第27話 危機
「ど、どうして……こ」
「こんなことをするのか、って? 説明が途中だったけれど、開発された新薬には、ひとつ世間にオープンにできない問題があるんだ。それはね、製造上どうしても必要なものがあるんだが、その入手がむずかしい」
そこで一瞬、言葉がとぎれたが、次に発された言葉は夏枝をおどろかせた。
「必要なものというのはね、人間、それもなるべく若い女の子の皮膚細胞と内臓の一部、それにコラーゲンを必要とするんだ。そんなもの、そう簡単に道に落ちてるものじゃないだろう?」
本人はおもしろいことでも言ったつもりなのか、身体をゆらすようにして笑いだしたが、その笑い声が夏枝をいっそうすくませた。西明寺の神経はふつうではない。
「こんなことになってしまって悪いと思っているんだ。でも僕はなんとか彼女を助けてあげたいんだ。安心するといい。君は完全に死ぬわけじゃない。君の身体を使うことによって、君は彼女の一部となって生きることになるんだ」
冗談ではない。
夏枝の人生は夏枝のものだ。どうして他人の一部となって生きていかなければならないのだ? 夏枝はこんな状況だが、それでも目に怒りをこめて布ごしに西明寺をにらみつけてやった。むこうには見えなくとも怒気はつたわったらしい。
「怖いね」
「こ、こんなことして、ただですむわけ、ないわ」
気力をふりしぼって、まわらない舌をうごかしてなんとか言葉を発した。
「世間にはね、とつぜん消えてしまってもだれも気にとめない人間がいるのよ。あんたや緑や夕子みたいにね。緑や夕子っていうのは、あんたみたいに以前うちで住み込みで働いていたメイドよ。地方から上京してきたばかりで、やっぱりあんたみたいに売春と窃盗で逮捕歴があったの」
「あ、あたしは売春なんか、痛っ!」
思いっきり腹をけられた。
「うるさい。だまって聞きなさいよ。もともとそういう子を選んで雇っていたのよ。そういう子は後腐れがなくて楽だから。お金を盗んでいなくなったって言えば、親も保護司もあきらめてなにも言わなかったわ」
「ひどい……」
履歴書に貼られた少女たちや和之の顔が一枚ずつ目にうかんだ。たしかに皆問題があったのだろうし、和之以外は悪いことをしてきた子たちばかりなのだろうが、夏枝自身もそうであったように、それぞれ事情をかかえていたのかもしれない。
夏枝もそうだったが、彼女たちが履歴書を書くときの心境を思うと、悔し涙があふれた。人に言えない過去をかかえた子どもたちが、どう書けばいいものか、一枚の履歴者をうめるためについやした苦労を想像すると、わきあがる怒りに蹴られた痛みも忘れてさけんだ。
「あ、あんただって、おなじじゃない! あんたなんかもっと悪いことしたんじゃない!」
一瞬、相手はひるんだが、数秒たつと、けたたましげに笑い出した。
「あんた、馬鹿ねぇ」
「もういいじゃないか。はやく終わらせよう」
カチャリ、となにか器具がふれあう音がした。
「すぐすむからね」
「い、いや! こないでよ!」
「痛くはないから」
注射器だろうか、身にせまってくる西明寺と恐ろしげな器具に夏枝は今度こそおびえきって、涙が出そうになった。
「イヤー!」
必要もないがつよく閉じた目にかすかに達也がうかんだ。助けにきてほしい……。
無理か。達也は逃げたと西明寺が言っていた。自分はいつもこんな役割だ。王子さまも騎士にも縁がない人生だったのだ。
だが、銀色の針が夏枝の腕にふれる直前、あらあらしい音があたりにひびいた。
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