△Ⅴ
少し滞在するだけだと思っていた。
どうせ、すぐに送り返されるのだろうと。
けれど……もっと深く考えるべきだったわね。
隣国の騎士が、国境を越えて来ていた理由を。
「【ディエンスリュード】が、消えたッ!?」
思わず、声を荒げてしまう。
いましがた聞いた内容が、あまりにも衝撃的過ぎて。
一国が……仮にも母国が消えたのだ。
あまり思い入れなど無かったけれど、それでも、本当に帰る場所も何もかも無くなったのかと思うと……。
「ええ。信じ難いでしょうが、事実です」
対面に座る白と蒼の礼装に身を包んだ若い女性騎士は、神妙な顔でそう話す。
これは本当に……事実なのでしょう。
わざわざ、そんな冗談を言う必要など無いもの。
力が抜けて、長椅子に深くもたれ掛かると、室内の様子が良く見えた。
洋館の一室みたいな正方形の部屋。
大理石の天井と床の絨毯には、鏡合わせのように青地に白い紋様があしらわれている。
壁面は白……この国のイメージカラーなのかしら。
私の背後では、ベランダへ続く大窓から昼下がりの陽光が射しこんでいる。
部屋の中央には、私と騎士――ウェーブのかかった長い金髪に、細い顔立ちの女性が向かい合って座るテーブルセット。
古めかしい木製のテーブルを囲むように、椅子が周りに置かれていて。
私から見て正面――騎士の後ろには唯一の出入り口があり、右手には天蓋付きの大きなベッド、左手にはクローゼット等のアンティークな調度品の数々。
誰のための部屋かは知らないけれど、森が崩壊したあの日から、とにかく私は一人でここに通された。
ルフィアスとセレスティアの二人とはあれから二日間、会っていない。
それぞれ検査や治療が必要とのこと。
知り合ってから一緒に居たのはたった数日の間だったけれど、密度の濃い時間を共に過ごした二人と急に引き離されて、何とも言い難い寂しさを感じている。
そんな中、告げられた酷な現実に、ちょっと理解が追いつかない。
……いいえ、理解はしているの。
でも、すぐに受け止められるほど、私の心が強くないだけ。
「あなた方を含め、生存者の多くは我々、セフィラ王国が救助しました。これが……その生存者リストと、所在地になります。ご確認頂き、連絡を取りたい方が居られましたら私にお知らせ下さい」
「え、ええ……」
騎士はテーブル上に手をかざして何かしらのデータを送信し、私の手元の方でそれが展開された。
リストアップされた名前と現在地、そして顔写真――それらが私に見えやすい角度で空中に表示されていく。
「使い方は分かりますか?」
「ええと……携帯情報管理機と似たような物かしら?」
「そうですね。違う点と言えば、この部屋の中であれば、どこでも空間上に呼び出せる点、でしょうか」
「へぇ……それは、どうやればいいんですか?」
「こうして、縦、横の順で手を振って下さい」
言葉通り騎士が空中に手を走らせると、そこに立体仮想操作板が出現した。
「この動きを感知して、コンソールが出てきます。逆順で振れば消えます」
「凄い技術ね……。分かりました。ありがとう」
「……それと、貴女の今後の身の振り方ですが」
「私の……?」
「はい。こちらから提示できる内容をそのデータに付属させています。よくお読み頂き、ご検討下さい」
該当の項目がポップアップにより明示された。
ざっと目を通すと、セフィラ王国で定住を目指す方法や他の諸国への亡命等、確かにいくつかの選択肢があるらしい。
「……分かりました。よく考えておきます」
「何かご不明な点など御座いましたら、いつでもお聞き下さい。それでは、私はこれで」
「あ、あの」
「……はい?」
席を立ち、去ろうとする騎士を思わず呼び止めた。
でも、言葉がまとまらない。
何を……私は何を、聞きたいのか?
「どう、されました?」
騎士は、呼び止めておいて言葉の出てこない私を怪訝そうに見る。
その視線が、より一層私を焦らせるが……脳裏をよぎった二人の顔に、少し冷静さを取り戻す。
「あ、えと……二人は……私と一緒だった、あの二人は、いまどうしてますか?」
ようやく絞り出したその問に、「ああ」と騎士は合点がいった様子で答えてくれて。
「それなら、貴女と同じように別室にて待機してもらっていますよ。お会いしたいですか?」
会いたい?
会いたいのだろうか、私は。
いや、会っても良いのかな?
彼らが私に会う意味なんて、無いんじゃ……。
これが、この想いが……私の胸に渦巻く迷いの原因か。
どうにかして、この想いを変えたい。
「……はい。できるなら、お願いします」
だから私は、そう答えた。
一歩でも前に進みたいから。
「分かりました。話を通しておきますので、少々お待ち下さい……では、これで」
「ええ、ありがとう」
最期に柔和な笑みを浮かべて、騎士は立ち去った。
……二人に、会える。
それを思うだけで、少し胸が高鳴る自分に気づく。
孤独には慣れっこだと思っていたのに、案外脆いんだな、私って……。
思えば、物心ついた頃から孤独だった。
周りに人は居たけれど、血の繋がった母親は居たけれど……だからと言って無償の愛が貰えるとは限らない。
むしろ【要らない子】として、愛とは真逆の憎しみだとか、無関心ばかりを与えられてきたのだから。
……無関心は与えるとは言わないか。
何も与えない――私が居てもその存在を見ないようにして無視するとか、そういう類。
ひたすら、苦痛だった。
何のために生きているのか分からなかったし、実質いまでも分かっていない。
だから「これからどうしたいの?」とか、「身の振り方を考えて」などと言われても、自分の希望とやらが見当たらない以上、選択することなんて不可能なのに。
私は自分の存在が、この世界に必要だとは思えていないのだから。
どうしたら良いのか、どうしたいのか。
自分一人で見つけられないから、もしかしたら、彼らに頼りたいのかも知れない。
私の命を救ってくれた二人……彼らが私を必要としてくれるなら、もう少し生きてても良いのかなって、そんな風に思える気がするの。
コンコンと、木製の扉が叩かれる音。
続いてドカドカと、扉を殴るような音もし始めて。
「アル姉! 来たわよー!」
「……オマエ、元気過ぎ」
待ち望んでいた来客だ。
丁重にノックをしたルフィアスを押しのけて、セレスティアが扉を蹴破らんばかりに叩いたのだろうか?
そんな姿が、目に浮かぶ。
「くすっ……はい、どうぞ」
思わず笑顔になってしまう。
扉を開けると、おおよそ予想通りの形で二人は立っていた。
前方に身をせり出すようにしているセレスティアと、それに押されて仰け反っているルフィアス。
その後方には、案内してきたらしいメイド型アンドロイドの姿。
一礼して、去っていった。
「おっじゃまっしまーすっ! って、あー! ちょっと!! なんでこの部屋だけこんなに広くて綺麗なのよ! 窓も大き過ぎ!」
扉の影に退いた私の脇を、元気に通り過ぎるセレスティア。
「……本当に邪魔だったら、すぐに追い出すと良い」
ボソッと面白いことを言いながら通るルフィアス。
「ふふっ……賑やかで良いじゃない」
「そうか。寛容だな」
部屋の中で探検し始める少女を横目に、年齢不相応なくらいに落ち着いた少年は真っ直ぐと長椅子へ向かい、座る。
その様子に、何か違和感を覚えた。
動作自体に違和感は無い。
服装も支給品により一新され、綺麗になっている。
けれど……。
「あれ? ルフィアス?」
「ん? 何?」
対面に回りこんでその顔を見ると、違和感の正体に気付いた。
彼はずっと、目を閉じている。
部屋の扉を開けた時、歩いて長椅子に向かう間、座っているいまも、ずっと。
「目……見えないの?」
「ああ、軽く失明しちゃってね。大丈夫だよ、治るらしいから」
「え、そうなんだ。でも見えてるみたいに歩いていたけれど……」
「うん。【視覚補助器】だかを着けてもらったから。ほら……これ」
そう言って彼が指差した先は、瞼。
閉じられた瞼に、何かシールのような物が貼られている。
白く透明で光沢があり、近くで見れば分かるけれど、少し距離を開けると見えなくなるような小ささ。
「この表面で感知した光子情報を、視神経、もしくは脳に直接送信してくれるみたい」
「……へぇ、凄いわね。セフィラの科学力なら、そんなことまで出来るんだ」
「うん。ディエンスリュードにはこんな技術無かったよね」
魔導に特化したディエンスリュードと、科学に特化したセフィラ。
相反する両者は隣同士だと言うのに、これまであまり交流が無かった。
主義主張の違いから、互いの溝を埋めることが出来なかったのだろう。
「見え方はどうなの? 肉眼と遜色ない?」
その問いに、彼は静かに首を横に振る。
「いや、粗めのCGみたいに見えるよ。三次元というよりも、二次元みたいな感じだね」
「そっかそっか。それだと、かなり違和感あるでしょう?」
「うん。でもまぁ、周囲の状況分かるし、何より一人で歩けるから十分だよ」
「そうよね……無いと歩くのも困難よね」
失明した後の暗闇。
もしその状態で自分が放り出されたとしたら……。
「ちなみに、耳も【聴覚補助器】が付いててさ」
「えっ……耳まで!? どうして? あのとき……あいつらに何かされたの?」
視覚と聴覚を同時に奪われるなんて、一体どんな攻撃をされたのだろう?
「いや、これはどちらも自爆なんだ。俺が、俺自身の能力に耐え切れなかっただけ」
「自爆……? 能力って、あの、刀を出す力?」
いまでは見慣れたけれど、魔導に特化した国に居た身としても、これまで見たことも聞いたこともない能力だ。
事例が少なければ当然研究も進んでいないわけで、それがどんなリスクを持っているかなど、能力使用に際して知っておくべき情報も未知の部分が多いのではないか。
「違う。実はあのとき……」
「わぁーッ!? なにアレなにアレ!? ちょっと二人ともきてきて!!」
窓際から騒がしく呼ぶ声。
会話を中断された私とルフィアスはお互い顔を見合わせて苦笑した後、セレスティアがいる大窓の方へと連れ立って向かった。
「もぉー! 急ぎなさいよ! 速くしないと見えなくなる!」
歩いていたら急かされたので早歩きに変えて数mの距離を埋めていくと、次第に大窓から覗く景色も広がっていく。
空と雲の青と白、建築物の蒼と白。
ほとんど似たような色合いばかりだ。
ここは高層階だから、地上の様子はかなり視線を下にしなければ見えない。
なので、その存在は確かに目立っていた。
「アレよアレ! 凄いでしょう?」
「確かに凄いな。視神経に悪影響を及ぼしそうな色合いだ」
ルフィアスが揶揄したように、ここからやや下方に見えるその巨大な戦艦は目がチカチカしそうなほど全体が輝く金色で、陽光を反射すると更に煌めく仕様なのか角度に依って七色に変化して見える。
フォルムも戦艦にしては実用性に乏しい形状をしていて、ゴキブリの背部みたいな船首には素人目に見ても無駄な飾り羽のような装飾が随所に施されており、それが一々砲台だったりして、後方の機関部らしきところにはこれまた巨大な回転する輪っかが付いていたり。
「……芸術性は高いのかも知れないが、どこのドックに入れるのか疑問だな」
「そ、そうね」
ルフィアスは冷静にそう評するけど、こういうのは男の子の方が好きなのでは?
しかしあの船……何か嫌な感じがするわね。
「ん? ここに入ってくるみたいだぞ。行ってみよう!」
「ここに? って……ちょっと待て」
瞳を輝かせたセレスティアは朗らかに振り返り出発……というよりむしろ発進しようとして、襟首をルフィアスに掴まれた。
そのままバタ足だけが空を切る形に。
「はなせー! はーなーせー!」
「勝手に出歩くのは禁止されているだろう。廊下に出てもどうせ騎士に捕まるぞ」
「うぅぅぅ……」
現実を突きつけられて萎びたセレスティアは、そっと床に降ろされた。
……しかし、そうなのよね。
セキュリティ上の問題から、私たちは自分の部屋からの外出を禁止されている。
この二人も、アンドロイドに先導されてここまで来たのだ。
自分たちだけで出歩けば、迷惑を掛けるのは間違いない。
「……お兄ちゃんのケチ」
「「……え?」」
ハモった。
疑問符の調子もタイミングもぴったりと合ってしまったが、それも当然だろう。
だっていま、セレスティアは何と言った?
ボソッと喋ったが、この距離で聞き間違うはずもないし……。
「ふん……」
当人は床に座りこんだまま鼻を鳴らしてむくれているが。
「いや、オイ、ちょっと待て。いまなんて言った? 俺の聴覚補助器の故障か? セレスティアの口から、【お兄ちゃん】とか聞こえた気がするんだが」
「ん? そう言ったわ。それがどうしたの?」
「え? 俺がオカシイの? ……いやそうじゃないだろ。いつから俺はオマエの兄になったよ?」
ルフィアスの問は、至極当然の疑問よね。
しかしこの衝撃に、ルフィアスはよく冷静に言葉を返せるなぁ。
私なんかまだ思考停止気味なんだけれど。
周りの理解を置き去りにセレスティアは立ち上がり、腰に手をあててふんぞり返った。
「あんたは母さまからわたしを預かったのでしょう!? なら養う【せきにん】があるじゃない!!」
びしっ!!
と、ルフィアスを指差してそう言い放った。
一切の、迷いなく……。
「だから、これからはわたしのお兄ちゃんになってもらうわ! ……いや、兄上? 兄さま? うーん……まぁとにかく、ここのキシにもそう言っておいたから!」
「……はぁ!? いやオマ…………ってもう手回し済みかよ……」
反論しようとしていたルフィアスは、最後の一言を聞いてがっくりと項垂れてしまって。
私に至っては開いた口が塞がらないのだけど、どうしてくれるの。
え? あんなに嫌っていたのに?
どんな切っ掛けでどういう心境の変化があったのだろう?
気になって、思わずその心に触れてみた。
……どうやら、本当は仲良くしたかったけれど、その切っ掛けが掴めずに居たらしい。
あれこれ迷っている内にここに着いてしまって、これ以降は離れ離れになってしまうのではと焦って、出した結論が、コレか。
「養うたって、俺だってまだ仕事も無いガキなんだが」
「じゃあ仕事を探せばいいわ。体力ありそうだから、土方か農家ね!」
「……いまどき無いんだよなぁ、そういう肉体労働」
「無いの!? どうしてよ!」
「いやだって、さっきも目の当たりにしたろ? こういう科学技術の優れた国になると、大抵の肉体労働はアンドロイドが取って代わってるんだよ」
さっきと言うのは……この部屋まで、二人を案内してきたメイド型アンドロイドか。
確かに食事準備とかアンドロイドが部屋まで来てしてくれるし、ここに来てから人と会う時間が少ないように感じるわね。
「むぅ。じゃあどうするのよ」
「それはさっき資料を渡されなかったか? 今後どうするか、プランを選べってやつ」
「しりょう?」
「……あ、これのこと?」
ルフィアスの言葉に思い当たる節があったので、まずはコンソールを開いてみる。
確か、縦、横に空間を切れば良いんだったわね。
先ほど教えられた通りに手を動かすと、しっかりとその動きが感知され、目の前の空間に薄青色のコンソールが展開された。
そこから貰ったばかりの資料を展開する。
「ああ、そうそれ。書いてあることを大まかに言えば、選択肢は二つだよね。この国で生きるか、他国に紹介してもらうか」
「へえぇ~そうなんだ。で、兄さまはどうするの?」
「兄さまになったのか……えーとだな、俺はこの国の世話になることにした」
「じゃあわたしも! アル姉は?」
「私は、そうね……私も、そうしようかな」
「そうか。じゃあ三人仲良く、まずは適正試験だな」
「「てきせいしけん?」」
今度は私とセレスティアの声がハモった。
ナニソレ美味しいの?
みたいな顔と声のニュアンスもお揃いだ。
「……ああ、そこに書いてあるんだが、俺たち個人の資質が、それぞれどの職業に向いているかを測る試験らしい。この国で生活するんなら、受けなければならない」
「ふうん。職業の適正か……そんなの分かるんだね」
「面白そうね! 受けて立とうじゃない!」
「その結果次第で、俺たちの今後が決まるってことだな」
私の今後に関わる試験、か。
ちょっと不安だなぁ。
私が向いている職業なんて、あるのかしら?
向いている職業があったとしても能力は勿論足りてないだろうから、色々と勉強しなきゃならないだろうな。
「どうするかの返答はそのコンソールから出来る。意志が固まったのなら、返答しておくといい」
「あ、ホントだ。触れると選べるようになってるわね」
「むむ。どうやればいいの? 兄さま」
「ああ……まずはコンソールの出し方からか」
両腕をぶんぶんと振り回すセレスティアに、ルフィアスが遠い目をしながら近づいていく。
その心境としては、【この子に物を教えることが、果たして自分に出来るだろうか?】という底知れぬ不安が渦巻いているようだ。
きっと大丈夫……でしょう?
セレスティアは理解力が無いわけじゃない。
多分、その時々で興味が無い事柄に関しては聞いていないだけ。
だから、上手く興味を誘導できたいまなら話を聞いてくれる……はず。
そう結論付けて、私は私で自分のことを進めることにした。
いくつか提示されている選択肢の一番上。
【セフィラ王国での永住】という項目に触れて、新たに展開されたその説明を読む。
――セフィラ王国での永住――
セフィラ王国の永住権取得を目指される場合、まずは適正試験を受けて頂くことになります。
適正試験の結果により【適正有り】と判定された範囲内で、ご自由に進路をお選び下さい。
――これに決定・キャンセル――
「……ずいぶんと簡素な説明ね」
二行、たった二行である。
これでは説明する気があるのか非常に疑問だ。
試験内容とか、永住権取得のための細かな条件とか、もっと色々書いててくれても良いような気がするのに。
「だね。まぁ落ちたら他の国に行けば良いんだし、そんなに気負う必要はないだろ?」
ルフィアスは達観というか、楽観しているのかな。
受かろうが落ちようが、どっちでもいいみたいにも聞こえる。
「え、なんでそんなに余裕な感じの? 不安じゃないの? これからのこととか」
「なるようになるさ。というか、ジタバタしたって変えられないこともあるだろ? なるようにしかならないときもある」
「それは、そうだけど……」
「なら余計な心配してないで、いまやるべきことに全力を尽くせばいい」
しっかりとこちらを見据えて語るルフィアスは、本気でそう思っているんだろうな。
心にも、揺らぎというか、動揺、ブレみたいなモノは無い。
むしろ、自信に満ちた笑みさえ浮かべているくらいで。
自信……自分の能力を信じられるなら、それは確かに余裕で居られるのかも知れないけれど、私は……。
「大丈夫だ。そんなに心配するなって」
色々と暗い方向に考え始めていたら、背中を軽く叩かれた。
ルフィアスは、私が暗い顔をしていたことを見逃さなかったのだろう。
「一人で生きていけそうもなかったら、お互い助け合えばいいだろ? 俺がダメな部分は、宜しく頼むぜ」
朗らかな笑顔で言葉を紡ぐルフィアスは、それだけでいとも簡単に、私の不安を全て吹き飛ばしてしまう。
どうやら誤解していたらしい。
ルフィアスはただ一人の、自分の能力だけに自信を持っているのではなかったのだ。
皆で力を合わせれば、それぞれの力でお互いを助け合えば、どうにでもなる。
そう、確信しているのだろう。
そうやって、私たちも含めて信じてくれていたのね。
……真剣な顔をして、コンソールで遊ぶセレスティアも含めて。
「その通りね。ありがとう。お蔭で少し元気が出たわ」
「それは何より。腹が決まったなら、早めに選ぶと良い。試験の日時とか色々案内が来るから」
「うん、じゃあ……選ぶね」
説明文の下方、【これに決定】という文字列に指先で触れると、文字列が淡く発光し、軽やかな効果音が鳴り、選択の意志が反映される。
その後、私宛のメッセージボックスに意志決定の確認通知と、今後の予定についての情報が間髪をいれず送られてきた。
「明後日か。じゃあ皆同じだね」
横から覗きこんできていたルフィアスが、そう呟く。
明後日……か。
日時以外に、他に書いてあることは無い。
何をするのか、選んだ後ですら何も情報を貰えないのね。
「ううぅ……やっぱり不安だわ。何か嫌な感じがする……」
「そうなの? 職業適正を測るって言うんだから、そんなに気構えなくても良いんじゃない? 皆それぞれ何かしらの適正はあるだろうし、ただそれを振り分けるだけでしょ?」
「そう、だと良いわね……」
なんだろう、何故か嫌な予感が拭えない。
ルフィアスの言うことは最もだし、頭では理解できるのだけど。
私の中の何か別の部分が、何度も不安をぶり返してくるのだ。
こういうときは、いままであまり良くないことが起きていた気がする……。
この予感が、外れてくれたら良いのだけど。
ルフィアスとセレスティアはその後数時間、私の部屋に滞在し、アンドロイドが用意してくれた夕食を共に食べてからそれぞれの部屋に帰っていった。
私の心中を表すかのように日は落ちていき、やがて暗い夜が訪れる。
一人になると、また不安が色濃く顔を出す。
照明を消して月明かりに蒼く照らされた室内は、酷く冷たい印象を受けた。
うぅ……怖い。
人里にいるはずなのに、どうしてだろう?
何故あのときより……ルフィアスとセレスティアと、三人で野外生活していたときよりも孤独を感じるの?
今夜は、眠れないかもなぁ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます