第8話 ストーカー

 

 台所にいくと須賀が椅子にすわって本を読みながら日本茶を飲んでいる。テーブルには秋奈たちのためのティーカップがすでにトレイにのせて準備してあった。

「お湯はわかしてありますよ。いれ方は昼間教えたとおりにね」

 目は本にむけたまま須賀がそっけなく言う。

「はい」

 湯気をたてている薬缶を取ろうとした瞬間、壁際の電話が鳴った。

 須賀よりも自分の方が近かったので、夏枝は白い受話器に手をのばした。電話の受け答えだけは前の職場でそれなりに勉強している。

「あ、お待ちなさい!」

 いきなり須賀が席をたつと電話にとびついてきた。夏枝はおどろいてひきさがった。

「はい。伊塚でございます。……いえ、おりません。お留守です」

 相手がなにかしゃべっているようだが、須賀の目は血がかよってないかのようにつめたく動かない。

「失礼いたします!」

 たたきつけるように受話器を置いた。

「若い男性からお嬢さまあてに電話があれば、お留守ですというのですよ」

 呆然としている夏枝をふりかえり、きびしい声で命じてきた。 

「は、はい」

 須賀は息を吐いた。

「まぁ、いずれわかることですから説明しておきましょう。さっきの電話は相模さがみさんという人で、お嬢さまに片想いして何度もおかしな電話をかけてくるのです」

 ストーカーというものだろう。秋奈の可憐な笑顔を思いだすと、夢中になって追いかけまわしてくる男の一人や二人いてもおかしくないかもしれない。

「あることないこと勝手に話をつくって、自分とお嬢さまは相思相愛で将来を約束しているのだと思いこんでいるんですよ。お嬢さまもご迷惑されてらっしゃいます。お心優しいお嬢さまは、自分を想ってくれる相手をつめたくつきはなすような真似ができないのです。いいですか、今度相模という人から電話があったら、すぐ切るように。わかりましたね」

「はい」

 須賀の剣幕におされて、夏枝はひたすらうなずいていた。


(こぼさないように……)

 夏枝は紅茶とコーヒーをのせたお盆を慎重にはこびながら廊下を歩いた。

 中央に赤いカーペットのしかれた廊下の壁紙は緑で統一されており、まるで赤と緑の迷路に足をふみいれた錯覚におそわれ、来たばかりの夏枝は心配になってきて足がおそくなる。こちらの廊下で良かっただろうか。まだこの広い館の内部がよくわからないのだ。

 それでも、ようやく見覚えのある廊下のあたりまですすんだ。そこの角をまがれば秋奈と西明寺のくつろぐ広間になるはずだ。

 突然、角のむこうから足音がひびいてきた。

「いや!」

 聞き慣れない声がひびいて、つぎに食器が落ちて割れる音が廊下にとどろいた。

「熱ぅ!」 

 かすかにだがコーヒーが夏枝の手にかかった。幸い火傷するほどの熱さではなかったが、おどろいてぶつかってきた相手にさけんでしまった。

「なにすんのよ!」

 相手はさらにおどろいて顔をあげた。その顔を見て夏枝の方がさらにびっくりしてしまった。

(うわぁ……)

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