第23話 探索

 瞬間、西明寺の知的な目に今まで見たことのない翳りがよぎり、夏枝は思わず身じろいだ。

「そ、それって」

 どういう意味ですか、と言葉をつづけるよりも先に西明寺が説明した。

「悪くとらないでくれ。君のことは最初から伊塚氏から聞いていたんだ。偏見はないつもりだけれど、殺人事件が起こった屋敷に前科のある君がいたら、やっぱり警察はまず君を疑うかもしれない」

 実際には未成年の犯罪は前科とはならないのだが、この場合は意味がないだろう。

「そんな! だって、あたしがやってないってことは先生が一番良く知っているじゃないですか?」

「世間というのはいやなものでね。とくに警察なんて人をうたがうことが仕事じゃないか。君は若くて可愛い。僕が君をかばったって、警察は僕が個人的な感情で偽証をしていると思うかもしれない」

 西明寺の目もとの翳りが濃くなる。

「かばうもなにも、あたしはやってないんだから、そんなのおかしいよ!」

 夏枝はこみあげてくる怒りを必死におさえて言いつのった。

「わかる、わかるよ。気持ちはよくわかる。でも、どうあれ保護観察がついているときに警察にかかわるのはまずいよ。君にとってけっしてプラスにはならない。とにかく秋奈ちゃんをさがして事情を聞こう。それから警察に連絡しよう。どっちみち今野くんは死んでいるんだから、あせっても結果は変わらないのだし」

 警察に連絡がおそくなることが、どれほど厄介な状況をまねくか西明寺は知らないのだろうか? まして西明寺は医者だ。彼の方がはるかに後々こまった立場になるではないか。

 夏枝はもどかしさに唇をかみ、同時に胸の底にふつふつわきあがる疑惑と不信をつよく自覚した。

 なにかおかしい。なにか、奇妙な違和感めいたものが強烈ににおってくる。けれど、夏枝はさからえない。西明寺の言うように前科持ちの夏枝がこの場にいれば、まず警察は夏枝をうたがうだろう。おまけに、西明寺の言い分を聞いていると、かすかにだが脅迫めいたものを感じる。警察に通報するなら、自分は君にとって都合の悪い言い方をするかもしれないよ……そんな口ぶりなのだ。そういった気配に関しては、暴走族とつるんでいたことで警察に追われ、はては事件を起こして捕らえられたりもした経験をもつ夏枝は、ひじょうに敏感だ。

「僕は庭をさがしてみるよ。君は屋敷内をさがしてみてくれ」

 不承不承うなずいて、夏枝は言われたとおりに廊下をすすんだ。

「お嬢さま、お嬢さま。いらっしゃいますか?」

 返事など聞こえてくるわけもなく、ひどくまぬけなことをしている気がする。つかっていない部屋も順番にあけてしらべてみた。

 広大な屋敷である。秋奈がふたりの目をのがれてかくれているのなら、さがしだすのは大変だ。未使用の部屋やクローゼットなど屋敷じゅうのあちこちにあり、夏枝がまだ一度もあけていない部屋もあるのだ。北のはしの部屋を探索しているうちに、南がわの階段をあがって二階へうつることも可能なのだし、これは厄介だ。

 つかわれていない客室用の部屋をあけてみると、かすかにかび臭い。臙脂えんじ色の古びたカーテンのはざまに見える庭は、夕日に染められ、じきうす闇にうずもれるだろう。廊下に和之の死体をそのままにして屋敷は夜につつまれてしまうのだ。夏枝は背がさむくなってきた。

(こんなことしていていいのかな) 

 亡くなった和之にたいする憐憫よりも不気味さをはげしく感じる。はやくあの死体をどうにかしてほしい。

「夏枝」

 ぼんやりと窓からくれなずんでいく空をながめていると、いきなり名を呼ばれて夏枝は死ぬほどおびえた。窓のそばに置かれてある大きな観葉植物の鉢の影から、なにかがとびだしてきた。

 

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