第9話後編 必殺! 異世界で晴らせぬ怨み晴らします! 下

 切り裂いた壁の向こうには、長い階段が続いていた。

 それを降りると畳が有る和風の部屋にたどり着く。

 どうやってこんな空間を確保したのだろうか?

 周囲を見回すと薄暗い。もしかして山の中なのか?


「ダーリン、ついてきて。道はあたしが探るわ」


 レイちゃんが光を振りまきながら俺を先導する。

 襖を開けて部屋を出ると、そこは長い廊下。

 蝋燭の火こそ有るものの、やはり薄暗い。

 レイちゃんの発する光が無ければ視界の確保は難しそうだ。


「助かる」


 俺はレイちゃんの後を追ってこの謎の建物の探索を開始する。


「敵を探すのは任せてちょうだい。妖精って自然に近いから、気配を探るのは得意な……あら?」

「どうした」

「ダーリン、妙よ」

「何が?」

「ここ、山の中なのに山の妖精の気配がしない。この屋敷は山を掘って作っている筈なのに……」

「殺されたのかもしれないな」

中つ国ミッドガルズには妖精からエネルギーを奪う混凝土コンクリートという土が有るって聞くわ。それを使ったんだと思うの」


 すげえなコンクリート。


「とりあえず人と魔獣の気配が多い部屋が有るわ。そこまで一気に行くから、あまり物音は立てないでね」

「分かった。気をつけるよ」


 俺とレイちゃんは沈黙を保ったまま歩き始める。

 

「いやっ! 兄さん!」


 悲鳴だ。奥の方から聞こえる。


「やっぱりあそこね。見張りも居ないみたいだし、一気に進みましょう」

「応ッ!」


 俺はレイちゃんが指差す部屋へと駆け出す。その部屋だけは灯りがついているのか、俺の目でもはっきりと見えた。


「邪魔するぞ!」


 俺は部屋の襖を開けると、勢い良く中に飛び込む。

 そこは宴会に使えそうな座敷になっていた。

 だがその中央はミラーボール付きのステージとなっており、ステージの上には裸に剥かれて縛り上げられたお律が居た。

 彼女は俺の方を見ると目を輝かせる。


「ダレダ!?」

「万作サマ! 曲者です!」


 ステージの周囲には黒い覆面を被った忍び装束の小天狗達がざっと十人。

 部屋の奥には腰掛けに座りながら、こちらをニヤニヤと見つめる小太りの男が居る。派手な女物を着ている。山小屋の主とは思えない。


「あ~ら粋な格好のおぼっちゃん。どこからのお客様かしら?」

「おや、いらっしゃったのですか。お楽しみの最中失礼しました。エドから急な用事ができてしまいまして……」


 俺は刀を収め、その男に対して親しげに返事をする。こちらを見るお律の表情が絶望に染まっていく。心苦しいが、少し我慢してもらおう。

 そのまま天狗達とお律の方に笑みを浮かべたまま近づいていく。


「あら、兄上からの連絡役かしら?」

「いや、違う」


 天狗との間合いが十分に詰められた。

 俺は天狗達へと大きく踏み込み、刀を抜き打ち薙ぎ払う。

 三体の小天狗が真っ二つになった。残り七。


「なにすんのよ!? あてくしの天狗ちゃんに!!」

「お前を殺す。それが用事だ」

「まあ! やぁっておしまい!」


 七匹の天狗ニンジャ達が懐から小刀を取り出し、俺めがけて飛びかかる。

 最初に来た奴の腕を切り、そのまま体当たり。

 よろめいた小天狗の首を片手で掴み上げ、盾の代わりにする。


「ダーリン、手裏剣が来るわ!」


 最初の一匹がしくじったことで警戒したのだろう。

 天狗達は横一列に並んで俺に向けて手裏剣を投げつける。

 俺は捕まえた小天狗を盾にして、手裏剣から身を守る。


「うおおおっ!」


 そして左手にある小天狗の死体を小太りの男に投げつける。


「ぎゃっ!?」


 死体が直撃した男は悲鳴を上げて倒れた。

 すると小天狗達の注意がそこに向く。


「邪魔だっ!」


 その隙を突いて一気に間合いを詰め、天狗達を滅茶苦茶に斬りつける。

 六匹の天狗は瞬く間に膾切りだ。


「一丁上がり。レイちゃん、お律を助けてやってくれ」

「はーい!」


 俺はお律をレイちゃんに任せるとステージから飛び降り、小太りの男に刀を突きつける。 


「答えねば斬る。なんだこいつらは?」

「ひぃっ!? 何なのよあんたは!?」


 頬を浅く斬りつける。

 男は悲鳴を上げてべらべらと喋りだす。


「わ、わらべの内に攫って、舶来の麻薬で訓練した小天狗共よ!」

「魔獣を手懐けたのか?」

「天狗は頭が良いもの! 薬漬けにすれば良い下僕になるわ! 悪い!? こいつら人間じゃないもの!」


 小太りの男は野太い声で絶叫する。


「成る程。じゃあ何故人間を攫わせた? こいつは悪いことって奴じゃねえのか?」

「……なに言ってるの?」


 男は首を傾げる。


「なに、とは?」

「狩人なんて大概が流れ者か食い詰め者、森の中で罠にかけて攫ったとしても文句なんて出ないもの! 何が悪いっていうのよ!?」

「ふむ……悪いことじゃないのか」

「そうよ! それにね。仮に悪いことだったとしても……」

「しても?」

「ソッチのほうが楽しいじゃないのよぅ!」


 男は余った首の肉を震わせてケラケラ笑う。

 駄目だなこいつ。


「あー……そうか。分かった。それは俺も同意する。俺も悪いことは好きだ」


 俺は籠釣瓶村正ダインスレイブを鞘に納める。


「あら、分かってくれるの!? なら助けて! そこの女ならいくらでもくれてやるわ! 足りないならもっと用意してあげる! だいたいあてくし女は拷問にしか使わないのよ! 逞しい狩人の男にしか興味が無いし、折角だから男はあたし、女は貴方で山分けってことで! そうよ! 用心棒やってよあなた! 金ならいくらでも……」

「お前の意見には同意する。悪事ってのは良いもんだ」

「まあ! 分かってくれたの!?」


 改めて籠釣瓶村正ダインスレイブを鞘から抜き放つ。

 こいつは殺す。絶対殺す。


「俺も、今からお前を殺すのが楽しくて仕方ないよ」

「――ヒィッ! やめなさい、あてくしは松平家のォッ――」


 俺は籠釣瓶村正ダインスレイブを振り降ろした。

 生暖かい鮮血が俺の全身を赤く染めあげた。

 後悔は無い。あるのは涼風が吹き抜けるような達成感のみだ。


「……つまらんものを斬っちまった」


 振り返ると泣きじゃくっているお律がレイちゃんに頭を撫でられている。

 気が緩んでしまったのか。狩人と言っても対人経験は少ないだろうし、人死にを見ればああなるのも自然か。

 

「……じゃあ、なんで俺は」


 何故俺はこんなに簡単に殺せるのだろう。その理由はきっと、魔剣の力だけじゃない。

 いや、今はこんなこと考えている場合じゃないな。

 俺はステージに上ってレイちゃんに羽織を渡す。


「レイちゃん、こいつを」

「はーい!」


 レイちゃんは、お律に俺の羽織を着せる。

 きっとこっちのほうが彼女も落ち着くだろう。


「大丈夫か?」


 彼女は俺の方を見ると蚊の泣くような声で返事する。


「あ、ありがとうございます」

「礼などいい。成り行きだ」

「それでも助けてもらったのは事実です。あの……兄は?」


 俺は首を横に振る。


「最後まで君を心配していた」

「ああ、兄さん……それではなおのこと礼を……」

「不要だ。俺は彼を助けられなかった」

「いえ、仇を討っていただきました。死んだ兄や仲間達の心を救っていただいたことに変わりありません」


 お律は座ったまま俺に向けて深く頭を下げる。

 人殺しで誰かを救えることもあるのか。


「仇……心……?」

「はい、先程は無礼を働いたにもかかわらず……本当に……」

「狩人として若輩なことは事実だ。頭を上げてくれ」

「ですが、此処までしていただいたのに……」

 

 頭を下げっぱなしのお律。俺はレイちゃんの方を見て、視線で助けを求める。

 レイちゃんは楽しそうに笑顔を見せるばかりだ。


「うぅ……とにかく山を降りるぞ。こいつの仲間がまだ居るかも知れない。背中を貸すから早く行こう」

「は、はい……申し訳ありません」


 俺はお律を背負って立ち上がる。


「これでよし……と。さてレイちゃん、周囲の警戒を頼めるか?」

「ええ、任せてダーリン。疲れてるんだから無理しちゃ駄目よ?」

「ありがとう。レイちゃんのおかげだ」

「うふふ、やめて頂戴よ。人助けなんてあたしは柄じゃないわ。貴方が勝手にやったことよ」


 そんな事を言うレイちゃんの笑顔が、なんだか無性に眩しかった。

 山を降りたら柳沢さんのしていた誅手の話をもう少し聞いてみよう。

 もしそれで、今回みたいに人を斬って人が救えるなら……俺は狩人よりもそっちの方が性に合うかもしれない。

 俺はそんな事を考えながら歩き出した。

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