▼ヨ
森の中に入ってしばらく経過。
最初のスタートダッシュの差で、いまや少女のことは完全に見失っている。
未だ曇天で薄暗く正確な時間など分からないが、腹時計的には三時のおやつが欲しいところ。
空腹と戦いながら鬱蒼と茂る草木を掻き分けて進むと、開けた場所に出た。
そこに刻まれた草木の生えぬ道は……街道?
……いや、獣道か。
この世界には人工的な道が少ない。
基本的には空路――走空機による移動が主体で、その運賃が支払えないよっぽどの貧困層でなければ、陸路を使わないからだ。
そもそも街同士が陸続きであることの方が少ないし。
加えて言うならば、弱者のために街道整備をするような、そんな優しい世界でもない。
狭い空間で、場所を取り合いながらようやく生きているようなものだから。
そんな状況で何百年も整備されていないから、どこのどれが街道だったかってことすら、いまや誰にも分かりはしないのだ。
故に、陸路の状態はどこもかしこも最悪だと聞く。
森に入らず森の恩恵を受けずに、ではどうやって日々の生活を賄っているのか?
人々は街の中の限られた空間で衣食住の全てを循環生産し、運用している。
最新の素粒子配列変換技術を用いれば、どんな原料からでも任意の原子を生みだすことが可能らしい。
原料を素粒子レベルにまで分解し、配列を組み替えて任意の原子を構築し、そこから更に任意の分子に、そして目的の物体にまで造成すればいいという話だ。
勿論、大掛かりな設備が必要となるが、言い換えればそれは、その設備さえ揃えば森に入る必要なんて無いってことで。
廃材を利用して、各種栄養素を合成するだけで生きていける。
施設稼働のためのエネルギーは全て自然エネルギーで賄われており、熱効率も高い。
ただ原料の確保は問題である。
【
この世界においては、いつ黒き災害によって街が落ちるか分からない。
いずれ【こうなる】と予測していた父さんは、俺に野外生活や食料調達・栽培の知識と技術を叩きこんでくれていた。
当時は何のためにそんな必要があるのかと周りから白い目で見られたものだが、いまはその知識と技術のみが頼りになる。
本当に着の身着のまま、手ぶらで放り出されてしまったから。
そんなことを考えながら歩いていると、枝にぶら下がる木の実を発見。
あれは食べられるやつだ。
手の届く範囲に垂れ下がっているのをもぎ採り、口に運ぶ。
カリカリと歯応えがよく、まろやかな味わいはおやつに最適と判断。
移動しながら食べるため、片っ端から採り集めポケットにねじこんでいく。
木に登り上の方の実も採っていると、少し離れた藪の中で辺りを見回しながら右往左往する金髪少女を見つけた。
どうやら自分より背の高い藪で視界を阻まれ、方向感覚を失って絶賛迷子中のようだ。
ポケットに入りきらない木の実をポリポリと噛み砕きながら、さてどうしたものかと思案する。
先ほどと同じように近づいても、また警戒されて逃げられそうだな。
というか、何故あれほどまでに過剰とも思えるような拒否反応を示したのか?
子供同士とはいえ、年上の見知らぬ男性が寝起きでいきなり現れたら、やはり怖い?
まぁそうかも知れないなぁ。
なんとか誤解を解きたいところだが。
木の上から降りて、少女の方へ向かう。
曲がりくねった獣道――左手には隆起した黒い土と岩石が壁を作り、右手には藪だらけのなだらかな下り坂が続く。
黒土の壁には所々に緑草が顔を出し、途中で土壁の中ほどから流れ出る湧き水もあった。
その水たまりに顔を映すと、何やら黒いモノが見えるではないか。
「うへぁっ!? ……あ、これ、俺の顔?」
自分の顔で驚いた。
俺はいま全身が、泥や煤でかなり汚れているようだ。
顔だけ見れば、この樹海の先住民族か何かだと言われても納得できるレベルなわけで。
「そうか、あの子も、これで驚いたのか……」
まぁそうと分かれば、同じ轍を踏まぬよう洗顔でもしておこう。
せっかく綺麗な湧き水があるのだし。
両の手で椀を作り清水の流れに差し入れると、歩いたことで火照った熱を急速に奪う冷ややかさがとても心地よかった。
冷水をためて顔を洗うと、急激な温度変化に皮膚表面が引き締まる。
滴る水は、黒く濁っていた。
冷たさに耐えながら何度かそれを繰り返し、ある程度綺麗になったようなので、次は口に水を運び、喉の乾きを潤す。
「ああぁぁ……うまっ」
久々の水分補給。
やっと一息つけた感じだな。
早くあの子にも、この水の場所を教えてあげよう。
――いやぁぁぁぁぁぁぁ!!
また悲鳴?
草木の向こう側……藪の中の見えない場所。
けれどそれほど遠くないような距離感で、甲高い悲鳴が聞こえた。
まさかあの子が獣にでも遭遇したか?
いや、それにしては声質が違っていたような?
考えるのは後だ。
まずはこの眼で見に行こう。
そう決めて、声のした方へと駆け出す。
藪に突入し、自分より背の高い草を押し分けながらひた走る。
少しすると言い争うような声が聞こえてきて、直感的にこちらの存在を悟られぬよう忍び足に変えた。
息を整えながら耳を澄ませていると、争うような物音の中に男の怒鳴り声が混ざっていることに気づく。
他に生存者が居たのか?
あるいは本物の原住民かも知れない。
サバイバル技術を持つ者が、人里を嫌い山奥に居を構える事例もあったな。
何にせよ、この目で確かめりゃいいか。
俺は藪の中で立ち止まり、様子を伺う。
見えたのは、数人のおっさんと、俺より少し年上の少女。
……と、それを草葉の陰から見守るような位置取りの金髪少女……その数m後方に俺。
悲鳴の正体はやはりあの子ではなかったか。
てか揃いも揃って覗き見とは……ね。
気を取り直して現状把握に努めよう。
ボロボロの白いブラウスと黒いスカートを履いた少女は十五歳くらいだろうか――その長い黒髪の少女が、若くても三十代くらいの男たち六人に囲まれ、隆起した土塊の袋小路に追い詰められている。
男たちはいずれも短銃で武装していて、人相も服装も柄が悪い。
「ハァ、ハァ……ったく、手間ァかけさせやがって!」
黒髪少女に最も近いパンチパーマのデブがダミ声を吐き出した。
息を弾ませながら血走った目で黒髪少女を見据え、紫に黄色模様の目に痛いアロハシャツをめくり、左腰の辺りから短銃を抜き放つ。
照準は、少女の頭部。
「動くんじゃねェぞ! これ以上走らされるくらいなら、テメェを蜂の巣にしてでも大人しくしてもらうからなァ!」
腹の底から絞り出される恫喝に、少女は唇を震わせ目に涙を滲ませながらも、それでも賢明に睨んでいた。
「コイツ……! まァだ反抗的な目ェしてやがるな?」
「どれどれ、少しお仕置きが必要かね?」
長身金髪で浅黒い肌の優男っぽいのが前に進み出る。
着崩した灰色のスーツの中には赤いシャツ。
くわえタバコにゴツいゴールドの指輪やネックレス。
そんな格好でにやにやと下卑た笑みを浮かべながら無遠慮に歩み寄られるのだから、さぞ恐怖心を煽られることだろう。
けれど彼女は、後ずさりながらもその眼光の鋭さは衰えない。
両者は、すでに手を伸ばせば届く距離。
彼女はもう、土塊のせいでそれ以上後ろにさがれない。
歯を食いしばり睨み上げるその顔を、土や怪我で汚れてはいるがそれでも綺麗な少女の顔を、優男は笑みの消えた氷点下の瞳でゴミでも見るように睨めつけた。
タバコを右手で挟み、口から離して灰を落とす――その所作に目を離した一瞬の隙をつき、優男の左手は少女の首を掴む。
「ぁぐっ……うぅ」
そのまま勢いよく押しつけられ、頭を背後の土塊に強打。
少女の目が一瞬揺らぐ。
そこに、下腹部への重い膝蹴りが繰り出される。
「かっ、は……ッ!」
強烈な痛撃は彼女の身体に呼吸の仕方を忘れさせた。
土の壁に挟まれ力の逃げ場がなく、全てのエネルギーが彼女の内部で反響したのだろう。
転げまわって悶絶するレベルだ。
しかしそれすら許されることはない――首を締め上げ土壁に押しつける、優男の手によって。
「選べ」
愉しそうな優男の声に彼女が目を向ければ、左目の間近にタバコの先が――
「服従するか、片目を義眼にするか。どっちがいい?」
彼女の目から、力が失われた。
初めて恐怖の色を浮かべ、その表情が歪む。
それでも――
「だ、誰が服従なんて! やれるもんならやってみろ!」
それでも彼女は、屈しない。
「……しょうがねえな。ならいっそ、両目潰しときゃあ逃げられもしねえか」
優男から下卑た笑みが消え、無表情へと変わる。
これは、マズい。
助けに入るべきか?
いや待て。
相手は六人もいて、全員短銃で武装している。
あの場慣れした感じ……おそらくギャングかなんかの組織の人間だ。
助けに入ったところで、俺みたいなガキ一人でどうなるものでもないだろう。
すぐに殺されて、ただ死体が一つ増えるだけになるのではないか?
下手をすれば金髪の子まで存在を悟られて、攫われるかも知れない。
嫌な汗が背中を伝う。
失敗したときの結果が、怖すぎる。
助けたいけれど、怖くて一歩が出ない。
このまま、見過ごすしかないのか?
「ぐっ、う……ぁ」
優男は首を締める力を強め、完全に彼女の頭を固定。
ばたばたともがく彼女の手足は意味をなさず、優男はゆっくりとタバコの火を、その目に近づけていき――
「やめろぉぉぉおおおおおお!!」
甲高く、可憐な少女の怒声。
「あん?」
優男がその声に振り向くと、そこには金髪の小さな女の子が――ってあの子飛び出しやがった。
「えい!」
「だあああっ! 痛ってえぇぇ……!」
だーっと走って行ったかと思うと、そのまま優男の脛に蹴りを入れて、それが上手いこと急所に入ったのか、優男は悶絶して地に転げ、黒髪の少女から手を離す。
座りこんでむせ返る黒髪少女と男の間に割って入った金髪少女は振り返り――
「ひきょうもの! 女一人をおおぜいでイジメるとかハジを知れ! 男のクズね、あんたたち!」
と雄々しく啖呵を切る。
涙目で、足を震わせて。
それを見た男たちは目を丸くさせ――
「は? ……ぶっ、あは、ははっ、はははははは!!」
「あーひゃっひゃっひゃっ!!」
「ガハハハ!!」
一斉に笑い出した。
「な、何がオカシイのよ!」
「ひー! くはははは! いやなに、まさかこんな、上玉が舞いこんでくるとはなぁ? クククッ……今日はツイてるぜ」
……やはりか。
金髪の子も、商品と見なされてしまった。
このままでは二人とも……!
震えている――この身体が、いや心か。
まだ俺は、怯えて前に進めない。
俺より小さな女の子が、俺より先に飛び出していったというのに。
俺はまだ自分可愛さに、殺される恐怖で、助けに行けない。
……殺される恐怖?
なんだよそれ。
さっき、もう死んでもいいとか考えてた奴は、どこのどいつだ?
別にテメェの命がどうなろうと、どうでもいいだろうが。
震えてんなら好都合だ、もっと奮わせろ!
心が動けば、身体も勝手に動く!
でも……どうする?
あの子に倣って無策に飛び出して行っても、結果は目に見えている。
同じ轍を踏むわけにはいかない。
立ち向かうなら中途半端じゃ無理だな。
人を殺すのは躊躇われるし怖いが、それでも、一人でも殺し損ねれば、逆に殺られる。
殺られる前に、全員殺るしかない。
そうと決まれば……行くぜ、クソ野郎共!
子鹿みたいに震える足を殴って言うことを聞かせ、無理矢理身体を立たせる。
敵は六人。
全員少女二人の方を注目していて、周囲に気を配る者はいない。
集団の背後へと、なるべく音を立てないように回りこむ。
まずは最後尾の一人。
まばらに生える木々の隙間を縫って近づき、近くにあった手頃なサイズの小岩を掴む。
俺の上半身と同じくらいの大きさで、とにかく重い……とても俺の腕力で扱える重量じゃない。
だが、少しでも動けば……!
小岩が地面から少し剥がれた。
俺はその動きを【加速】させる。
背に開く白黒の【光の翼】。
自分と、自分が触れた物の【加減速】を自在に操る能力を持つ。
翼の力で【加速】された小岩は、急に重さを失ったように扱いが簡単になり、少し力を入れれば好きな方向に動かせた。
上手く軌道修正して、男の後頭部目掛けて投擲。
ゴッと鈍い音をさせ、小岩に押しつぶされ倒れこむ。
後頭部は陥没し首の骨が砕けているので、仮に生きていたとしても首から下はもう動かないだろう。
近くにいた一人が音に気づいたのかこちらに目を向ける――同時に、俺は小岩に飛びつき、再度方向転換させて、二人目の頭上から降らせる。
それに気づいて男が見上げたときにはもう遅く、頭蓋を陥没させ腰の関節を圧壊させながら小岩の下敷きとなり絶命。
大量の赤が飛び散る。
なんだよ、やればできるじゃないか。
と思ったのも束の間、流石にもう気づかれていて。
「おい! なんだコイツ!? 二人やられてるぞ!」
顔も身体もひょろ長い派手シャツ二号が叫んだ。
「ああ? ……おい、どういうことだ。ナニモンだ、テメェ!」
即座に短銃を抜き放ちこちらに照準を合わせてくるブラックスーツの黒髪メガネ。
撃たれる直前に銃撃の直線上から僅かに身を躱しつつ、地を蹴り【加速】して瞬時に距離を詰める。
頬をかすめる弾丸。
相手の鳩尾辺りに、運動エネルギーの全てを乗せた肘打ちを突き刺す。
俺の体重としては四五kgほどだが、それが単車並みの速度で飛んできたなら、それなりの威力にはなる。
くの字に折れ曲がるブラックスーツの男。
声に鳴らない苦悶を開いた口から吐き出しながら、後方へと吹き飛んでいく。
無論、こちらも無傷では済まない。
衝突点になった肘、それを支える肩関節と肩甲骨周りの筋肉……どちらも悲鳴を上げている。
「な、なんなんだよコイツはよぉぉぉおおお!?」
ひょろ長い男が半狂乱になりながら銃口を俺がいた場所――肘打ちのエネルギーを伝えきって静止していた地点に向け発砲するが、俺は次の初動を再【加速】して、すでに空中でブラックスーツの男を捕まえていた。
慌てて照準を合わせ直した時にはもう、俺はブラックスーツを盾にしてひょろ長い男に突撃している。
「ひ、ひぃいいぃぃいいいッ!?」
完全に狂乱し、俺に向けて仲間ごと発砲してきた。
どうやらコイツらの武装は、防弾性能を有する特殊繊維のスーツをも容易く貫通可能な【
ブラックスーツの男の脇腹を、胸板を、大腿部を、血煙を吹き出させながら音速の弾丸が通り過ぎていく。
あれはもう死んだな。
盾としての意味は殆どなかった。
しかし目隠しとして、こちらの正確な位置を悟らせない効果はある。
それで十分だ。
すでに俺は、その死の直線上から外れている。
最大【加速】したブラックスーツの男を、ひょろ長い男へと投げてすぐに、死角へと回りこんでいるのだから。
「ぐひゅっ」
ブラックスーツの男が衝突。
肋骨がひしゃげ、肺の空気が押し出されたようだ。
折れた肋骨が肺に刺さって吐血しながら飛んでいき、大木に衝突して更に圧迫。
大型車にでも潰されたようになって、崩れ落ちた。
残る二人から、一斉に銃声が轟く。
振り向かず真っ直ぐ藪の中に突っこみ、身を隠す。
身を屈めて銃弾の雨をやり過ごしながら、次の方策を考える。
「クソっ! 四人やられただと!? なんだあの化物は!?」
「……恐らく、【
デブ男の独り言に優男が応えた。
しこくてんし……初めて聞く名だな。
俺のように翼を持つ者の総称か?
「【
「知るか! だがあの翼……王都で見たやつに似てたぜ。俺が見たのは白黒じゃなくて、真っ白だったがな」
「チッ……! 今日はツイてんじゃなかったのかよ!」
「へっ、これで生き延びりゃ、上玉の商品を俺ら二人で独占だぜ? あのクソガキさえ殺せばよ? まだツキは逃げてねぇさ」
「へ、へへ。そうか……それもそうだな。一匹殺っちまえばいいだけか」
戦意喪失して逃げてくれれば楽だったが……そうもいかないようだ。
「ぐっ……」
全身の筋肉、関節に痛みが生じている。
そろそろ能力行使の限界が近い。
隠れながら弾切れを待つ持久戦を想定していたけれど、このままでは俺の方が先に倒れるだろうな。
短期決戦に持ちこむしかないようだが、さて攻撃手段はどうしようか。
遠距離攻撃手段……それこそ弾になるような物があれば……弾?
それなら最適な物があるじゃないか。
当初の使用目的とは違うが、背に腹は代えられない。
命あっての物種だ。
惜しみなく使うことを決意し、飛び出すタイミングを伺う。
けれど、男二人は用心深く短銃を構えながら周囲に気を配っていて、隙がないな。
……いや、タイミングは自分で作るもんだ。
俺は一つそれを摘み、試験がてら適当な木に向かって、投げる。
勿論、指先から離れる瞬間に【加速】させて。
ドバンッ!!
乾いた音を響かせて、木に大穴が空いた。
その静寂を破る異音に、当然注意を惹かれる二人の男。
俺はその視線の真裏から、両手に大量の弾を仕込んで飛び出す。
姿勢を低く前傾姿勢で、まずは近い方のデブ男へ。
「なにッ!? うしろ――」
藪を飛び出す瞬間の葉擦れの音で気づかれてしまったが、振り向く間に必殺の距離まで間合いを詰めることができた。
左手に握りこんだ多数の木の実を、全て【加速】させて投げつける。
「ぎぃぃゃぁぁぁあああああああ!?」
派手な色合いの紫と黄色から、無数の紅い花が咲く。
少し褐色気味な肌の腕も、足も、くすんだ茶色の瞳も、点々と紅く弾けた。
至近距離でその返り血を浴びてしまい一瞬動きが鈍ってしまったが、右手を振りかぶり残弾の投擲準備をして――銃声が轟き、デブ男の肉厚な腹部が更に内側から弾け、そこから躍り出た紅の軌跡が俺を穿つ。
冷静に、狡猾に、俺に狙いを定めていた最後の一人――優男による銃撃だ。
デブ男が崩れ落ちる前に、その身体ごと、俺を撃ってきやがった。
擬似的な一対一を作るため、俺と優男の間にデブ男を挟むようにして、謂わば盾の役割を期待しての位置取りだったのだが、まさかそれが死角となり裏目に出るとは。
脇腹に激痛。
そのまま足蹴にされた小石のように吹き飛ばされる。
ごろごろと湿った土の上を転がり、少女二人にほど近い場所で止まった。
「やっと捉えたぜ……ったく、ひでぇ有様だな」
痛みで動けない。
優男は、俺の方に歩を進めてくる。
「まさか、こんなガキ一人に五人も殺られるとは……」
このまま待ってても殺されるだけだ。
起き上がって、反撃しなければ……。
「お? まだやる気かよ? すげぇな」
震える手足に力をこめて立ち上がろうとするが、度重なる【加速】の負荷を受け続けた筋組織は、ほぼ九割破壊されているようで――もう力が、全く入らない。
「無理しないで、寝てな」
至近距離で、続けざまに六発、銃声が轟いた。
その度に俺の身体は跳ねて、弾け飛ばされて、転がる。
銃撃を受けた皮膚は表面が裂け、血が舞い踊り――周囲を紅く染めていく。
「ぐふっ」
悶えながら吐血。
痛みで意識が飛びそうになるが、まだ休むわけにはいかない。
ふざけるなよ、こんなところで、こんな中途半端な結果で、死ねるか……!
歯をくいしばって、地に爪を立てて、身体を起こしていく。
カチッと無機質な音がした。
ようやく弾切れかよ。
「チッ、しぶといなあぁ……オラッ!!」
起き上がる途中で無防備な腹部に、優男の革靴が突き刺さる。
亀でもひっくり返すみたいに空中で反転させられ、背中から地に落ちた。
「さっさと、くたばれやッ!!」
そのまま腹部へと、踵落としを決められて。
「が――」
声が、出ない。
呼吸が、止められた。
「ぺっ――ま、せいぜい地獄で俺の仲間に可愛がってもらえよ~」
顔に唾を吐きかけられ、優男は下卑た笑みで踵を返し、少女たちの方へ立ち去っていく。
ふざけんな、まだ、終わってねぇ。
優男に近づかれて、少女たちはまた怯えた表情を浮かべて。
悔しさに、怒りに、この心が埋め尽くされる。
あと一人……たったあと一人じゃねぇか。
こんな奴に……殺られるくらいなら…………ッ!
ころしたい……ころしたい……ころしたい、ころしてやる、ころしてやる、ころしてやる、ころす、殺す殺すコロス殺すコロス殺す殺す殺すコロス!!!!
そのとき、何故か脳裏に、あの【黒き巨人】の不気味な笑みが蘇った。
右手が、熱い――
「あ?」
異変に気づいたらしい優男が、振り返る。
「は? おいおい……冗談キツイぜ!」
俺の姿を見て、慌てて仲間の死体に飛びつき、その手から短銃をもぎ取り、ろくに照準も定めぬまま俺の方へとぶっ放してきた。
全て【先ほどと同様】に、皮膚表面に触れた瞬間、進行方向とは逆ベクトルへの【加速】――即ち【減速】を掛けて【
さっきは速度零にする間に皮膚表面を抉られていたが、いまは何故か、かすり傷一つ負わずに静止させることができていて。
能力が、上がっている?
何かが、変わったとでも?
でもその答えは、何となく分かっていた。
何故なら、いつの間にか俺の身体に纏わりつく、【黒いオーラ】があって。
「や、やめろ、来るな!」
腰を抜かした優男が、情けない格好で後ずさりながら弾切れの短銃を投擲してくる。
一歩一歩ふらふらと、幽鬼のように近づく俺は、どこか現実味のない意識の中、右手に顕現した殺意の塊について考えていた。
【真っ黒】な、【直刀】。
刀身も鍔も柄も、全てが夜の闇より暗い黒。
それを、木を背負って止まった優男に向けて――
「う、嘘だろ、や、やめ――」
振り下ろした。
薄っぺらな人物画を分厚い斧で切り裂くみたいに何の抵抗もなく滑る刃は、ソレを赤黒い肉塊へと変えて……。
むせ返るほどの血臭と生臭さに、目が回る。
足が嗤って膝をつき、翼も刀も維持できずに消えて、胃の底からこみ上がってくる気持ち悪さをそのまま地面にぶち撒けて、その上に、俺は倒れ――
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