第17話 天然理心流ガン=カタ術師範・山崎進

「いかんな……とっとと逃げるぞ!」


 奉行所の各所からは火柱が上がっていた。おそらく誰かが混乱に乗じて火を点けたのだろう。

 塀の向こうからは野次馬のガヤが聞こえるし、火消しが周囲の建物を破壊する音もそれに混じって聞こえてくる。


「アマ兄、逃げるあてはあるの?」

「それなら大丈夫よ。屋敷の裏手、北の方に助けを用意してあるって」

「北、北ってどっちだ? 俺は土地勘が無いぞ」

「あっちだよアマ兄! ついてきて」


 俺は先程捨てた刀の鞘を拾うと、腰に差して走り出す。

 流石に火が回っていることもあり、奉行所の者と会うこともなく、すいすいと進む。

 俺と常右衛門が戦っている間に逃げ出してしまったのだろう。

 逃げ遅れた馬鹿な奴に会いでもしない限り、このままサクサク逃げ出せそうだ。

 

「此処を曲がればすぐだよ!」

「分かった!」


 そう言われて曲がり角を曲がると、ばったりと逃げ遅れた侍に出くわした。


「――く、くせも――」

「静かにしてよ」


 不運な彼が叫ぶ前に、おまなのティルヴィングがその喉笛を掻き切る。

 返り血を浴びながら、彼女は俺に向けて笑みを見せる。


「一丁あがりだよ!」

「おまな、殺しすぎるな」

「えぇ? 顔見られたよー?」


 ……それもそうか。


「だがその理屈では牢獄に囚われていた他の囚人も斬らねばならなくなるぞ?」

「うっ……意地悪言わないでよアマ兄!」

「分かった。悪かったよ」

「あの人達、無事に逃げられたかな?」

「それはあいつらの運次第だ。俺達が逃げ切ってから考えよう」


 と、言い終わったその瞬間、急に背筋に寒気が走る。

 俺とおまなは、ほぼ同時に左右へ飛びのいた。

 次の瞬間、俺達が先程まで走っていたルートを背後から銃弾が貫く。


「敵か」

「敵だねっ! 斬る?」

「銃撃!? 嘘よ! 気配は無かったわ!」


 気配に鋭い妖精のレイちゃんが慌てている。

 どういうことだ?

 そういう探知をくぐり抜けるタイプのプレシャスか?


「レイ、もしかしたら身を隠すタイプのプレシャスかもしれない」

「分かったわダーリン。プレシャスの気配そのものに気を配ってみる!」

「その必要は無いぜ。殺人鬼相手に殺気は隠せねえからな」


 先程通った曲がり角の裏側から浅葱色の羽織を纏った男が現れる。

 羽織の胸と背中には誠の一文字。俺はこの男と会ったことがある。


「山崎さん!」

「元気そうじゃねえか、殺人鬼のお兄ちゃん」


 山崎進。新撰組の男、俺を捕らえた男だ。


「何をしに来たんですか?」


 俺は刀を構えて彼に集中する。

 只者じゃないことは分かっている。

 一瞬でも油断すればこちらが死ぬ。


「新撰組はプレシャスを用いた不逞浪士を取り締まる為の武装集団。そしてお兄ちゃんとお嬢ちゃんはプレシャスを用いて奉行所を襲撃した犯人。やることは一つだろ?」


 彼は二丁拳銃をこちらに向けて構える。

 ベレッタM93Rを改造したと思しき拳銃で、銃身の下に日本刀が装着されている。


「待て! 山崎さん! 俺が何もしてないってわかってるだろう!?」

「分かっているともさ。あんたは奉行所に火を点けてないし、天狗遣いの松平万作を殺した訳でもない。無実の罪で奉行所の地下牢に幽閉され、奪われたプレシャスを奪還して逃げ出そうとしている」

「そこまで分かっているなら……」

「だが、奉行所のど真ん中でプレシャス使って暴れたんだ。鳥居庸蔵と常右衛門を斬ったことも確認されている」

「もう!?」


 言ってから気づく。

 しらばっくれておけばよかったと。


「やっぱりか。あの地下牢から逃げ出した囚人が居てな。捕まえて少し聞いたら教えてくれたよ」


 山崎さんは長く溜息をつく。

 

「お兄ちゃんが悪いとは言わへんよ。だがお兄ちゃんの間が悪い」

「どの道、こうなった以上は俺を殺すつもりだったのでは?」

「せやな。ただなあ……不逞浪士共みたいに暗殺するのも無粋やろ」


 関西弁混じりの標準語で、山崎さんはそう答えた。

 そしてコホンと咳払いして、改めて両手の拳銃をこちらに向けて構え直す。


「天然理心流ガン=カタ術師範、山崎進。いざ尋常に勝負」

「根無し草、天ヶ瀬アマタ。その勝負、受けて立つ」


 どうやらやるしかなさそうだ。


「その勝負待っただよ! 僕も混ぜてもらわないとね!」


 俺の隣におまなが立つ。

 二対一は趣味じゃないが、此処で黙って殺される訳にもいかない。

 山崎進、怨みは無いが死んでもらうぞ。


     *


 先手を打ったのは山崎だった。

 二丁の拳銃で俺達の逃げ道を塞ぐように撃ちまくる。


「遅い!」


 おまなは小さな体で弾道を掻い潜り、俺は籠釣瓶村正ダインスレイブで自分に迫る弾丸を弾き飛ばす。

 結果、おまなが先に山崎に肉薄する。


「貰ったよ!」


 おまなが繰り出す包丁正宗ティルヴィングを、山崎は銃身に備え付けた日本刀で弾き飛ばす。

 山崎はそのまま反撃の為に至近距離で撃ちまくるが、弾丸より早く動いたおまなはその背後へと回り込む。

 その間に近づいた俺は、おまなと息を合わせて突きを繰り出す。

 前後からの挟撃だ。


「やるじゃねえかお二人さん!」


 山崎の両手の拳銃が火を噴く。

 弾丸と切っ先がぶつかり、俺達の突きは同時に弾き飛ばされる。

 切っ先にぶつかってそれた弾丸が俺の頬を切り裂いた。


「くっ!」


 山崎の銃口が俺の額に向けられる。

 引き金を引く速度と、刀を振るう速度。

 籠釣瓶村正ダインスレイブの必中の呪いを使い、次の弾丸を弾き飛ばす。

 その隙に山崎は跳躍、塀の上に登る。

 頭上から蜂の巣にするつもりか。


「だが、そうは問屋がおろさんぞ」


 山崎が塀に登るよりも早く、おまなが塀の上へと駆け上がっていた。

 俺も山崎に向けて籠釣瓶村正ダインスレイブを投げつける。


「アハハハハ! 山崎さんも結構すばしっこいんだね!」

「マジかよ!?」 


 山崎はバックステップで籠釣瓶村正ダインスレイブの投擲を回避しつつ、お愛に向けて銃弾を乱射する。

 狭い塀の上、おまなには銃弾を避けることが出来ないと思ったのだろう。

 

「甘いねえ!」


 その瞬間、お愛が飛んだ。

 それを見て山崎は笑う。

 

「甘いのはお嬢ちゃんだぜ!」


 彼が笑った理由は俺にも分かる。

 宙に浮かんだ相手を蜂の巣にするなど、さして難しいことではないとでも思ったのだろう。

 それこそ、俺には可笑しくて仕方なかった。


「へへっ、それはどうかなっ?」

「なッ――!?」


 おまなはそこからもう一段飛んだ。

 籠釣瓶村正ダインスレイブを踏み台にして。


「今だレイちゃん!」

「曲っがれー!」


 俺の指示で、レイちゃんが空中で籠釣瓶村正の軌道を変え、もう一度山崎の心臓めがけて飛翔させる。

 この前の森で天狗を叩き落とした時と同じだ。


「あかああああああああああああああん!?」


 空中で突如軌道を変えて襲い来る籠釣瓶村正ダインスレイブと、頭上から迫るおまな

 不意を突かれた山崎はこの攻撃に対応することができない――筈だった。


萬川集海タルンカッペェ!」


 叫び声と共に山崎の姿が消える。

 だが、空中から突然拳銃を握った腕が転がり落ちてくる。


「くそったれ! その腕と勝負は預けとくで! ほなさいなら!」


 腕を斬られた筈なのに、山崎の声には苦痛の色が伺えない。

 まるでゲームに負けて悔しがっているような物言いだった。

 そして、その台詞を最後に先程から俺達を刺していた殺気が消える。

 

「アマ兄! 追う!?」

「いや、逃げるぞ。他の新撰組に応援を呼ばれたらかなわない。それに籠釣瓶村正ダインスレイブも既に人の血を吸っている」

「うん、分かった!」


 おまな籠釣瓶村正ダインスレイブを拾って俺に渡す。


「よし行くか!」


 俺は鞘の中にそれを納めると、再びおまなと共に走り出そうとした。

 だがその時だった。


「あ、れ……?」


 おまながその場に力なく崩れ落ちる。


「おい、おまな!?」


 咄嗟に駆け寄って抱き起こすと、彼女は突如咳き込む。

 

「うっ! 血……!?」


 血を吐いている。結核か、それとも肺炎か?

 肺炎でもかなり不味いが、結核だと最悪この世界では手が打てない可能性が有る。


「ダーリン! これ不味いんじゃないの!?」

「分かってる」


 俺はおまなを背負って立ち上がる。

 彼女の全身は驚く程熱い。熱が有るようだ。

 考えてみれば、俺よりもずっと長い間あの地下牢に閉じ込められていたのだ。

 体調を崩していたとしてもおかしくはない。


「こっちにいたか!?」

「いいや居ねえ!」

「山崎さんの仇討ちだ! 見つけ次第ぶった切ってやるぞ!」


 後ろから山崎の呼んだと思しき男達の声が聴こえる。

 あいつらも新撰組か。


「アマ兄、もうすぐ迎えが来るんでしょう?」

「喋るな馬鹿」

「僕を置いて……行った方が良いと思うよ……」

「馬鹿ねえ、ダーリンがそんなことする訳無いでしょう?」

「こうやって、父上パパ以外の人にやさしくしてもらえたの久し振りだったんだ。だから結構満足で……」

「馬鹿なこと言っている暇有ったら包丁正宗ティルヴィングでも何でも使って治せ!」

「馬鹿馬鹿言いすぎじゃないかな……? 確かに僕、手習いとか算盤とかやったことないけど……」

「駄目よダーリン、包丁正宗ティルヴィングがあたしと同じタイプの魔剣なら、きっと人を治したり癒やしたりするのは苦手な筈よ」

「そうか」

「二人共……マイペース……すぎ」


 限界を迎えたのか、おまなは俺の背中で意識を失う。

 新撰組の男達の足音はいよいよ近づいている。

 この調子だと遠からず見つかってしまうだろう。


「今回ばかりはやばいかもしれない」

「でも、見捨てられないんでしょう?」

「俺と同じ殺人鬼ひとでなしだからなあ……見捨てられねえよ」


 背中で眠るおまなの背中を撫でる。

 まあ見つかったらその時はその時。暴れられるだけ暴れてやるさ。


「にゃーん! アマタさんアマタさん! こっちだよぅ!」


 聞き覚えの有る声。

 奉行所の軒下からだ。


「ちょっと待ってくれ……おミケさん!?」


 俺が身を屈めてそこを見てみると、なんとそこにはおミケさんが隠れていた。


「あー、ちょっとどいてどいて。うんとこ……しょ」


 軒下から出てくるおミケさん。普段の着物が泥んこである。


「なんで貴方が此処にいるのよ!? あの人が脱出の手配をしてあるって聞いたから此処に来たのに……」

「あらあらやっほー! レイちゃんも元気そうで何よりね。わたくしミケお姉さんがその脱出の手引をする人だよ」


 おミケさんはおまなを見て目を丸くする。


「あらカワイイ女の子! アマタさんの妹さん?」

「詳しい説明は後です。ともかく俺達を脱出させてください」

「にゃーん! 酷いよ!」


 新撰組の連中の足音はどんどん近づいてくる。

 ついに曲がり角の向こうから声が聞こえてきた。

 

「こっちに逃げたらしいぞ!」

「山崎さんの分までぶった切ってやれ!」


 おミケさんも事態を察したのか、慌てて俺達に手を差し出す。


「ひゃあ!? ふざけてる場合じゃなかったのねこれ!? 急いで手を握って!」


 俺とレイちゃんはおミケさんの手を握る。

 彼女は履物をカツンカツンと鳴らして、その場で跳躍する。


「――踊れ、踊れ、長靴を履いた猫ロキ・スコー!」


 次の瞬間、目に入ったのは青い空。


「う、うわあああああああああ!?」


 俺は思わず悲鳴を上げてしまう。

 無理もない。

 俺達は奉行所の遙か上空を飛んでいたのだから。

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