△参



 青い世界。

 薄暗い室内に、無数の青白く光る立体仮想モニターが浮かび上がっている。

 ここは、大型貨物船の艦橋内。

 その一角で、俺は床に適当に足を投げ出して座っていた。


 また、下らない仕事だ。

 いつもの様に、掃き溜めから拾ってきたゴミを守るだけの、それを無事に送り届けるためだけの護衛の仕事。


 吐き気がする。

 そんなことを思いつくコイツらも、そんなことで生きながらえている俺も。


 俺は、仮想モニターの前で唾を飛ばしながら部下に怒鳴り散らす雇い主を見る。

 旧時代の貨客船の船長みたいな、白と黃を基調とした小綺麗な制服を着こんではいるが、偏屈そうな口元に、つり上がった目、無駄に伸ばした茶色の髪や髭と、見るにたえない薄汚い面は改善の余地なし。

 そんなことを考えていると、目が合った。


「おい貴様! 何を呆けているんだ!? 賊が侵入したのだぞ! 報酬分はきっちり働いてもらわんと困るぞ!」

「ふん……テメェが『黙って見ておれ』、とか吐かしたんだろうが。盛大に花火をぶっ放して刺激した挙句、手に負えなくなったら助けてママぁ……か? クソダセェな」


 周りからクスクスと低く抑えた嘲笑。

 手下共もいい加減、コイツに見切りをつけ始めているのかも知れない。

 この辺で、潮時か。


「ぬぅぅ、キぃサぁマぁぁぁあああ!! この儂を侮辱するたぁいい度胸じゃねぇか!? 覚悟はできて……ッ!?」


 赤い顔して捲し立ててきた初老の口内に、銃口を突きつける。


「ぐっ……」


 俺は座ったまま、銃身が一mを超える長射程長銃を取り出して、引金に指をかけていた。

 それを、急に押しこむ。


「ひぃ……ッ!?」


 それだけで、腰を抜かして尻もちをつきやがる。

 弾なんて出ねぇのによ。


「まぁ、報酬分は働くさ。そこで座って見ててくれよ。船長様?」


 俺は立ち上がり、恭しく貴族みたいに一礼すると、乾いた笑みを浮かべて雇い主を見据えた。


「クッ……若造が」


 口をパクパクさせながらそれだけやっと絞り出したチキン野郎は放っておいて、俺は無数のモニターに目を移す。

 船内の至るところに張り巡らされた監視カメラの映像群。

 その多くに、横たわる戦闘用改造アンドロイドの姿が見える。

 敵は一人だが、とんでもない化物だ。

 舐めてかかると首を切り落とされるな。


「カメラの映像を、俺の目にまわせ」


 俺はまず乗組員の一人にそう告げ、右の眼窩に嵌めこんだ人工眼球と、監視カメラ郡を繋げさせた。

 これで、この船の全てが、俺の射程範囲内だ。

 一撃で、奴を葬ってやる。


 対象と自分の位置を第三者的に把握し、彼我の相対距離、角度を割り出す。

 銃を構え、初弾装填。

 銃口は斜め下方向、階下の目標に向け、射角調整、照準固定。

 人体なら、どの分子を壊せば連鎖崩壊するかは簡単だ。

 生命体を構成する分子において、中核をなすものは炭素である。

 そのたった一種類の原子核を分解してしまえばいい。

 何度もやってきた手順で共振周波数を設定し、引金に指をかける。


 この瞬間が、堪らない。

 他人の命を奪うとき……それだけが俺の心を震わせる唯一の瞬間であり、至高の一瞬だ。

 俺の一発で、その腕が、足が、顔が、身体が、無残に塵と化す瞬間が……ッ!!


「クククッ……無様にはらわたをぶち撒けろ!」


 俺は迷わず、引金をひく。



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