第22話 合縁奇縁
「さて、此処が僕の屋敷だ! 我が家だと思ってゆっくりしてくれたまえ!」
「すげぇ……こいつはまた立派な……」
獅子の像をあしらった唐破風造りの門構え。
屋敷の中には四季折々の木々が植えてある。
丁度今は桜が散り終えた季節で、なんとも言えぬ侘び寂びの風情だ。
「んふふ、この前は伊達のお殿様も遊びに来たんだよ」
「伊達? それはまたすごい……すごい……すごい……」
語彙力を奪われる程に立派な屋敷に俺がただただ感心していると、カヘエは嬉しそうに頷く。
「ほらほら、立ち止まってないでこっちに来なよ」
カヘエは俺を連れて屋敷の中へと入る。
「旦那様! 姿が見えないと思ったら!」
するとすぐに年老いたドワーフの女性が現れて、カヘエを叱責する。
「ちょっと甘いものを食べたくてね」
「そんなの我々におまかせくださいませ! これだけお手伝いが居るでしょうに!」
そのドワーフが言う通り、屋敷の中では沢山のお手伝いさん達があれこれと家の中の用事で忙しそうにしている。
「悪い悪い。まあそれはさておき客人だ。茶を淹れてくれ」
「あら! カヘエ様のお客様ですか! これまた若くてキリッとしてらっしゃるわね!」
「世辞は良いから早く茶を淹れてくれ。乙羽さんのお茶は美味いからなあ」
「はいはい、後で奥方様にお忍びのことは叱っていただきますからね!」
「ひゃあ怖い」
カヘエはケラケラ笑っている。
そんな時、背後からやかましい足音が聞こえてきた。
「ちちうえ~!」
廊下の向こうから三才くらいの女の子が駆けてくる。
女の子は半ば突撃するような勢いでカヘエに抱きつく。
「お龍! ちゃんと留守番していたのか!」
カヘエさんはお龍ちゃんを抱き上げるとほほずりをする。
くすぐったいのかお龍ちゃんはキャッキャと笑って暴れている。
「ちちうえ! その方はどなた?」
「天ヶ瀬アマタ君だ。父の恩人の息子さんだから、無礼の無いように気をつけるんだよ?」
「はーい!」
「じゃあ父はアマタ君と少しお話が有るから、母上と兄上の所で遊んできなさい」
「分かった! ねえねえちちうえ、お土産は?」
「勿論有るともさ」
カヘエは手に持っていた普通のアイスちゃん温泉まんじゅうアイスをお龍ちゃんに渡す。
「わーい! アイスちゃんまんじゅう! アイスちゃんまんじゅう大好き!」
「そうかそうか。じゃあこれを母上と兄上にも渡してきなさい。できるね?」
「うん!」
そう言って合わせて三箱をお龍ちゃんに持たせると、カヘエは彼女を送り出した。
「やあ待たせたね! それじゃあ奥に行こうか!」
カヘエさんはそう言ってにこりと微笑む。
おかしいぞ……? もしかしてこの人良い人なのでは……?
*
「……さて、と。まずは食べようか」
チクゴから取り寄せたという八女茶をお供に、限定版の温泉まんじゅうアイスを食べる。
柔らかい(しかもまだ温かい)皮の奥から、しっとりとしたあんこ、そしてキンキンに冷えたアイスがお出迎え。
あんことアイス。この甘みの連擊によって口の中が痺れそうだ。
成る程、確かにこいつは甘すぎる。
「アマタ君。食べたらすぐにお茶を飲むんだよ」
言われるままにお茶を飲む。
冷たさのあまり凍りつきそうだった口の中に春が訪れ、その温もりに思わずため息を吐いてしまう。
それと同時に鼻の中を緑茶の香りが抜けていき、口の中も一気にさっぱりした。
「……む」
口の中がさっぱりすると――また甘いものが食べたくなる。
こいつはやめられない止まらない。
「これは良い」
「だろう? アタミに居る間は毎日おやつにこれを食べているんだ。向こうの世界を思い出すからね」
「成る程……」
「君はどうだい? 向こうの世界が懐かしくなったりしないか?」
「そうですね……懐かしくない訳ではありませんが……」
カヘエはにやりと笑う。
「まだそこまで恋しくはならないかい?」
「ええ、今は色々と忙しいものですから」
「何で忙しいんだね?」
「ここで言えばカヘエさんまで巻き込むことになります。今は聞かずにおいてください」
「ふむ、まあ良いだろう。あまり正義感を振りかざしてお上に突っかかるんじゃないよ。ここは僕達の居た世界ほど自由な場所じゃないからね」
「はい……肝に銘じます。ところでカヘエさんは父とどのような知り合いで?」
「君の父である天ヶ瀬大輔さんの部下だよ。彼は警視、僕は警部補。赤ん坊の頃の君の写真も見せてもらった事がある。だから名前が気になってね」
「父さんの部下……」
「君とは口元がよく似ているよ。笑った時なんかがそっくりだ」
「そうでしょうか?」
「ふふ、こんなに大きくなっていたか。もし生きていたら大輔さんも鼻が高かったろうに……」
「いえいえ、不肖の息子です」
記憶の中の父親の姿はぼんやりとしていて定かではない。
だが、こうしてカヘエさんの語っているところを見ると、やはり父も愛情深い人だったのだろう。
「カヘエさんは何時頃こちらに?」
「十年程前だ。大輔さんが殉職した事件に関わっていてね」
「父の……」
聞いたことが有る。
父は連続強盗犯に撃ち殺されたと。
「そうでしたか……」
カヘエさんは急に姿勢を正し、俺に向けて頭を下げる。
「これは伏せておくように言われていたんだが、あの時、彼は咄嗟に僕を庇ってくれたんだ。僕のせいで大輔さんは死んだ……」
俺は首を左右に振る。
「いえ……それが父の選択だったなら俺に言えることなんて何も有りませんよ。頭を上げて下さい」
「アマタ君……ありがとう。お礼と言ってはなんだが、困ったことが有ったら何時でも言ってくれ。命がけで君を助けるよ」
困った……!
これ只の良い人じゃん……!
「ありがとうございます」
思わず俺も頭を下げていた。
「頭を上げてくれ。これじゃあ、頭を下げる側と下げられる側があべこべじゃないか」
カヘエさんは笑う。
「いやはやすいません。湿っぽい話はこれくらいにして、まんじゅうを食べましょう」
「そうだ! それが良い!」
俺達はまんじゅうを食べながらよもやま話に興じる。
「僕もその後、別の事件で死にかけてこっちの世界に来たのさ」
成る程。殉職したのは父だけと聞いていたが、意識を失った後に体ごとこの世界に来てしまったのだろうか。
「俺なんか寝て起きたら魔物に襲われましたよ」
「そいつは災難だ! 僕はほら、元々家が大きな会社をやっていたから、ビジネス関係について多少かじっていてね。反発心から警官になったけど、異世界来てまで商売やることになるとは思わなかったよ」
「商売ってどんなことなさってるんですか?」
「今は廻船問屋と先物取引がメインで、近々エゾの方に大船団を回して一儲けしようと思っているよ。行く行くは南蛮貿易に一枚噛んで、元の世界に戻る方法でも探そうかなって」
「元の世界に……」
「僕はもうあんまり未練とか無いんだけどさ。僕以外にも何時か誰かが、例えば君みたいな人が、この世界に流れ着いてくるかもしれないだろう? そういう時に、助けてあげられたら素敵だと思ってね」
「ありがたい話です」
「君もお母さんを一人にするのは心苦しいだろう。できるだけ早く帰れるように僕も努力しているから、応援してくれ」
「ええ、是非とも」
人斬りをせずとも安定して帰れる方法が見つかるならばそれに越したことはない。
叶うならば是非その方法を見つけて欲しいものだ。
そうしてしばらく俺達が談笑していると、障子の向こうから先程のドワーフのお婆さんの声がする。
「旦那様」
「なんだい乙羽さん。ここは人払いをしておけと……」
「そちらのアマタ様の奥方様が迎えにいらしてます」
オクガタ?
……レイちゃんか!?
「奥方!? アマタ君、君やるなあ!?」
「え、ああいや、えっと……!?」
次の瞬間、障子が開く。
紫の蓮の髪飾りをつけ、洋風のレースがついた白い着物の金髪美少女。やっぱりレイちゃんだ-!
「レイちゃん……!?」
「ダーリン、なーに油売ってるのよ!」
「大きくなってる……!?」
「ダーリンがのんびりしてるからこうして迎えに来たんでしょう! ほら、さっさと帰るわよ!」
俺が驚いている理由は彼女が此処にこうして来たからではない。
普段なら全長30cm程のレイちゃんが、今は150cm近いサイズまで大きくなっていたからだ。
「おお……ハイカラな奥様だねアマタ君。エルフ?」
「ええ、まあ、その……」
「あーら申し訳ありません高田屋さん! 私、アマタの妻のおレイと申します。うちのアマタがご迷惑をおかけしまして申し訳ありません! この後所用が有るっていうのにすっかり忘れていたものだから、探して歩いていたんですよ! ほらっ! ダーリン行くわよ! 早く! 早く!」
「あ、ああ……待ってくれ。やけに急いでいるようだけど、何の用事かお聞かせ願えるかな?」
「ええ!? えっと……それは……」
レイちゃん……君、その場の勢いだけで押し切ろうとしたね?
全くのノープランだったね?
後でお説教だなこれは。
「……カヘエさん。俺と貴方の仲ということで、腹を割ってお話しましょう」
「ちょっとダーリン何話す気!?」
「俺と、おレイはとある場所から駆け落ちしてきた仲なのです」
「駆け落ち?」
「俺がこの世界に来た時、妖精の里で目を覚ましてですね。彼女とは其処で知り合ったんです」
「ダーリン何いきなり大事なこと話してるのよ!?」
レイちゃんは自然な流れで俺の会話に乗ってきた。
これで怪しまれずに済めば良いが……。
「おレイちゃん。この人は俺と同じ、
「ええっ!?」
レイちゃんは両手で口を抑えたままポカーンとした表情でカヘエの方を見る。
「先ほど、何をしているかという話にお答えできなかったのはこういう事情です。これ以上長居してもご迷惑ですので、今日のところはお暇しますね」
「そ、そうか……中々大変なことになっているようだね……」
「いやはや、お恥ずかしい」
「だが何か有ったら僕を頼ってくれ。イイね? 絶対だよ? 救われた恩を少しでも返させてくれ」
「……ええ、そうさせていただきます」
俺はニコリと微笑んで、レイちゃんの手を引く。
「さ、行くよレイちゃん」
顔を真赤にするレイちゃんを連れ、俺は高田屋カヘエの屋敷を辞去した。
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