べものにならないほど鋭く、無数の牙は口から長大さ故にはみ出し、緋色で切れ長の眼光からは殺意が滲み出ていた。

 額の両端からは前に向かって湾曲した角があり、黒い肌の背には馬の鬣みたいな赤い体毛が頭から尾に向かって真っ直ぐに生えていて、サラブレッドを思わせるような光沢があって筋肉質な巨躯を有し、その威容は巨大な黒鉄の如く重厚な圧迫感を見るものに与えてくれる。


 鈍重そうな巨体のくせに、割りと良い感じの速さで疾走しており、対応に追われて飛び回る走空機の群れに対しては、まるで猫がじゃれつくみたいに前足で攻撃を繰り返していて。

……いや、なにアレ。

 アルミナの先ほどの感想を踏襲してしまったが、そう思わざるを得ない。

 そんな異様な集団との距離が段々と近づいてきて、警備員たちの切迫した会話が聞こえてくる。


「うわっ、危ない! 何なんだコイツは!? 麻酔も電流も効果無しだと!?」

「拘束ネットも超音波も効きません! 隊長! どうしますか!?」

「いやどうするたってお前……どうしような」

「たいちょおー!?」


 隊員の悲痛な叫びが木霊した。

 効果的な方策が無いのか。

 非殺傷兵器ばかりを使っていることから、殺害は禁じられているようだ。

 恐らくこのレベルの生物を【生かして捕縛する】という想定をした装備が無いのだろう。

 対人戦闘でもそうだが、生かして捕まえるよりは殺害する方が容易い。


「こうなっては仕方ない! 殺傷兵器の使用を許可する!」

「りょ、了解しました!」


 隊長らしき壮年の男の言葉に、部下らしき青年が応じる。

 対象を生存させることを諦めたな。

 人的被害が出る前に決断したことは評価できる、が。


着時消尽砲ブラスト・イレイサー、撃てぃッ!!」


 巨獣を取り囲み浮遊する数機から、放たれたる誘導制御付きの【着時消尽砲ブラスト・イレイサー】。

 生物の本能か咄嗟に回避行動を行った巨獣だが、しつこく追尾する高速の砲弾からは逃れようも無く、狙い通り次々に被弾――しなかった。

 巨獣の大気を震わせる咆哮と同時に、その巨躯から放射状に何かしらの力場が生成され――斥力場展開か?

 斥力場展開時に生じるような、空気分子の電離発光現象が見えた。


「なにぃッ!?」


 隊長が驚愕に呻く。

 放った全ての着時消尽砲は力場の境界――宙に縫いとめられ、あえなく誘爆。

 着弾点から直径一mほどの球形範囲で核融合爆発を起こすはずが、巨獣の側だけ見えない壁に阻まれたように、爆発の球が切り取られていた。


『無駄じゃ、警備隊諸君』


 唐突に、どこぞのスピーカーから年老いた男の声が響く。



『その新兵器【ベヒーモス】は、あらゆる物理攻撃を防ぐよう設計しておる』

「な、なんですって!? では、どう対応すれば良いんです!?」


 その話しぶりから察するに、この迷惑なデカブツを作った張本人か。

 しかし【ベヒーモス】とは恐れ入ったな。

 古い神話に出てくる神獣の名だが、神話だとその姿は象かカバ似ってことになってなかったか?

 現在目視しているその姿は、どう見ても肉食獣だろ。


『対応策をいま検討しておる。何とか時間を稼いでくれ』

「んな無茶――」


――やり取りを遮ったのは、再び発せられた鼓膜を突き破らんが如きの咆哮。

 同時に生み出された波打つ力場は先ほどよりも広く展開していき、その伸びは瞬く間に警備隊の走空機へと到達する。


「ぐわぁぁああッ!?」

「ぬおぉぉおおお!!」

「くっ……ダメだ、制御が!!」


 大津波に押し流されるように、力場に弾かれた走空機は壁まで吹き飛ばされて大破。

 一機、運悪く階段上――巨獣に最も近い位置に落ちた走空機には、隊長が乗っていた。


「ぐ、うぅ……」


 低く唸る巨獣が、そこへ歩み寄る。


「――ひッ」


 その姿に気づき、息を飲む壮年の男の顔は、完全に青褪めていた。

 巨獣が獲物に飛びかかろうと身を竦めた、その刹那――巨獣の横を掠めて、白い影が空を切る。

 驚き、出端を挫かれた巨獣はたたらを踏んだ。

 白い影の正体は、我が愛機【レグナス】。

 先ほど警報を聞いてから直ぐに【CⅢ――意識接合型コンシャスリィ・コネクテッド通信機・コミュニケーションデバイス】を通して呼んでおいたのが、いま到着したらしい。

【レグナス】は直線的にアルミナを抱える俺の方へ飛来し、鼻先を軸にロンダートの要領で空中にて捻りを入れながら反転、停止。


「相変わらず派手な登場が好きだな」

『貴殿に似たのさ』

「【レグナス】、呼んでおいたの?」

「ああ、必要になりそうだったからな。とりあえずアルミナは、コイツに乗っててくれ」

「分かったわ」


 斥力場展開が可能なコイツに乗っていれば、ある程度の攻撃には耐えられるからな。

 VIP席に乗せ、その保護を優先するよう設定。


「レディのエスコートは任せたぜ」

『お任せあれ』


 シートを軽く叩き、退避させる。

 一瞬ぶるるん、と唸りを上げて下がっていった。


 改めて現状の優先課題に向き直ると、気を取り直したらしい巨獣は再度隊長と呼ばれた男に向かって身を竦め始めており、直後押さえつけられたバネが解放されたかの如く爆発的に飛び掛かった。


「――っ!!」


 息を飲み言葉も出ない、標的にされた男。

 恐怖で完全に筋肉が緊張し、動けずにいる。

 俺は自身を【加速】し、瞬時に両者の間に割りこむ。

 驚愕に目を見開いたのは、巨獣。

 弯曲した鋭い角をすり抜けて、巨大過ぎる顎の横を掠めながら、俺は渾身の右正拳突きを、その緋色の眼球に叩きこんだ。

 勿論、触れた拳から巨獣の加速度を【反転】させ、急減速から逆方向への【加速】へと上書きするのを忘れない。


「ガッ――」


 くぐもった呻き声を残し、巨獣が弾丸の如き高速で反対向きに吹き飛ばされていく。

 途中、階段を抉り転げ回りながら飛んでいき、壁を割り砕いて上半身が埋まった状態でようやく止まった。

 俺の右手は超重量との衝突エネルギーで白煙を上げており、強化繊維で編まれた黒革の

指ぬきグローブが――熱で溶けてしまっていて。


「……マジかよ。耐久力に難ありだな」


 というか、こんな使用方法は想定されていないか。

 開発元に文句言っても無駄そうな気がするから止めとこう。

 まぁ、後ろで【レグナス】に乗りながら見ているわけだが。


「な……た、助かった、のか?」


 茫然自失の体を全身で表現している壮年の男が何か呟いているが、それどころではないので放っておく。

 すでに瓦礫の向こうでは、巨獣が身を起こし体勢を立て直しつつあるからな。

 壁の中から出てきた巨獣の上半身……先ほどと違う点があった。

 俺が殴った奴の右目が――【潰れて流血】していたのだ。


「お? 物理攻撃効いてるじゃねぇか」

『バカな……!? ありえない。一体何が起こった? 君、そこの紅いコートの君は、何者だね!?』

「俺は【翔翼騎士団】のルフィアスだ。これから害獣処理にあたるが、異論は無いな?」

『処理……可能だと言うのか? ならば是非もない。頼む』

「良いぜ。とりあえずは……おい、後ろの隊長さん。急いで部隊を下げろ。あのデカブツ、まだ暴れ足りないらしいからな」

「りょ、了解した……!」


 遠くで壁から這い出た巨獣が、怒りに身を震わせながら、同時に冷静にこちらを観察している。

 へぇ……それなりに知性はあるらしい。

 けどもう少しお利口なら、いまの一発で土下座してくるだろうな。

 まだ俺とやり合うつもりなのは、愚かしいと言わざるを得ない。

 次は、斬るぞ。


 腰の後ろに括り付けた【心象投影器イメージ・プロジェクター】を二本抜き出し、その二本を初めから繋げて、一振りの刀を創出した。

【黒き峰に、白き波紋が浮かぶ刃】、長さ一mの反りが入った【刀】を。

 一対一サシで大物を狩るなら、こっちの形状の方が良い。


「グルルルルル……ッ!!」


 何かお怒りの様子で距離を詰めてくるが、腹立ってんのはこちらも同じだ。

 こちとら空腹で、テメエの相手なんざしてる場合じゃねぇんだよ。

 さっさと斬り捨てて飯屋に赴くため、【刀】を右後方に下げて俺も徐々に距離を詰めていく。

 奴が反応できない間合いに入ったら、即座に斬り伏せる。

 速度も正確さも俺の方が上だ。

 勝つ要素しかない。

 にも関わらず向かってくるテメェは、無謀か蛮勇か。

 どちらにせよ、死ぬだけだ。


――鋭く吐き出される巨獣の呼気。

 全身の膨大な筋肉を一気に引き締めて、俺に向かって真っ直ぐに飛び掛かってきた。

 長大な尾が直線的に伸びるほどの急加速。

 波打つ鬣は後方に折れ、鋭利な爪と牙は前に突き出される。

 同時に、展開される斥力場の結界。

 先ほどの瞬間的な発生とは打って変わり、巨獣自身の体表を覆うように恒常的に発生させているようだ。

 なるほど、俺の攻撃を見切る自信が無いから、最初から全てカバーしておこうという考えか。


 巨獣が俺との距離を半ばまで詰めた。

 その刹那、奴の目には俺が消えたように見えたことだろう。

 一閃振り終えた俺は、もう奴の背後にいるのだから。

 丁度床を蹴り一瞬浮いていた巨獣の身体……それが前足から再度着床した時、巨躯は左右対称に――真っ二つに裂け、崩れ落ちた。

 体表を全て覆っておけば、どこに当たっても物理攻撃なら軽く弾き返せるとでも思ったのだろうが、生憎この刀は物理の外側にあるものだ。

 残念だったな。


 巨獣の赤黒い血液が、むせ返るような生臭さと共に螺旋階段を下ってくる。

 振り返ればその巨躯の断面から覗く内臓群が、湯気を立てて波打っていた。

 もうしばらくすればその蠕動も収まり、全ての筋肉が硬化していくだろう。

 生物としての基礎が我々と同じであるならば、だが。

 まぁそんなことはさておき、面倒事は終わったのでさっさと昼食に行くか。

 俺は踵を返すと同時に【レグナス】を呼んだ。


『見事……まさか一撃の下に葬るとはな。良ければ、戦った感想を貰えるか?』


 スピーカーから響く老いた男の声には、冷静さが伺えた。

 一段落ついたことによる安堵か?

 懲りずに自らの作品について感想など求めてきたところを見ると、また作り直す意志がありそうだな。

 ちょっと辛口でこき下ろしといてやろう。


「感想? とりあえずコイツが何のための兵器か知らないが、兵器としては最低だな」

『最低、だと? それはどういう意味で言っている?』

「制御できていない、その一点においてだよ。人の意志を反映できないなら、兵器とは呼べない。そんなもん怖くて使えねぇだろ」


 使い手の意志と無関係に動くなら、使っても狙った効果を出す可能性が著しく低下するだけではなく、自分や味方も巻きこまれて死ぬかも知れねぇ。

 そんなハイリスク・マイナスリターンなもの使うだけ損だ。


『それはそうかも知れぬが……単純な戦闘力ではどうだった?』

「見た通りだ。物理攻撃を弾く性能はあるようだが、それ以外には弱い」

『ふむ……魔法耐性もそれなりにあったはずだが……なるほど。分かった。協力感謝する』

「ああ。次やるにしても、同じ失敗だけはしないでくれよ」

『……無論だ』


 やっぱまだ作る気か。

 あんな巨大な生物兵器とか、かなり燃費悪そうだけど需要あるの?

 待機中に消費される食糧が恐ろしい量になりそうだ。


「ひどい臭いね」


【レグナス】と共に、鼻をつまんだアルミナが到着した。


「そうだな。さっさと出るか」


 ひとっ飛びに【レグナス】に乗りこむ。

 すると、さっきの隊長と呼ばれていた男が駆け寄ってきた。


「おおい、騎士殿! もう行くのか? 助けてもらった礼がしたいのだが」


 律儀な奴だな。


「ん、その言葉だけで十分さ。それより、今回の教訓を踏まえて貴君らも魔法攻撃手段を用意しといた方が良いんじゃないか? あの爺さん、また懲りずに作るつもりだぜ」

「……そうだな、導入せねばなるまい。ともかく、私含め今回は助かったよ。ありがとう」

「どういたしまして。んじゃな」


 片手を上げてその場を飛び去る。

 例の竪穴式通用孔に入るまで、アルミナは鼻をつまんだままだった。

 生物工学科の騒ぎが波及しているのか、ここに来たときよりもすれ違う人の数が多くなっている。

 皆一様に、慌ただしく逃げているような様子だった。


『警報解除:さきほどの脅威は鎮圧されました。繰り返します……』


 あ、そうか、警報発令されたままだったのか。


「ルフィアス……」

「んあ? どした?」


 いきなり幽鬼みたいな呟き声が背後から聞こえて、少しビビった。


「さっきの化物の開発者についてだけど……あれ、故意よ。……暴走は、意図的に引き起こされたんだと思う」

「……意図的に? どういうことだ」


 振り返ると少し申告な顔をしたアルミナがいて。


「彼の心を読んだの。と言うより、勝手に聞こえてきたんだけど……それは、どんな声だったと思う?」


「んー? 全然想像できないが」


 意図的に暴走させる理由?

 それが分かるような心の声?

 情報が少なすぎて俺には想像もできん。


「もう研究めんどくせぇ、全部ぶっ壊してやるぜ……とか?」

「そんな短絡思考の持ち主だったなら、その方が対処は楽だったでしょうね」

「もっと面倒な絡まり方してんのか、アイツの精神構造は」

「ええ……彼は心の中で『計画通り、良い実戦データが得られた』と言っていたわ」

「計画、だと?」


 予め想定していた、ということか?


「貴方と戦闘させることを、計画していたようね」

「俺がここに来る予定を把握していた、と」

「あるいは待っていた。私の予約履歴を見て、貴方が来たことを監視映像で確認して、意図的に暴走させたのだと思う」

「実戦データを得るために? わざわざ俺と? 何が目的かよく分からんが、とりあえずあの野郎は逮捕だな」

「それは多分、難しいと思う」

「……なんで?」


 奴の行動履歴を、この施設内の監視映像データや端末制御記録等から参照すればいけるんじゃないか?


「今日の設備使用予約は私の名前でしていたのよ? 加えて、この【アカデミア】で私の名と、【精神感応テレパシー】を知らない人なんてまず居ないでしょう」

「ああ、そうだな」

「私の存在を知っていて、それでも実行したんだもの。彼は、胸の内を読まれることを想定して動いていたはず。恐らく、決め手になるような証拠は出てこないわ」

「なるほど。知能犯、か。確かに短絡思考の分かりやすい方が楽だな」

「でしょう? ほんと伏魔殿ね、ここは」

「……しかし何もしないわけにもいかねぇよな。今日得た情報を纏めて、データベースにでも上げとくか」

「そうね。その方がいいかも」


 忘れっぽい俺の頭も信用できないし、機械に覚えておいてもらおう。

 五官由来情報をデータ化し、【CⅢ――意識接合型コンシャスリィ・コネクテッド通信機・コミュニケーションデバイス】を用いて騎士団専用データベースへと送信。

 これで捜査権を持つ者で、かつ一定の資格を有する場合は自由にこのデータを閲覧することができる。


 それにしても実戦データを得るために実験生物を暴走させてまで……か。

 天才とバカは紙一重というやつの典型だな。

 いくら勉強ができても、他者への迷惑を考えず自分勝手に振る舞うならバカでしかない。

 蓄えた知力を以て他者を害する行為は、鍛えた体力を以て他者を害する行為と本質的に同じだ。

 使っている武器が違うだけ。


 データ統合と送信を行っているうちに場所は竪穴から横穴へと移行しており、最初に入ってきた出入り口から外に出た。

 外は晴れ渡る快晴。

 腹は著しく空腹。

 面倒事は一段落したのだからこれ以上余計な思考は広げずに、久しぶりのデートを楽しむことにしよう。



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