▼イ



 目を細める。

 木立の間から射しこむ夕日が、とても眩しくて。


「どうした? さっさと掛かって来いよ。終わるまで夕食はお預けだぜ?」


 対面から、父さんの楽しそうに急かす声。

 長い黒髪を無造作に後ろで束ね、鍛錬時のいつもの軽装で、左半身を前に構え、肩を木刀で叩いている。

 隙だらけに見えるが、俺の動きを誘っているだけだ。


「分かってるよ。大人げないクソ親父」

「はっ、口だけは達者だなぁクソせがれ。手加減して欲しいならそう頼んだらどうだ? その達者な口でよう?」

「誰がっ!」


――頼むかっての。

 両手で正眼に握る木刀を振り上げて、頭から突っこむように駆け出す。

 林立する木々の間を縫い一足飛びに間合いを詰めて、父さんの首筋目掛けて袈裟斬りを仕掛けた。

 歯を見せてニヤけた父さんの面が、横に流れる。

 肩から放たれた父さんの木刀は、俺の木刀を迎え撃つ軌道を描き――


「――っ!?」


 激突すると思われたその刹那、二本の木刀は一切触れることなく、俺の木刀は誰もいない空を切り、父さんの木刀は、俺の眼前でぴたりと静止していた。

 木刀同士がぶつからずに――すり抜けたってのか?


「はい、もっかい」


 今日、何度目かのその言葉。

 先ほどと同じように木刀を引き、距離を取ってまた斜に構える父さんは、ずっと楽しそうに笑っている。


「クソ、なんだよいまの!? ズルしたろ!? 魔法でも使ったんじゃないの!?」

「魔法? んなもん俺が使えるかよ。武術だ、武術。全身を効率よく使っただけ」

「もうわけわかんねぇよ……腹減って限界なんだけど」


 腹減った。

 そう言うと始まるのが、いつものこの稽古だ。


「それになんで食事の前にいつも稽古なんだよ? 余計腹減るだろ」

「はぁ? その理由は前も話したろ? 同じこと何度も言わせんじゃねぇよクソせがれ……」

「あれ? そうだっけ?」


 聞いたような聞いてないような……。

 あんま興味なかったから覚えてないのかも。


「ったく……いいか、よく聞けよ。んでいい加減覚えろ。理由は二つだ。一つ目は、オマエがどんな体調のときでも、敵は待ってくれやしないから。病気だろうが怪我だろうが、構わず襲ってくるだろ? むしろ相手にとっちゃその方が好機だからなぁ、倒しやすいし。だから、空腹くらいでへこたれるような脆弱な精神は、鍛えとく必要があんだよ」

「はぁ……その敵ってのは? 具体的に言うと?」

「敵? 色々だよ」

「いろいろって何?」


 父さんのニヤけ面が、面倒くさそうな色に変わった。


「だから例えば――オマエがこれから先、立ち向かわなきゃならない人生の荒波とか?」

「ぜんぜん実感湧かねぇよ」


 まだ一二歳の子供に向かって何言ってんだ。


「まぁそのうち分かる。んで、二つ目の理由だが……」


 話、そらしやがった。


「運動後、役一時間位が蛋白質の吸収効率が良くてだな」

「え?」

「だから、身体作りには運動してから食うって順序が良いんだって」

「それだけ?」

「おう、それだけだぞ」

「……」

「んだよ、効率良いんだから良いじゃねぇか」

「…………はぁ」


 空腹と過労で倒れそうなのに、本当に効率良いのか?

 現在進行形でその形成したい筋肉が、逆にエネルギーへと分解され続けてる気がする。


「ほら、休憩終わりだ! さっさと掛かって来いや!」

「切り替え方が無理矢理なんだよなぁ……」


 まぁ愚痴ってても仕方ないので、木刀を握り直す。

 さっきと同じ手を喰うわけにはいかない。

 いや、むしろ同じ技を誘発させて、それを潰しにいってみるか?

 まずは小手調べに……。

 木刀を後ろに流すように構え直し、身体を前傾させ重力に引かれるまま、倒れる寸前に足裏と地面との反発力で飛び出す。


 枯れ葉踊る木々の合間。

 踏みしめる落ち葉の乾いた音と、その下の湿った土の感触。

 その両方を、下から弧月を描くこの木刀が舞い上げる。


「……目眩ましか」


 父さんの冷静な声。

 敢えてその場から動かずこちらの動きを待っているのは余裕の現れか。

 弧月を描いた木刀はそのまま上段の構えに。

 父さんの木刀もそれを迎え撃つ形で動き出す。

 目眩ましを挟んで、先ほどと同じ構図が出来上がった。

 土埃や枯れ葉の壁に、二本の木刀が差しこまれ、その軌道に添って裂かれていく。

 その二本が触れ合う寸前、一本の軌道が急速に変化する。


 無論、父さんの木刀だ。

 それは、刀身をその身体に引きつけるようにして衝突を避けたあと、俺の木刀の横をすれ違いながら頭を狙って直線的に伸びてきた。

 宙に漂う枯れ葉のお陰で良く見える。

 俺は前足の力を抜き、膝から崩れ落ちるように体勢を低くしながら面割をやり過ごし、同時に相手の脛を折る気持ちで水平に薙ぎ払う。

 吹き荒れる横殴りの剣風。


 開けた視界の中に、父さんの姿が無い――手応えも無かった。

 直後、背に衝撃。


「ぐぇ」


 押しつぶされた俺からは蛙みたいな声が。


「まぁまぁだな。今日はこんなもんにしとくか」


 勝ち誇った父さんの声は頭上から。

 いつの間に、俺の上に飛び乗ったんだよ……。


「なら、早くどいてくれ……」

「ははっ、悪い悪い……おら、立てよ」


 そう言って横にどけた父さんは、機嫌が良いからか知らないが珍しく手を差し出してくれる。


「……自分で立てるっつの」


 俺はその手を無視して立ち上がろうとするが――力が入らない。


「あれ? くそっ、このっ」


 手足を突っ張って身体を持ち上げようにも、筋肉が痙攣して思うように制御できず、上体を起こすのがやっとだった。


「だっはははははは、ぶあはははは!」

「うるせーな笑ってんじゃねぇ!」


 どうせまた「産まれたての子鹿か?」、とか言ってバカにするんだろ。


「くく、すまんすまん……限界まで身体を酷使した証拠だな。無理すんな、運んでやる」

「……え?」


――と思っていたら、何故か優しい声音で、自分の肩を俺の胸元に差し入れてきて、そのまま背負われてしまって。


「な、なんだよいきなり! 降ろせって」

「あぁ? 照れてんのか? そういや久しぶりだもんなぁ。こうして背負ってやるのは。まぁまぁ重くなってきたが、まだまだ鍛えが足りねぇな」


 そのまま有無を言わさず歩きだす父さん。


「……どう考えても栄養不足だと思うけどね。鍛えられ過ぎて食欲湧かねぇんだけど」

「食べるのも修行だぞ? 死ぬ気で食え」

「いや生きるために食いたいわ。死を覚悟しながら食事とか……不味くなるから食材と母さんに申しわけない」

「あ、母さん出すのはずりぃなぁ……ったく屁理屈ばっかこきやがって」

「父さんのは屁理屈どころか【適当】じゃねぇか」

「ん……?」

「……」


 一瞬の間、そして――


「ぷっ……だーはっはっはっは」

「く、あはははははは」


 破顔爆笑。

 どちらも図星か。

 適当な親父に、屁理屈で返すせがれ。


「ははは、あーまぁそうだな。違ぇねぇ。【適して当たってる】もんな」

「……【適しそうなのを当てて】んだろ。強引に」

「お? 上手いこと言うねぇ。オマエはあれだな、母さんに似て口達者だよなぁ」


 母さんに似て……か。

 確かに容姿も、よく母親譲りだとは言われるが。


「けどまぁ、負けず嫌いなとことか、土壇場で踏ん張るド根性みたいなもんは、しっかりと俺のを受け継いだようだな」

「理屈っぽい割に適当な性格もだよ」


 枯れ葉を踏む足音と、軽快な歩みで生じる風切り音が混じり合う。


「おう、それは家宝だからな。大事にしとけ」

「捨てれるモンなら真っ先に捨てたいわ」

「つれないねぇ……しかしよ、せがれ」

「ん?」

「世の中、楽して結果を得るとか、そんなことばかり模索してやがるがな……あれは、ダメだ」


 急に真面目なトーンで語りだす父さん。

 いつもの説教タイムか?


「そうなの? 技術の進歩とかで楽できるなら、それに越したことは無いんじゃない?」

「文明の発達を全て否定するわけじゃない。それは必要なことだ。でも、先に楽を手にしたら、後から苦が訪れる。それも事実だからな」

「先に楽を手にしたら、後から苦が?」

「想像し難いか? そうだなぁ……例えば、一ヶ月後に就職試験があるとして、残り一ヶ月を試験対策で勉強するのが苦、そんなもん無視して遊ぶのが楽、だとしよう」

「……遊んだら、試験に落ちる?」

「いんや、どちらにしても受かるって想定。楽をした場合は、時の運とか、不正とかで」

「ふ、不正……」


 カンニングとか、裏金とか、替え玉かな。

 って俺は何で、こんなに不正についてすらすらと出てくるんだ……。


「試験に通れば良い仕事に就けて、楽な生活が待っている。と思っていたが……」

「いたが?」

「先に楽をして遊んでた奴は、仕事内容についていけなくて、後から苦労して勉強するハメになる」

「ああ。まぁ当然か」

「逆に試験勉強を苦労して頑張ってた奴は、仕事の準備ができてるからバリバリ仕事をこなして、出世するのも早いんだよなぁ……」


 その声音にはどこか哀愁漂っていて、失敗した人の感想に聞こえるな……。


「なるほど。先に努力とかで苦労しておいた方が、大きな楽を掴めるって言いたいんだな?」

「違ぇよ」

「ん?」


 不意に俺の足を支える父さんの腕が一本外れて、その手で俺の頭を、ぐしゃぐしゃっと撫でた。

 いきなりのことで呆気に取られていると――


「ただ褒めたいだけさ……良く頑張ったな、ルフィアス」

「……えっ?」


 先ほどの稽古のことを言われたのだろうか。

 いままで、ほとんど褒められたことなんてなかったから、どう返していいのか分からなくて……言葉が出てこない。


「オマエは、デカい苦を選んだ。死んで楽にならずに、苦しい生を選んだ。それだけで、オマエは俺の誇りだよ」

「……おい、なんだよ、やめてくれ。何の話を……してんだよ?」


 なんか知らないが、目頭が熱くなる。

 なんで俺は、泣きそうなんだ……?


「その頑張れた自分を忘れるなよ。この先、何があっても、オマエなら乗り越えられるさ。怖くても、逃げずに立ち向かったオマエなら、もう大丈夫だな」


 らしくない言葉を吐く父さんに、何と言葉を返せば良いのか、俺には分からない。

 前を見ているようでどこか遠くを見るような父さんは、続ける。


「でもまぁ、しんどくなったら周りを頼れ。一人じゃできないことの方が多いからな。んで、少しずつで良いから周りを助けられるような、余裕のあるデカい奴になれ――それが大人ってもんだからな。ただ図体だけデカくなったって、ダメなんだぜ?」

「……なんだよ、今日は随分と饒舌だな。口達者なのはそっちじゃねぇの?」


 ようやく絞り出した俺の声は――


「だはは! 茶化すな――んで、大体俺の言いたいことは伝わったか?」

「……ああ」


 何故か少し、かすれていて――


「よし、んじゃ降りろ。着いたぜ」

「……ん」


 父さんの広い背中から降りると、休んだお陰で立てるようになっていた。

 いつの間にか林を抜けていて、キャンプを張った川辺の広場に着いている。


「遅かったわねぇ。もう焼けてるよー?」


 平らな砂利の上に、焚き火を囲んで置かれた三つの椅子。

 その椅子の一つに座した、年齢不詳の女性――長い金髪を横で一纏めにして、深い青の大きな瞳を嬉しそうに細めた母さんは、楽しそうにこっちに向かい手を振っていて。

 身内贔屓を外しても綺麗に見える母さんだが、その幼い仕草からよく俺の【姉】に間違われるのは如何なものか……。


「おう! 悪い悪い! つい熱が入っちまってなぁ」


 それに満面の笑みで応える父さんと、仏頂面の俺。

 両親の精神年齢が、幼すぎる気がしてならない。


「あらあら、君はま~た酷く汚れちゃって」


 俺の姿を見て、母さんはすぐさま立ち上がる。

 野外には不向きだろうに町娘の普段着みたいな丈の長いスカート履いてぱたぱたと駆け寄ってきて、俺の服に付いた汚れをその白い両手で払い落とす。


「ほら、ちゃんと葉っぱ落として……うん、これでよし」

「……」

「ん? どうしたのかなぁ? ……あ」

「ぶっ」


 何を思いついたのか、いきなりバチンっと、母が俺の顔を両手でビンタ気味に挟むから変な声が出た。

 そのままじーっと至近距離で穴が空きそうなくらいに顔を見つめてくる。

 な、なんだ?

 今度は顔の汚れか?

 とか思案していると、むにぃ……ってほっぺた引っ張られて。


「いてて……なにすんだよ! 離せー!」

「にひひひ、スマイル♪ スマイル♪」


 目の前で、ぱぁっと花が咲くように、笑った。

 行動が読めん……意味が分からな過ぎる。

 頬を解放すべく母さんの両腕を払うと、代わりにぎゅっと抱きしめられて。


「おかえり、ルフィアス」


 その柔らかな匂いと抱擁に、一瞬で反抗期特有の毒気を根こそぎ引っこ抜かれてしまう。

 やば……安心感に負けて、眠気が……。


「さぁ、食べよっか」

「……うん」


 そのまま従順な息子と化した俺は母さんに手を引かれるまま、父さんの待つ円卓へと導かれる。

 背もたれつきの椅子に腰かけて、用意されて時間が経っているはずなのに温かそうな料理――山の幸がふんだんに使われ彩られた卓上を目の当たりにすると、空腹感が大挙して襲ってきた。


「はい、どうぞ、召し上がれー♪」

「いただきます!」

「……いただきます」


 川のせせらぎと鈴虫の合唱を聴きながら、夕日に染められた食卓を囲む。

 父さんは相変わらず得意そうに適当なことを喋っていて、母さんはいつも通り何がそんなに楽しいのか疑問なくらいによく笑う。

 俺もいつの間にか、釣られて笑っていて。

 頑張って身体を動かした後の食事は、本当に美味しい。

……焦って食べて、喉を詰まらせてむせ返る。


 俺にとってはこれが当たり前の光景だった。

 何だかんだ言いながら、ここに、この家族の中に俺の居場所がある。

 こんな日々がずっと続くと、そう思っていたんだけど……。


「さてと……」


 食事を終えて一息ついていた父さんが、そう切り出す。


「そろそろ、時間だな」

「……時間? 何の?」


 辺りはまだ、夕日に照らされて明るい。

 寝る時間には早いし、何の話だろうか?

……いや、本当は、薄々気づいてる。


「俺と母さんは、そろそろ行かなきゃならない」


 そう言い残して、立ち上がる父さん。

 片づけをしていた母さんが、背を向けたままぴたりと止まった。


「行くって、どこに? 今日はここに張ったテントで寝るんだろ? ……え?」


 そう思って母さんの方に目を向ける。

 さっきまで張られていたはずのテントが――無い。

 目線を戻してみれば、いましがた使っていた円卓も椅子も、挙句には周りを囲んでいた木々まで消えていて。

 残っているのは、見渡す限り続く平野と、一筋の大きな川だけ。


「ルフィアス」


 混乱してキョロキョロと視線を彷徨わせる俺を、父さんの声が引き戻した。


「これ、オマエにやるよ」


 そう言って俺の左手に握らせたのは、【真っ白な直刀】――いつも父さんが肌身離さず持っていた、愛刀だった。


「ごめんな。ずっと、厳しいばっかの親父でよ。ろくに、構ってやれなかったな」


 穏やかな笑顔で、でも目を逸らさずに。

 父さんが珍しく、その胸の内を俺に語っている。


「なに、言ってんだよ。必要なことなんだろ? 弱いままじゃ生きていけないから。だから鍛えるって」

「いやまぁそうなんだけどよ……もうちょっと別のことでも遊んでやれれば良かったかな……ってな」


 そう言いながら人さし指で頬を掻いて、照れくさそうに下を向いて笑う。


「それこそ、なに言ってんだよ。そりゃあ辛いこともあったけど、父さんとやることはなんだって楽しかったよ!」

「そうか? そう言って貰えると嬉しいね。俺も、オマエと過ごした時間は楽しかったぜ。ありがとな、ルフィアス」

「な、んで……」


 そんな風に、終わりみたいに言うんだよ。

 そう言いたいのに、もう声にならない。


「……ルフィアス」


 横から聞こえた母さんの声。

 振り向けば、また抱きしめられて。


「泣かないでよ。母さんも泣いちゃうでしょ」


 そう言われて、初めて自分が涙を流していることに気がつく。


「強く、生きてね。母さんたちは、もう行かなきゃならないけれど、でも、それでもずっと……心は君の傍にいるから……!」


 涙声で……母さんだって泣いてるじゃないか。

 そう言いたいけれど、もう言葉を紡げないほどに嗚咽が止まらない俺は、ただ、母さんの腕の中で頷くだけ。

 それを確認した母さんは、すっと抱擁を解いて、涙で濡れたままでも精一杯の笑顔を見せてくれて……。


「沢山の笑顔をありがとう。元気でね、愛しているわ……ルフィアス」


 なに、言ってんだよ……いつも笑顔をくれたのは、母さんの方じゃないか。

 泣きながら歯を食いしばって言葉に出来ない俺に、この頬に、口づけをしてくれた。

 それが最後の触れ合い。

 すっ――と離れていく、母さんの手。


 父さんの傍らに寄り添って二人は手を繋ぎ、少しずつ俺から……遠ざかる。

 後ろに滑るように、こちらを見つめたまま。

 見れば二人の足元には、いつの間にか小さな舟があって。


「……ま、ってよ」


 泣きながら、ようやく絞り出した小さな声。

 追いすがるように川の中へ入ろうとするが、足が重くて中々前に進まない。

 もたもたしてる間に、舟はどんどん遠くへ父さんと母さんを連れて行く。

 もう、お別れ?

 もう、会えないの?


「……待ってよ!!」


 わかってる、分かってるよ。

 これが、夢だってことくらい。

 でも夢なら、せめて夢の中でくらい、悲しい想いなんてしたくないだろ?


 もう、声を届かせるにはギリギリの距離だ。

 言いたいこと、まだ有るだろ。

 泣いてばっかいないで、腹から声をだせ……俺!


「父さんっ! 母さんっ!」


 俺は、あんまり言うことも聞かなかったし、悪いこともかなりやった。

 正直たくさん迷惑かけたし、あんまり良い息子じゃなかったと思う。

 なのに、ただ俺を庇うために、その身を投げ出してまで助けてくれて……。

 楽しいことも悲しいことも、色々あったけど……それも全部、二人が俺を産んでくれたから……この世界に出してくれたから。

 二人は【ありがとう】なんて最後に言ってくれたけど、礼を言わなきゃならないのは、俺の方だ。


「いままで育ててくれて、――ありがとうございましたッ!!」


 全てをこめて、そう叫んだ。

 その瞬間、父さんは笑いながら、泣いた。

 その顔が面白くて、俺も泣きながらだけど、やっと笑えて。

 父さんが突き出した拳に、俺も拳を突き出して返す。

 母さんが振る手に、手を振り返して、それが見えなく、なるまで……振り、続けて……。


「父さん……母さん……どうか、安らかに」


 最後に呟いた想いは、涙と共に、虚空に落ちて……消えていく――



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