第10話 想い人
(あ、来てる)
携帯を見ると、そこに着信が入っていることに気づいて、夏枝はとびあがらんばかりによろこんだが、それが鹿島からのものであることに気づいて舌打ちした。
(なによ、ぬかよろこびさせて!)
見当はずれで身勝手な怒りがわいてくる。
『大丈夫か? ちゃんと仕事しているか?』
「もう、うざいな」
言いながらも返信メールを打った。
『問題なし。OK』
簡素、明確きわまりない。ちなみに鹿島の着信名は《ゴリラ》にしてある。
「あーあ、なんか疲れたなぁ」
使用人用のバスルームがあるので、そこへ行くことにした。
はやくお風呂をすませて寝てしまおう。むかしは考えられなかったが、院で早寝早起きの習慣がしみついてしまったようだ。待っている相手からの着信もない。
(たっくん、もうあたしのこと忘れちゃったのかな)
たっくん――
会わない方がいいのだと教官も保護司も言うかもしれないけれど、絶望しかなかった中学時代、ゆいいつの救いが、希望が、彼だった。すでに中学生で特攻服で夜の道路を暴走しておたけびをあげる、大人たちが不良少年と切ってすててしまうタイプの子だが、それでも学校からも家庭からも落ちこぼれてしまった夏枝にやさしくしてくれた、たいせつな人だった。
夏枝が犯罪にかかわったのも、すべては達也を助けたかったからだ。
(なんで、連絡くれないのよ。みんな、たっくんのためにしたことなのに。たっくんのために、あたしネンショーまで行ったんだよぉ。なんで、あたしのこと嫌いになるのよ?)
慣れない仕事の疲れ、自分とはまるで環境のちがう秋奈、彼女と親しくしゃべっていた西明寺、須賀のつめたい目、鹿島のげんこつ。さまざまなものが頭のなかでうずまいて、夏枝の神経を押しつぶすが、一番こたえたのは、なにも言ってくれない、つたえてくれない達也の、無反応さだ。伊塚邸の住所も――本当はいけないのだが、知らせたというのに。
(声が聞きたいのに。一行のメールでもいいから、送ってほしいのに)
しょんぼり肩を落として長い廊下をあるいていると、窓のむこうには初夏の夜空が美しくひろがっている。
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