第4話 仮面

 夏枝にあたえられた部屋は北側のうすぐらい六畳の和室だったが、ひとりでつかっていいと言われたので大満足だった。小さな箪笥と黒ぬりの文机が窓ぎわにある古風な部屋だが、掃除はきちんとしていたらしく老舗旅館の和室のように清潔で、今までに住んでいたところとくらべても断然ましだ。

 着替えをつめこんだボストンバッグを乱暴にあけて、さっそく携帯をとりだした。スマホは持っていない。

 それでも荷物をきちんとすみに置いて、見た目にきれいに見えるように整理したのは、院でのきびしい躾のたまものだろう。

着信がないのにすこしがっかりしたが、気をとりなおしてメールを打つ。送信先名は〈たっくん〉。

『今あたらしい仕事場についたよ』

 それだけだとそっけない気がした。

『今日からさっそくがんばるね』

 相手は、以前つきあっていた恋人――といっていいのかどうかわからないが、好きだった少年だ。

 ともに窃盗事件にかかわって、彼もまた少年院へおくられることになってしまい、それからは連絡をとっていない。親も教官も保護司も、院から出た子たちがもとの不良仲間とつきあうことをいやがるし、院で仲良くなった子とも出院後は交際することはなるべくいさめる。住所や連絡先を院生同士が教えあうことは「不正通信」としてかたく禁じられており、違反すればきびしく罰せられる。悪事をはたらいた者同士がつどうと、結局再犯にはしってもとの木阿弥になることを恐れるからだ。

(だからって、じゃ、あたしは誰と仲良くすればいいわけ? いままでの友だち全部うしなったら、本音でしゃべれる子なんていないじゃないのよ)

 秋奈は論外として、仮にこれから同じ年頃の子とつきあうようになっても、自分の過去に関してはとうてい口にすることはできず、いつも仮面をかぶって嘘をついていないといけなくなる。

 それもつぐないや反省だと思え、と鹿島なら言うかもしれないが、それはいつまでたっても仮面をかぶって本当の自分をかくしつづけて生きろというのと同じことではないか。だれとも本音で語りあえない。思い出話もできない。

(そんなのって……さびしいよね)

 もの思いにふけってしまっていると、いきなり壁の室内電話が鳴った。

「は、はい」

 あわてて出ると須賀の事務的な声がひびいてきた。

「主治医の西明寺先生がいらしてます。あなたも来てご挨拶しなさい」

 一方的な命令で電話は切れた。

「冗談じゃないよ」

 ため息がでた。

 仕事は一応夜の八時までときまっているはずなのに、個人的な時間までこんなふうに呼び出されていいように使われるのだろうか。夏枝は忌々しげにつぶやいたものの、部屋で暗く落ちこんでいるよりかはましだと自分をなだめながら部屋を出た。

 

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